まほろば日記

fujioの日常の出来事、記録等を思いつくままに書いた日記です

情熱のピアニスト、中村紘子

2024-04-24 22:57:24 | 日常
令和6年4月20日
今日のNHKの「おとなのEテレタイムマシン」という番組で、43年前の1981年、第848回N響定期演奏会の様子を放送していました。曲名はチャイコフスキーの「ピアノ協奏曲第1番」ピアノ奏者は有名な中村紘子さん37歳の時の演奏会でした。
タイムマシンで再放送されるということは人気のある映像ということでしょう。
驚きというか、迫力あふれるすごい演奏会に圧倒されました。クラッシック音楽は静かに耳を傾けるものです。演奏会に行っても会場から静かに聞いています。今回は映像ですから演奏者の手の動きが克明に写されています。この演奏会の場面は「見るクラッシック」という立体できなかんじのえんそうかいでした。もやもやとしたのうがすっきりといっそうされじつにさわやかなこ気持ちにしてくれました。クラッシックな認知症治療に効果があるのではと疑わせるような気持ちにさせる演奏会でした静かな、かすかに聞こえるような時は穏やかにピアノに向かい激しい場面にはしっかり°指を点て鍵盤にたたきつける激j調査ながら長げしい動きその迫力に圧倒されました。49分余りの演奏ですが譜面はありません全て暗記されていました
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来年の大和路探訪は・・・吉野山に行きます

2024-04-19 22:56:33 | 日常
令和6年4月19日
今年の大和路は又兵衛桜に代表されたように桜、桜のシリーズでした。
次を考えると私の一番行きたいところは吉野の喜佐谷の象の小川である。
  わが命常にあらぬか昔みし象の小川を行きてみむため(3-335)
大伴旅人が大宰府に赴任していた時、もう一度象の小川を見て死にたいと恋焦がれた清流です。
2年後,上京の時鞆の浦でむろの木の歌、3首を残しています。
我妹子が見し鞆の浦のむろの木は常世にあれど見し人ぞなき(3-449)

私も前回、平成9年4月、いまから27年前に同様の例会山行を行いました。
その時見た象の小川の神秘的な情景を思い出し、また行きたいと思い企画しました。
吉野山は今は桜で有名ですが万葉時代には「水の吉野」が有名でした。
都の飛鳥川は小さな小川のような川でしたが、吉野川は水量も多く岩を砕いでながるる激流は都人にとっては驚きいがい何物でもありません。
持統天皇は在位10年間に31回も訪れておられます。
今回は頂上の青根ヶ峰まで登りいろいろな桜を堪能しましょう。

いまNHKの朝ドラで「虎に翼」を放送していますが元祖はこちら「虎に翼をつけて放てるなり」という言葉があります。
671年天智天皇が病床に就き、弟の大海人皇子に譲位しようとしたが、彼は「ご子息の大友皇子に譲られるのが良い、私は病気平癒のため出家してご祈念する」といって辞退。直ちに剃髪し頭を丸め出家、武器も返納し吉野に旅立った。
この様を見て世間の人はこのように噂したのです。虎は大海人皇子、翼とは妻の鵜野皇女(後の持統天皇)のこと。本来なら家族は人質として都に残し監禁しておくところですが策を誤りました。吉野逃亡行は無防備ですから襲われたらひとたまりもありません。必死な思いで人目につかぬように山越えしたことでしょう。半年後に兵を起こし近江朝廷を倒し天下を取りました。
今回はその吉野への山越えの道を歩き足跡を偲びたいと思います。
いろいろ調査し来年4月に実施したいと思います。
ご期待ください。

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予期せぬ出来事

2024-04-15 14:59:15 | 日常
(熊本産のお肉でした。量も多いので3から4回に分けていただきます。)

