goo blog サービス終了のお知らせ 

孤帆の遠影碧空に尽き

年に3回ほどアジアの国を中心に旅行、それが時間の流れに刻む印となっています。そんな私の思うこといろいろ。

アフガニスタン  撤退できない米軍 ジャーナリストへの暴力 児童婚 行き場のない現地協力者

2016-07-21 22:42:34 | アフガン・パキスタン

(10歳の時に、9000ドル以上の結婚持参金を父親に渡した40歳も年上の男性(既婚者で6人の子持ち)と結婚させられそうになった少女 「家計の負担にならないよう、食べる量を減らすから結婚を止めて」と泣いて両親に頼んだのですが・・・ この少女は、ユニセフが支援する子どもの保護ネットワークや地域宗教指導者の父親への説得で婚約を解消することができました。【http://gooddo.jp/video/?p=4458】)

勢いを取り戻したタリバン 最高指導者を殺害しても状況は改善せず
大規模テロやクーデター、あるいは大統領選挙と日々新たなニュースが湧きだすなかにあっては、シリアやイラクの情勢がどうなっているのかもよくわからないところがあります。
ましてや、“過去の問題”として世間の関心も薄れたようにも見えるアフガニスタン情勢となると、その全体像を伝えるような報道は殆ど目にしません。

うまくいっているからニュースにもならない・・・ということであれば非常に結構なのですが、どうもそんな様子にも思えません。

北大西洋条約機構(NATO)軍を主体とする国際治安支援部隊は2014年末で戦闘任務を終了し、アフガニスタン軍へ治安維持権限が委譲されました。駐留軍の中核となってきた米軍も16年末までに訓練部隊を残して撤退する予定でした。

しかし、タリバンが勢力を盛り返し、首都カブールなどでテロを続発させたほか、昨年秋には北部の主要都市クンドウズを一時制圧するなど国土の半分以上を支配下に置いたとも言われています。

このため米軍がこのまま撤退すれば、タリバンが全土を掌握することになるとの危機感がオバマ政権内部に深まり、16年以降も約5500人規模の部隊を残留させることになりました。

今年初めの段階では、“昨年1年間にテロや戦闘などによる民間人の死傷者が1万1002人(前年比4%増)に上り、統計を取り始めた2009年以来最悪だった”と報じられていました。

****<アフガニスタン>民間人死傷者1万1002人 15年最悪****
国連アフガニスタン支援ミッション(UNAMA)は14日、アフガンで昨年1年間にテロや戦闘などによる民間人の死傷者が1万1002人(前年比4%増)に上り、統計を取り始めた2009年以来最悪だったと発表した。

アフガンでは旧支配勢力タリバンが攻勢を強めており、政府軍との戦闘が激化。首都カブールでも自爆テロが相次ぐなど状況が悪化している。
 
報告書によると、昨年は民間人の死者数が前年より156人減り3545人だった。しかし、負傷者数は624人増え7457人だった。また、死傷者のうち女性は1246人(同337人増)、子供は2829人(同353人増)に上った。
 
原因別では、地上戦に巻き込まれたケースが全体の37%を占め最多で、市民の生活圏が戦場となっている実態が浮かんだ。
 
また、死傷者の62%がタリバンなどの反政府勢力の攻撃によるもので、14%がアフガン治安部隊、2%が国際部隊による攻撃だったとしている。(後略)【2月15日 毎日】
*****************

また、“34の州の半分以上はタリバンの深刻な脅威に晒されており、春の攻勢が始まると、このうち南部のヘルマンド州を含む6程度の州が完全にタリバンの支配に落ちる危険がある”とも言われていました。

****悪化の一途たどるアフガン情勢 勢い取り戻すタリバン****
パキスタンのジャーナリスト、アーメッド・ラシッドが12月12日付で、英国の雑誌The Spectatorにタリバンの攻勢によってアフガニスタン情勢は今後も悪化の一途を辿るであろうとの悲観的な観察を書いています。要旨は次の通り。

半数以上の州がタリバンの脅威に曝される現状
タリバンは再び勢いを取り戻した。ISIS(イスラム国)という要素の潜在的な拡大も考慮すると、アフガニスタンの状況は2001年よりも悪い。西側の指導者は、この問題は前任者に付きまとった正面から向き合いたくない古い問題と看做しているが、2016年には情勢は甚だしく悪化するだろう。
 
アフガニスタン侵攻当時に信じられたことは、狂信者を追放すれば、穏健な勢力も多数有り、国は安定を取り戻すということであったが、撤兵に必要な期間存続可能で安定的、という虚偽の姿を装った政府を達成し得たに過ぎなかった。最近、タリバンは人口30万の都市クンドゥズを奪取したが、これを奪回するのに政府軍は2週間を要した。
 
アフガニスタンはどの程度安全か? 米国の外交官はカブールの中でさえ、ヘリコプターでしか移動しない。タリバンは殆ど全ての主要道路を支配しており、何時でも閉鎖してカブールその他の都市を孤立させ、食料などの供給を遮断することが出来る。

今や欧州に到達する難民で2番目に多いのはアフガン人である。2015年8月迄に到達した難民65万の15%を占める。彼等の多くは教養のある中間層である。今年は2年前の4倍の16万人が脱出すると見込まれる。

34の州の半分以上はタリバンの深刻な脅威に晒されており、春の攻勢が始まると、このうち南部のヘルマンド州を含む6程度の州が完全にタリバンの支配に落ちる危険がある。(中略)

ガニの政府は、弱体でタリバンの内部対立を利用できていない。国防大臣その他の閣僚すら任命できていない。政府の日常業務は停止状態である。

腐敗への取り組みや経済の浮揚も出来ていない。資本は流出している。特に湾岸地域へ流出しており、そこで多くの市民が家を買っている。

政府軍には戦う能力はある。しかし、今年は昨年の倍の5,000人が既に殺されている。正規軍の他にも雑多な部隊があり統制がとれていない。航空支援を必要としているが、空軍らしきものはない。(後略)【WEDGE】
****************

こうした状況で、タリバンとの和平交渉も進まないなか、5月には隣国パキスタンにおいてタリバンの最高指導者マンスール師を米軍無人機が空爆で殺害する事態に。

この作戦は、タリバンを和平交渉のテーブルに着かせるという考えを、オバマ大統領が少なくとも当面、捨てたことも示しています。

タリバン側は、副指導者の一人だったハイバトゥラ・アクンザダ師を後継者に選出、副指導者にはシラジュディン・ハッカーニ師がとどまるほか、タリバンを創設した故オマル師の息子ヤクーブ師も新たに選出されました。いずれも武装闘争を支持する強硬派とされ、武装闘争路線が更に強化されると見られています。

ざっくりと今年前半を振り返ると以上のようなところですが、報じられるのは単発的なテロ攻撃のみで、現在の情勢はよくわかりません。

****<アフガニスタン>爆発相次ぐ・・・・計24人死亡****
アフガニスタンの首都カブールで20日、外国企業従業員の送迎用ミニバスを狙った自爆テロがあり、アフガン内務省などによると、バスに乗っていたネパール人の警備員ら少なくとも14人が死亡、8人が負傷した。旧支配勢力タリバンが犯行声明を出した。

さらに数時間後、カブール市内の別の場所でも爆発があり、国会議員1人を含む5人が負傷した。この議員の車に仕掛けられた爆弾が爆発したとみられる。
 
一方、北東部バダフシャン州の市場でも同日、爆発があり、地元警察によると、子供を含む少なくとも10人が死亡、20人以上が負傷した。犯行声明は出ていない。
 
カブールでは今月、別の国会議員が爆発で死亡。援助機関で働くインド人女性の誘拐事件も発生するなど治安悪化が進んでいる。タリバンは5月に最高指導者のマンスール師が米軍の無人機攻撃で殺害されたが、強硬派のアクンザダ師が後継者となり、攻勢を強めている。【6月20日 毎日】
******************

****アフガンで警察バスに自爆攻撃、30人死亡 タリバンが犯行声明****
アフガニスタンの首都カブール(Kabul)の郊外で6月30日、警察幹部候補生らを乗せたバスの車列を標的にした連続自爆攻撃があり、内務省によると警察官30人が死亡、58人が負傷した。
この攻撃についてアフガニスタンの旧支配勢力タリバン(Taliban)が犯行声明を出した。(後略)【7月1日 AFP】
***************

米軍は再度の撤退計画見直し パキスタン対策が肝要ではあるが・・・
タリバンの攻勢が続く中で、オバマ大統領は昨年末に続き、再度撤退計画見直しを迫られています。

****米軍、アフガン撤退計画見直し 次期政権の課題に****
オバマ米大統領は6日、ホワイトハウスで演説し、アフガニスタン駐留米軍を今年末までに5500人に減らす撤退計画を見直し、ほぼ現状の規模を引き続き駐留させる方針を明らかにした。

反政府勢力タリバーンの復活を受け、米国のアフガン撤退計画は再三見直しを余儀なくされており、次期政権の大きな課題となりそうだ。
 
オバマ氏は演説で「アフガンの治安は不安定な情勢が続いている。タリバーンの脅威が依然としてあり、彼らは時に勢いを得ている」と強調。計画の再度の見直しについて「アフガニスタンを、テロリストが再び米国を攻撃するような隠れ家にしてはならない」と述べた。
 
