平安夢柔話

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望月のあと 覚書源氏物語『若菜』

2013-05-13 09:42:27 | 図書室3
 紫式部が探偵となって事件を解決するシリーズ、第3弾です。

☆望月のあと 覚書源氏物語『若菜』
 著者=森谷明子 発行=東京創元社 価格=1890円

本の内容紹介
 紫式部が物語に忍ばせた、栄華を極める道長への企みとは?平安の都は、盗賊やつけ火が横行し、乱れはじめていた。しかし、そんな世情を歯牙にもかけぬかのように「この世をばわが世とぞ思う…」と歌に詠んだ道長。紫式部は、道長と、道長が別邸にひそかに隠す謎の姫君になぞらえて『源氏物語』を書き綴るが、そこには時の大権力者に対する、紫式部の意外な知略が潜んでいた。

 「千年の黙 異本源氏物語」「白の祝宴 逸文紫式部日記」に続くシリーズ第3弾。この小説では、寛弘八年(1011)から寛仁三年(1019)までの出来事が物語られています。

 前半は、一条天皇崩御と三条天皇即位を背景に、道長が東三条殿の南殿に隠している謎の姫君を巡る物語、後半は三条天皇退位と一条天皇即位、それに続く敦明親王の東宮事態を背景に、都に頻発する貴族の邸宅や内裏への放火や強盗事件をミステリータッチで描いています。

 細かいストーリーを書くとものすごいネタバレになりますので、今回は私の気づいたことや感想に移りますね。ただ、感想の中に一部ネタバレが含まれていますのでご注意を。

 まず今作では、「白の祝宴」には登場しなかった承香殿の女御元子さまと、侍女の小侍従が物語の前半部分で登場します。元子さま、頼定さんに感化されたのか、すっかり明るい女性になっていて、「源氏物語」の熱狂的な愛読者になっていました。
 そして元子さまと頼定さんの駆け落ちの背景に、道長が隠していた謎の姫君の存在があったと、この小説では描かれていました。

 びっくりしたのは、その謎の姫君の出自です。

 確かに、東宮時代の三条天皇の尚侍だった綏子が密通によって身ごもった子供がどうなったかは不明ですし、子供の父親が本当に頼定さんだったのかは今となっては謎なので、「ああ、こういう想像も出来るんだ~」と、目からうろこ状態でした。そして紫式部が、その姫君の幸福を願って「玉鬘十帖」を書いたというのも面白いなあと思いました。

 後半部分には、修子内親王と敦康親王が登場してきます。「白の祝宴」では屈折したところがありましたが、2人とも立派に成長していました。
 そしてもちろん、阿手木や義清、小仲、糸丸、ゆかりの君も登場します。特に糸丸が大活躍します。
 後半部分では、内裏再建のために田舎から木材を運んできたり、その日の食べ物のために内裏や邸宅の建築に借り出される庶民たちの姿にスポットが当てられます。竹三条殿で修子内親王に仕える糸丸は、貴族たちと庶民たちのかけ橋のような役目をします。
 藤原道長が栄華を極める蔭で、まるで道具のように軽く扱われ、惨めな思いをしていた庶民たちの姿があったのだと、改めてはっとさせられました。そして自分の思うように世の中を動かす道長さん、ああやっぱり、このシリーズでの道長さんは悪役です。特に今作では本当に腹黒という感じでした。
 そして紫式部がそんな道長への皮肉を込めて、「若菜上」で光源氏が女三宮という、最高の身分、しかも藤坪の姪を妻にするという、栄華の極みを書き、「若菜下」でその栄華が一つ一つ消えていく物語を書いた、うん、そういう考えもできるのねとちょっと納得しました。

 全体の感想。

 今作も前の2作と同様、ストーリーに引き込まれ、楽しく読むことが出来ました。そして紫式部さん、さらに名探偵ぶりを発揮しています。
 それからいい味出しているのが和泉式部。特に前半部分の謎の姫君を巡る物語では大きな鍵を握っていました。

 この小説は寛仁三年、当時の太宰権帥の藤原隆家の家人である義清が、妻の阿手木を伴い、太宰府に到着するところで幕を下ろします。
 寛仁三年の太宰府というと、刀伊の襲来を間近に控えた時期です。義清がどうなるかは「千年の黙」のラストで明かされているのでわかっているのですが、阿手木たちと一緒に太宰府に下った小仲は?阿手木たちと太宰府で再会した瑠璃とその夫はどうなるのか?著者のあとがきによると、このシリーズはまだ続くようです。次回作が楽しみです。

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満つる月の如し 仏師・定朝

2013-05-05 18:52:52 | 図書室3
 今回は、先日読み終わった平安時代を舞台にした小説の紹介です。

☆満つる月の如し 仏師・定朝
 著者=澤田瞳子 発行=徳間書店 価格=1995円

出版社による本の紹介文
 時は藤原道長が権勢を誇る平安時代。若き仏師・定朝はその才能を早くも発揮していた。道長をはじめとする顕官はもちろん、一般庶民も定朝の仏像を心の拠り所とすがった。が、定朝は煩悶していた。貧困、疫病が渦巻く現実を前に、仏像づくりにどんな意味があるのか、と。華やかでありながら権謀術数が渦巻く平安貴族の世界と、渦中に巻き込まれた定朝の清々しいまでの生涯を鮮やかに描き出した傑作。最少年で中山義秀賞を受賞した気鋭の待望の最新刊。

 この本のことを知ったのはtwitterのフォロアーさんたちのつぶやきででした。
 私の大好きな時代を扱っているようだし、評価も高かったので、読んでみたいと思い、手に取ったのですが、「はて、定朝って名前は聞いたことがあるけれどどんな人だったっけ?」と疑問に思いました。

 そこで読む前に少し調べてみたところ、「ああ、平等院の阿弥陀如来座像を造った人か~」ということがわかったのです。平等院は大好きなお寺です。阿弥陀如来座像に関しては、私は視力が弱いのでよく見えませんでしたが、ぴりっと張り詰めたような雰囲気は伝わってきました。

 そこで期待を持って読み始めたのですが、最初は仏教や仏像の話が多く、私にはちょっと難しいのかな…と思ったのです。
 でも第2章の途中からすっかり引き込まれてしまい、後半部分は一気に読みました。私は最近、平日は遅くとも10時半には寝るようにしているのですが、気がつくと11時でした。寝る時間を忘れて最後まで読みふけってしまった本は、今年2月に読んだ海堂尊さんの「スリジエセンター1991」以来かも。