令和6年4月12日
今日宅配便で覚えのない荷物が届きました。
冷凍品でした。開けてみてびっくり沢山なステーキ肉のパットでした。
先月の住宅設備展示場に訪れた時アンケートを書いたときの当選商品でした。
こんな抽選会で当たるとは初めてのことです。
「ラッキー」の一言です。
昨年末に住宅をリフォームした時の業者さんから招待状をいただいていたものです。
すでにリフォーム済みでしたので今更見学する必要はなかったのですが、会社の近所のクスノキプラザで開催されたので軽い気持ちで訪れました。
住宅の耐震構造への改造,断熱工事、二重窓や給水設備、太陽光発電等、各種の補助金制度等、関心のある内容、展示がなされていました。
それらに関する質問事項がありそれに対するアンケートに回答を記して提出するものでした。
そのアンケートのお礼として、景品商品としていろいろなものがありましたが私はお肉希望として提出していたのが当たったのです。
どのくらいの当選確率だったのでしょうか。
私は山に行く前には必ずスタミナ源としてお肉を食べて行きます。
今回も2日間しっかり食べて行きました。
今回は後になりましたが美味しいお肉を食べて元気を取りもどしたいと思います。
本当にありがとうございます。
ラッキーでした。
ご褒美でしょうか。
ありがたく頂きます。

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例会山行「高見山(1248m・音羽山(851m)・長谷寺」

2024-04-09 21:21:22 | 日常
(又兵衛桜)
令和6年4月6日から7日
このコースの山行は2000年にも実施しました。
当時のNHK大河ドラマ「葵三代」のタイトルバックに又兵衛桜の雄姿が採用され評判になりました。
あれから24年、年齢・体力の衰えとともに登山のありようを考えるようになりました。年配の仲間から「山に登れなくなったが福原さんから万葉集を教わったお陰で日本の各地の歌枕を旅して楽しんでおります。」といわれました。
植物や花鑑賞と同様に万葉集も山を楽しむレパートリーになると考えました、
〈旧伊勢南街道の石畳)
今回のぼる高見山には麓を通る旧伊勢南街道があり、私の好きな大伯皇女と大津皇子の物語に登場する場所です。
この山道は大津皇子が死を目前にして伊勢にいる姉に会いに行くため秘かに越えた山道である。
「二人行けど行きすぎがたき秋山をいかでか君が一人越ゆらむ」(巻2-106)

(アセビの花言葉は「清純な心」「献身」漢字では「馬酔木」と書き、馬が葉を食べると足が痺れて酔ったようにふらつくことからきています。皇女にふさわしいお花です。)
弟が処刑され、大伯皇女も伊勢神宮斎主を解任され、都に帰る時この峠まで来ると多くの馬酔木が咲いていた。それを見て詠う。
「磯の上に生うる馬酔木を手折らめど見すべき君が在りといわなくに」(巻2-166)
こうなるとこの山道は何もない普通の山道ではありませんね。心揺さぶる熱き道です。ありがたき山道です。

(2日目は雨の予報で低体温症の予防策をメールしました。直前の予報であり疑いませんでした。雨の準備し覚悟していました)

もうひとつ。初めの天気予報では2日目は雨でした。
雨の時には長谷寺行は中止、冷えた体を温めるため風呂に入って帰れるよう予定変更も考慮していました。
このような訳で4月3日、参加者には雨で低体温症にならぬよう衣類に注意するようメールを発しました。
ところが当日は良い登山日和でした。すべてが順調でした。
観音様が見守ってくださったのでしょう。天気でした。
いつも一緒に行く仲間は観音様のお陰と感じられていることでしょう。
知らない人は単に「ラッキー」と捉えられてことでしょうが・・・

第1日目
参加者16名(男女各8名)午前5時30分福山出発。「2024年問題」で運送関係は労働時間が制約され運転時間も規制されています。
吉備、三木、かつらぎで休憩、渋滞も加わり30分余り遅延し高見山登山口着。
高見山は「和製マッターホルン」呼ばれている秀峰で冬の霧氷が有名です。
登山口から標高差約800mありましたが皆足調をそろえて、4時間20分余りで往復しました。時折残る石畳に往時をしのび歩きました。旧伊勢南街道の小峠では万葉和歌を朗詠しました。