アフガン駐留米軍はかつて約10万人いたが、現在は約9800人で、アフガン国軍の訓練と対テロ掃討作戦に任務を限定。オバマ氏は昨年10月、公約だった任期内の完全撤退方針を見直し、約5500人駐留させると発表。今回はさらに削減ペースを落とし、ほぼ現状維持の約8400人を駐留させるとした。
 
オバマ氏は「今回の決定は私の後継者がアフガンでの情勢回復に確固とした基盤を確保するためだ」とも述べ、アフガン駐留米軍の出口戦略を次期政権に委ねる方針を鮮明にした。【7月7日 朝日】
*****************

次期政権については、“クリントンは、昨年のオバマの決定を支持するとともに、アフガニスタンの民主主義と安全保障にコミットすると述べています。他方、トランプは13年頃には、アフガニスタンから撤退すべきだ、米国は多大の金を浪費している、と主張していましたが、今年3月の共和党討論会では、当面アフガニスタンに残るべきだと見解を変えています。”【6月16日 WEDGE】

トランプ氏については、言うことがコロコロ変わりますし、彼個人の考えと共和党の考えが大きく異なるところもあって、よくわかりません。

タリバン内部の状況も、最高指導者交代に伴う混乱や、ISの勢力拡大などもあってよくわかりません。

いずれにしても、アフガニスタン情勢がアメリカにとって好転しない大きな原因が、パキスタンによるタリバン支援にあることは再三指摘してきたところです。

タリバンの攻勢への対応にしても、あるいは和平交渉にしても、タリバンの背後にいる“虚偽に満ちた、危険なパートナー”【6月16日 WEDGE】パキスタンに圧力をかけて協力を迫る必要がありますが、今までそれが出来なかったということは、今後も・・・ということでしょうか。

増加するジャーナリストへの暴力
以下は、最近報じられたアフガニスタン社会の状況に関するものです。

****ジャーナリストへの暴力過去最悪、半年で10人殺害 アフガン****
アフガニスタンで今年に入ってから半年間で10人のジャーナリストが殺害されており、2016年は同国のメディアにとって過去最悪の年になっているとの報告書が11日、発表された。
 
アフガニスタンの監視団体、アフガン・ジャーナリスト安全委員会(AJSC)が発表した今年1~6月の調査報告書によると、同国のジャーナリストに対する暴力事件は54件に上り、前年同期比で38%増加した。
 
報告書によると事件は殺人、監禁、脅迫、襲撃などで、詳細は示していないものの多くの事件が「政府とつながりのある個人」による犯行だったとしている。事件54件のうち21件に政府が関与し、16件にアフガニスタンの旧支配勢力タリバン(Taliban)が関与していた。タリバンが関与する事件は過去数年に比べて大幅に増えたという。
 
今年1月にはアフガニスタンの首都カブール(Kabul)で、地元の人気テレビ局トロ(TOLO)の職員7人が死亡する自爆攻撃があった。この事件でタリバンは、タリバンに批判的な「プロパガンダを拡散」したことへの報復だとする犯行声明を出した。
 
AJSCはまた、国内の治安が悪化する中で女性ジャーナリストたちが著しい困難に直面しており、女性記者が減っていると指摘した。【7月15日 AFP】
********************

農村部に広く残る児童婚
6月30日ブログ“アフガニスタン 警察幹部に深刻な「少年遊び(バチャ・バジ)」 タリバンの「ハニートラップ」”http://blog.goo.ne.jp/azianokaze/d/20160630では、アフガニスタン社会の風習として「少年愛」を取り上げましたが、少女の「児童婚」も深刻な問題です。

****妊娠中の14歳少女が焼死、人権団体「児童婚の撲滅を」 アフガニスタン****
アフガニスタン中部ゴール州で先週、妊娠中の14歳の少女が焼死した事件を受け、同国の複数の人権団体が20日、政府に対し児童婚の撲滅に向けた取り組みを求めた。
 
死亡したザハラ(さんの家族は、ザハラさんが夫の家族によって拷問され、火を付けられたと訴えている。一方、夫の家族側は、ザハラさんが焼身自殺したと主張している。
 
妊娠4か月だったザハラさんは、紛争解決のために少女を強制結婚させる「バード(baad)」と呼ばれる、アフガニスタンの地方部で今も広く行われている慣習の犠牲者だったとされている。
 
アフガニスタン独立人権委員会(AIHRC)によると、アフガニスタンでは近年、児童婚が増加している。また、子ども支援の国際NGOセーブ・ザ・チルドレンによると、アフガニスタンの民法は女性の結婚可能年齢を16歳と定めているが、現在50歳以下の女性のうち、15%が15歳の誕生日の前に結婚し、半分近くが18歳未満で結婚したという。【7月21日 AFP】
****************

自身が児童婚させられそうになった経験がある女性が、ラッパーとして児童婚反対運動に取り組んでいるそうです。

****児童婚させられそうになったアフガニスタン少女は、ラップを歌って望まない結婚を逃れた****
アフガニスタンの最年少ラッパーの1人、ソニタ・アリザデさんが、最初に結婚させられそうになったのは10歳のときだ。(中略)

再び結婚させられそうになったのは、16歳のときだ。母親から、兄弟の結婚費用を支払うために9000ドル(約97万円)で売られることになっていると、告げられたのだ。しかし、家にはそんな大金はなかった。

そこで、「売られる花嫁」というタイトルのミュージックビデオを作成した。ビデオは、公開するとすぐに世界中で視聴されるようになった。 現在までに40万回以上再生されている。

歌詞にはこう書かれている。「私は伝統に当惑している / 彼らはお金のために少女を売る。選択する権利なんかない / 人間らしく生きるために、私ができることを教えて」

「私は両親に売られようとしていたのです。誰かにこの気持ちをわかってほしかった。だから、女の子でいることがどれだけつらいか、ラップで伝えることにしたんです」と、アリザデさんはサミットで語った。

ビデオを見て心を動かされたアリザデさんの母親は、娘を結婚させないことにした。それだけではない。動画を見たアメリカ・ユタ州の高校が、奨学金を提供し彼女を受け入れると申し出たため、アリザデさんは結婚せずにすんだだけでなく、教育を受けられることになった。(中略)

法律上、アフガニスタンで女の子が結婚できる年齢は16歳だ。ユニセフ(国連児童基金)によると、女性の40%が18歳になる前に結婚している。なんと6人に1人は15歳になる前に結婚しているという。

また、違法であるにもかかわらず、未だに農村部では児童婚が広く行われている。貧困に苦しむ親たちが、借金の返済や持参金目当てに娘たちを売り飛ばしているのだ。

ユニセフは、未成年での結婚は、少女たちの発育に悪影響を与えると警告している。彼女たちは学校に通えなくなるだけでなく、家庭内暴力の被害者になりやすくなる。

「私の友人たちは、15歳で結婚しました。中には、顔にあざができている人もいました。それを見て気付いたのです。これが児童婚の本当の姿なのだと」アリザデさんはサミットで述べた。

アリザデさんは今、児童婚反対運動に熱心に取り組んでいる。
「アフガニスタンだけでなく、世界中で児童婚させられている子供たちがいます。自分の気持ちを口にできない少女たちを代弁するために、私はここにいるのです」と、彼女はイベントで語った。

児童婚を終わらせるためには、次のような働きかけが必要になるだろう、とアリザデさんは述べている。
まず最初に、娘たちには結婚以外の可能性があるということを、家族が理解する必要がある。次に、地域や宗教の指導者が伝統を変えようとしなければならない。そして最後に、各国政府が、児童婚を止めさせる地域プログラムを支援する必要がある。

児童婚の犠牲者を助ける弁護士になりたいと考えているアリザデさんは、将来の夢についてこう語った。
「他の少女たちを支援するため、母国に戻りたいと考えています。自分の可能性を知ってもらい、将来のビジョンを持てるよう、少女たちを助けたいのです」【4月13日 The Huffington Post】
*******************

繰り返す「キリング・フィールド」】
米欧は、どういう形にしろアフガニスタンから撤退すれば一応の区切りがつきますが、現地で外国部隊に通訳などとして協力した現地人は、タリバンから“裏切り者”として命を狙われることにもなります。

難民として、かつて協力したイギリスへ渡ろうとしてた元通訳も、オーストリアで難民申請を強制され、イギリスに行くと、拘束されたあげく難民申請したオーストリアへ強制送還・・・、同様の対応に絶望して首を吊った同僚も・・・という、戦争に伴う“よくある”悲劇です。