 それでこの小説のあらすじなのですが、簡単に言えば仏像を彫る天才的な才能を持っていながら仕事をさぼりがちな定朝が、隆範という一人の僧と出会い、その才能を開花させていくという感じでしょうか。すみません、ストーリーはこれ以上書けないです。全文を読んで驚いて欲しいです。
 ちょっと種明かししますと、平安の都を震撼させたある事件がこんな風に描かれているなんて、驚きの連続でしたし、その事件が平等院の阿弥陀如来座像につながっていくストーリー展開の巧みさにははっとさせられました。

 また、「苦しみの多いこの世は地獄なのか」とか、「この世を救うものはいったい何なのか」と色々考えさせられます。
 登場する歴史上の人物の性格の書き分けも見事ですし、政争に敗れた者たちや、その日その日を生き抜く庶民たちにもしっかりスポットが当てられています。感動しました。お薦めです。

☆主な登場人物

定朝
 七条仏所のあととり息子。仏像を彫る天才的な才能があるのにさぼってばかりいたが、隆範にさとされ、改心して才能を開花させていく。この世を救う仏像とはどんな姿なのか仏像で人を救うことが出来るのかと、いつも苦悩している。

.隆範
 高階成忠の晩年の子。比叡山の僧。定朝の仏像に惚れ込み、彼に立派な仏像を造らせようと心をくだく。この小説の大半は隆範の視点で語られる。

藤原道雅
 左近衛中将。藤原伊周の子。隆範は年下の大叔父に当たる。通説では「荒三位」と言われた無法者とされるが、この小説ではおとなしい、常識的な人物に描かれている。敦明親王を敵視している。

敦明親王
 藤原道長によって東宮位を追われた親王。そのためたびたび暴力事件を起こしたり、強盗に押し入ったりして都じゅうから恐れられている。

小式部
 太皇太后彰子の女房。和泉式部の娘。藤原教通や藤原公成と交渉を持ち、「恋多き女性」と言われるが産後の肥立ちが悪く若くして亡くなる。その時生まれた子の真の父親は?

中務
 太皇太后彰子の女房。小式部の友人で敦明親王の幼なじみ。敦明親王は本当は優しい方だと神事、彼を改心させようと心をくだく。心が優しく姿も美しい。

☆舞台となっている年代
 序章 永承八年=天喜元年(1053)
第1章~第4章 寛仁四年(1020)~万寿二年(1025)
終章 その後、天喜五年(1057)まで

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白の祝宴 逸文紫式部日記

2013-04-29 12:46:38 | 図書室3
 先日紹介した「千年の黙 異本源氏物語」の姉妹編として書かれた小説です。

☆白の祝宴 逸文紫式部日記
 著者=森谷明子 発行=東京創元社 価格=1890円

☆本の内容紹介文
 平安の世、都に渦巻く謎をあざやかに解き明かす才女がいた。その人の名は、紫式部。親王誕生を慶ぶめでたき場に紛れ込んだ怪盗の正体と行方は?紫式部が『源氏物語』執筆の合間に残した書をもとに、鮎川哲也賞受賞作家が描く、平安王朝推理絵巻。

 前作「千年の黙」と同じく、紫式部(香子)と侍女の阿手木が探偵となって事件を解決していく王朝ミステリーです。

 この小説は応仁の乱のさなか、一人の貧しい娘が「紫日記」という本を写本するところから始まります。「これは有名な紫式部が書いた日記、しかも、私たちの二十代前のおばあさまの名が書かれているのですよ」と娘は母から教えられていました。そして写本し終わった娘は本の表紙に「紫式部日記」と題名を記します。何か、最初から謎めいた雰囲気でした。

 物語は寛弘五年(1008)にさかのぼります。
 彰子中宮が出産をひかえた寛弘五年秋、2年以上里下がりをしていた香子は久しぶりに彰子が里下りしている土御門第に出仕します。
 そこでは、女房たち全員に彰子の出産やその前後の儀式の様子を日記に書き残すようにという、道長からの命令が出されていた最中でした。そして、その女房たちの日記をまとめる役を命じられたのが香子でした。香子はいささかうんざりしながらその仕事に取りかかります。

 やがて彰子は無事に帝の第2皇子を出産、土御門第全体がお祝い一色に包まれます。
 ところがそんなお祝いムードのさなか、中納言隆家の邸に盗賊が押し入り、盗賊の一人が土御門第に逃げ込んだあと姿を消すという事件が起こります。
 香子の腹心の侍女、阿手木の夫、義清が隆家の郎党である関係もあり、好奇心旺盛な香子は密かに事件の探索を始める…、というのが、この小説の序盤のあらすじです。

 ストーリーをこれ以上書くとものすごいネタばれになってしまうので、私の気がついたことや感想に移りますね。と言っても、感想の中にかなりネタばれがあるかもしれませんが。

 まず「紫式部日記」について。

 上の方で触れた彰子の出産や儀式をまとめた日記というのはもちろん、後世「紫式部日記」と言われている日記です。作者も紫式部だと言われていますが、何とこの小説では、「この日記は紫式部が書いたものではなく、複数の女房たちの書いた日記を紫式部がまとめたものであり、当の紫式部はほとんど筆を入れていない」と描かれているのです。

 確かに私も「紫式部日記」を始めて読んだとき、「何か不思議な日記」と思いました。出産にまつわる出来事が書かれていると思ったら、女房たちに関する批評になってみたり、誰かに宛てた手紙のようになってみたり…。
 そのような点で作者によるあとがきによると、「記述や文体がばらばら」なのだそうです。しかもこの時代から200年後に生きていた藤原定家の記録には「紫日記」とあり、誰が「紫式部日記」という題名をつけたのかは全く不明だそうです。そう考えると作者複数説は一つの説として興味深いと思いました。とにかく千年も前のこと、うん、こういう考え方も出来るのですね。

 ところで私が、「紫式部日記」を読んで面白いと思ったのは、昼寝をしていた宰相の君を起こしてしまう場面と、小少将という女房に対して「かわいらしい」と思う場面です。紫式部ってお茶目だなあと思いました。
 ところがこの小説によると、この場面も紫式部とは一切関係がなく、別の女房が書いた記述だということ、そしてその女房がこの小説の大きな鍵を握っているのです。私も読みながらびっくりしました。