(阿騎野の朝の壁画鑑賞)
中央公民館には渋滞の為到着が遅れ、職員の方は残業になるにもかかわらず、時間を延長して『阿騎野の朝」の壁画を鑑賞させていただきました。
本当にありがとうございました。
それから旅館の風呂が小さい為時間を要するので大宇陀温泉「あきのの湯」に入浴して汗を流し今夜の宿「今阪屋旅館」に入りました。18時15分でした。予定通りすべて順調でした。
ちいさな宿ですから今日は我会の貸切です。
今夜の夕食は薬草御膳のフルコースです。
この宇陀は薬草で有名な土地なのです。
不老不死の妙薬と信じられている水銀の産出地であり狩猟、薬狩りの地として薬の町の伝統を今に引き継いでいます。

(料理のお品書きです。)
(焼肴  さわら香草焼・バジル・チャービル・青じそ・せり・ディル
胃腸改善効果・リラックス効果ありとのこと)
吉野葛など体に良いものがふんだんに調理されています。
見た眼もきれいでおしゃれでした。
天ぷらも当帰・ヨモギ・エゴマは当然としてユキノシタやドクダミもありました。
フルーツほうずきや豆粒のようなトマトも珍しい。
昨年好評の鴨鍋も追加しました。
皆さん大満足の様でした。
食後は恒例の二次会で和気あいあいに自分の考えを述べ、夢を語り、楽しい時を過ごし、親睦を深めました。

第2日目
今日のコース、これを見るため参加したという方があり、3者3様の格別な思いがありました。「又兵衛桜をもう一度見たい。」「音羽山のワンちゃんに会いたい。」「単独行動でも長谷寺に立ち寄る。」という期待のコースです。

6時30分食事、7時出発。
最初の向かったところは「かぎろいの丘」、昨日公民館でみたとおりの風景が今ここにあります。

「ひむがしの野にかぎろいの立つ見えて、返りみすれば月傾きぬ」(巻1-48)

厳寒期の早朝、今から狩が始まるという緊張感、情景を思い出し、その場所に今立っていると思えば心が高ぶる。実地体験の緊張感である。
毎年末、この地で同じ光景の見える日にちに大焚火を焚いて同様の風景を見る「かぎろいを見る会」が開催されています。
里道を15分余り歩くと桜の風景が前面に広がる。多くの人が向かっている。早朝なのにすでに駐車場がいっぱいです。すごい人気ですね。見物の協賛金一人100円を支払う。桜並木の中央に堂々とした枝垂れ桜の又兵衛桜がそびえたつ。しばしたたずみ写真を撮る。
ひとまずは前面にそびえる経ヶ塚山を目指す。谷川沿いの山道を歩き尾根道に移る地点が竜王神社です。ここからよく手入れされた杉林の尾根道だ。心地よく歩きやすい道だ。
(滑り易い坂道に安全ロープを設置する)
頂上近くの巻き道の分岐地に着く。下見の時、直接頂上に直登する道が急で滑りやすいので安全のため、50mばかりロープを設置するよう準備してきました。
登りはまだしも下りでは大いに役立つことでしょう。
経ヶ塚山、音羽山は尾根の道、有名な山なのでしょうか多くの登山者にも出会いました。
(テレビで有名な音羽山観音寺、大勢の方が登ってこられました。)
念願の音羽山観音寺に到着しました。元気な声で犬のオサム君に出迎えてもらいました。テレビで見たとおりの庭先のたたずまいでした。
大きなイチョウもありました。
この参拝道、舗装してありますが急すぎて転びそうですお手伝いの方は毎日この急坂を上り下りされるのですね。ご苦労様です。
下居(おりい)にてバスに乗車。長谷寺に向かいました。お寺の近くの駐車場がありすぐに参拝できました。

(国宝の本堂にある舞台造、よい眺めでした。)
長谷寺は真言宗豊山派総本山の寺院。天武天皇の勅願により686年に創建された古いお寺ですが国宝の本堂を始め荘厳な13寺社によりなる寺院です。お花のお寺としても有名ですが京都の清水寺のような舞台造の展望台もあり、見どころも多くとにかく立派な奈良を代表する寺院でした。
入口の仁王門から本堂まで399段の登廊がありました。段差がなく広くてとても登りやすい石段でした。女性に人気のあるお寺の配慮が感じられました。
1時間30分ゆっくりと見物しました。



