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詩的断章「すげん」







すげん


柿の木の
影が
畳みにきれいに落ちて
その光には
華やかな
しづけさ
があったから
晩秋ではなかったか
なぜか わからないが
午後だったように 
 思う

突然 はいはいの弟が
よちよち
歩きだしたのに
びっくりして
父に
報告に行った 五歳くらいだったか
これでしゃべったら
すげーな と
囃したてていると 突然

すげん

と低く鈍い聲が
深い眠りから
いま 目ざめたように
六畳に放たれた

しゃべった しゃべった
お父ちゃん しゃべったよ
すげーな すげーな

聲は聲に呼ばれ そして
もうひとつの聲をもとめる

おれ すげん
すげーさ すげーよ

後年
何回も
話題にしたが
弟はこの瞬間を
まったく憶えてない
裸のひとりの人間が
この世界に現れた
美しい瞬間だった

(金がないと
聲も出ない

残念ながら 真理である
大人になると 
社会が聲になる

わたしは
この世の最初の言葉を
なんと口走ったのか
とても気になるが
それを知っているひとはもういない
誉められた
感触だけが 春風のように
かすかに
残っている




初出:「浜風文庫」







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