 「紫式部日記」についてはこのくらいにして、登場人物や小説全体の感想に移りますね。

 これは前作「千年の黙」とも共通するところなのですが、作者の中関白家、ことに定子中宮の2人の遺児たち(定子中宮の遺児は3人いましたが、末娘の(女美)子内親王は寛弘五年の秋の時点では世を去っています)に対する深い同情を感じました。
 二宮が生まれてしまったことから彰子中宮と引き離され、隆家や伊周の邸、宇治の寺などを転々とし、「いつも僕を仲間はずれにする」と投げやりになる敦康親王や、自分の不幸な境遇から彰子中宮を恨み、意固地になってしまっている修子内親王。女房たちも次々に去ってしまい、世話をする人も少なく、寂しい環境に置かれた幼い宮たち…。
 私は定子中宮亡き後の遺児たちに目を向けたことがほとんどなかったので、2人の境遇には読んでいて胸が痛くなりました。
 それでも特に修子内親王に関しては小説のラスト近くに腹心の女房や童も出来、少しですが明るい希望が感じられて良かったです。これなら清少納言ともだんだん仲良くなれそうですし。

 その他にも、歴史上の人物が多数登場しますが、今作は阿手木や義清はもちろん、小仲や糸丸といった個性的なオリキャラの活躍が目立ったように思えました。前作でもそう感じたのですが、童というのは神出鬼没でいくらでも活躍できるのですね。そう考えるとこの小説はどちらかというと、彰子中宮の出産や「紫式部日記」を背景とした、時代小説という色が濃いかもしれません。その点、特に平安時代好きでなくても楽しめると思います。

 ただ私は謎解きというのが苦手なので、香子の推理力について行けないところもありました。特に「出産の時は女房たちは白い装束をたくさん用意するが唐衣と裳は1枚しか用意しない」と同僚女房から聞いたとたん「謎が解けた」という場面は「えっわからない!」でした。でも、最後の方に丁寧な種明かしの場面がありましたので、ここでわからなくても充分楽しむことが出来ました。次はどうなるのか気になって、長い小説ですがわりと短期間で読むことが出来ました。

 さらにこの小説にはもう1冊、「望月のあと」という姉妹編も出ています。こちらも読みましたので、近々紹介したいと思っています。

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千年の黙 異本源氏物語

2013-04-18 10:34:00 | 図書室3
 今回は、源氏物語と紫式部を題材にした小説の紹介です。

☆千年の黙 異本源氏物語
 著者=森谷明子 発行=東京創元社(創元推理文庫) 価格=987円

☆出版社による本の内容紹介
 帝ご寵愛の猫はどこへ消えた?出産のため宮中を退出する中宮定子に同行した猫は、清少納言が牛車に繋いでおいたにもかかわらず、いつの間にか消え失せていた。帝を虜り左大臣藤原道長は大捜索の指令を出すが―。気鋭が紫式部を探偵役に据え、平安の世に生きる女性たち、そして彼女たちを取り巻く謎とその解決を鮮やかに描き上げた絢爛たる王朝推理絵巻。鮎川哲也賞受賞作。

☆目次
 第一部 上にさぶらふ御猫 長保元年
 第二部 かかやくひの宮 寛弘二年
 第三部 雲隠 調和二年~寛仁四年

*この本は、2003年に単行本が刊行され、その後文庫化されました。現在は文庫のみ入手可能です。
 なお私は単行本の方を読みました。最後の方にも書きますが、単行本と文庫版では、人物明や表記に違いがあるそうです。私は、文庫版は未読ですので、単行本に沿って内容や感想を書かせていただきます。ご了承下さいませ。

 紫式部や夫の宣孝、女房のあてきが探偵役となり、定子中宮のもとからいなくなってしまった猫や、彰子中宮に献上した「源氏物語」の中から、なくなってしまった「かかやくひの宮」の巻を探すという、王朝ミステリーです。

*以下、ネタばれがあります。ご注意を…。

 第一部のさわりのストーリーです。

 出産のため平生昌の邸に行啓された定子中宮のもとから、主上(一条天皇)寵愛の猫の命婦がいなくなり、それから程なくして、主上への入内を控えていた左大臣道長の娘、彰子のもとからも猫がいなくなってしまいます。

 そこで探索を命じられたのが紫式部(その頃は宮仕えに出ていないので藤原香子さまなのですが、便宜的に紫式部で通させていただきます。なおこの小説では、彼女に使える女童の視点で物語が展開する場面が多いので御あるじと記してありましたが)の夫、藤原宣孝でした。そして、紫式部とその女童、あてきも捜査に協力することになるのです。

 そんなある日、あてきは内裏の近くで、猫を抱いて雨宿りをしていた承香殿の女御、藤原元子さまに使える女童、いぬきという少女と出会います。猫の処分に困っていたいぬきをみて、あてきは猫を紫式部の邸にこっそり持ち帰るのですが、さて…。

 感想。「枕草子」にもあるように、平生昌の邸の門は小さく、車が門を通ることが出来ず、女房たちは車を降り、邸まで歩かなければならなかったのですよね。なので門に入れなかった車がその後どうなったのかという、この小説の視点はとてもユニークに感じました。確かに誰かが「ちょっと拝借」と思って、こっそり使ってしまったかも。

 第二部のストーリーのさわりです。

 猫の事件から6年後、宣孝はすでに世を去っています。

 源氏物語「桐壺」「かかやくひの宮」「若紫」「紅葉賀」「花宴」「葵」「榊」「花散里」「須磨」「明石」「澪標」の11帖を書き上げた紫式部は、主上の中宮となっている彰子さまに物語を献上します。そして、彰子さまの女房5人が物語を写本し、物語は都中に広まっていきます。

 ところが、物語を読んだ人たちから、「物語のつじつまが合わない」という感想が紫式部のもとに寄せられます。
 不審に思ったあてき改め小少将は探索に乗り出します。そしてどうやら、「かかやくひの宮」の巻がなくなってしまったということに気がつきます。