15時30分に出発、19時には全員無事に福山に帰りました。
天候にも恵まれ、事故もなく、予定したことはすべてやり遂げました。
CL,SL,会計係、記録係の皆さん本当にお世話になりました。
次回をお楽しみに、また会いましょう。
今回の山行で万葉集が好きになっていただければこれに勝る喜びはありません。
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岩谷観音登山道「橋を架ける」

2024-03-30 23:15:04 | 日常

令和6年3月30日(土)
このところ週末は天候が悪かったのですが、今日は晴天なので念願の架橋工事を行いました。
登山口から120mのところに幅1m位の川があります。
手前に岩場がありますので滑らないようにセメントで足場を作っていますので大人なら一跨ぎすれば通行可能なので特に気を配ることもしませんでした。
この観音さまは水分峡公園から近く駐車場もあり家族ずれで多くの方が登られます。 

(以前の様子。手前の足場から段木に飛び移ります、)
ある時家族連れの方が谷を渡る場面に遭遇しました。
子供さんは飛び越えられませんから渡るのに苦労されていました。
それで架橋を思いついたのです。
安全第一に設計、工事する必要があります。
幅20㎝,厚さ3㎝、長さ140㎝の足場板を2枚で橋の幅は40㎝幅、これだけあれば大丈夫です。
上部側は足場板を鉄筋で固定、更に段木の角材に釘を打ち込み固定します。
問題は下部側の岩場です。岩場の上に橋脚のようにセメントでブロックを作り、その中に基礎ボルトを埋込み、足場板をナットで固定します。しっかり固定できました。
ほぼ水平ですが雨が降れば滑るので念のため滑り止めを4か所設置。横に滑って落ちてもいけないので側面にもガード板を設置しました。
材料調達、工作、塗装も4回行いました。仮枠の設置工事、セメント・砂の運び上げ等に1か月要しました。そして今日最終の設置工事を行い、4時間余りで立派に完成しました。
全力投球した一大プロジェクトでした。
早速、大勢の方にご利用いただき喜んでいただきました。
(塗装した階段。綺麗ですね>
塗料を持参していましたので30本余りの階段の段木を塗装しました。
両端部分の土に埋まったところは腐食していました。
もう工事を初めて10年以上になりますから無理もないです。
5年以内には再塗装しなければならないですね。
300本以上ありますから当分仕事があります。
終末を迎えるまでお仕事はありますね。
頑張ってゆきましょう。
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ようやく桜開花す

2024-03-29 15:10:17 | 日常

令和6年3月25日
広島の桜の開花、縮景園の標準木ようやく咲きました。
連日の雨模様の天気で咲いたのですから花見をしようという気持ちにはなかなか気持ちも盛り上がりません。
私の変形性膝関節症も大分回復してきており、毎週2回は通院、寝る前には小一時間筋トレを励んでいるので、日常の業務にも支障なく従事出来、その効果が出ているのでしょう。
仕事のほうでも人員の補充もでき業績も順調なのですが何かもやもやした気分です。正月の能登地震の惨状、ウクライナの戦況もアメリカの援助が進展せず劣勢に立たされています。イスラエル・ハマスとの闘いでの大量虐殺との言える悲惨な状況、イスラエルには各国から尊敬を受けるより国の存続のためにはいかなる行為も許されるとの思想があり一般人えの空爆もやめない。アメリカ大統領選挙での行方によってはまた世界がどうなるのか。円安による経済の状況はどうなるのか。国力は停滞するばかり・・・
皆、自国の利益優先で他人への思いやりはありません。
これでよいのでしょうか。
私が気にしても仕方ないことなのに気持ちが晴れない。大谷選手結婚して幸せな生活が続くと思っていたのに相棒の水原一平の違法賭博問題が発覚して一大騒動となりました。何が起きるかわからないものですね。
でもね結婚していてよかったですね。一人で悩むことはない。奥さんが力になってくれますから。きっとうまくゆきますよ。
心穏やかにゆっくりと桜見物と行きたいものですね。
4月6日は高見山例会山行です、大宇陀の又兵衛桜、ちょうど満開で迎えてくれることでしょう。
楽しみです。

