まほろば日記

fujioの日常の出来事、記録等を思いつくままに書いた日記です

御嶽山噴火に思う(訓練の大切さ)

2014-09-29 22:54:04 | 日常
平成26年9月29日
一昨日の27日午前11時52分木曽の御嶽山が噴火しました。
週末、紅葉を求めて大勢の登山者で賑わっていたところ突然噴火したのです。
正に青天の霹靂びっくり。頂上には当時250人の登山者がいたとのこと。今日現在36名の方が心肺停止、死亡されています。噴火警戒レベルは1の平常の山が爆発した。信じられませんし、平常レベルが1では噴火の危険予知もできません。気象庁は水蒸気爆発は予想困難であるといっています。死者は36名、負傷者多数。この怒りをいったい誰に向けたらよいのでしょうか。富士山もレベル1です。この山では1979年、1991年、2007年にも水蒸気爆発を起こしています。この様な火山噴火多発する山が今では小康状態だとはいえ何百年爆発していない富士山と同じレベル1でよいのでしょうか。火山性の微動は頻繁にあったといわれます。少なくとも爆発の可能性はあったのにそのことは全く公表されていません。噴火の可能性があると発表されれば人は来ません。観光客、登山者を呼び込むため公表しなかったとしか考えられません。営業のため安全を無視したのです。安全と思い登山して災難に合われた人にいったい誰が責任をとるのでしょうか。
この頃政治家は責任を逃れるため公的機関の「安全宣言」のお墨付きによりことを決めたがります。しかし事故が起きればその公的機関は「予測不能」で逃れてしまいます。今回の例がその典型です。火山、地震のわが国、原子炉の立地についても活断層があるのに安全と言って無理に推進する電力会社、今回を教訓に熟慮してもらいたいものです。今回問題なのは現状の把握ができていない。何人登山し、無事に何人下山したのか。登山届が的確にされていれば早く対応ができたのに・・・我会では会員に登山届の提出を求めています。今日の新聞記事では負傷した仲間を残して下山した記事が掲載されていました。美談でしょうか。よく氏名を公表された勇気に感心します。相手の命と同様、自分の命も大切です。だから緊急避難で自分の命を助けるため相手の命を見捨てることも認められております。私たちは厳しい山に挑戦するときには危険を予知しそれに対応するための訓練をしております。今回の北方稜線山行の訓練でも足場の悪い岩場でのビバーク(緊急野営)訓練、パートナーを背負って下山する訓練。お互いの命を助ける訓練です。背負えれば歩けます。歩ければ登れます。重量になれること。訓練がすべてです。止血等の救急訓練は平素からしております。山ではいざという時、平素していないことはできない。だから繰り返し訓練をするのです。今回頂上付近で死亡者が多いのは噴石によるものでしょう。大きいものは50から60センチと言いますから当たれば助かりません。この噴石により打撲負傷された人が多いようです。剣や穂高の岩峰の山では多くの登山者が頭部を守るため80パーセントがヘルメットを着用しています。
数年前には考えられませんでした。安全の対する啓蒙活動のお陰です。やればできる。
ここ御嶽山ではヘルメットを着用する人はまれでしょう。となればザック等で頭部を守ることしか出来ません。
多くの倒れている人を見ても助けることが出来なかったとのことがが多くのせられていました。平素から救急の訓練をされていれば助かる命も多くあったろうにと残念でなりません。
出血死のこと。人の血液量は体重の約8%、その30%が失われると死に至ります。
体重60キロなら、血液量は4,8リットル、その30%、約Ⅰ,5リットル失えば死亡ですから止血は大切です。
わずか1,5リットルの出血で死亡ですから緊急を要します。三角巾持っていますか。止血できますか。万一に備え今からでも練習しましょう
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老後の居場所