 一方、いぬき改め小侍従は、主人の元子さまの住む堀河殿にて、元子さまの母の月命日の夜になると笛の音が聞こえるのに不審を抱き、小少将に相談するのですが…。

 感想。「源氏物語」のうち、空蝉や夕顔・末摘花、玉鬘の出てくる巻はあとから書かれたという、この小説の下敷きになっている説は興味深いなあと私は前から思っていました。
 そして、「桐壺」と「若紫」との間にもう一つ、巻が存在したという説も興味深いです。もし存在していたら私も読んでみたいです。
 確かに印刷機がなかったこの時代、書き写す仮定で移し間違ったり、巻きを一帖隠したりして、物語が作者の手を離れ、だんだん違った物に作り替えられてしまうということはあったかもしれませんよね。

 第三部のストーリーのさわりです。

 第三部は第二部の後日談と言えると思います。紫式部が「雲隠」という巻を書き始めるのですが、それを道長の前で燃やしてしまう場面と、小少将が紫式部の娘、賢子と無量寿院で再会する場面が中心となっています。

 感想。実は、この小説の道長は悪役です。なので永井路子さんの小説「この世をば」の影響で道長のファンになってしまった私には少し読むのが辛い部分がありました。でも、「これも権力者道長の一面なのだ」と思って読みました。悪役になるってことはそれだけ魅力があるということですものね。それに私は紫式部も大好きですので。

 紫式部は反道長派の実資と彰子を結びつける役をしたことから道長に疎まれ、宮中を追われたと書いてある本もありましたが、この小説では「雲隠」を焼くことで道長に復讐し、自ら宮中を去っていきます。その潔さにはちょっと胸がすかっとしました。

 全体の感想ですが、猫がいなくなったり本がなくなったりするという、身近にも起こりそうな題材をミステリーに仕立ててありますが、ストーリーにぐんぐん引き込まれ、楽しく読むことが出来ました。
 また、定子中宮の行啓や彰子の入内を物語の背景にしたりなど、時代考証もしっかりしていて、その点でも楽しめました。

 登場する歴史上の人物も、紫式部や道長、彰子はもちろん、清少納言、平惟仲、藤原元子、藤原実資など、バラエティーに富んでいます。紫式部は明るくて行動的、彰子は頭が良くて心の優しい女性で魅力的でした。
 ほんのちょっとですが、具平親王が出てきたのには驚きました。具平親王は、同時代を扱った他の小説では名前や噂話で登場するだけなのに、この小説ではしゃべって動いています。嬉しかったです。

(付記)
 最初の方でも書きましたが、私の読んだ単行本と、現在入手可能の文庫版では、人物名や表記に違いがあるそうです。

 この小説の姉妹編の「白の祝宴 逸文紫式部日記」のあとがきによりますと、小少将という名前の女房が、彰子中宮の女房に実在するところから、文庫版では紫式部の女房、、小少将は女童時代は「あてき」、成人してからは「阿手木」と記述されているそうです。
 なお「白の祝宴」も最近読みましたので、こちらで紹介したいと考えています。

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十二単衣を着た悪魔 源氏物語異聞

2013-04-06 19:12:53 | 図書室3
 今回は、最近読んだ「源氏物語」を題材にした小説を紹介します。

☆十二単衣を着た悪魔 源氏物語異聞
 著者=内館牧子 発行=幻冬社 価格=1680円

(出版社による本の内容紹介)
 59もの会社から内定が出ぬまま二流大学を卒業した伊藤雷。困ったことに、弟は頭脳も容姿もスポーツも超一流。そんな中、日雇い派遣の仕事で「源氏物語展」の設営を終えた雷は、突然『源氏物語』の世界にトリップしてしまった。そこには、悪魔のような魅力を放つ皇妃・弘徽殿女御と息子の一宮がいた。一宮の弟こそが、何もかも超一流の光源氏。雷は一宮に自分を重ね、この母子のパーソナル陰陽師になる。設営でもらった「あらすじ本」がある限り、先々はすべてわかる。こうして初めて他人に頼られ、平安の世に居場所を見つけた雷だったが…。光源氏を目の敵にする皇妃と、現代からトリップしてしまったフリーターの二流男が手を組んだ。構想半世紀、渾身の書き下ろし小説。


 脚本家の内館牧子さんによる、「源氏物語」を題材にした小説です。

 (本の内容紹介)にもありますように、現代の青年が「源氏物語」の世界にタイムスリップしてしまうという、ちょっと信じられないような設定です。主人公の雷はかつて、安倍晴明にはまったことがあるため「雷明」と名乗り、派遣の仕事でもらった「源氏物語」のあらすじ本と薬を武器に将来起こることを予言したり、弘徽殿女御の病気を治したりして、陰陽師として女御の信頼を得ていきます。

 この小説のキャッチフレーズはずばり、「弘徽殿女御から見た源氏物語」というところでしょうか。

 弘徽殿女御というと、桐壺皇位をいじめたり、源氏に無実の罪を着せて宮廷から追い払ったりなど、意地悪で気の強い女として描かれています。

 でも私は、彼女を好きか嫌いかは別として、「弘徽殿女御の登場シーンがもっと多かったら、物語は政治小説の色がさらに濃くなって、より面白くなるのになあ。」と思っていました。なのでこの小説、とても興味深く読むことが出来ました。

 確かに弘徽殿女御は、一番最初に桐壺帝に入内し、東宮の母であるのに帝の寵愛は桐壺皇位や藤坪に奪われ、東宮は帝からあまりかえりみられなくて、ちょっとかわいそうですよね。
 でも、そんな環境にめげず、自分の妹を東宮に入内させようとしたり、東宮が即位して朱雀帝となると、自ら母后として政治を執り行う様子が原典からも伝わってきます。

 でもこの小説はさらに、弘徽殿女御のキャラクターや行動をふくらませています。そのあたり、ちょっと箇条書きにしてみます。

①弘徽殿女御は現代でいうなら自立したキャリアウーマン。怨霊など信じていない。生まれるのが千年早すぎた。
②弘徽殿女御は、藤坪の生んだ子(後の冷泉帝)の実父が光源氏であることを知っていた。そのことを桐壺帝に話してしまうし、藤坪にも容赦ないことを言って追い詰める。
③弘徽殿女御は思ったことをずばずばと言う。確かに気が強いが、妻子を亡くした雷をいたわる優しいところもある。