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105回目の草創記念登山

2024-02-24 12:12:55 | 日常

令和6年2月23日(金・祝日)
今日は福山山岳会の全員が一堂に会しての草創記念登山があります。
このところ連日の雨模様ですが私は会員の責務として参加すべしとの思いもあり参加しました。
今日午後には回復に向かう予報ですが朝はまだ小雨が降っています。
午前5時に自宅を出て福山に向かう。7時到着したがAコースの集合場所の明王院参加者は数名。私は今日はまだ膝の調子が悪く長距離は歩けないので登山道の整備が目的なので、その旨リーダーの林さんに挨拶して先に熊ヶ峰に向かう。
明王院の国宝十一面観音が33年振りに今年11月1日から4日までご開帳とのこと朗報です。是非来たいものです。
(彦山側の設置個所)

(田尻側の設置個所)

作業場所は彦山の車道の取り付く個所が急坂で足が滑り苦労していたところに階段を設置することです。
1時間余りで段木を7段設置しました。
次は田尻町へ下る登山道が急坂で滑り易いところに7か所に滑り止めを設置しました。
最後に熊ヶ峰周辺にツツジと椿の苗木15本余りを移植しました。居合わせた里山部の佐藤康氏にも手伝っていただきました。
継続していればいつかは花開くときが来ることでしょう
お昼にはファミリーパークに参加者全員が集まり食事しました。
会からはアマノフーズの豚汁を頂きました。
飛び入りでしたが私、ガスコンロのガスを100パ―セント使い切る技をご披露しました。
役立つかな?
今日の参加人数は40人くらい。天候が悪い為か、平日のお休みのためか例年に比べ淋しい草創記念登山でした。
各部の活動は活発なのに全体行事は参加者が少ない。気になるところです。

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和気藹々の安芸小富士例会山行

2024-02-18 21:38:00 | 日常
(安芸小富士(278m)山頂でお昼をする。その後山座同定で山名を探す)
令和6年2月18日(日)
今日の例会山行、シニア部の主催でしたが私が広島在住であり似島に精通しているので現地の案内を頼まれました。
福山からバスチャーターして34名の方が参加されました。天気も良く快晴、風もなく絶好の登山日和これも観音様のご加護の賜物でしょう。
高齢者、ベテランの会員の多いシニア部であり低山の簡単に登れる山でしたが登山には変わりありませんから手抜きせずいつものように必要な資料を作成しました。
行程図、20万分の一の山座同定地図、コースタイム表、似島の歴史、特筆すべきは日清戦争の時、広島は一時、日本の首都でありました。明治天皇が広島城に来られ大本営が設置され帝国議会も開催されました。そのため似島に検疫所が作られここから兵員が海外の戦地に出発したのです。

資料を作成したので行動中は全員に説明できないので、乗船前、乗船中と時間がある時には解説・勉強しました。コンパスの使い方も皆さん熱心に学習され、現地で実習しました。
皆さん高齢にもかかわらず向上心にあふれる方でした。
一度だけではすぐに身に付きませんが何度か実践すれば身に付きます。
新しい登山の知識を得て役立てれば力を得て自己の成長を実感することが出来ます。皆さん貪欲でやる気十分なように感じました。
登山の一番の目標は楽しくやるということではないでしょうか。
今回は年齢、経験の有無問わず、歩行能力も異なる雑多な集団でしたが和気藹々とストレスなく、楽しく、予定通りの時間で余裕をもって歩けました。
何故か。福山山岳会には不文律な掟がます。それを守った行動であったからです。
    1,リーダーの前を歩かない。
    2,歩く速度は弱いものに合わせる。
    3,和気藹々とした雰囲気を大切に接する。
100年続いた山岳会の真髄です。

