現在、先月の東京一泊旅行の旅行記をゆっくり連載中ですが、「このことはどうしてもブログに書いておきたい」と思ったので、書かせていただきます。
よく、だんなさんの夢を見ます。一緒に旅行をしていたり、病院に入院していて元気がなかったり、色々なのですが、夢に出てくるといつも思うことは、「だんなさんはもういないのにどうして?」ということ。そして、目が覚めると「やっぱりだんなさんはいないんだ」と思い知らされ、とても寂しい気持ちになります。
でも今週の水曜日の明け方に見た夢は、私を元気にしてくれました。
だんなさんは夢の中に突然現れて、「帰ってきた」と言ったのです。それで私は
「透析はどうするの?」
と聞いたところ、
「やらない。もうあそこではやりたくない。やるならKクリニック(だんなさんが骨折するまで約10年間お世話になっていた透析クリニック)でやる。」
と言いました。で、私、
「うん、それでいいんじゃないの。」
と言いました。だんなさんが最後の3ヶ月間、透析を受けていたクリニック、前にも少し書いたことがありますが、病院との相性があまり良くなかったのですよね。通い始めて2ヶ月くらい経った頃から、行くのを怖がっていました。うん、よっぽど嫌だったのねと思いました。
それで私、実家に帰る前に病院に挨拶に行ったところ、2つの病院の態度が全然違っていたことを話しました。
Kクリニックでは院長先生が直接会ってくれたのですが、最後の3ヶ月間透析を受けていた病院は院長先生が出てこなかったこと。帰り際に看護師さんが「先生にあって行かれますか?」と聞いてきたので断ったことも話しましたが。
「ああ、そんなもんだ。」
ですって。
透析の話が終わったあと私は突然、「金吾さんの話をしなくては。」と思ったのです。それで、
「私、本気で応援したいアーティストさんが出来たんだよ。この前、ライブにも行ってきたし。」
と言ってみました。そうしたら、
「ほう、そうか。」
と言ってくれたので、昨年の9月に起こったことを順を追って話し始めました。話しているとき、何かすごく嬉しかったです。だんなさんはうんうんとうなずきながら聞いてくれました。
でも、公式ホームページの掲示板に書き込みをしたらご本人からお返事を頂いて嬉しかったことまでを話したところで目が覚めてしまいました。
それでもいつものような寂しい気持ちはなく、とても幸せな気持ちでした。
私は今の自分のこと、特に金吾さんのことをだんなさんにたくさん話したいと思っていました。もちろんかなわないことですけれどね。でも、たとえ夢の中ででも少し話が出来て嬉しかったです。
ちょうどこの日は友人とカラオケに行く約束をしていたので、幸せ気分で出かけました。そして友人にこの夢のことを話したら、
「きっと、安心して帰ってしまったんだね。それと、ちょっと焼きもちもあったかも?」
と言われました。
いずれにしても、何か、だんなさんが私のことを本当に見守ってくれているような気がしました。
私は諸事情でだんなさんの供養もお墓参りもほとんど出来ないでいます。これはとても申し訳ないと思っています。
なので私は3日に1回、「市に設備のしっかりした新しい透析病院設置か市民病院の透析室拡張を」と、twitterでつぶやいています。このことを定期的につぶやき始めて間もなく1年になろうとしています。
市に透析クリニックが1軒しかなかったため、だんなさんはとても苦労をしました。詳しくは書けませんが、思い出すと怒りがこみ上げて来ることもあります。
もちろん、医療問題は透析だけではありませんので、実現は難しいと思っています。でも、こうしてつぶやくことがだんなさんへの供養ではないかなと。お墓参りをしたりお経を上げることももちろん大切ですが、このような供養の仕方もあっていいような気がします。
と、色々書いてきましたが、だんなさんには、夢に出てきて話を聞いてくれてありがとう、これからもずっと見守っていてねって言ってあげたいです。
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よく、だんなさんの夢を見ます。一緒に旅行をしていたり、病院に入院していて元気がなかったり、色々なのですが、夢に出てくるといつも思うことは、「だんなさんはもういないのにどうして?」ということ。そして、目が覚めると「やっぱりだんなさんはいないんだ」と思い知らされ、とても寂しい気持ちになります。
でも今週の水曜日の明け方に見た夢は、私を元気にしてくれました。
だんなさんは夢の中に突然現れて、「帰ってきた」と言ったのです。それで私は
「透析はどうするの?」
と聞いたところ、
「やらない。もうあそこではやりたくない。やるならKクリニック(だんなさんが骨折するまで約10年間お世話になっていた透析クリニック)でやる。」
と言いました。で、私、
「うん、それでいいんじゃないの。」
と言いました。だんなさんが最後の3ヶ月間、透析を受けていたクリニック、前にも少し書いたことがありますが、病院との相性があまり良くなかったのですよね。通い始めて2ヶ月くらい経った頃から、行くのを怖がっていました。うん、よっぽど嫌だったのねと思いました。
それで私、実家に帰る前に病院に挨拶に行ったところ、2つの病院の態度が全然違っていたことを話しました。
Kクリニックでは院長先生が直接会ってくれたのですが、最後の3ヶ月間透析を受けていた病院は院長先生が出てこなかったこと。帰り際に看護師さんが「先生にあって行かれますか?」と聞いてきたので断ったことも話しましたが。
「ああ、そんなもんだ。」
ですって。
透析の話が終わったあと私は突然、「金吾さんの話をしなくては。」と思ったのです。それで、
「私、本気で応援したいアーティストさんが出来たんだよ。この前、ライブにも行ってきたし。」
と言ってみました。そうしたら、
「ほう、そうか。」
と言ってくれたので、昨年の9月に起こったことを順を追って話し始めました。話しているとき、何かすごく嬉しかったです。だんなさんはうんうんとうなずきながら聞いてくれました。
でも、公式ホームページの掲示板に書き込みをしたらご本人からお返事を頂いて嬉しかったことまでを話したところで目が覚めてしまいました。
それでもいつものような寂しい気持ちはなく、とても幸せな気持ちでした。
私は今の自分のこと、特に金吾さんのことをだんなさんにたくさん話したいと思っていました。もちろんかなわないことですけれどね。でも、たとえ夢の中ででも少し話が出来て嬉しかったです。
ちょうどこの日は友人とカラオケに行く約束をしていたので、幸せ気分で出かけました。そして友人にこの夢のことを話したら、
「きっと、安心して帰ってしまったんだね。それと、ちょっと焼きもちもあったかも?」
と言われました。
いずれにしても、何か、だんなさんが私のことを本当に見守ってくれているような気がしました。
私は諸事情でだんなさんの供養もお墓参りもほとんど出来ないでいます。これはとても申し訳ないと思っています。
なので私は3日に1回、「市に設備のしっかりした新しい透析病院設置か市民病院の透析室拡張を」と、twitterでつぶやいています。このことを定期的につぶやき始めて間もなく1年になろうとしています。
市に透析クリニックが1軒しかなかったため、だんなさんはとても苦労をしました。詳しくは書けませんが、思い出すと怒りがこみ上げて来ることもあります。
もちろん、医療問題は透析だけではありませんので、実現は難しいと思っています。でも、こうしてつぶやくことがだんなさんへの供養ではないかなと。お墓参りをしたりお経を上げることももちろん大切ですが、このような供養の仕方もあっていいような気がします。
と、色々書いてきましたが、だんなさんには、夢に出てきて話を聞いてくれてありがとう、これからもずっと見守っていてねって言ってあげたいです。
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