****裏切られた」――行く先ない米英軍のアフガン人通訳****
アフガニスタンの反政府組織タリバンとの戦いで、米英軍に協力したアフガニスタン人の通訳が安住の地を得られずにいる。

タリバンから命を狙われ、欧米に向かったものの、危険人物リストに載せられていることが判明するなど、移住を拒否されているためだ。BBCのサナ・サフィ記者が取材した。【6月29日 BBC】
*****************

「キリング・フィールド」の世界は今も続いています。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

台湾  「一つの中国」をめぐって中国側が圧力を強める中での、台湾側の“屈折した感情”

2016-07-20 22:06:36 | 東アジア

(18日、台湾交通部観光局は中国人観光客を蔑視する広告がネットに出回ったことに関し、「このようなデマを信じないでほしい」との声明を出した。写真は問題となった広告。【7月19日 Record China】)

【「独立」うたう民進党綱領 議論先送り いつまで曖昧対応でやっていけるか・・・・
台湾にとって中国との関係が最大の問題であり、特に「現状維持」を掲げながら、「一つの中国」を確認したとされる「92年コンセンサス」を認めていない民進党・蔡英文政権にとっては、強まる中国の圧力のもとでどのように対応していくが喫緊の課題であることは周知のところです。

****中国、台湾との公的連絡体制を停止 新政権に圧力か****
中国国務院台湾事務弁公室が、中台間で公的なやりとりを続けてきた連絡体制が停止していると公表した。同室の安峰山報道官は29日の記者会見で、台湾の蔡英文(ツァイインウェン)政権が「一つの中国」の原則を認めていないとして、「両岸(中台)の政治的基礎が揺らいでいる。一切の責任は台湾側にある」と批判した。
 
中国側は、中台双方が「一つの中国に属する」と確認したとされる「92年コンセンサス」を政治対話の大前提とするが、それを明確に認めない台湾新政権に交渉の扉を閉ざし、圧力をかけているとみられる。
 
安報道官は会見で、対中融和路線だった馬英九(マーインチウ)政権が発足した2008年、コンセンサスを前提として対話が再開したと説明した上で、「政治的基礎が破壊されれば、連絡体制も崩れ去る」と指摘した。【6月29日 朝日】
*********************

一方で、与党・民進党は党の綱領で「台湾独立」を明記しており、現実の「現状維持路線」、あるいは高まる独立志向との兼ね合いで、この綱領を変更すべきか、すべきでないかは以前から与党内で議論があるところです。

しかし、この問題を議論の俎上にのせると左右両派の対立が噴出しで取集がつかなくなる恐れがあるため、「先送り」で敢えて触れない対応がなされてきました。

今月17日の党大会においても。この「先送り」が踏襲されています。

****台湾の民進党 「独立」うたう綱領 議論先送りに****
台湾では、与党、民進党が開いた党大会で、一部の党員から台湾の独立をうたっている党の綱領を、新しいものに替えるよう求める提案が出されましたが、党首を務める蔡英文総統は議論を事実上、先送りしました。

台湾の与党、民進党は17日、台北でことし5月に政権交代を果たしてから初めての党大会を開きました。党首に当たる主席を務める蔡英文総統は、演説の中でこの2か月間を振り返り、「人々の期待は高く、改革が十分ではないと感じている人も多い」と述べ、党が掲げた新しい産業の育成や年金制度の改革などに引き続き取り組む姿勢を強調しました。

また、大会では、台湾の独立をうたっている党の綱領について、一部の党員から、中台関係の「現状維持」を柱とする新しいものに替えるよう求める提案が出されました。これに対し、蔡総統は、提案の内容や対中国政策には触れないまま、取り扱いを執行部に任せることを決めました。

1991年に台湾独立をうたう内容が盛り込まれた綱領について、民進党内では、中台間の交流が進む現状に合わないという考えが多くなっていますが、一方で、独立路線を支持する意見も根強くあります。

蔡総統としては、この問題を事実上、先送りすることで、対中政策を巡る踏み込んだ議論を避けるとともに、党内の対立を回避するねらいもあるものとみられます。【7月17日 NHK】
****************

「先送り」は現実的対応ではありますが、いつまでそうした対応が通用するのか・・・疑問でもあります。
いずれ現在の中途半端で曖昧な状況の整理を迫る環境変化、あるいは、整理したいという支持者の要望が無視できなくなることが予想もされます。

【「台湾は民主社会。社会の善し悪しは庶民が良くわかっている。」】
台湾にあっては、中国と一線を画した「台湾人」としての意識の高まり、あるいは、若者などにおける明確な「独立志向」の高まりなどがメディアでは注目されますが、「中国との統一」を志向する人々ももちろん存在します。

****台湾各地で中国国旗掲揚=「もし天安門で台湾の旗を掲げたら・・・・****
2016年6月28日、米華字メディア・明鏡新聞網によると、台湾各地で中国国旗「五星紅旗」が掲げられる行為が相次いでいる。

26日、台北市の商業施設の近くで数十の中国国旗やのぼりが掲げられた。のぼりには「一国二制度支持」「平和的統一」といった文字が記されており、中国本土の代表的な革命歌が流されていたという。

これらは台湾の団体「中華愛国同心会」が中心に行っている活動だ。正規の手続きを踏んでいるため警察は干渉できず、独立派との衝突の警戒に当たる程度だという。

台北市の繁華街で中国国旗を掲げるのは不適切だと考えている人もいて、政府に規制する法整備を訴えているようだ。

こうした行為に台北市民の林(リン)さんは、「台湾はいろいろな面で自由。外国の人から見るとおかしいと思うかもしれないけど、他人の権利を侵害しなければ特に問題ない」と話した。

中国本土から観光に来ていた王(ワン)さんは、「台湾で祖国の国旗を見てうれしかった。統一に希望があることを示している。もっとも、もし天安門で台湾の旗を掲げたらすぐに制止されるだろうが」と語った。

同じく中国本土からビジネスで台湾を訪れている徐(シュー)さんは、「台湾は民主社会。社会の善し悪しは庶民が良くわかっている。誰かが声を上げても、人々はそれをうのみにはしない」と話しているという。【6月28日 Record China】
****************

経済的・政治的には圧倒的に中国に劣る台湾としては、民主的価値観を守るということが、台湾存続の拠り所であり、中国に対する“強み”となるでしょう。

中国に対する“屈折した感情”も
そうした台湾にあって、中国に対する“屈折した感情”をうかがわせる記事がここ数日目につきました。

****台湾のネットで「中国への謝罪大会」が大盛況!中国を痛烈に皮肉る****
2016年7月18日、英BBC中国語版によると、台湾のネットユーザーの間で「中国への謝罪大会」が行われている。

最近、台湾の芸能人が中国人の怒りを買い、謝罪や釈明に追われるケースが相次いでいることを受け、台湾の活動家の王奕凱(ワン・イーカイ)氏が発起人となって、「第1回中国への謝罪大会」が始まった。

この「謝罪大会」はユーモアと皮肉を交えて中国に謝罪するという趣旨で、16日夜にフェイスブックで登場してから、17日午後の時点ですでに3000件の投稿があった。

ネットユーザーからは、「台湾の空は青すぎて、中国に本当に申し訳ない」と大気汚染が深刻な中国を皮肉るコメントや、「(香港から)香港人は海外ブランドの粉ミルクを中国人に売り過ぎてるね。中国ブランドの粉ミルクを飲まないと、中国の子どもの脳は発達しないのに。ごめんなさい」と、中国国内でこぞって海外の粉ミルクを買い求めている現状を皮肉るコメントが寄せられている。ユーザーはそれぞれ、文字や画像を加工したりして思い思いの「謝罪」を投稿している。

この「謝罪大会」に火を付けたのが、台湾の俳優レオン・ダイ(戴立忍)をめぐる騒動。中国共産主義青年団中央委員会から「台湾独立支持派」との疑惑が提起され、中国のネットユーザーから猛批判されたことで、ヴィッキー・チャオ監督の映画「沒有別的愛」からの降板が決まった。【7月19日 Record China】
**********************

まあ、他愛もない冗談ではありますが、相手への侮蔑を背景にしたものでもあり、あんまり感じはよくありません。
両国関係にとってよいものではないでしょう。

****中国人観光客がいないとうれしい!」はデマ、台湾当局が火消しに躍起****
2016年7月19日、環球時報によると、台湾交通部観光局は18日、中国人観光客を蔑視する広告がネットに出回ったことに関し、「このようなデマを信じないでほしい」との声明を出した。

問題となっているのは台湾観光を宣伝するような数枚の画像。台湾の美しい風景写真に「中国人が来なければ来ないほど、平和と美しさが見えてくるのだ」との文章が記載されており、蔡英文(ツァイ・インウェン)総統の設立した「小英教育基金会」のグループサイトがこの広告を流用、「台湾の観光業界は中国人観光客がいなくても十分生きていける」とする記事を掲載するなど騒ぎは大きくなっている。

交通部観光局は今回の声明で「画像は台湾のネットユーザーが制作したもので、当局による広告ではない」と説明し、中国人観光客を差別するいかなる言論にも反対するとの立場を表明。

「このような行動を起こす人は異文化や異なる階層の人を差別する可能性すらある」と指摘した上で、差別行為の存在を見逃すことはできないと述べた。【7月19日 Record China】
********************

“ネットユーザーが制作したもの”であるにしても、「台湾の観光業界は中国人観光客がいなくても十分生きていける」という見方はどうでしょうか?

