平安夢柔話

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天武天皇と藤原夫人の贈答歌

2009-01-09 11:19:28 | 歴史雑記帳
 1月3日の日記でも書きましたが、元旦の夜、7時のニュースのあと、「何か面白い番組やっていないかな?」と思ってチャンネルを回していたところ、NHKハイビジョンで万葉集の番組をやっているのを見つけました。私が日本史に興味を持つきっかけの一つが万葉集だったので、何かなつかしくなり、途中からでしたが番組を見てしまいました。

 私たちが番組を見始めたとき、ちょうど解説されていたのがこちらの贈答歌でした。

天皇、藤原夫人に賜ふ御歌一首

 わが里に 大雪降れり 大原の 古りにし里に 落らまくは後

             天武天皇 巻2 103


藤原夫人、和へ奉る歌一首

 わが岡の おかみに言ひて 落らしめし 雪のくだけし そこに散りけむ

          藤原夫人 巻2 104

 この歌は高校の古典の教科書にも載っていて昔から親しみを感じていました。それに、二人のかけ合いが面白いと思っていたのです。歌の意味は、

☆天武天皇の歌
 私の住んでいる里に雪が降ったぞ。お前の住んでいる大原の古びた里に降るのはずっとあとのことだろう。どうだ、すごいだろう?

☆藤原夫人の歌
 あら、こちらにもちゃんと降っていますのよ。あなたの所に降っている雪は、私の所で降った雪のかけらを神が降らせたのでしょう。それなのにお得意になって、おかしいわ。

 今まで私は、天武天皇の宮と藤原夫人の大原の里はだいぶ離れていると思っていました。ところが、番組での解説によると1キロほどしか離れていないのだそうです。つまり、今の感覚でいうと、1キロほどの距離に住んでいる恋人同士が、雪を見ながらメールをやっているようなものだとか。ちなみに「大原」というのは京都の大原ではなく、飛鳥の大原です。ここに藤原夫人の父の鎌足の邸があったそうです。

(私の歌に対する感想)
 確かに、1キロしか離れていなければ、ほぼ同じように雪も降っているでしょうね。それなのにこうして歌の贈答をするなんて、古代の人達は大らかだわ…と思いました。それでもこの歌を見る限り、藤原夫人の方が一枚上手のように思えるのですが…。

 ところで、番組には東儀秀樹さんが出演されていて、この贈答歌からイメージした曲を披露して下さいました。笙の音色が雪を表しているとのことです。その通り、まるで天から雪が降って来るのが目に浮かぶような素敵な曲でした。

 ついでに作者の二人についても簡単に書いておきますね。

☆天武天皇(631?~686 在位673~686)

 第40代天皇。

 名は大海人。舒明天皇の皇子。
 兄の天智天皇の皇太弟となるが、次第に兄の近江大津宮で疎外されるようになる。671年、天皇崩御の直前に自ら吉野に逃れた。しかし、天皇の崩御後に吉野で兵を挙げ、672年に天智の子、大友皇子に勝利する。(壬申の乱)673年、飛鳥浄御原宮にて即位した。

☆藤原夫人(生没年未詳)

 藤原鎌足の娘、五百重娘のことである。
 壬申の乱の後に天武天皇の妃となり、新田部皇子をもうけた。天武とは父と娘ほど年が離れていたらしい。天皇の崩御後、異母兄の不比等との間に麻呂をもうけた。


 この他にも、この番組では大伴旅人の歌や防人歌を紹介していました。そこで、万葉集関連の本も読んでみたくなってしまいました。そして、最後に紹介されていたのが大伴家持のこの歌です。

 新しき 年のはじめの 初春の 今日降る雪の いやしけ吉事

 この歌は、天平宝字三年(759)の元旦に、因幡の国庁で詠まれたもので、万葉集の最後を飾る歌でもあります。そして、今年はこの歌が詠まれてちょうど1250年に当たります。改めまして、今年も皆様に良いことがたくさんありますように。

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