電脳筆写『 心超臨界 』

一般に外交では紛争は解決しない
戦争が終るのは平和のプロセスとしてではなく
一方が降伏するからである
D・パイプス

マルチナ・ナブラチロワの暗黙知をラケットという形式知に変える――米山稔

2024-08-15 | 08-経済・企業・リーダーシップ
電脳筆写『心超臨界』へようこそ!
日本の歴史、伝統、文化を正しく学び次世代へつなぎたいと願っています。
20年間で約9千の記事を収めたブログは私の「人生ノート」になりました。
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東京裁判史観の虚妄を打ち砕き誇りある日本を取り戻そう!
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◆村上春樹著『騎士団長殺し』の〈南京城内民間人の死者数40万人は間違いで「34人」だった〉
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一橋大学大学院の野中郁次郎教授らが提唱したナレッジマネジメントとは、企業などの組織において、その共有資産としての“知識”の発見、蓄積、交換、共有、創造、活用を行うプロセスを体系的な形でマネジメントすること。あるいはそうした知識の創造・活用の仕組みを事業プロセスの中にビルトインし、生み出された知識を製品やサービス、業務プロセスの革新に具現化することで組織全体の競争力強化を目指す経営手法のことをいいます。

組織的知識創造理論では、知識には暗黙知形式知の2つがあり、それを個人・集団・組織の間で、相互に絶え間なく変換・移転することによって新たな知識が創造されると考えます。こうした暗黙知と形式知の交換と知識移転のプロセスを示すのが、SECIモデルです。

■共同化(Socialization)
共体験などによって、暗黙知を獲得・伝達するプロセス
■表出化(Externalization)
得られた暗黙知を共有できるよう形式知に変換するプロセス
■連結化(Combination)
形式知同士を組み合わせて新たな形式知を創造するプロセス
■内面化(Internalization)
利用可能となった形式知を基に、個人が実践を行い、その知識を体得するプロセス

前置きが長くなりましたけれど、今日紹介する日経新聞「私の履歴書」では、ヨネックス会長米山 稔さんが、マルチナ・ナブラチロワの持つ暗黙知を具体的なラケットの形にしてみせる苦労話がつづられています。米山会長は、「マルチナ自身もうまく言い表せないラケットへの微妙な要求を、想像し、探り出して形にする。容易でない作業を繰り返した」と語られています。


◆ナブラチロワ

「微妙な要求、探り出す――二人三脚でラケット開発」/米山 稔(ヨネックス会長)
(「私の履歴書」2005.04.20 日経新聞(朝刊))

マルチナ・ナブラチロワは先輩のキング夫人と、よくダブルスでペアを組む仲だった。師弟関係という人もいた。キング婦人の影響力は小さくなく、1980年(昭和55年)、同時にマルチナともプロスタッフ契約を結べたのは、まずこの「師匠」の心をとらえたことが力になったと思う。

マルチナは来日した際、私と会うとき、30分から1時間遅れて来ることがしばしばあった。来日中もジムでトレーニングを積み、時間を忘れてしまうほど鍛錬に集中するためだった。

数々の記録を打ち立て、94年にいったん引退したが、2000年に復帰し、主にダブルスで出場。40代後半になっても現役選手として活躍している強じんな体は、日ごろの精進の賜物(たまもの)だ。プロスタッフ契約したころから、寸暇を惜しんで体を鍛えている姿が印象的だった。

マルチナはキング夫人と対照的だった。キング夫人からはラケットの性能や作り方で、多種多様な注文をもらった。が、ナブラチロワの場合は新しいラケットを持って行っても、自分に合いそうだ、これは駄目だと、そっけない返事があるだけだった。道具へのこだわりが、ないわけではないのだが、言葉にするのが億劫(おっくう)なようだった。

そんな彼女にこちらも鍛えられた。マルチナ自身もうまく言い表せないラケットへの微妙な要求を、想像し、探り出して形にする。容易でない作業を繰り返した。

ちょうど80年代前半はテニスラケットの革新期だった。木製から金属、カーボン製へと変わり、「デカラケ」のように、素材の革新によってフレームの形も柔軟に設計できるようになった。手を替え品を替え、「ナブラチロワ仕様」のラケットを考えた。

代表例がサーブのスピン(ボールに与える回転)を効かせるラケットの開発である。フレームを極力、長方形に近づけ、ボールに回転をつける対角線を長くとった。従来よりスピンがかかるようになり、マルチナのお気に入りになった。87年までウィンブルドンで6連覇し、全豪、全仏、全米のタイトルも獲得。その陰には彼女と二人三脚のラケット開発がある。

だが6連覇したころから若手のシュテフィ・グラフが台頭し、マルチナもこれまでのように連戦連勝というわけにはいかなくなった。しなり、バランス、形状を変えたラケットを何本も送ったが、しっくりいかなかった。思い悩んでいるようだった。新しい看板選手が必要だったのでパム・シュライバーとプロスタッフ契約したが、マルチナのことはいつも気がかりだった。

自信作の新しいラケットができたのは88年。スピン性能に加えて反発力も高め、これなら気に入ってくれると思った。ただ、おそらく彼女は神経過敏になっている。押しつけがましいと受け取られては駄目だ。「ハウ・アー・ユー?(お元気ですか)」と書いた手紙を添え、よかったらどうぞ、という感じで送った。

私の意図を感じ取ってくれたのか、すぐにマルチナは使い始めた。そして90年のウィンブルドン。見事、9回目の優勝を飾り、「女王」は復活した。勝利の瞬間、高々と挙げた手に握られていたラケットは、その後マルチナが私に贈ってくれ、ヨネックス本社の会長室でゆっくり休んでいる。
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2 コメント

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Unknown (アイアン牧師)
2006-02-04 23:53:03
超臨界さん



勝手ながらリンクさせて頂きました。これからもよろしくお願いします。
返信する
逆順入仙 (chorinkai)
2006-02-06 05:33:59
アイアン牧師さん、



TB&コメント、ありがとうございます。50歳を期に生涯現役をめざすアイアン牧師さんのブログを応援致します。



幸田露伴が東洋の思想で「逆順入仙」という言葉を使っています。年をとれば肉体は衰えて頭の回転も遅くなります。でも、それに逆らって自分を鍛錬すると、仙人のような不老不死に近い人になれるという意味です。お互いに逆順入仙をめざして頑張りましょう。
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