まほろば日記

fujioの日常の出来事、記録等を思いつくままに書いた日記です

小林麻央さんの死に思う。

2017-06-25 21:42:39 | 日常
平成29年6月25日
今月22日夜、東京の自宅で乳がんの為亡くなられました。享年34の若さでした。
私も54歳で妻を同じがんで亡くしており、とうとう生存期間3年の峠残は越えられなかったかと残念に思いました。
3年を乗り越えれば、あと数年は生きられるといわれていましたから・・・
私は同じ死ぬならガンで死ぬのも悪くはないと思っています。
何故か。
突然死では家族に何も伝えることはできない。
ガンで死期を認識すれば日々大切に生きます。
家族に思いを伝えることができます
がんの治療は苦しくて大変ですが、病状には周期があり、症状が安定して良ければ自宅に帰ることもでき、旅行に行くことができました。
わたしも妻が希望するアメリカや、石垣島にも出掛けました。
家族や親戚も悔いのない介護をし最後は家族にも守られて逝きました。
死は受け入れがたいが悔いはありません。
万葉集の中に「ことどい」という言葉があります。
古代の人は最後のお別れの時、自分の思いを述べると心やすらかに逝けると思っていました。
辞世の句を残して逝くようなものでしょうか。
麻央さんの場合も病気の経過や心情をブログに書き250万人という多くの人に読んでいただき自分の思いを伝え、最後は自宅で家族に見守られながら逝かれました。幼い子供を残しての死は無念しょうが、ある意味では理想的な幸せな死であり大往生というべき最後ではなかったでしょうか。
「愛している」との言葉を残し旅立たれました。
夫の歌舞伎役者市川海老蔵さんは今後の生き様を問われることになるでしょう。

今年ご近所の方が2名なくなりました。先月同業の仲間がなくなられました。まだ50数才台の若さで、突然死でした。
多くの著名人がなくなられ、私も健康寿命の年齢になり、いつボケても、死んでも不思議はない年齢になりました。
人の生死は生まれた時から既に決まっているということ信じますか。
宿命は人の力でどうにもならないと知ればあきらめもつきます。
生かされている命がある限り全力を尽くす。
人間の力の及ばない大きな存在があることを知れば「なるようにしかならない」と割り切って生きられます。
それはストレスのない生き方ではないでしょうか
ストレスは心と肉体のアンバランスから生じる。
ストレスは万病のもとです。
ストレスをため込まないよう心穏やかに、よく働き、社会のために尽くしましょうましょう。
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倉本聰 講演会「海抜ゼロから考える」

2017-06-18 10:00:24 | 日常
平成29年6月16日
廿日市の入浴施設に行った折たまたまこのチラシを見て題名にも興味が湧き行ってきました。
午後6時開場、30分前につきましたが既に長蛇の列で200人余り並んでおられました。当日販売は1500円。残りは20名だけという盛況。「さくらぴあ大ホール」は1200人入りますが満杯でした。
最近のテレビドラマの性か中高年の女性の姿が多くありました。
この講演会は地元の有力企業「ウッドワン」のきもいりのようで、倉本聰氏の初の点描画展が吉和のウッドワン美術館で開催されるのにちなんで開催されたようです。
ですからこの講演会はおまけの様なもので講演は40分余りで物足りないものでした。
あとはウッドワン美術館の学芸員との対談で点描画のことと美術館の宣伝に終始したお話でした。
この美術館も廿日市市にあれば多くの来館者があるのでしょうが山奥の吉和では多くの来場は望めませんがウッドワンの創業者が吉和出身ということで辺鄙な地でも作られたようです。
講演のほうですが「山は海抜0から登るのが本来の姿である。」と述べられました。
富士山3776mに登ったというが実際は5合目まで車で行き其処からだと1400mしか登っていないので本当は登ったことにはならない。インチキであるといわれました。
世界最高峰エベレストにしてもカトマンズまで飛行機で行き、そこからだから小さな嘘と言わざるを得ない。
しかし、何千人と登頂しているがそこでも本来の登山である海抜ゼロから登頂した人が2人いる。
そのうちの一人は誇るべき日本人で岩崎圭一氏であるといわれた。
余談ながら岩崎圭一氏について調べてみると彼は世界無銭旅行者で世界中を自転車で旅行されている方です。
無銭旅行中の2005年、海抜ゼロから1年かけてエヴェレスト山頂に登り、再び自転車でインド洋の海抜ゼロまで帰ってきたという経歴の持ち主です。
お金は旅行中に手品などで稼いでいたそうですが登山経験も銭も無い方がよく登ったものだと驚かされます。
体力と時間があればだれでも登れるということなのでしょうか。