 「あとがき」によると、内館さんは高校時代から、弘徽殿女御が好きだったのだそうです。なので思い入れの強さが小説全体から伝わってきました。弘徽どのの女御の立場から「源氏物語」を読むとこんな風な解釈ができるんだ~と目からうろこでした。かよわい桐壺皇位は女を武器に帝にすり寄るしたたかな女、藤坪は光源氏との密通をひたすら隠し、我が子を東宮にしようと画策するずるい女になってしまうのですね。

 弘徽殿女御だけでなく、この小説、他にも色々読みどころがありました。

 これは以前に紹介した「小袖日記」、こちらは、現代のOLが平安時代にタイムスリップし、「源氏物語」を執筆中の紫式部と出会うという設定なのですが、それと同じく、現代の若者から見た平安時代の描写が面白かったです。例えば歯を指で磨くところとか、冷房も暖房も携帯もネットもない暮らしのこととか…。

 あと、光源氏のことを「ラテン系」と思うところはちょっと笑えました。確かに夕顔や葵の上の死にわあっと泣いたあと、すぐにからっとして忘れたように別の女の所に行ってしまうところなど、確かにラテン系かも。

 主人公の雷が、自分とできのいい弟を、東宮と光源氏に重ね合わせるところも読みどころだと思うのですが、光源氏がなかなか魅力的に描かれていたのは嬉しかったです。特に光源氏が物語のラスト近くで言った言葉、「私は最近、思い供養というのをやっているのだよ。死者を思い出してあげることが供養になるのではないか。」は、私の心にじーんとしみ込みました。

 今まで自分には居場所がないと思っていた雷が、「源氏物語」の世界で居場所を見つけていくところも感動的ですし、彼が最後に見つけた夢が実現するといいなあとも思いました。ストーリーにぐんぐん引き込まれ、次はどうなるかと思いながら楽しく、しみじみと読むことの出来た1冊でした。

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万葉の華 ー小説 坂上郎女

2013-01-28 11:47:14 | 図書室3
 今回も、最近読んだ奈良時代を扱った歴史小説を紹介します。

☆万葉の華 ー小説 坂上郎女
 著者=三枝和子 発行=読売新聞社

☆内容
 朝廷の権力争いの渦中で、家刀自(女あるじ)として大伴家を支えた旅人の異母妹。万葉集の編集に情熱を燃やした美貌の歌姫の波乱の物語。書き下ろし歴史長編小説。

*すでに絶版のようです。興味を持たれた方図書館か古書店を当たってみて下さい。

 文字通り、女性では万葉集に一番多くの歌を残した歌人、大伴坂上郎女の生涯を描いた小説です。著者によるあとがきによると、万葉集の編集に坂上郎女が深く関わっていたのではないかという仮説に基づいて書かれたのだそうです。

 この小説は、五つの章に分かれています。

 第一章では、若い頃の郎女の姿が描かれます。

 物語は和銅六年(713)、郎女が14歳の時、穂積皇子に見初められて入内するところから始まります。
 そして、2年後に皇子が亡くなり、その後、藤原麻呂の恋人になるが、母の薦めで異母兄の宿奈麻呂と結婚、2人の娘をもうけますが、数年後に死別します。第一章で早くも宿奈麻呂まで亡くなってしまってびっくりしましたが、先を読み進めてみました。

 第二章は、主に太宰府が舞台になっていました。太宰府に赴任した異母兄の旅人の妻が亡くなり、主婦替わりとして郎女が太宰府に下るのですが、そこで起こった出来事が描かれます。

 第三章は、旅人の死、大伴家の家刀自として、娘たちの将来について計画を立てる郎女の姿が描かれます。

 第四章では、藤原四兄弟の死、広嗣の乱、それに続く聖武天皇の都移りを背景に、結婚した甥の家持と娘の大嬢の様子、母と娘の心のすれ違いなどが描かれています。

 第五章は、家持の越中守る在任時から始まり、藤原仲麻呂の乱の直後くらいまでが、郎女の視点で描かれています。

 読んだ感想は、不幸にも負けず、大伴家の家刀自として、家を守ろうと努力する郎女の姿に頼もしさを感じました。

 でも、家刀自としての郎女の姿が強すぎて、ちょっとついて行けない部分もありました。大伴家くらいの家格では自由恋愛は皆無の時代ですが、娘たちの将来をすべて決め、支配してしまうというのはどうなのでしょうか?(これは現代的な視点かもしれませんが)

 なので大嬢と心がすれ違ったり、乙嬢の結婚が不幸な結果を招いたりしたのでしょう。娘たちから「大伴、家のためという考えは古い」と言われても、郎女は果たしてどのくらい、そのような考えを理解していたのでしょうか。この小説、もう少し、郎女の恋愛の部分、ことに穂積皇子、麻呂、宿奈麻呂との恋愛にスペースを割いても良かったように思えました。

 そんな意味でも、私が持っている郎女について書かれた他の本、『裸足の皇女(永井路子著 文藝春秋 「恋の奴 以下四編)』『人物日本の女性史1(円地文子監修 大伴坂上郎女の部分)』なども読んでみたいと思いました。

 すみません、ちょっと批判的なことを書いてしまいましたが、この小説、時代考証もきちんとしていますし、人物の性格の書き分けもわりとはっきりしています。特に、ほんのちょっとしか登場場面がないのですが、穂積皇子と大伴池主が印象的でした。

 穂積皇子は、かなりの好人物に描かれていますし、彼に『古事記』や『日本書紀』の歌を教えてもらったことが、後に郎女が『万葉集』を編集するきっかけとなったと描かれています。なのでこの小説では、穂積皇子は重要人物だと思います。

 池主は、家持の越中守時代の部下で、弟の書持を見舞うために家持から奈良の都に遣わされるのですが、そのとき、郎女と歌について色々と会話します。郎女は、池主のことを好ましく思うのですが、私は、「ああ、郎女はこういう頭が良くて、歌について色々会話が出来る人を求めていたのか。こういう人に会えて良かったね」と思いました。

 それと、最後に光を放っているのが郎女の次女、乙嬢です。以下、ネタばれ注意です。

 乙嬢も姉と同じく、母の決めた大伴一族の男性と結婚するのですが、夫は橘奈良麻呂の変に連座してしまいます。夫は死んでしまったという知らせを受け、乙嬢は尼になって寺に入ってしまうのですが、実は生きていて、他の女性と逃げていたことが最後にわかるのです。何かすごく切なかったです。この時代の女性は、こうした哀しい運命を背負った人が多かったのでしょうね。

