まほろば日記

fujioの日常の出来事、記録等を思いつくままに書いた日記です

あなたのお名前を教えてください。

2017-04-24 23:29:36 | 日常
平成29年4月23日
万葉集4500首の冒頭には、この歌集を寿ぎ、祝福するかのような雄略天皇の求婚の歌があります。

  籠(こ)もよ、み籠(こ)持ち
    掘串(ふくし)もよ、み掘串(ふくし)持ち
  この岡に,菜摘(なつ)ます児(こ)
    家聞かな、名告(なの)らさね

  そらみつ 大和の国はおしなべて、われこそ居(を)れ
    しきなべて われこそ居(を)れ
  われこそ告(の)らめ、家をも 名をも

古代には相手の名前を尋ね、聞くことは求婚することを意味していたようです。
今は名前を呼ぶことは多少関心がある程度としか思いませんがですが、昔は深い意味があったのですね。

このたびの5月21日の比婆山スカイラン大会の準備で現地に赴きました。
おりおりに野山に広がる美しい花々を見るにつけ、冒頭の万葉集の歌ではありませんが美しいお花たちに「あなたはなんという名前のお花ですか」と尋ねたくなりました。
広島市内では桜の季節は過ぎましたが県北では桜もまだよく咲いています
三次では果樹園には白い花の房が鈴なりに咲き誇り、道端には赤いボケの花や、土手には一面にシバサクラのピンク、菜の花の黄色と正に百花繚乱です。命の輝きを感じます。
庭先の黄色の一群はヤマブキでしょうか、馬酔木も淡いピンクの花房がすすなりです。
県民の森はまだ枯木立のままですがその中にはタムシバの白い花が目につきます。
カラマツの芽吹きはもうしばらく先のようで大会の始まるころを楽しみにしましょう。
名も知らぬ花もたくさんあり名前が知りたくなりました。
写真に撮り、帰って植物図鑑で調べましょう
名前を知れば親近感を覚えます。
相手を意識し、愛情を感じるようになるのは人間と同じですね。
またその名前の由来を知れば,その背景の物語を知り心が豊かになることでしょう。
花の興味がわいてきたのも年のせいですかね。
花を尋ねる山旅を知り新しい魅力を発見をしたように思います。
(写真は小奴可の要害桜のそばに咲くヤマブキの花)、
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第25回比婆山スカイランコース整備に入る

2017-04-23 21:23:55 | 日常
平成29年4月22日
今年は積雪量が多いので先週の作業予定が今日に延期になりました。
参加者25名余りが各グループに分かれて山の入りました。私は本番でも担当するBコースを、6人で走るコースの確認、倒木の除去、距離、進行方向を示し表示板を設置しました。
今回は近々NHKが比婆山に花の撮影に来られる予定なので看板等の設置は控に目という方針のため試走者のために必要な範囲に留めました。
作業内容は倒木を7本処理、段木を2か所設置、水路の整備、崩落地に落石を止める土留めを設置しました。
先週の豪雨のためか伊良谷山からの下りは土砂が流失し、流された落ち葉が山となっていました。また、登山道が掘り崩され、浮石だらけの走りにくい状態でした。
昨年度、段木を設置した毛無山の下り、出雲峠からの下りは豪雨にもかかわらず土砂の流失もなく登山道は段木により砂が堆積し大きな被害はありませんでした。
段木により流された土砂を止め、平らにして歩きやすくするという私の目的通りの結果となり、やり方が正しかったことが証明され安堵しました。
大会まであと1か月、連休には関東の山に遠征するので、去年並みのご参加いただく皆様のためにそれまでにもう一度現地を訪れ傷んだ伊良谷山下り登山道の整備の入り、怪我のなきように走ってもらうため最大限の努力をして、整備たいと思います。
元気な孫に段木を運ぶボッカをお願いしようかな。
明日は出発メイン会場のスキー場の整備が予定されているが私は祖母の介護に行かねばならないので今日のみとさせていただきました。体育館で宿泊するメンバーの宴会には参加させていただきました。各自が料理を持ち寄ったり、料理の上手な仲間がおいしい料理を作ってくれました。本当に本職に負けないくらいのおいしさでした。
カツオのたたき、とーふステーキ、ラーメンサラダ、山菜のきんぴら、山菜の天ぷら、三原の仲間は釣ったばかりのタコを持参されました。さすがブランド品美味でした。イタドリの炒め物もありました。
和気あいあいとおいしい料理を食べられる。このために参加する楽しみがあります。
今度はこのような山菜料理の講習会も開いてほしいものです。
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あぁお前もか。地図の老舗「中国書店」閉店す。

