ブラジル国内は7か所で公演。
それぞれ舞台の大きさも高さも、そして設備も違う。
各地の受け入れ団体は日系人協会。
それぞれ異なった事情を持っているがため、
一応最低限の希望は伝えていたが、
具体的にこうして欲しいとは言えない。
ある会場では舞台照明の会社を呼んでいたが、
公演終了後、その会社のチーフは怒っていた。
「協会は、予算は少ないけれどよろしく
としか言ってくれないから、最低限のものしか持ってこなかった。
でもこれだけの芝居だということがわかっていたら、
もっとやりようがあった」
私たちにすれば、この言葉だけでも嬉しいことだ。
私たちの芝居を認めてくれたことだから。
誤解を恐れずに言うならば、
今回は、公演の前後で受け入れて下さった方々の態度が一変した。
これほど高いレベルの舞台をやるとは思っていなかった、
そういう雰囲気だった。
だから各地とも「また同じメンバーで来てくれ」
日伯修好120周年の来年も来てくれ、とまで言われた。
最終公演地はほとんど日本語の通じないところだったが、
観客全員が立ち上がって拍手してくれた。
これが最後のブラジル公演と覚悟して出掛けたが、
その決意はすでにぐらついてしまっている。
舞台写真は上からトメアスー、グァタパラ、弓場農場、カウカイア・ド・アウト