 それに比べると郎女は、夫と早く死別したけれど、大伴一族の家刀自として権力を振るうことも出来たし、歌の才能も発揮できたし、編集に関わったとされる万葉集を後世に残すことも出来たのですから、幸せな人と言えるかもしれませんね。

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法体の女帝 道鏡伝説異聞

2012-12-27 12:41:33 | 図書室3
 今回は、奈良時代を扱った歴史小説を紹介します。

☆法体の女帝 道鏡伝説異聞
 著者=小石房子 発行=作品社 価格=1890円(税込み)

☆本の内容紹介
 日本史上唯一の女性皇太子として聖武天皇を継ぎ、騒乱と謀略の渦巻く平城京に道鏡を師に仏国土の実現を夢見るが、藤原一族・吉備真備らに重篤の身を幽閉され、孤独の内に悶死するその凄愴な生涯。

 1ヶ月くらい前に読みました。なので記憶がちょっと薄れていて、勘違いな事を書いてしまうかもしれません。ご了承下さい。

 聖武天皇と光明皇后との間に生まれ、史上唯一の女性皇太子となって、2回即位した孝謙・称徳女帝の生涯を描いた小説です。
 彼女に関しては、道鏡を天皇にしようとしたとか、わがままな振る舞いが多かったとか、あまり評判が良くないようです。
 でも、私が最初に彼女のことを知ったのが永井路子さんの「歴史を騒がせた女たち」で、彼女について女帝は道鏡を純粋に愛していた。人を愛するのがいけないことなのか?」と、好意的に書いてあったので、私はそれほど悪いイメージを持っていません。

 それでこの「法体の女帝」も、以前、ネット上での書評を見ていて、孝謙・称徳女帝について好意的に書いてあるという情報を仕入れていたので、手に取ってみました。

 この小説は、女帝の崩御後、吉備真備の娘、由利が、下野国の寺に左遷された道鏡を訪ね、密かに持っていた女帝の遺骨の一部をわたす場面から始まります。その後、少女時代から崩御まで、女帝の生涯が回想されていきます。内容もわかりやすくなかなか面白かったです。

 読んだ感想は、孝謙・称徳女帝って純粋で素直な心の持ち主だったのかもしれない…、ということです。
 例えば、若い頃、藤原仲麻呂にほのかな恋心を抱いたり、父の聖武天皇を心から慕っているところなど、素敵だなと思いました。
 そんな素直な心で、看病に来てくれた道鏡を愛したのかもしれません。しかし、女帝は結婚できないという不文律もありましたし、しかも二人とも出家のみ、夫婦になることは望めませんでした。なので彼女が、「道鏡をせめて、中継ぎの天皇にしてあげたい」と思ったことは自然なことだったのかもしれません。

 ところで道鏡の出自についてこの小説では、天智天皇の皇子、志貴皇子のご落胤で、母の実家の弓削氏に養われたとなっていました。
 確かに、ネットで調べてみたところ、弓削氏出身説と、志貴皇子の子共説があるようですね。

 それで私もちょっと考えてみたのですが、血統とか、身分制度のうるさいこの時代、いくら女帝といえども、天皇家と全く関係ない男性を天皇にしようなんて大それた事は考えないのではないかと、なので、道鏡が皇孫だったことは、公然の秘密だったのでは。そして女帝も、そのことを知っていたのではないかと思いました。あくまでも私の私見です。

 それはともかく、道鏡を天皇にするという女帝の計画は、宇佐八幡の信託によって打ち砕かれてしまいます。間もなく女帝は病に倒れ、道鏡と会うことも許されず崩御します。このような二人の運命は、今の私にとって、読んでいてとても切なかったです。

 ところで、病気になった女帝にただ一人付き添うことを許されたのが、小説の冒頭部分に出てきた吉備由利でした。由利は、女帝と道鏡を会わせてあげたいという気持ちと、「天皇家やこの国を守るため、帝と道鏡を会わせてはならぬ」という父の命令の板挟みになって苦しんでいました。こちらも切なかったです。結局由利は、父の命令に従ったのですが、女帝へのつぐないの気持ちで、左遷された道鏡に、女帝の遺骨の一部を届けに行ったのかもしれません。ん

 もちろんこの「法体の女帝」は、あくまでも小説ですので、作者の創作や私見もかなり入っていると思います。

 しかし著者のあとがきによると、孝謙・称徳女帝はこの小説にも触れられていましたが、実際、多くの奴婢を解放したり、死刑制度を廃止したことが、「続日本紀」に書かれているそうです。彼女の業績について、もっと見直してあげた方がいいように思えました。

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恋衣 とはずがたり

2011-10-15 20:47:22 | 図書室3
 今回は、鎌倉時代の歴史小説を紹介します。

☆恋衣 とはずがたり
 著者=奥山景布子 発行=中央公論新社 価格=1680円

☆要旨
 十四の歳から寵愛を受け続けた後深草院、結ばれぬ初恋の人・実兼、禁忌を犯した高僧・有明の阿闍梨…男たちとの愛欲に溺れる華やかな宮廷生活から、晩年は尼となり自らの脚で諸国を遍歴した、美しく、気高く、そして奔放な一人の女がいた。己の出生を知らぬまま平凡に暮らしてきた露子はある日、亡き母・二条が遺した手記とめぐり合う―。鎌倉末期の、もつれ合う愛が現代に蘇る長篇小説。


 後深草院二条の著した手記「とはずがたり」を、西園寺実兼との間の娘、露子が読んでいくというスタイルで書かれた小説です。なので、露子の実生活と、「とはずがたり」の引用が交互に展開していきます。少しネタばれになりますが、内容を紹介してみましょう。

 二条と西園寺実兼の間に生まれた娘の消息については、その頃、実兼の正妻が生んだ娘が生後間もなく亡くなったので、すり替えてしまったと書いてある本もあります。
 また、新とはずがたり(杉本苑子著)では、実兼の家来の妹の嫁ぎ先に養女に出されたという設定になっています。こちらは小説なので作者の創作なのでしょうけれど、実際、実兼と二条の間の娘の消息については不明な点が多いのかもしれません。

 この「恋衣 とはずがたり」では、娘は「露子」と名付けられ、実兼の家司の家に養女に出されたことになっていました。
 露子はそのことを全く知らずに成長するのですが、15歳の時、実父が実兼であることを知らされます。でもその時は、母については何も教えてもらえませんでした。