2017-04-18 23:25:44 | 日常
平成29年4月18日
今日、街に出たついでに5月連休に登る「丹沢」、「大菩薩嶺」の地図を購入する為中国書店に行くとカーテンが締まっている。あれどうしたのか臨時休業かと張り紙を見ると,なんと「閉店」と書かれている。
まさかこの店がなくなるなんて…ショックです。
登山をはじめて50年余りなるが地図はいつもこのお店で購入していました。
今では何百枚もの地図を所有していますが今度はどこで入手すればよいのでしょうか。
占いではありませんが「前に座ればぴたりと当たる」ご主人の前に立ち「○○山」といえば引き出しの中よりすぐに地図を出していただいていました。正に神業でした。
日本全国の地図がありなかったことがありません。
本通ㇼ商店街の近くにあり、そのお店の前まで車で行けるので、お店の前にちょっととめてすぐに手軽に購入来たのに…紙離れがすすみ、本屋が次々と消滅する時代にあり、よく頑張ってこられたのに誠に残念でなりません。
84年の歴史と言われます。
本当に長い間ありがとうございました。
ご苦労様でした。
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川のせせらぎは 自然のリズム

2017-04-13 23:26:32 | 日常
平成29年4月13日
今朝は急送の仕事で我社の車両5台が4時に出発して山陰の益田から浜田、松江まで5か所に配送業務をやりました。
私も6時45分に無事完了しお客様にも喜んでいただきました
朝が早いと本当に一日が長く感じます。帰路は明るくなった国道191号線を春の景色を満喫しながら帰りました。
沿線の平地、里の風景はあちこちに見事な桜並木が点在し、菜の花、チューリltプをはじめ色とりどりも花々が咲き乱れ華やかな色彩の世界です。
喜びに満ち溢れて命の輝きを感じさせます。
中国山地を峠越えをする匹見町の山間部に入りますとまだ初々しい木々の芽吹きが見られ、車を止めればせわしく流れるせせらぎの音がざわざわと大きく響いてくる。雪融水を集め、勢いのある河水が岩をかんで飛び散り水しぶきが白く光る。
せせらぎは春の足音、自然の春のリズムです。
実に心地よくさわやかな心にしてくれます。
峠を越えて広島県に入ると平坦な八幡原の田園が広がる。
雪が消えたばかりでしょうが早くも田圃には水が引かれた稲作の準備も始まっています。
旧暦、24節気では4月は花が咲き万物に清らかで明るい気があふれる「清明」、田畑を潤す春雨のふる「穀雨」の季節です。
農家の方は次次とやるべき作業が待ち構えボケる暇などありませんね。
植物は太陽の日差し、日照時間の変化により季節の推移を知ります。
植物に限らず動物、人類、いや地球の在り様さえもすべて太陽の在り様にかかっています。
太陽がなければすべて存在しえません。
24節気は太陽と人間を結びつけるものでありそれは自然の摂理であり、不偏な自然のリズムその物です。
春には命が芽生え、夏には大きく成長し、秋には実がなり、子孫を残し、冬には枯れて終え、冬眠に入る。
自然には人間の一生と同様な経過があり、小さな感動がいっぱいあります。
それを感じるためにはいつも自然に注意、心ををめぐらさねば取得できません。
祖母を見ていると本当によく気が付きます。おせっかいと言えるほどです。
孫たちの誕生日も覚えてこずかいやお祝いを送ります。
毎朝仏壇に手を合わせています。
花が咲き,実がなり、小鳥が鳴き、収穫前に実が食べられ、嘆き、おこる。
自然の営みに変化に気を使い感動しているのでしょう。
感動することは自然の「気」を体に取り入れ、元気の「気」につながっているように思います。
人間自分の心に従って行動していると体の好不調により決められるので心は不安定となりストレスがたまることもあるでしょう。
不偏な真理である自然に従って暮らす方が心も穏やかでストレスもなく、安定した穏やかな気持ちにさせ、健康でボケることなく暮らせるように感じました。
田舎暮らしが人間、ボケずに長生きするにはよいのではないでしょうか。
山で日々感動する経験をしている私もボケには無縁で大丈夫なのでは・・・・
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川のせせらぎは 自然のリズム

2017-04-13 23:26:32 | 日常
平成29年4月13日
今朝は急送の仕事で我が社の車両5台が4時に出発して山陰の益田から浜田、松江まで5か所に配送業務をやりました。
私も6時45分に無事完了しお客様にも喜んでいただきました
朝が早いと本当に一日が長く感じます。帰路は明るくなった国道191号線を春の景色を満喫しながら帰りました。
沿線の平地、里の風景は桜をはじめ色とりどりも花々が咲き乱れ華やかな色彩の世界です。
中国山地を峠越えをする山間部に入りますとまだ初々しいここの芽吹きの舞の世界、車を止めればせわしく流れるせせらぎの音がざわざわと大きく響いてくる。雪融水を集め、勢いの良い水量が岩をかんで飛び交うみっずしぶきが白く光る。
せせらぎは春のリズムです。実に心地魚い日々Kdrす
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雨、雨、あぁー雨

