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海炭市叙景

2011年01月22日 | 邦画(11年)
 『海炭市叙景』を渋谷のユーロスペースで見てきました。

(1)映画は、18の短編から作られている原作小説(佐藤泰志著)から5つの短編を取り出して映画化したとされています。
 ただ、原作ではそれらの短編の間に余り関連性が付けられていないのに対して、映画では、ある程度緩いつながりが見て取れるように制作されています。
 例えば、同じ市電に、別々のエピソードに登場する人物が乗り合わせているとか、その市電の前を、別の話の人が通りかかるなどというように。
 それでもそんな工夫が、それほど目立たないようにされていることをみれば、映画の全体の雰囲気もなんとなくわかってくるのではないでしょうか?
 この作品は、北海道の函館市と思われる「海炭市」という街それ自体を、どこにでも居そうな平凡な住民のありふれた日常のいくつかを淡々と描くことによって、逆に浮かび上がらせようとしているようです。



 ただここで単純なオムニバス形式をとってしまうと、むしろそれぞれのエピソードのストーリーとか登場人物の方に焦点が行きがちになってしまうのではないでしょうか?
 今回の映画のように、一見オムニバス形式のように見えるものの、極めて緩いながらエピソード相互の間でつながりを持たせておくと、それぞれの話が完結せずに開いたままとなって、映画全体、すなわち「海炭市」全体が、無論それといって把握できないですが、むしろ具体的に立ち上ってくるように思われます。

 映画の中の一つのエピソードについて、例示的に見てみましょう。
 そのエピソードでは、晴夫(加瀬亮)は、プロパンガスを販売するガス屋を営んでいるところ(原作では、「裂けた爪」という短編で扱われています)、事業拡大を図るために、水道の浄水器も販売しようとします。こちらの事業を担当するのが東京からやってきた博(三浦誠己)。ただ、浄水器販売のエピソードは原作には見当たらないようです。



 博は、夜になると、繁華街に繰り出してスナックに行きますが、これは、原作では「裸足」という短編に描かれています。
 同時に、博は、市電の運転手・達一郎(西堀滋樹:原作者と高校で同期)の息子でもあるようなのです。
 市電の運転手を巡るエピソードは、原作では「週末」という短編に描かれていますが、そこに登場する達一郎には、娘はいるものの息子はおりません。他方、映画においては、この親子には断絶があって、何年かぶりに博は父親の元に帰ってきたのに、ほんの少しだけ会って、連絡船で東京の方に戻ってしまいます。
 ちなみに、連絡船のエピソードは、原作では「青い空の下の海」という短編に描かれています。むろん、その短編に登場する男は、市電の運転手の息子ではありません。
 ところで、ガス屋の晴夫には小学生の息子がいるのですが、継母に苛められるストレスから、学習塾に行っているはずの時間に、プラネタリウムで星を見ています。そしてプラネタリウムを管理している市職員が、原作では「黒い森」という短編に出てくる隆三(小林薫)です。
 このつながりも、原作には描かれてはおりません。

 以上を見ても分かるように、映画においては、原作において分離して扱われている話や人物がつなぎあわされているのです。それも、中心となる5つの短編だけでなく、他の短編も様々に動員されているようです。
 そうすることによって、描かれている話に縦の厚みが出ているかというと、決してそうはならずに、次々にエピソードが映像としてあくまでも横に流れていくような感じを受けます。
 こんなことから、たくさんの人物が登場しますが、皆で海炭市それ自体を描き出そうとしているような印象を受けてしまうのではないでしょうか?