 やがて露子は結婚し、男子を一人もうけます。しかし、夫はよその女との間に娘を作ってしまいます。裏切られた露子はひどく傷つくのですが、間もなく夫は病で世を去ります。それ以前に養父も亡くなり、息子は元服して家を出て行き、養母は出家、露子は静かな未亡人生活を送ることになるのですが、そんな時、実兼が二条の手記を露子のもとに持ってきたのでした。そして実兼は、「この中に勅撰集に入れるのにふさわしい歌はないか、探して欲しい」と露子に頼みます。

 実兼から初めて実母のことを知らされ、動揺する露子でしたが、手記を巻一から順番に読んでいきます。その衝撃的な内容に、さらに動揺する露子でした。自分が生まれたときのことを記した場面を読んだあとは、何日も続きが読めなくなったり、有明と二条の契りの場面を読んだときは、「おぞましい」と思ったりします。

 しかし、読み進めていくうちに、母の手記を冷静な目で見られるようになっていくところが文章から伝わってきます。
 母の手記を「源氏物語」に似ていると思ったり、文章は面白いが歌はあまり深みがないと感じたりします。その結果、露子は実兼に、「この中には勅撰集に入れるような歌はありません」と言うことになるのです。
 また、この手記は後深草院や亀山院といった高貴な人たちの秘事にも触れており、今、世の中に出すのはまずいと思うようになります。露子は実兼から借りた手記を写本するのですが、結局、自分の文箱に隠してしまいます。いつかこの本を世に出してもいい時代が来ることを願いながら…。なるほど、「とはずがたり」が昭和時代になるまで陽の目を見なかったのは、そんな事情があったのかもしれない…と思いました。

 そして最後に露子は、夫がよその女(この女は露子が手記を読んでいるときに急死します)との間に作った娘を養女にする決心をします。もちろん、そのように決心するまでの露子には心の葛藤がありましたが。それでも、この娘と露子が実の親子のようにうまく行きますようにと願いながら、私は本を閉じました。

 読んだ感想ですが、娘の立場からの「とはずがたり」の解釈がとても面白かったです。二条という女性の奔放さだけではなく、出家してからの様々な出来事によって成長していく姿もかいま見られました。

 そして、二条が最後まで慕っていたのは、彼女を幼いときから養育し、愛し、もてあそんだり裏切ったりした後深草院だったのかな?…と思ったりしました。文章もなめらかできれいで、とても読みやすいです。二条と露子の時空を超えた世界をぜひ味わってみて下さい。

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なりひらの恋 在原業平ものがたり

2011-06-06 22:03:11 | 図書室3
 前回に紹介した「業平ものがたり」に引き続き、伊勢物語関連の本の紹介、今回は、業平を主人公にした小説を紹介します。

☆なりひらの恋 在原業平ものがたり
 著者=三田誠広 発行=PHP研究所 価格=1470円

☆本の内容
 美男子なのに後ろ向き、高貴な出なのにマイペース…それでもみんなに愛された「なりひら」の恋物語。

☆目次
 春の章  起きているのか寝てるのか
 夏の章  わけもなく物想いにふける
 秋の章  これがほんとうの恋なんだね
 冬の章  都鳥さん教ぇておくれ
 あとがき “
主要登場人物・略系図

 「伊勢物語」の主人公のモデルとされる、在原業平の恋と生涯を、軽いタッチで描いた小説です。

 巻末の著者によるあとがきによると、この小説の業平は、史実の業平ではなく、「伊勢物語」のむかし男の業平、だから、「業平」ではなく、「なりひら」という表記になっっているのだそうです。

 確かに、史実的には「あれ?」と思う場面がありました。例えば、小説のラストの方に、業平が光孝天皇のお供をして狩に出かけるエピソードがあります。
 この話は、「伊勢物語」114段に掲載されている話ですが、光孝天皇が即位した当時、業平はすでに世を去っているので、この話は兄の行平のエピソードではないかと言われています。
 それで、なぜこのようなエピソードを業平のエピソードとして収録したかについて、あとがきによると、仁明天皇の皇子でも、皇位からはほど遠く、世の中から忘れられていた存在だったのに突然帝になった光孝天皇と、平城天皇の嫡流である業平は同じ境遇だからということでした。皇位から遠ざけられ、忘れられた皇族というのが共通点ということでしょうか。
 つまりこのエピソードは、もし、業平が同じ境遇だった光孝天皇が即位するまで生きていたら、どのような想いで光孝天皇を見ていたのかという、歴史フィクションと言えるかもしれません。これはこれで良いのではないかと思いました。

 前置きが長くなってしまいましたね。では、小説の内容と感想に移ります。

 この小説は、業平自身が自分のことを「なりひら」と呼んで、その生涯を語るというスタイルで書かれています。なので、業平の心の動きがストレートに伝わってきました。

 内容は、「伊勢物語」に収められているエピソードの他、作者によるフィクションもかなり織り込まれています。その例をいくつか挙げてみます。

・業平が高子の実父長良と酒を飲む場面がある。
・業平がふとしたことから菅家廊下に出入りするようになり、菅原道真から学問についての教えを受ける。逆に、業平が道真に和歌の手ほどきをする場面もある。
・伊勢物語23段(筒井筒の段)に登場する、「高安の女」の兄という設定の奈良麻呂というオリキャラが登場し、重要な役を演じる。

などです。

 また、この小説の大きなテーマは業平と高子の恋愛なので、「伊勢物語」に収められた2人の逃避行の話ももちろん出てきます。
 しかし、「伊勢物語」とはちょっとストーリーが違っていて、業平は高子を、母、伊登内親王の住む旧長岡京に連れて行き、2人は数日間、ここで一緒に生活しています。結局、「伊勢物語」と同じく、高子は兄たちによって平安京に連れ戻されてしまうのですが、業平と高子が短い間ながら、一緒に暮らすことが出来たという話は、何となく夢があっていいなあと思いました。

 あと面白かったのは、業平が他の歌人たちについて辛口の批評をしているところです。
 百人一首に収められた行平の歌や光孝天皇の歌などは、「つまらない歌」と切り捨てられています。僧正遍昭のことも、「歌が技巧に走りすぎていてけしからん」と言っていますし…。でも、「業平さん、あなたの歌も同じくらい、技巧に走りすぎていませんか?」とちょっとつっこみたくなってしまいました。