2017-04-09 22:12:20 | 日常
平成29年4月9日
今週末6日から9日まで我会の例会山行で「上高地スノーシューハイキング」を予定していました。
今年一番という前線を伴った本格的な雨模様のため現地は4日間雨の予報でした。
雪も多く雨中のテント泊、展望もきかないようなので初めて中止とさせていただきました。
今回が4回目ですが今までは2月3月なので悪くても雪模様なので実施、3日間であれば1日くらいは好天の日がありました。このところ寒い日もあり峠越えの時凍結も予想されるので冬用タイヤに交換、食材も娘に準備させ準備万端でしたが天候にはかないません。また良い天気の時に挑戦しましょう。

めったにない休日ですから黒瀬の祖母に会いにゆきました。
97歳の高齢で歩行は少し不自由ですが認知症はありません。
この年齢で手紙も書いてよこします。
姉の手厚い介護により面倒を見ていただいています。
家族の身近な関係がよいのでしょう。
元気な祖母は私たちの誇りです。
会いに行くと喜んでくれるので一番の親孝行と思います。
お花見、食事、ゲームに付き合いました。
デイサービスに行ったり近所の方、友人、親戚の人もよく訪ねてくれて母は幸せ者だと思います。これも人柄なのでしょうか。
このように家庭で暮らせるのはボケていないためです。
ボケてしまったらとても家族一人では面倒は見切れないでしょう。
私もボケないようにしなければね・・
それにしてもこのようなぼけ老人をお世話する施設の職員の方のご苦労はさぞ大変だろうとつくづくと考えさせられました。

黒瀬の場所は森に囲まれ、自然がいっぱい、鳥の声で目覚める生活は最高にここちよいものです。
亡き妻が療養の折にしばらく住んでいたことがありましたがその日がまた来ますように・・・・
(写真は日曜日はテラスで食事をします)
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登山の意義、何のために登るのか

2017-04-06 22:49:04 | 日常
平成29年4月5日
今回の那須スキー場遭難事故により高校生の冬山登山が禁止されようとしています。
大学生だかOKで、高校生はダメという判断は理解できない。
登山は自然を相手とするスポーツであり事故の原因は山にあるのではなく人間が安全のため守るべきことを守らないから起きるのでありすべてその原因は人間の側にある。
今回も不可抗力であったかのような主張を責任者が行っているが事故が実際に起こっている以上その原因が主催者にあるのは当然である。先の稲田防衛大臣の答弁と同様で「危険予知ができなかったのは自分が無能力、無知だったのでできなかったのである」。通常の常識があれば避けることができた。
弱層テストを実施したかどうかが問われているがやっていれば雪崩の危険が予知でき危険な斜面に入っていない。
また弱層テストは1回だけでなく場面が変わればその都度実施すべきであり、樹林帯を抜けて、稜線の雪原に出た時にも確認すべきものである。このとき行っていれば雪崩は予知できたであろう。
今回は不可解なことが多い。
一部の生徒がラッセル訓練に参加しなかった。すごい英断だと感心していたら、何のことはない靴の中に雪が入るのを防ぐスパッツを持参していなかったので不参加。雪山訓練に必携の装備を持参せずに参加とは・・・
どのような訓練内容なのか知らされていなかったのでしょう。
また先頭集団で雪崩のため亡くなられた教諭の父親は息子は剣道部の担当で、冬山をやっているなんて初めて知ったと嘆いておられた。要は経験の浅い初心者だったということでしょうか・・・・
かわいそうなのは生徒たちです。危ないのではと危険を察していても訓練ですから自分だけ参加しないというわけにもいきません。
だから指導者は生徒に選択権はないのですから事故のないように細心の注意を払うべきです。
冬山には何万人とゆきます。
初心者もおられることでしょう。でも事故はめったに起きません。
何故か。皆、各自が危険を察知し危険なところには行かないからです。
山で死なないためには山に行かなければ死ぬことはありません。
危険なことをしなければよいのですから・・・
何もしない。それでよいのでしょうか。
人間は死を意識して初めて生きることの目的、意義を考えます。
山でも死なないための方法を考え、その危険を克服するための解決策を考えます。
そしてその困難を克服した先の喜びがあることを知り困難にめげず努力するものではありませんか。
人生も同様です。困難、ストレスに耐える訓練をしなければ生きられません。
その先に成功の喜びがあることは登山と同様です。
新人もベテランもやるべきことをやっていれば事故は起きません。
すべての事故の原因は自分にありますから。
登山は安全で楽しく、素晴らしく奥深いスポーツです。
山で鍛えて共に学びましょう。
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