距離が3,1キロ。登りが68分、下りが54分、登り300m、時間2時間40分。展望よし、短時間でしたが濃密な充実した時間でした。
有難うございました。


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似島・安芸小富士(271m)下見山行

2024-02-12 22:27:56 | 日常

令和6年2月12日(月・休日)
今日は昨日に続いて庭の石垣の草取りを行う予定でしたが、急遽、来週18日サブリーダーを依頼されている似島例会山行について気になるところがあり昼から似島の下見に行きました。
島内の旅館で入浴や休憩を予定検討していたのが出来なくなり、安芸小富士の登山だけになり、時間的な余裕がなくなったためです。
島内の滞在時間は到着した11時20分から出港する14時30分までのの3時間10分。ギリギリまでというわけにもいきませんから実際の行動時間は2時間50分(170分)でしょうか。
(山頂からは眼下に宇品港が望めます。港までまで20分、距離3キロという近さですから)

似島港から頂上まで約60分要します、登山後の下山路をどうするかということです。似島学園経由は170分要する。それなら昼食をとる時間はありません。今日下見で歩いた似島歓迎交流センターへの尾根の下山路では150分(②のコース)、昼食時間を20分に抑えても15分程度しか余裕がありませんでした。結論は単純ながら頂上往復120分コース以外は無理であるとの結論に達した。
ゆっくり昼食タイムをとるか、登山の講習時間に費やすし内容を充実するしかあるまい。
歴史ある戦争遺蹟の多い所であるが残念ながら割愛せざるを得ない。
里山部の主催でありリーダーの意向もありゆとりあるこうどうがモットなのでちょうどよいのかなとも考え納得させました。
里山部の皆さんとお会いするのが楽しみです。
今までの例会山行では5から6時間かけてほぼ島内を一周するコースで安芸小富士と南側の下高山(203m)の両方を登っていました。
良かったのは通常の時間で歩け、かなり膝の回復状況が確認できたことでしょうか。筋トレの効果は3か月しないと効果はありません。まだまだ継続します。
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華麗なる椿、「広島椿」

2024-02-09 23:29:53 | 日常
(幸運にも一輪咲いていました。)
令和6年2月9日
昨年G7サミットが開催された宇品島、いまは陸続きなのですが風光明媚な港を望む小高い丘の上に臨済宗の禅寺、観音寺があります。
場所は元宇品小学校の前になります。
(補陀落山観音寺のお札)
(広島椿と観音寺)
その庭先には樹齢400年といわれる立派な椿があります。
江戸時代初期,浅野長晟公が紀州和歌山藩から移封されたとき妻の振姫(徳川家康の三女)が丹精込めて育てた椿をもってきてこの地に植えたものといわれています。
一本の木から数種類の花を咲かせます。
お彼岸の頃が最盛期なのですが12月ころからぼつぼつと咲き始めます。
今のこの時期は大きな蕾をたくさんつけて時の到来を待ち構えています。
椿は品種改良により多くの花が作られています。その作り手のこころにこたえるがごとくいろいろな花が咲きます。
広島に根付いたこの椿は広島椿と名付けらた特別な椿なのです。その花の美しいこと。気品があり、華麗の一言につきます。
身近に咲く藪椿を庶民の花とすれば広島椿は雅な貴族の雰囲気があります。


先日NHKの大河ドラマ『光る君へ」の中で紫式部が「五節の舞」を舞う場面がありましたがその美しさにも感動しました。十二単、宮廷衣装の美しさ、宮廷場面の美しさにも感動しました。
美しさの感動は人類共通のものではないでしょうか。
古来より日本人の美意識は世界に誇るものですね。
目の保養になりました。

因みに今回の「光る君へ」の撮影場所となったのは京都ではなく岩手県奥州市にある「歴史公園えさし藤原の郷」とのこと。
この施設は1993年、奥州藤原氏の興亡を描いた「炎立つ」のロケに建てられた建物を恒久的施設として整備されたのです。
寝殿造り様式で再現された日本唯一建物「伽羅御所」や武家の館や政庁などの昔の建物、大小120の建物や当時の街並みが再現されています。今や歴史ドラマ270作品に登場、なくてはならない施設となっています。
時には十二単の着付けなども無料で行う企画もありました。
十二単の美女になれるなんてすごい企画ですね。
近くには世界遺産の平泉などもあり、関連して脚光を浴びる観光地となっています。
折あらば行ってみたいですね。
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