中国は台湾への圧力のひとつとして、台湾への観光を抑制しているとされています。

****台湾・蔡英文政権誕生から1カ月余 “中国無視”にいらだつ習近平政権、「輸入制限」「観光ツアー減らせ」と経済圧力****
台湾で蔡英文政権が発足して1カ月以上がたち、中国の習近平政権は、中国に歩み寄る姿勢を全く見せようとしない蔡政権へのいらだちを募らせている。中国の台湾問題研究者は、「両岸(中台)関係はこれからますます悪化する」と語った。
 
27日付の中国共産党の機関紙、人民日報傘下の環球時報は、台湾に関する記事2本を掲載した。内容は、「蔡総統のパナマ訪問」と「中華航空のストライキ」に関するもので、いずれも「民主進歩党政権は台湾の民意を無視している」との批判的な視点で書かれていた。
 
5月20日に総統に就任した蔡氏は就任演説で、中国が求める「一つの中国」の原則に触れなかった。中国政府はすぐに「これでは未完成な答案だ」との内容の談話を発表し、台湾側に原則の確認を迫ったが、中国の官製メディアは当時、蔡氏をほとんど批判せず、静観の態度を見せていた。
 
しかし、蔡政権は中国の要求を無視し、2014年の中台経済協定への反対デモ「ひまわり学生運動」で台湾の行政院(政府)の敷地に侵入した大学生ら126人の刑事告訴を撤回。また、親中的とされる中国国民党の馬英九前総統の香港渡航を認めないなど、中国と距離を置く姿勢を鮮明にした。
 
これを受け、中国は6月以降、蔡政権への批判を徐々に強め、25日には「両岸の当局間の連絡、交流メカニズムはすでに停止した」と発表。ほぼ同時に、台湾への経済圧力も強まり、関係者によると、台湾商品の中国への輸入はさまざまな制限が加えられるようになった。
 
北京の旅行会社社長によると、当局から「台湾への観光ツアーを減らせ」との指示を受け、特に蔡氏が率いる台湾独立志向の民進党が地盤とする高雄市、台南市などの台湾の南部地域に渡航しないように徹底指導されたという。中国人観光客を減らすことで、経済面で蔡政権を圧迫しようとしているとみられる。
 
同様の圧力は、台湾の陳水扁政権(00〜08年)の時代にも実施されたことがあり、蔡政権への打撃は限定的との見方も多い。

北京で企業を経営する台湾人男性は、「景気が悪化すれば蔡政権への一定の影響はあるが、逆に中国の強引な手法に反発する台湾人も多い。これを機に中国への経済的依存を減らして東南アジアに進出しようと考える台湾人が増えている」と話している。【6月27日 産経】
******************

中国からの客を望めなくなった台湾の観光業界は、関係の良好な日本からの観光客を呼び込む動きを活発化させているとも報じられています。

しかし、現実問題としては、中国への経済的依存を減らして東南アジアや日本でその穴を埋めるのは非常に困難と思われます。【7月11日 Searchina】

南シナ海の仲裁裁定で国際的に苦しい状況にある中国・習近平政権が新たな国際批判を呼ぶ露骨な台湾への圧力を今の時点で強めることはあまりないようにも思えますが、いずれにしても「台湾の観光業界は中国人観光客がいなくなると大きな打撃を受ける」経済構造が台湾が中国への対応を明確化できない一番大きな理由でしょう。

その中国人観光客ですが、習近平政権が抑制せずとも減ってしまいかねない、大勢の中国人韓国客が犠牲となるバス事故が起きています。

****26人死亡の観光バス火災、同車種を運行停止 台湾****
台湾で、観光バスの車内で火災が発生し乗客乗員26人が死亡した事故を受け、台湾当局は20日、一部観光バスの運行を停止させた。事故の際には非常ドアや非常窓が開かなかったとみられている。
 
19日、中国人観光客を乗せ台北の主要空港、台湾桃園国際空港に向かって高速道路を走行していた観光バスで火災が発生し、ガードレールに衝突し炎上した。
 
地元メディアによると、車内の遺体はバス後方の避難口そばに集まっていたという。捜査当局は、運転席そばの機械的または、電気的な故障が事故の原因だった可能性があるとみている。

また、台湾紙・中国時報によると、初期の捜査で、火災による熱で非常ドアのハンドルが歪んでいたことが判明した。
 
事故を受け、台湾の高速道路管理当局は、事故を起こしたバスの運行会社の車両4台の運行停止を命じた。また、別会社の所有する同車種のバス16台について、来週、強制調査を行うと述べた。
 
桃園の検察当局は、19日夜にバスの運行会社と旅行代理店に対して事情聴取を行い、20日現在も捜査を続けている。【7月20日 AFP】
*******************

事故そのものも利用者を不安にさせるものですが、この事故への台湾側の反応が、あたかもハンマーで窓を割って脱出しなかった中国人観光客にも問題があるような報道が一部でなされたことで、中国側の怒りを買っています。

****<台湾バス事故>台湾のニュース番組のテロップに中国人激怒****
2016年7月19日、台湾で発生した中国人観光客ら26人が死亡したバス事故について、中国メディアと中国ネットユーザーは台湾メディアの報じ方に怒りの声を挙げている。

中国メディア・観察者網は「台湾メディアはこんなテロップを付けていた!」と題する記事で、台湾の中天電視(CTi TV)がニュース番組で「ガラス窓を割る(脱出用の)ハンマーも使えない?中国人観光客に誰も安全教育をしなかったのか」というテロップを付けて放送したことを問題視している。記事は、同テロップが出た時間を秒単位まで細かく紹介し、「不適切なテロップ」「非常に目に障る」などと報じた。

同番組内では、キャスターも「安全教育」の問題に言及。「事故が起きたら乗客はすぐに反応して逃げようとする。私たちは車にハンマーがあることを知っているので、ガラスを割れば少なくともすぐに避難はできる。今回は残念ながら…」と話すと、ゲストコメンテーターは「衝撃が激しければ、乗客はけがをしていたかもしれないので、とっさには反応できなかったのかもしれない。発車前に乗客にハンマーがどこにあるか伝えておくべきだ」などとコメントした。

こうした台湾のニュース番組に対して、中国のネットユーザーからは「死者に対してこれほど敬意を払わないとは」「台湾人のドライバーはハンマー使えなかったのかよ」「人間性ってものはないのか」「怒りで涙が出てくる。中国人観光客だって人間だ」「我々も反省しなければならない。台湾省の人間は心の中で本土人を見下している。にもかかわらずまだ観光に行くなんて」「これでもう統一まで台湾に行く中国人はいなくなっただろう」など、反発するコメントが寄せられている。【7月20日 Record China】
******************

“私たちは車にハンマーがあることを知っている”・・・・そうなの? 私はバスのどこにハンマーがあるかなんて知りませんし、考えたこともありません。

もちろん知っているにこしたことはありませんが、事故報道は被害者への配慮を欠いた取り上げ方だったように見えます。

経済関係にしろ、安全保障にしろ、中国との関係をどうするのかは台湾にとって大問題ですが、いたずらに中国への反感を煽るような対応は有益なこととは思われません。冷静かつ慎重に、不寛容さを抑制しつつ、対応していく必要があります。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

リオ五輪  問題山積 ロシアのドーピング、ジカ熱、財政危機、警官による「殺害行為」

2016-07-19 21:42:00 | ラテンアメリカ

(ブラジル・リオデジャネイロの空港で4日、「地獄へようこそ」と英語で書かれた垂れ幕を手に、給料の未払いに抗議する警官や消防士ら=AFP時事 【7月6日 朝日】)

現在、IOCが電話で緊急理事会 ロシアの参加は?】
8月5日には開幕するブラジル・リオ五輪ですが、いろんな問題が山積しています。

今夜のNHKの冒頭ニュースはロシアの“国家主導ドーピング”問題。IOC=国際オリンピック委員会は、今まさに電話による緊急理事会を開いており、ロシアのリオ五輪出場停止を含めて、対処や制裁について検討することにしています。

****ロシアの国家的ドーピング IOCが緊急理事会****
WADA=世界アンチドーピング機構は18日にカナダで会見し、おととしのソチオリンピックでロシアのスポーツ省などが関与し、国家が主導して組織的なドーピングを行っていたと指摘しました。

組織的ドーピングは、2011年からおよそ4年間行われたとしたうえで、2013年にモスクワで行われた陸上の世界選手権や、去年カザンで行われた水泳の世界選手権などと合わせて、陽性反応を示した577の検体のうち、ロシア選手を中心とする312の検体がすり替えられていたことが明らかになったとしています。

