verse, prose, and translation
Delfini Workshop
カレンダー
2024年11月 | ||||||||
日 | 月 | 火 | 水 | 木 | 金 | 土 | ||
1 | 2 | |||||||
3 | 4 | 5 | 6 | 7 | 8 | 9 | ||
10 | 11 | 12 | 13 | 14 | 15 | 16 | ||
17 | 18 | 19 | 20 | 21 | 22 | 23 | ||
24 | 25 | 26 | 27 | 28 | 29 | 30 | ||
|
過去の記事
カテゴリ
日記(90) |
詩集『二○の物と五つの場の言葉』(16) |
芭蕉(69) |
俳句(1016) |
詩(177) |
五十嵐秀彦の俳句(10) |
Valery Affanasiev(8) |
Wittgenstein(62) |
一日一句(3832) |
村松武司(3) |
往還日誌(229) |
蕪村(56) |
歌謡(4) |
一茶(11) |
Pascal(27) |
翻訳(11) |
Cioran(99) |
言語(2) |
Hegel(4) |
社会哲学(204) |
本(30) |
映画(19) |
音楽(7) |
社会(13) |
アイヌ(2) |
身心のリラクゼーション(4) |
スイスの詩(7) |
経済学(6) |
短歌(46) |
琉球と沖縄(14) |
季語の話(32) |
絵画(4) |
旅(19) |
書(7) |
最新の投稿
一日一句(5426) |
往還日誌(235) |
一日一句(5425) |
往還日誌(234) |
一日一句(5424) |
一日一句(5423) |
往還日誌(233) |
一日一句(5422) |
一日一句(5421) |
一日一句(5420) |
最新のコメント
osawasense/往還日誌(154) |
麟/往還日誌(154) |
osawa sense/往還日誌(154) |
Unknown/Vernunftをめぐって |
fnst/Vernunftをめぐって |
悠/一日一句(2694) |
悠/一日一句(2693) |
悠/一日一句(2693) |
悠/一日一句(2690) |
冬月/一日一句(2689) |
最新のトラックバック
ブックマーク
科学技術と身体―操作の「始原」についての一考察・序論―
東京情報大学レクチャー(2013年11月13日) |
偶然と必然、あるいは確率と因果律―原発問題の存在論的考察
東京情報大レクチャー(2012年11月14日) |
科学技術の合理性について(lecture paper)
東京情報大レクチャー(2011年11月16日) |
ライブドア版のDelfini Workshop
2005.6-2006.6 |
Delfini Workshop Ⅱ
英語版:英語の俳句・詩・散文 |
Delfini Workshop Ⅲ
ドイツ語版:ドイツ語の俳句・詩・散文 |
Delfini Workshop Ⅳ
フランス語版:仏訳俳句、そのうち仏語俳句 |
情報とイデオロギー、あるいは知と信の問題について(lecture paper)
東京情報大レクチャー(2010年11月24日) |
les généalogies des Essais―Delfini Workshop annexe
エッセーの系譜を検討 |
poésie et l'esprit de finesse- Delfini Workshop annexe Ⅱ
詩の検討 |
twilog
twitter記録 |
flickr
photos |
清水昶の新俳句航海日誌
死んだはずでは... |
パリから観る
パリからの観察 |
パリの断章
「観察」から「断章」へ |
無門日記
俳人五十嵐秀彦氏の日記 |
ふくろう日記・別室
詩人・高田昭子氏のエッセイ |
Doing Poetry
詩を中心に英語俳句、翻訳 |
コールサック社
詩集・詩論集出版 |
SENZA FINE
原発問題を中心に |
長谷邦夫の日記
漫画家・大学講師の長谷邦夫さんの日記 |
焼き物日和~加賀の山里から(曽宇窯)
陶芸家・俳人、おるかさんの日記 |
kf's kulturdreieck
多言語的文化・音楽批評 |
僕の塔
フォークシンガー、梅田慈将さんのサイト |
The Journey
Moja's blog, he says life is journey. |
Moja's photoblog
A good traveler knows well many hidden beautiful places in the country. |
Happy News
Happy news stories all over the world |
ma grande folle de soeur
Haiku in Portuguese, French, and English |
TAUBENSCHLAG
Kurze Lylik und Kurze proza von Udo Wenzel |
veredit- iertes
Lyrik - Texte - Gedichte - Pantum & Gefühltes - Gesehenes - Hörbares |
The Spider Tribe's Blog
English haiku & poetry |
ウェブ猫
猫の本・猫の話題 |
公開講座『ルカーチの存在論』
国際的な社会哲学者、石塚省二先生創設の公開講座。 |
銀河朗読会
自作詩などの朗読会 |
プロフィール
goo ID | |
delfini2 |
|
性別 | |
都道府県 | |
自己紹介 | |
HN:白麟
email:delfini800*gmail.com(*を@にしてください) |
検索
URLをメールで送信する | |
(for PC & MOBILE) |
蕪村の俳句(78)
2010-08-21 / 蕪村
■旧暦7月12日、土曜日、
(写真)無題
午前中、叔母のところに来た往診の歯科医に立ち会う。歯医者さんまで、最近は、長く歩けない高齢者のところへ往診に来てくれる。助かる。次回は、なんと、レントゲンを撮るという。モバイルの撮影セットまであるらしい。午後、柏へ。雑用をいくつか済ませる。帰宅して、家で獲れたゴーヤを天ぷらにする。前回の経験を踏まえて、厚めに切って揚げる。市販のものよりもゴーヤ本来の苦みがあって、ビールのアテにちょうどいい。今日の夕食は、オリオンビールにパパイヤのイリチー、タコライス、もずくを加えて、沖縄尽くしとなった。
☆
稲づまや浪もてゆへる秋津しま (明和五年)
■蕪村を読んでいると、ときどき、こうした鳥瞰的な句にめぐり会う。蕪村の空間的な想像力に惹かれる。画家であったから、空間に関する感受性と想像力は、人一倍、研ぎ澄まされていたのだろう。蕪村がこの句を作ったとき、国土の空間的なイメージは、どうだったのだろうか。この句が作られた明和五年は、西暦1768年になる。伊能忠敬が、測量を開始するのが、1800年であるから、蕪村の国土のイメージは、現在のものとは、異なっていた可能性がある。1770年に作成された「大日本道中行程細見記」は、こんな感じである。アバウトだが、イメージは、それほど大きく異なっていない。ただ、北海道と西南諸島が、まるまる抜けている。
☆
Sound and Vision
コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )
« L・Wノート:... | L・Wノート:... » |
コメント |
コメントはありません。 |
コメントを投稿する |
ブログ作成者から承認されるまでコメントは反映されません |