 映画の出演者のうち、見慣れた俳優を挙げてみましょう。
 まず、加瀬亮です。最近の彼に関しては、『アウトレイジ』における暴力団の組員といったところが記憶に残っていますが、本作品においても、プロパンガスを軽トラックから降ろす際に足の親指の上に落としてしまい身動きがならなくなって、届け先の暴力団の男の情婦に手当てしてもらうというシーンが印象的です。



 また、『おと・な・り』で好演した谷村美月が、映画の冒頭の物語において、戻らない兄を待ち続ける妹の役を演じています。『十三人の刺客』では、映画の冒頭近くで狂気の藩主・松平斉韶(稲垣吾朗)に手ごめにされる新妻の役をやったりと、そんなに出番は多くはないながら、印象に残ります。今回の作品でも、親を早くに亡くして兄と一緒に貧しい暮らしを営んでいる誠に地味な役ですが、彼女ならではの感がありました。



 その他、『ゲゲゲの女房』に出演している南果歩や、『休暇』の小林薫などを見ることができます。

(2)映画は、昨年見た『桜田門外ノ変』と同様に、地元(函館市)から相当の協力を得て制作されています。そのことは、劇場用パンフレットの末尾のページに記載されている協賛者リストの膨大さからも十分にうかがわれるところです。
 ですが、『桜田門外ノ変』のように退屈なシロモノにはなりませんでした。
 たぶん、『桜田門外ノ変』が歴史上の人物(地元からすると偉人)を描き出しているため、登場する個々の人物の人間的な幅に余り自由度を持たせることができなかったのに対して、この映画の場合には、ごく普通の庶民を描いている小説を下敷きにして制作されているために、等身大の人物像であることが地元によく受け入れられたからではないでしょうか?

 ただ、原作の舞台は海炭市というように、炭鉱もある街となっていて、現実の函館市とは相違しているところから、たとえば、最初のエピソードで描かれている兄の勤め先が、原作では炭鉱なのにもかかわらず、映画では造船所とされてしまっています。
 映画の冒頭、テレビに火災の映像が映り、他方で幼い兄妹が授業中にもかかわらず家に帰るように教師に言われます。はっきりとは説明されませんが、造船所で火災があって、彼らの親が遭難したようなのです。そのあと、大きくなった兄妹が二人で暮らしているシーンが写り、最初の物語が始まります。
 原作の方では、炭鉱の事故によって兄妹の父親が亡くなったことが書き込まれているところ、これは造船所よりも炭鉱でなくては、あまり説得力がないのではないでしょうか?
 それに、この後では、炭鉱に関係する事柄は何も物語に登場してこないように思え、だとすると、「海炭市」という都市の名前が宙に浮いてしまいかねません。

(3)渡まち子氏は、「暗くやるせないのに、不思議なほど穏やかな余韻が残る佳作」であり、「地味な作品だが確かな力を感じるのは、実力あるキャストが集まり、抑えた演技で作品をしっかりと支えているからだろう。特に、帰らぬ兄を待ちながら、懸命に寂しさに耐える少女を演じる谷村美月が印象深い。モザイク模様のように紡がれる物語のほとんどがやるせないもので、苦い喪失感が漂うが、ラストに描かれる老婆と猫のエピソードが優しい余韻を残してくれる」として70点を付けています。


★★★☆☆






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3 コメント

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断言 (ふじき78)
2011-01-30 20:49:48
谷村美月に萌え萌えとだけ言っておきましょう。
Unknown (atts1964)
2016-09-30 10:19:12
当時はこの作品を見にいきませんでしたが、三部作の位置づけ鑑賞して見て、味のあるオムニバスになっていましたね。
原作とは違う、連動性を持たしているという事ですが、原作のオムニバス作品を読んでみたくなりました。
この三部作は監督をそれぞれ変えてあるので、そういった意味の色の違いも面白かったです。
こちらからもTBお願いします。
Unknown (クマネズミ)
2016-09-30 20:52:46
「atts1964」さん、TB&コメントをありがとうございます。
本作を含めた「函館三部作」は、おっしゃるように、「監督をそれぞれ変えてあるので、そういった意味の色の違いも面白かった」とクマネズミも思いました。
それに、『オーバー・フェンス』のオダギリジョーと蒼井優、『そこのみにて光輝く』の綾野剛と池脇千鶴、本作の加瀬亮と谷村美月など、実に様々の生きのいい俳優を見ることができたのも収穫でした。

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