これを受けて、IOC=国際オリンピック委員会のバッハ会長は「報告の内容は衝撃的で、オリンピックとスポーツの信用に対するこれまでにない攻撃だ。問題に関与した個人や組織に対し、厳しい制裁を科すことも辞さない」という声明を発表しました。

IOCは現地時間の19日正午(日本時間午後7時)から電話による緊急理事会を開き、リオデジャネイロオリンピックを前に、ロシアに対する対処や制裁について検討することにしています。(中略)

ロシアのスポーツ相 ドーピングと無関係の選手は区別を
ロシアのムトコ・スポーツ相は18日、地元メディアに対し「IOCが選手一人一人に物語があることを考慮して決定することを望む」と述べ、ドーピングを使用した選手と無関係の選手は区別して対応すべきだという考えを示しました。

また、ロシアオリンピック委員会は19日声明を発表し、「ドーピングとは無関係の多くの選手がオリンピックに参加できなくても、それはしかたがないという意見には全く賛成できない」として、ドーピングとは関係のない選手の出場は認められるべきだという立場を改めて示しました。

そのうえで、「われわれは、すべての国際機関と協力する用意がある」として、国際機関と連携してドーピング問題の再発防止に取り組む姿勢を強調しました。【7月19日 NHK】
******************

“国家主導ドーピング”は2011年からだけでなく、冷戦時代のソ連・東ドイツなどに以前から指摘されていたものでもあり、おそらく体質的なものになっているのでは・・・とも思えます。

“無関係の多くの選手が・・・”云々はわかりますが、やはり一度きちんとした処分でけじめをつける必要があるでしょう。
ロシア不参加で日本のメダル数が水増しされても、イマイチの感はありますが。

【「海外では、わが国にジカ熱と銃撃戦しかないように報じられている」】
次は、ジカ熱。

****リオ五輪控え 政府がジカ熱対策を本格化****
政府は、リオデジャネイロオリンピックの開催を控えたブラジルで、今もジカ熱の感染が続いていることから、現地への渡航者に対して予防の徹底を呼びかけたり、帰国する人たちの検査体制を強化したりするなど、ジカ熱への対策を本格化させています。

リオデジャネイロオリンピックの開催を来月5日に控えた今も、ブラジルではジカ熱の感染が続いていて、政府は、期間中、現地への渡航者がおよそ1万人に達すると見込まれていることから、ジカ熱への対策を本格化させています。

具体的には、旅行業者と連携し、ツアーの参加者にチラシを配るなどして、虫よけ剤の使用や長そでの服の着用を呼びかけているほか、ブラジルから帰国する人たちの増加に備え、各地の空港の検疫所に人の体温を映し出す特殊なカメラを設置するなど検査体制を強化しています。

また、広い敷地を持つ公園や学校、それに寺社など、蚊が多く発生すると考えられる国内の施設の管理者に対し、蚊の駆除を要請するなど、国内での感染拡大の防止に向けた対策も強化しています。【7月17日 NHK】
*************

ただ、南半球のブラジルは気温・降水量の関係で蚊の活動は停滞期に入っていることもあって、こうした各国の懸念・“過剰反応”に対し、ブラジル側は苛立ちを見せています。

****ジカ熱懸念、払拭に全力=リオ五輪でブラジル政府-現地リポート****
リオデジャネイロ五輪開幕に向け、ブラジル政府はジカ熱への懸念払拭(ふっしょく)に全力を挙げている。すでに沈静化しつつあり、保健省は「観客や選手が大会中に感染する確率は100万人当たり1.8人」という研究結果を示して、安全性を強調。不安をあおる海外の「過剰反応」にいらだちも見える。
 
112年ぶりに五輪に復活するゴルフでは、男子の世界ランキング上位選手がジカ熱を理由に次々と出場辞退。過密日程も理由だが、空洞化を心配する声も高まった。
 
世界保健機関(WHO)などによると、ジカ熱は妊婦以外に与える影響は少ないとされる。症状が軽く、感染に気付かない事例も多い。

エバンドロ・シャガス研究所のペドロ・バスコンセルス所長は「メディアの報道はセンセーショナル過ぎる」と指摘。リオ市のパエス市長も英紙ガーディアンのインタビューで「海外では、わが国にジカ熱と銃撃戦しかないように報じられている」と不満をぶちまける。
 
実際、気温や降雨量の低下で、ウイルスを運ぶ蚊の活動が停滞し、5月の感染確認例は3カ月前と比べて約9割減少。バイア連邦大学のグビオ・ソアレス博士は「この2カ月間、ジカ熱の感染者はほとんど確認できない」と話す。
 
それでも、ジカ熱をめぐる国内外の受け止め方にはギャップがある。日本の外交筋は、東日本大震災で海外に広がった原発事故の風評被害を例に「一度、悪いイメージがつくと、情報の修正は難しい。4年後の東京五輪でも同様の情報の温度差は起こり得る。人ごとではない」と警戒している。【7月16日 時事】
*******************

確かに「一度、悪いイメージがつくと、情報の修正は難しい」という問題があります。

おそらく、海外には日本の原発事故に“過剰反応”する人々も多いかと思います。
あるいは、日本人が身近の危険に鈍感になっているのでしょうか。

****韓国の青少年100人が福島訪問へ=韓国ネットは否定的****
2016年7月15日、韓国・聯合ニュースによると、昨年に韓国の青少年約150人と共に福島を訪問して批判を浴びた市民団体が、今年も同じイベントを推進し、韓国の環境団体からの反発に遭っている。

市民団体「ふくかんネット」は8月1日から10日まで、韓国の青少年約100人、引率者約20人と共に福島や東京を訪問する予定。「ふくかんネット」は昨年も韓国の青少年約150人と共に同地域を訪問した。

韓国の環境団体は「イベントが行われる場所が、2011年の福島原発事故によって放射性物質が大量にふりまかれた地域からわずか70キロしか離れていない上、安全性が保証されていない山林地域を訪れるプログラムが含まれている」と指摘。「ふくかんネット」にイベントの詳細を公開するよう求め、危険性のあるプログラムの中止と安全教育や放射性物質の危険性を知らせるプログラムを追加するよう訴えた。

「ふくかんネット」は、福島県を中心に韓国の言語・文化・経済・歴史などに対する理解を深め、両国間の交流活動を展開している非営利法人(NPO)。

この報道に、韓国のネットユーザーらは「イベントの主催者も参加する子どもたちもおかしい」「両親は同意しているのか?」「第2のセウォル号事件が起こりそう」「他の地域ならまだしも、なぜわざわざ福島へ?」「昨年も同じことがあったのに、政府はまだ福島を訪問禁止地域に指定していないの?」など、青少年の福島訪問に否定的なコメントを寄せた。【7月16日 Record China】
*******************

日本に対する悪意の反応というより、実際、日本・福島=危険というイメージが定着しているのでしょう。

警官らが「地獄へようこそ」】
次に地元リオ州の財政問題。

****ブラジル・リオ州が財政非常事態、連邦政府に支援要請****
ブラジルのリオデジャネイロ州は17日、財政が危機的状態にあるとして非常事態を宣言し、8月の五輪期間中に公共サービスを提供できるよう連邦政府に資金支援を要請した。

官報に掲載された布告によると、「警備、医療、教育、交通、環境面の運営が完全に崩壊する」のを避けるため、臨時の資金拠出が必要になる。

リオデジャネイロ州は主に石油産業に収入を頼っており、過去2年間の石油価格下落で財政が打撃を受けた。

リオデジャネイロ市のパエス市長はツイッターで「州財政の非常事態により、五輪プロジェクトやリオ市の約束の実行に遅れが生じることはあり得ない」と述べた。

市長はまた、五輪開会の数日前に完工が予定される地下鉄拡張工事を除き、五輪関連の建設プロジェクトはすべて市が責任を担っており、ほとんど完工していると強調した。【6月20日 ロイター】
*****************

給与未払いのため、警察官や消防士の抗議デモも起きており、その横断幕には「ようこそ地獄へ 警官と消防士は給与が支払われておらず、リオデジャネイロを訪れる人々は安全ではない」との物騒なメッセージも。

ただ、当局側の説明では、州の財政問題は五輪とは関係ない、期間中の治安も守られるとのことです。

****リオ五輪「地獄へようこそ」 警察官ら給与求め抗議デモ****
・・・・通常は州が治安を担当しているが、五輪期間中は全国から8万5千人の軍と警察が動員されて治安維持にあたる。リオ市のパエス市長は「五輪開催と州の危機は関係がない」と説明。

モラエス法相は5日、「政府は治安確保の費用として29億レアル(約916億円)の支援を決めた。警察官への給料支払いなどに使われ、リオ市の治安は安定する。期間中は全く心配しなくていい」と、不安の沈静化に努めている。【7月6日 朝日】
******************