2014-09-23 21:56:10 | 日常
平成26年9月23日
山に登るため山小屋に泊まり、テントを張ることもある。
その時、その場所で腰を据えてゆっくり自然を楽しんだことはあまりなかったような気がします。
今回の剣岳登山では剣沢キャンプ場でたっぷりと時間があり、ゆったりとした時間を過ごすことが出来ました。
これは良い気分だ、心地良い時を持てたと気づかされました。
今登ってきた険しい山容の剣岳、恐竜の背のような八ッ峰の岩峰、源次郎尾根それらを眺めているといろいろなことが思い出されて幸せな気分になる。正に至福の時である。
何か老後の、これからの登山のヒント、あり方をつかんだような気がしました。
険しい山に登れなくなったら、テント担いで思い出の地に出かけよう。
お気に入りの場所で、絶景を眺めながら、音楽を聴き、お茶を楽しみましょう。木陰での読書もいいですね。
小鳥の歌を聴きながら、日の出とともに目覚め、日の入りとともに床に就く、大自然の悠久の時に身を任せましょう。これが人間本来の生活リズムではないでしょうか。老後の生き方が見つかり嬉しい気分になりました。早くそのような日々が来ればよいですね。
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剣岳初登頂の感想は・・・

2014-09-16 15:48:51 | 日常
平成26年9月12日から15日
前穂高岳・北尾根山行中止の報を聞いたとき彼女は泣きじゃくったとのことを友人から聞きました。
この日のために集中して練習してきたのに行けないとのことで落胆の気持が強かったのでしょう。
それではお詫びに雪彦山・東稜の日帰りクライミングでもと思いましたが3日間の日数があるのだから北アルプスにでも連れていったらどうかとの素晴らしいアドバイスを頂きました。
私が山に魅せられたのは50年前の初登山での四国、石鎚山の登山の感動でした。その感激があったから今日まで続けられてきたのです。
剣岳、それもテント泊の本格的な登山が彼らにはふさわしい。将来の会を担う人たちだから正統派の登山の素晴らしさ、天井の楽園、岳人憧れの聖地 剣沢キャンプ場、ここなら感動間違いなし。きっと登山が好きになってくれることでしょう。かって呉服屋の丁稚さんには上等な着物の生地ばかり見せ良いものを見分ける力をつけさせたと聞いたことがあります。山も同様です。よい山に登れば山が好きになり、険しい山に登るためには平凡な里山でも訓練のため励んで登ってくれることでしょう。
19時、福山発、いつもは北陸道・流杉PAで仮眠するが今回は大勢の登山者のため駐車場が混雑するので立山駅に直行し駐車場で仮眠。立山駅からのケーブルカーは1時間待ち。荷物の重量検査では私が22キロ、サブりーダーが20キロ、新人さんは18キロ、15キロでした。室堂は大勢の登山者でにぎわっています。一ノ越への登山道も行列が続きます。初めてなので山頂の雄山神社に参拝。食事の後、大汝山、富士の折立を経由して真砂岳を越え、別山はトラバースして急坂を剣沢キャンプ場に下る。色とりどりのテントの花が咲く。16時、テントを張っている最中に雨。何とか間に合いました。ラッキー。しかしその数は150余りどれが我が家かわかるでしょうか。
テント設営のやり方、荷物の整理法、軽量で簡単で美味な献立メニュー、炊事のやり方、特にコンロの取り扱いは大事、やけどの事故の多いことを説明。
今夜のメニューは中華丼、ラーメン、ワカメサラダです。
翌朝は3時起床、簡単な朝食をとり4時出発。真っ黒の剣岳に登山者の明かりの列が山頂まで続いています。登山者の8から9割の方がヘルメットを着用されていました。レンタルも500円だそうです。登山者の意識も変わりました。安全のためには本当に良いことです。
前剣あたりから渋滞が始まりました。最初に下山してきた方に聞くと3時30分に剣山荘を出発したとのこと。我々とは1時間30分も早い出発です。
1時間30分も待ってようやく取り付き地点に到着。カニノタテバエは垂直な岩壁ながら立派な鎖が取付けられています。しっかり持って登れば大丈夫です。
距離が長いので最後は少し疲れました。早月尾根の分岐点を確認し山頂へ。山頂は満員。撮影ポイントの神社の前は長蛇の列です。初登山を祝福して抹茶を点てました。初登山のお味はいかがなものでしょうか。食事の後、北方稜線に向かう。長次郎の頭を眺められる岩峰に立ち絶景を楽しむ。3組のパーティが挑戦していたが1組は中間部をトラバース、他の2組は基部をまいてゆきました。せっかくの核心部を避けるなんて物足りませんがザイルを使わなければ短時間で通過できますね。北方稜線の峰々、八ッ峰の鋭い岩峰、6峰Aフェースにはクライマーの姿も見えます。
帰路の渋滞もありそこから引き返す。下りのカニノヨコバエの渋滞は1時間余りでした。お蔭で15時過ぎには剣沢キャンプ場に帰りました。日も高いので寝袋などを満艦飾に干す、今夜は気持ちよく寝れるでしょう。明るいうちに外で食事をとりゆっくりと歓談し19時過ぎには就寝する。昨夜は寒かったというので今夜はツェルトを布団代わりに掛けました。
朝6時までゆっくり爆睡し気持ちよく目覚めました。
撤収して剣御前に向かう途中の沢で子連れのクマ3頭を目撃しました、。7時40分富山県山岳警備隊に「熊目撃情報」を電話しました。それにしてもここは標高2700mの岩石とハイマツ地帯いったい何を食べているのでしょうか。子熊2頭無事にこの冬を越せるのでしょうか。心配です。剣御前からは初めて大日方面を経由して新室堂乗越を下って帰るコースをとりました。傾斜が緩やかということでしたが距離が長くどちらがよいとも判断できませんね。最後の難所は雷鳥平からの急坂約440歩を一気に登りましたが一番の苦労でした。
上がったところで100リットルの大型ザックを背負った方がおられました。うちの若手に試しに背負わせていただきました。今の自分の重量は18キロ、大型ザックは28キロ。何とか背負いました。感想は「うーん」とゆうこと。歩けそうでもあり難しいともあり何とも「うーん」ということでしょう。背負えば歩けます。そのうち大丈夫でしょう。帰路の温泉はいつものかんぽの宿。名前が変わっていました。「ホテル森の風立山」中身は同じですから安心できます。ゆっくりと汗を流し食事をして帰福しました。重いザックを背負い、3000mの稜線の縦走、テント泊本当によく頑張りました。すごい初体験を最後までやり遂げてくれました。頭が下がります。本人たちの初登山の感想はいかがでしょうか。
(写真は剣沢キャンプ場です。)
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もういいでしょう