現在のようなやり方は文明の進歩かもしれないが選択肢が狭くなった。
便利さを求めることも視野お狭くするとも述べられ、困ったときには海抜セロに立ち戻って思考していると言われた。
我会にも海抜ゼロから登山する仲間もおられます。
お金と時間があればそのようにするのもよいが現実にはむつかしい。
登山感の相違である。
登頂するにしても、より困難を克服するというので厳しいルートから山頂を目指す登山をしている。
理想と現実は異なるのは倉本聰氏のドラマと同様である。
丸々と太った倉本聰氏には厳しい北海道の生活はできまい、ぬくぬくと暖房のきいた部屋からガラス越しに厳しい自然の造形を眺めることだけである。
ただ超多忙な中に在り100点余りの点描画を残されたことに、よくこんな時間があったものだと驚かされました。
やはり才能豊かな人のようです。
対談もウッドワン美術館の提灯持ちの様なものでしたが、それを外れた盲目の天才ピアニスト辻井伸行氏の話は興味をひかれました。
生まれた時からの全盲でありながら色彩が理解できる。
母親が美術館に連れてゆき、その絵画の説明、色づかいなどを聞くうちにその色の性質を会得されたとのこと。
倉本氏との対談でも倉本氏の印象、色について即興で演奏されたとのこと。。
天才の感性とは我々には理解できない。
だから天才たる所以でしょうか。
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下見山行の効用

2017-06-15 23:53:01 | 日常
平成29年6月15日
このところ体調がよい。
実は2週続けて下見山行に行き体を動かしたのがよい影響を与えているのでは・・・
もちろん計画も順調で気分も良好です。
4日は鉾取山の例会山行の下見です。
鉾取山は安芸アルプスの中心をなす山です。
安芸アルプスはJR瀬野駅から坂山、鉾取山、原山、洞所山、金ヶ燈籠山を縦走しJR矢野駅までの約18キロの山塊を言います。
過去には何回か縦走したことがありましたが10時間以上かかります。今回の例会山行は参加者は福山からくるので時間が取れない。また梅雨の時期で天候も悪天候が予想されるので中心の鉾取山、原山、天狗防山の三山に絞りました。
JR中野東駅から鉾取山の登り、天狗防山の下りは未経験のため下見する必要がありました。
上りは住宅団地の中を通行するのでその経路を確認、天狗防山の下りは超急坂でした。
地図では山王川に下る道がありますが今は廃道でありません。
下りでは急坂のため、3か所ザイルを設置する予定です。
鉾取山は標高差700mとかなりの急登です。
稜線の道も滑りやすいので4本爪程度の軽アイゼンがあれば滑り止めには有効です。
軽アイゼンは火山灰の山道、初冬の凍結した道にも有効であり足を引っかける心配もないので常時携帯されるとよいでしょう。
ルート、危険個所の確認、必要な装備(軽アイゼン、残置用の安全ロープ)展望可能な山々も確認できました。
資料も作成できました。
後は当日の晴天を祈るばかりです。

10日は天応の烏帽子岩山に行きました。
八ッ峰縦走、源次郎尾根に行くメンバーの訓練計画の確認のためです。
1、まず登山靴で登ること。
どの程度までなら登れるかその感触の確認のため。
銀座尾根を登り、第一、第二フェイスを登ること。
2、懸垂下降の時ロープが長いともつれたり、立木、やルートが曲がっているため投げれない場合、強風の時もロープが流れてうまくできないないので袋に入れてもって下降する訓練をする。
3、リードする力をつける。
現地では時間節約のため極力ザイルを出しません。
各人が自力で登る必要があります。
比較的容易な岩場ですが万一転落すれば命の危険もあります。
高度感に慣れ、緊張感をもって確実に上る訓練をします。
「なめら」は2ピッチあり高度感もありザイル操作の確認もできるので最適です。

これらが無事に終了できれば大丈夫、登れます。
私も年ですから、若者たちのお荷物にならないよう訓練して体力をつける以外対策はありません。
岩屋観音さんの登山、体育館での筋トレ、寝る前のストレッチを続けます。体力維持のために・・・・

下見山行も目的意識をもってやればその効果は十分に得られると実感しました。
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「ありがとう」 は魔法の言葉。

2017-06-01 14:54:41 | 日常
平成29年6月1日
「ありがとう」
これほど優しい言葉はありません。
これほど嬉しい言葉もありません。
これほど勇気と元気を与えてくれる言葉もありません。
ありがとう」は魔法の言葉です。

先日、引越したお客様より車両の屋根までいっぱいの荷物を運んだ一生懸命な仕事ぶりに「ありがとう」のお手紙をいただきました。
アメリカ人のお客様が大きなベットマットをマンションの5階の部屋に運ぶのにエレベーターにも乗らず、階段も通らず困って私のとこに相談がありました。
長いロープで5階まで吊上げて搬入しました。
「これぞプロの技」とおほめいただき「ありがとう」のお言葉をいただきました。
昨夜、広島市横川の県岳連事務所で比婆山スカイランの反省会がありました。
回収された多くのアンケートの中にはたくさんの「ありがとう」の言葉がありました。
涙が出ました。
苦労が報われる思いです。
参加された200人余りの役員の皆様もきっと喜んでくれることでしょう。
そして選手を支援する役員の在り方、各人の役割の大切さを再認識するとともにさらに選手の皆様のために何ができるか工夫してくれることでしょう。
 
「ありがとう」
希望を与える言葉です。
多くの人に夢を与える言葉です。
本当に不思議な魔法の言葉です。
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