なお、五輪期間中の混乱にもっと影響しそうな問題も。

****ブラジルの税関職員が無期限スト、リオ五輪開催目前****
7月12日、リオデジャネイロ五輪の開幕を3週間後に控えたブラジルで、税関職員が賃上げを求めて14日から無期限のストライキに突入する。

五輪開催中は数十万人の観光客が同国を訪れることが見込まれているため、ストが終結しなければ空港などでの混乱が予想される。(後略)【7月13日 ロイター】
****************

税関の混乱は外国人観光客には深刻な問題です。ストが現在どうなっているのか知りません。

警察の暴力 主な対象は貧民街の黒人男性
「リオ市の治安は安定する。期間中は全く心配しなくていい」(モラエス法相)とのことですが、ブラジル・リオの抱える深刻な問題がこの治安。

もちろん、住民や観光客が犯罪に巻き込まれる・・・という通常の意味での治安問題もあるのですが、治安を守るべき警官による「殺害行為」が国際的な批判を集めています。

****リオ警察による殺害行為、昨年645人 人権団体報告****
ブラジルのリオデジャネイロ州で昨年、少なくとも645人が警察によって命を奪われた――。8月の五輪開催を前に、国際人権団体「ヒューマン・ライツ・ウォッチ」(HRW)は7日、リオの警察のそんな実態をまとめた報告書を発表した。「正当防衛」の名の下に、不当な殺害行為が繰り返されていると批判している。
 
リオ市は複数の麻薬組織の地盤になっていて、警察と犯罪組織の銃撃戦が日常化している。一方で、警察の発砲による犠牲者の多さが問題視されてきた。
 
109ページにわたる報告書は、過去10年間で8千人以上が警察に殺害されたと指摘。今年も1〜5月だけで322人が警察の発砲などで亡くなっているという。【7月10日 朝日】
*******************

単に警官の発砲・射殺が多いだけでなく、“ヒューマン・ライツ・ウォッチはまた、警官らが致死性の武力の不正な行使の事例を隠蔽しようとした確かな証拠を64の事例で見つけたとしている。”【7月16日 サンパウロ新聞】という隠蔽工作が横行しているようです。

これは、リオには軍警察と文民警察があり、文民警察が捜査を行い、パトロールしたり、犯罪者を捕まえたりするのは軍警察の仕事・・・という組織の問題も絡んでくるようです。軍警察が止むを得ず犯人を殺害した場合、それも文民警察の捜査の対象になりますが、素人が考えても、まともな捜査が行われるようには思えません。


****10年間で8000人殺害=リオ州警察****
・・・ヒューマン・ライツ・ウォッチはこの件に関し、文民警察の捜査並びに検察当局の手抜かりを批判。

「処刑や隠蔽を実行した警官らが裁判にかけられることはめったにない。文民警察は情けないほど不十分な捜査を行ってきた。しかし、これらの事件の罪逃れに終止符を打つ責任は、最終的には、警察活動を外部から制御する権限を憲法によって与えられており、文民警察の仕事を監督し独自の捜査を行うなどしているリオ州検察当局にある」と両組織を糾弾している。【7月16日 サンパウロ新聞】
*****************

警察による“殺害行為”が多いとされるのが、ファヴェーラと呼ばれる貧民街の住民、特に黒人男性です。
国際人権団体アムネスティでは、警察・軍による暴力に抗議する署名活動を行っています。

****リオ・オリンピックに正義を!警察の暴力を防ごう*****
オリンピックのようなスポーツイベントの開催時は、テロや暴動対策が取られます。そのために、徹底した警備計画が作られます。

しかし、警察や軍がその地域をコントロールするために警備計画を利用することがあります。時には、計画を盾に、過剰な制圧行為に出ることも。

ブラジルでFIFAワールドカップが開催された2014年、ファヴェーラ(貧民街)の治安強化のため、警察や軍は大会前から軍備を増やし、駐留する作戦を展開しました。

作戦は「先に撃て、質問は後だ」という姿勢で進められ、多くの犠牲者が出ました。研究機関の統計によれば、この年、リオデジャネイロ州では警察の取り締まりで命を落とした人の数が、40%も増加しています。

オリンピックでもこうした治安作戦が予定されています。すでに住民に死傷者が出ており、4月にはファヴェーラで警察によって5歳の男の子が撃たれて亡くなっています。(中略)

警察の標的となる黒人男性
ブラジルは世界でも殺人件数が多い国として知られています。年間6万件もの殺人が起きていますが、このうちの数千件は警察が関わっています。

2015年にはリオデジャネイロ市だけで307人が警察の捜査中に殺されています。同市で発生した殺人の、実に5分の1に当たります。

今年に入ってからも、警察の捜査中に殺された人が100人以上にのぼるという報告もあります。

犠牲者の大半は、ファヴェーラに住む若い黒人男性です。社会に根強く残る黒人に対する人種差別から「犯罪予備軍」と見なされ、標的になりやすいのです。

こうした警察が絡んだ殺害はほとんど捜査されず、処罰も十分ではありません。殺人であるにもかかわらず、公平に裁かれていません。(後略)【アムネスティ・インターナショナル日本】
******************

しかし、フランスで起きたテロ事件を受けて、より一層テロ対策は強化される方針ですから、「先に撃て、質問は後だ」という警察による犠牲者も増えることが予想されます。

****ブラジル 仏テロ事件受け五輪の警備態勢強化へ****
・・・・今回の事件を受けて、これまでの警備態勢を見直し、態勢の強化に乗り出すことを明らかにしました。

具体的には、競技会場の周辺では会場に入るまでのチェックポイントの数を増やしたり、警備を担当する兵士を増員したりすることを検討するとしています。

オリンピックの警備態勢について、テメル大統領代行は8万5000人の兵士や警察官などを配置するとしていました。

今週には、ブラジルメディアがフランスの情報機関の話として、ブラジルにいる過激派組織IS=イスラミックステートのメンバーが、フランスの選手団に対するテロを計画していたと報じたことも踏まえ、ブラジル政府は警備態勢の見直しを急ぐ方針です。【7月16日 NHK】
******************

警備強化は国際的には歓迎されるのでしょうが、その実態は・・・。

何かと厄介ごとが多いオリンピック、何を好き好んで開催するのだろうか?とも思うのですが、次は日本・東京です。

五輪そのものや、ましてメダルの数などはともかく、一人でも多くの外国人に日本に来てもらい、今の日本を見てもらうというのは非常に意義深いことではあります。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

中国社会事情  離婚、出産、中絶、就職・・・そこから見える人間像は

2016-07-18 21:26:43 | 中国

(中国の人気アイドルグループSNH48 【3月25日 Record China】)

ここ数日の記事で見かけた中国社会事情です。

日本と中国の間には多くの深刻な政治課題がありますが、相手のことを知らないと、いたずらに邪悪な「ならず者国家」的なイメージを膨らませ、憎悪をつのらせることにもなりかねません。

最近、日本に多くの中国人観光客がやってきますが、当初日本に抱いていたイメージとは大きく異なるものを感じで帰国する人も多いと聞きます。

相手のことを知ることは、相互理解に向けた第1歩です。

急増する離婚
と言うことで中国社会事情ですが、まずは離婚の増加。

****中国で384.1万組の夫婦が離婚、夫婦の絆はなぜこんなにもろく****
○2015年、384.1万組の夫婦が離婚 離婚率は年々増加
民政部がこのほど発表した「2015年社会サービス発展統計公報」によると、2015年、全国各級の民政当局と婚姻登録機関が法に依り受理した結婚登記件数は1224万7000組、前年比6.3%低下した。2015年、法により処理された離婚件数は計384万1000組、同5.6%増加した。

2002年以降、中国の離婚率は上昇の一途をたどっている。2002年、中国の粗離婚率はわずか0.90パーミル、2003年に1.05パーミル、2010年には2パーミルを上回った。現在の統計データによると、2015年の粗離婚率は2.8パーミル、この数値は2002年の3倍を上回る。

いわゆる粗離婚率とは何かという疑問について、中国人民大学社会・人口学院の■振武院長(■は曜のつくり)は「統計学的に言えば、ここでいう『粗離婚率』とは、ある一定期間における総人口に対する離婚件数あるいは離婚したカップル数の比率を指す。『粗離婚率』と言われる理由は、離婚率を計算する際、厳格な意味で、分母は総人口ではなく既婚者数であるべきだが、既婚者数の統計を取ることが困難であるため、代わりに総人口を採用していることによる」と説明している。

○なぜ婚姻が破たんする傾向が増えているのか?
中国の離婚率が急上昇している原因について、■振武院長は、以下のような見方を示した。

まず、もともと全体的な離婚率が低かったことと関係がある。離婚率はこれまで、ずっと低い状態が続いていたため、いったん増加傾向を呈すると、非常に目立ってしまうという一面がある。また、中国経済社会の各方面における変化や世論の環境、社会通念の変化とも関係がある。