2014-09-11 23:37:50 | 日常
平成26年9月10日
昨日八木2丁目の用水路で新たな遺体が見つかり死者は73名になり行方不明者はあと1人となりました。2から3千人を投入し連日連夜の捜索により2週間ぶりの遺体発見です。本当にご苦労様です。今日は消防、警察、自衛隊に加え海上保安庁も加わり3300人体制で最期の一人を捜索するとのこと。本当に頭が下がりますが生存の可能性があるのならまだしも遺体の捜索になぜこうまで徹夜してまで多数の人を投入するのか。水戸黄門の決まり文句ではありませんが「助さん、格さん。もういいでしょう」と言いたくなります。山岳の遭難事故なら生存の可能性がなくなれば捜索は打ち切られます。これだけ探して見つからないのだから川に流された可能性もあります。あとは土砂の取り除きの時に期待するしかないのでは・・・
 私、8月22日に京橋川で水死体が発見された時の偶然通りかかり現場を目撃しました。翌日その方が土砂災害の被害者の方と判明しました。現場から十数キロも流されよく見つかったものです。まだ2日後だから浮かんでいて発見されたのでしょう。不幸中の幸いです。海まで流されていればもう発生後3週間たちますから海底に沈み発見されなかったことでしょう。
本当にご苦労様です。
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中秋の名月

2014-09-09 00:09:00 | 日常
平成26年9月8日
        静夜思  李白
          牀前月光を看る
          疑うらくは是れ地上の霜かと
          頭を挙げては山月を望み
          頭を低れては故郷を思う
今日は旧暦の8月15日は中秋の名月である。ふと気が付いて夜空を見上げると煌々と明るくまん丸の月が燦燦と輝いている。正に秋の夜の名月である。山岳遭難事故、北尾根山行中止問題、組合本部移転などいろいろな雑事に追われ自然を見るゆとりがありませんでした。
「静寂そのものの月光はほっとして心を癒してくれました。静かに月を眺めていると心が落ち着き、李白のこの漢詩が浮かんできて思わず口ずさみました。
このところの異常気象もこの2、3日は秋らしい爽やかな天気で季節も正常な状態に戻ったような気がいたします。
今朝は窓を開けっぱなしで寝ていると寒くて布団がほしくなり目覚めてしまいました。やはり秋です。
このところ、異常気象が続いていましたが果たしてお彼岸のころには彼岸花は時を迷わず咲いてくれるのでしょうか。
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