 この「なりひらの恋」は、以前に紹介した「異文・業平東国密行記」で描かれたようなかっこいい業平を期待するとかなり裏切られますし、史実とはかけ離れているかもしれませんが、エンターテインメントとして楽しむことが出来た1冊でした。さらっと気軽に読めるので、「伊勢物語」や業平にそれほど詳しくなくても楽しめると思います。


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源氏物語 悲しみの皇子

2011-04-26 22:24:32 | 図書室3
 今回は、「源氏物語」を題材にした小説を紹介します。

☆源氏物語 悲しみの皇子
 著者=高山由紀子 発行=角川書店 価格=1785円

☆内容
 寛弘三(1006)年、左大臣の藤原道長は、一条天皇の中宮彰子の世話役として紫式部を御所に迎え入れた。我が娘の彰子に皇子を生ませたい道長は、式部によって紡ぎ出される大人の愛の物語が彼女に力を与えると信じて疑わなかった。式部が彰子に語り聞かせる魅惑の物語―。輝くばかりの美貌と才能を持つ光源氏と源氏に心を奪われる女性たち。だが、愛する女性を不幸にしてしまう自らの運命に傷ついた源氏は、魔道に墜ちて鬼と化し、作者・紫式部の前に立ち現れる。陰陽師・安倍晴明が怨霊と対峙するが…。新機軸で綴られた全く新しい源氏物語。

 本年公開の映画「源氏物語」の原作本です。なので、映画を楽しむために内容を知りたくないという方、このあとにかなりネタばれが書いてありますので、ご注意を…。

 まず書いておきますが、この小説、史実的にはかなり「あれ」と思う場面があります。

 小説の本編は、寛弘三年(1006)頃から始まりますが、この時点ですでに世を去っているはずの東三条院詮子や安倍晴明が登場します。
 最も晴明は、この前年に世を去っていると公表されているが、実は生きているという設定になっています。そして、年齢は不詳ということになっています。晴明さん自身が「不思議な人物」というイメージがありますし、この小説でも重要な役を演じているので、これはこれでいいのかもしれません。というか、この小説、最初から最後まで不思議な雰囲気が漂っているような気がしました。、

 この小説は、彰子の宮廷に使える紫式部の現実世界と、光源氏の物語が交互に展開するという構成になっています。

 紫式部の現実世界では、内容紹介にもありますように、娘の彰子に皇子を生ませたい権力者藤原道長は、紫式部が描く大人の物語が彼女に力を与える、つまり、道長は紫式部の書く物語を政治的に利用しようとしています。
 しかし紫式部は、そんな道長に抵抗します。彰子が藤原行成を慕っていることに気がついた紫式部は、ある日、2人を密会させます。「え、このまま彰子と行成が関係を持って、後一条天皇は実は行成の子だった…なんて描かれるのかしら?」とちょっと心配になりましたが、そこまで史実を曲げることはしていなかったのでほっとしました。もし、そんな風に描かれていたら、私はこちらでこの小説を紹介しなかったかも…。

 話が少し横道にそれてしまいましたが、彰子と行成の間には、結局何事もなく終わります。その直後、彰子が一条天皇との間の子を懐妊していることが発覚します。このことを知った紫式部は、「結局、女は悲しい生き物だ」と実感するのでした。

 一方、光源氏の物語は、源氏物語の現代語訳ではなく、著者独自の「源氏」の世界が展開されています。
 特に、原典ではあまり触れられていない、藤壷の宮と光源氏の出会いや密通の場面が、細やかに描かれています。最後に明かされる、桐壷更衣と似ているという理由で桐壷帝の妃となった藤壷がどのような想いを抱いていたのか、どのような想いで源氏に近づいたのかも、そのような解釈も出来るんだと、納得という感じでした。
 それから、1つ驚いたことは、夕顔と六条御息所の思わぬ関係です。でも、このことを書くとものすごいネタばれになるので、書くのを控えさせて頂きますね。1つ言えることは、もし、2人の関係がこの小説で描かれた通りだったら、六条御息所が嫉妬のあまり、源氏の愛した女性たちに生霊、死霊となってとりつく理由もよりはっきりとわかるような気がしました。

 こうして、2つの世界が交互に展開し、物語が進んでいくのですが、自分の愛した女性たちを次々と不幸にしていく光源氏は、自分の生まれた意味について悩み、ついに紫式部の前に鬼となって現れます。そして、鬼となった光源氏と安倍晴明が対決し、晴明は光源氏を封印します。

 しかしその後、源氏との間に不義の子を出産してしまった藤壷の本当の気持ちについて、どのように書こうかと悩む紫式部の前に、光源氏が再び現れ、現実世界と物語は不思議に融合します。小説のラストでは、光源氏の行く末を見届けようと決心する紫式部が描かれます。

 この小説の大まかなストーリーは以上の通りですが、上記に書いたように史実的にあれっと思うところ、例えば、既に亡くなっているはずの東三条院詮子が登場し、道長に反旗を翻すといった、あり得ない設定は気になりましたけれど、全体的にはよくまとまっていて、すらすらと読むことが出来ました。

 何よりも、ストーリーが変化に富んでいて面白いです。

 細かい歴史事項はともかく、寛弘三年当時の彰子に皇子が生まれることを待ちわびる道長の姿などはほぼ史実に忠実ですし、「源氏物語」の世界も、しっかりした解釈をもとに描かれているように思えました。安倍晴明と光源氏の対決の場面も迫力があり、映像化されたら見てみたいと思いました。

 また、登場人物1人1人も生き生きと動いています。

 紫式部は、自分の意見をしっかり持った頼もしい女性、道長がかなり傲慢ですが、権力者としては魅力的です。式神をあやつる晴明や、誠実な行成も素敵です。初めは人形のようだった彰子も、女性として少しずつ成長していき、好感が持てました。

 このように、この「源氏物語 悲しみの皇子」は、紫式部を巡る人々と「源氏物語」を題材にした、異色の時代小説というイメージを受けました。
 史実重視の物語や正統派の「源氏物語」を期待すると、少し裏切られるかもしれませんが、物語の醸し出す不思議な世界にぐんぐん引き込まれ、楽しむことが出来る1冊だと思います。

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