以前は結婚を維持できる環境は非常に安定的で、結婚そのものもかなり安定していた。だが、約10年前から、中国の経済社会に大きな変化が生じ、各種社会環境もそれに伴い大きな変化が生じた。そしてこれらの変化は、結婚を安定させる条件に衝撃を与える結果となった。

たとえば個人の経済的地位に急激な変化が生じ、社会的な立場にも変化が起こった。これに加え、人口流動率がますます高まり、これらの変量の中で、婚姻の安定性が崩れてきたのだ。

また、これまで、ある個人が離婚を持ち出すと、周りの人間が口をはさみ、あれこれ議論を展開し、離婚する当事者にとって大きなプレッシャーとなった。
だが、社会環境が多様化し、開放された今では、離婚・結婚をめぐる決定について、人々はより簡単に結論を出すようになり、決定に至るまでのプロセスも、以前のように慎重なものではなくなった。

これに対して、「より開放的な社会環境において、人々が結婚や離婚につて軽率で気まぐれな決定を下してはいけないが、個人の離婚の自由は尊重されなければならない」という考え方もある。■振武院長は、これについて、「ある婚姻が、個人の感情を抑えつけたもの、あるいは当事者が決して納得していないものであったならば、離婚という経験は、個人の感情面やその他の成長において、きっとプラスとなるだろう」との見方を示した。【7月16日 Record China】
********************

社会環境の変化と個人の意識の変化の結果、離婚率が上昇しているということのようです。

離婚に至るひとつの要因となっている社会現象が、農村からの出稼ぎの問題です。
出稼ぎに関しては「留守児童」の問題が大きく取り上げられていますが、当然ながら夫婦関係にも影響します。

****中国経済成長の影、長期化する出稼ぎで不倫横行、離婚率上昇****
2016年7月11日、第一財経網によると、河南省で出稼ぎ労働者の家庭を調査したところ、不倫がまん延していることが判明した。

中国製造業の武器である安価な労働力は出稼ぎ農民によって支えられてきた。しかしその弊害も少なくない。

若者の出稼ぎで、老人や子どもだけが取り残された「空心村」があちこちに誕生している。老人だけが働く老人農業、両親と会うことなく生活する留守児童など多くの社会問題を引き起こしている。

多くの出稼ぎ農民を送り出している河南省で調査を行ったところ、その深刻な状況が明らかになった。

出稼ぎ農民の26.2%は1年以上帰省しないと回答している。電話などで家族と連絡する頻度も1カ月に1回あるかないかとの回答が29.7%に達した。

これでは村に残された子どもや妻との関係が次第に冷めていくのも無理はない。夫や妻とほとんど会えないことから不倫も横行。離婚率も上昇する兆しを見せている。

専門家は出稼ぎ労働によって伝統的な家族形態が危機にひんしていると危機感を募らせている。【7月15日 Record China】
*******************

海外出産をサポートする仲介企業の数は100社以上
次に、「海外出産」の話題。
アメリカ・カナダや香港などの国籍を得るために海外で出産する女性が多いことは以前から話題になっています。

****子どもに米国籍、香港市民権を!海外出産が中国で人気に****
2016年7月12日、台湾紙・旺報によると、中国で海外出産が人気になっている。

最大のホットスポットは香港。年4万人もの中国人妊婦が香港での出産を選択している。単に医療設備が整っていることだけが魅力ではない。中国本土人の夫婦が香港で出産した場合、子どもには香港住民の権利が与えられることが魅力となっている。

香港以外でも米国、カナダ、オーストラリア、ニュージーランドなどが人気だ。特に出生地主義を採用する米国、カナダでは生まれた子どもには国籍が与えられるというメリットもある。

海外出産をサポートする仲介企業の数は100社以上。もちろん費用は安くはないが、それを苦にしない富裕層が中国にはごまんといる。

中国には母親は出産後1カ月はじっくり静養する「月子」という習慣がある。富裕層をターゲットにした海外出産では、高級ホテル並の宿泊施設にヨガなど回復プログラムを盛り込んだ月子センターがセットになっていることも多い。【7月15日 Record China】
*********************

中国ではありませんが、昨年10月にはアメリカ国籍を取得するためにアメリカ行きの機内で出産した台湾の女性が大きな注目を浴びました。
ネット書き込みによれば「女性が客室乗務員に機体が米国領空内に入ったどうかを確認していた」とのことです。

女性が産んだ赤ちゃんは思惑どおりアメリカ国籍を取得したものの、女性は国外退去処分となったそうです。
ここまでくると「すごい・・・」としか言いようがありません。

受け入れ側との軋轢も表面化しています。

****中国人の越境出産にカナダ人は「ノー!」、反対の署名運動が展開****
2016年7月10日、仏国際ラジオ放送ラジオ・フランス・アンテルナショナル(RFI)によると、カナダで「越境出産」しようとする中国人が増え続けていることに対し、カナダで国会ウェブサイトを通じた反対署名運動が行われている。カナダの中国系議員アリス・ウォン氏の支持も取りつけているという。

カナダでは、国内で生まれた外国人の子どもにも自動的にカナダの国籍が与えられるほか、その親や家族もさまざまな社会保障を受けることが可能となっている。署名運動では「納税者の負担が高まっている」とし、これを撤廃する法案を求めている。6月16日から署名が始まり、すでに3842人の署名が集まった。10月14日を期限に国会に提出されることになっている。

カナダを旅行で訪れ、出産する中国人は増加の一途をたどっているとされる。カナダ統計局の調べでは、2012年の報告書で新生児38万2568人のうち、カナダ国籍のない母親は699人で、547人に1人の割合となっている。

しかし、バンクーバーでは状況は特に悪化している。2016年の報告書では3月31日までの年度中に、市内のリッチモンド病院で生まれた新生児1938人中299人が地域住民の子どもではなく、そのうち295人は母親が中国人。この病院だけを例にとっても6人に1人が中国人の越境出産で生まれたという深刻な状況になっている。【7月11日 Record China】
*********************

当然の疑問として、どうしてそんなに外国国籍取得にこだわるのか?という話になります。

習近平国家主席は「中国の夢」を高らかに打ち出していますが、国民は中国の現状と将来に大きな不安を抱えているようにも見えます。

万一の場合は、子供の海外国籍をもとにして、自分たち親も海外へ移住できるように・・・といった思惑もあってのことでしょうか?単純に子供の将来を思ってのことでしょうか?

中絶はラブストーリーに欠かせない要素に
出産の次は中絶の話題。

****衝撃!中国の人工中絶は年1000万件以上、日本は・・・・―中国メディア****
2016年7月11日、中国中央テレビ(CCTV)によると、中国で人工中絶が毎年1000万件を上回っていることが分かった。

「世界人口デー」に当たる同日、中国で人工中絶に関する番組が放送された。中国では、いわゆる「青春映画」の多くに人工中絶を行うシーンが登場する。メディアのこうした映画に対して、今や「中絶がなければ青春じゃない」といった評価まで下している。中絶はラブストーリーに欠かせない要素になってしまったのか。

中国青少年生殖健康調査の報告によると、中国の未婚の青少年のうち、およそ6割が婚前交渉に寛容的な態度を示しており、22.4%が実際に性行為を経験済みだという。

しかし一方で、性の知識が十分に浸透しているかと言えばそうではなく、報告によると正しい性の知識を身につけている青少年は全体のわずか4.4%。性行為を経験した若者の過半数が初体験の時に避妊具を使用していなかったことが分かった。

また、性行為を経験した女性の21.3%が過去に妊娠した経験があり、4.9%が複数回の人工中絶を経験していた。

国家衛生計画生育委員会によると、中国では毎年1000万件以上の人工中絶が行われている。この数は、世界の4分の1を占めるとも言われる。

中絶を行った女性のうち、過半数が25歳以下の若い女性。2回以上人工中絶を行っている女性も全体の半数を超えているという。

専門家は、人工中絶による合併症は予測が難しい上、その後に再び妊娠しても流産や早産のリスクが高まると警鐘を鳴らし、正しい性教育の普及と性行為の低年齢化を食い止めることによって望まぬ妊娠を減らすことを呼び掛けている。

ちなみに、日本の人工中絶の件数は年々減少傾向にあり、2013年の時点で約19万件となっている。【7月13日 Record China】
******************

【「95後」の約半数が「就職しない道を歩む」】
次に、若者の就職事情。

****若者の約半分が「就職しない」を選択―中国****
騰訊(テンセント)のウェブブラウザ・QQブラウザはこのほど、2016年の大学卒業生の卒業後の進路についてのビッグデータ報告書「QQブラウザビッグデータ:95後の就職観」を発表した。

それによると、16年の大卒者は伝統的な就職に対する考え方や就職ルートにとらわれることがないだけでなく、卒業後の進路の選択肢に多様化、ネットワーク化、娯楽化という3つの新しい傾向がみられるという。北京商報が伝えた。

同報告によると、95後(1995年以降に生まれた人)のうち52%が「就職への道のりで最後までがんばる」と答えたが、驚いたことに残り48%は「就職しない道を歩む」と答えた。

就職しない学生の進路は実にバラエティに富んでおり、引き続き学問の道を究めるとした人、起業を選択した人、ネット有名人になって動画を投稿するという人、実家に戻り結婚して子どもを生むという人などさまざまだ。

新しい経済環境の中、新モデル、新メカニズム、新プラットフォームが爆発的かつ持続的に成長し、これにともなって新しい就職の資源と方法が次々に開発され、就職の選択がより柔軟になり、大学生の就職観や就職の方法が以前にも増して多様化した。新しい就職のチャンスも生まれ、95後の大卒者たちの進路選択にはより多くのチャンスが与えられるようになった。

起業で選択する分野をみると、インターネットが引き続き95後の主流で、このうち46%は海外通販、O2O(オンラインツーオフライン)、セルフメディアなどの新興ネット起業を選んだ。

また自分が学んだ先端知識を故郷に持ち帰り、農業における起業の方法を模索し始めた95後が増えている。

ネットの発展とともに成長した95後は、ネットから派生した各種の目新しい職業に飛び込んでみようという意欲が非常に高い。今や誰もが情報の発信者になれる時代で、95後は携帯電話を肌身離さず、ネット有名人になる人もたくさんいる。

同報告書によれば、95後の間で人気がある新しい職業番付では、アナウンサーを選んだ人がかなりの数に上り、以下、ネット有名人、声優、メークアップアーティスト、コスプレイヤーなどが続いたという。【7月13日 Record China】
********************

いかがでしょうか。
出稼ぎ・海外出産など日本と事情が異なる現象もあります。その違いに着目すれば、いくらでもその差をあげつらうことはできます。

ただ、環境・事情が異なれば対応も異なってはきますが、基本的には日本人と同様に結婚生活・出産・就職などの問題に直面している人間像が感じられるように思えるのですが。

海の向こうに全く理解不能な人間が暮らしている訳ではなく、自分たちと同じように苦闘し、人生に対処しようとする人たちがいる・・・・といったところでしょうか。

そうであるなら、お互いによりよい関係を築くこともできるのでは・・・とも。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

トルコ・クーデター未遂事件を機に、批判勢力一掃に向かう「スルタン」エルドアン大統領

2016-07-17 21:48:02 | 中東情勢

(アンカラで16日、出動した軍の装甲車両を取り囲む人々=ロイター【7月16日 朝日】)

独裁的な姿はかつてのオスマン帝国の専制君主“スルタン”に擬えられているエルドアン大統領
現段階でのトルコ・クーデター未遂事件を総括した下記記事、内容もさることながら、エルドアン大統領を「スルタン」と呼ぶ表現が、現在・今後のトルコ情勢を一言で表しているようにも思えます。

****スルタンの慢心が招いたクーデター未遂****
トルコで15日に起きたクーデター未遂事件は経済成長と安定をもてはやされてきたエルドアン政権を大きく揺さぶるとともに、同盟国として信頼を置いてきた米欧にも衝撃を与えた。

事件には不透明な部分が多いが、権力を掌握し、独裁傾向を一段と強めるエルドアン大統領の慢心と油断がその背景にあったのは否めない。

首謀者は空軍前司令官か
今回のクーデターの動きは最大都市イスタンブールや首都アンカラで15日夜に始まり、16日昼までにはほぼ鎮圧された。反乱派の将兵104人を含め民間人、警官ら265人が死亡、クーデターに加わったとして反乱派の約3000人逮捕された。
 
最大の問題は事件の首謀者が誰だったのか、という点だ。トルコのメディアは、空軍のオズトウルク前司令官、シリア国境を管轄する陸軍第2軍司令官の2人が拘束されたと報道。同前司令官が首謀者だった可能性も指摘されている。

実行の中心は中堅将校グループだったようだが、軍の上層部も関わっていたとすれば、エルドアン大統領にとっては深刻な打撃だ。
 
軍は事件後、将軍5人と大佐29人を解任したが、彼らが関与していたのか、責任を問われたのかは不明だ。エルドアン大統領はまた、政敵のイスラム指導者ギュレン師(米国在住)が事件の背後にいるとして米国に身柄の引き渡しを要求している。
 
中東最大の兵力を持つトルコ軍は建国の父、ケマル・アタチェルクの理念を受け継いで宗教から一線を画す世俗主義を貫き、イスラム主義者を嫌ってきた。政治的な混迷や時の政権がイスラム化の傾向を強めるなどした際に動き、1960年以降、3回にわたってクーデターを起こしてきた。
 
トルコは2003年のエルドアン政権発足後、国民1人当たりの国内総生産(GDP)を約3倍に引き上げる経済成長を遂げ、イスラム世界の成功のモデルとして喝采を浴びてきた。世界の主要国のG20入りも果たした。エルドアン大統領は建国100年を迎える2023年に「世界十指の経済大国」になるという目標さえ掲げた。

部屋数1万の大統領宮殿、スルタンに擬えられる
大統領はこうした功績を背景に軍の上層部を掌握し、もはやクーデターが相次いだ過去は終わったかに見えた。

しかし、軍を固めたことに安心したこともあり、大統領の権力への野望は高まる一方。首相から大統領に転身すると、今度は名誉職的な大統領を実権の伴う国家元首にするべく憲法改正に向けて走り出した。
 
大統領は自分の意に沿わない首相を解任し、反対派勢力や批判的なジャーナリスト、メディアも次々に弾圧。
こうした独裁的な姿はかつてのオスマン帝国の専制君主“スルタン”に擬えられている。新しく建てた大統領宮殿は部屋数が1万室もある豪奢なものである。
 
この一方で、イスラム主義者としての顔も次第に見せ始め、女性公務員にイスラムの象徴であるスカーフ着用を解禁するなどイスラム色の濃い政策を推進した。

スンニ派的愛国主義を共有するエジプトのイスラム主義者「ムスリム同胞団」を支援。クーデターでモルシ前政権を打倒したシシ・エジプト大統領を非難し、エジプトから逃走したイスラム過激派をかくまった。
 
国是である政教分離に反するようなエルドアン大統領のイスラム化政策に対し、軍が介入するのではないかとの憶測も根強く流れた。

このため参謀本部は今年3月、わざわざ声明まで発表してこれを打ち消した。しかし昨年には、トルコの専門家の1人が「中堅将校によるクーデター」の可能性を指摘するなど不穏な動きを懸念する声が出ていた。
 
ベイルート筋は「今回のクーデター未遂の背景には、エルドアンの慢心と油断があるのは明らか。彼には権力を完全に掌握したという思い上がりがあった。軍の内部の動きにもっと注意すべきだった」と指摘している。【7月17日 WEDGE】
*******************

【「非民主的なクーデターを支持するのか、非民主的な指導者を支持するのか」】
記事は、続けて欧米のトルコに対するジレンマを指摘しています。
中東において重要な影響力を有し、IS対策でも、難民問題でも、欧米はトルコの協力を必要としていますが、年々強権支配的姿勢を強め、イスラム主義も強めるエルドアン大統領に対し、なかなか馴染めないところがあるのも本音です。

「非民主的なクーデターを支持するのか、非民主的な指導者を支持するのか、ということだ」(ハース外交問題評議会理事長)という言葉が、そのあたりの欧米の心情を良く表しています。

****深刻なジレンマ****
今回のクーデターの動きを察知できなかったのは米欧も同じだ。ワシントン・ポスト紙によると、最新の米国の公電や情報機関の報告でも、エルドアン大統領は軍上層部から十分支持されており、クーデターなどの企てを事前に阻止できるとの内容だった、という。
 
米欧は大統領が一段と独裁的になりつつあることを憂慮しながらも、それが逆にテロとの戦いや難民危機でトルコへの依存を強めることにつながった。

しかし、同時に今回のクーデター未遂は米欧に深刻なジレンマを突き付けることにもなった。「非民主的なクーデターを支持するのか、非民主的な指導者を支持するのか、ということだ」(ハース外交問題評議会理事長)。
 
エルドアン大統領が今後、今回の事件の犯人捜しと軍の粛清を進めるのは必至だ。そうなれば、国内がさらに混乱し、欧州連合(EU)との間で合意した難民の強制送還の取り決めや、シリア内戦の解決、過激派組織「イスラム国」(IS)とのテロとの戦いに大きな支障が出ることになるだろう。
 
特に海外テロ作戦を激化させているISはトルコの混乱に乗じて、さらにテロを続発させる懸念も強い。トルコが軍部を立て直し、国家の安定と米欧の信頼を取り戻すことができるのか。

「軍が牙を向くことを知った」(ベイルート筋)エルドアン大統領の前途は多難だ。【同上】
******************

事件を好機に、批判勢力を一掃するエルドアン大統領
これまでのエルドアン大統領と軍部の権力闘争は、エルドアン大統領の圧勝で推移しており、もはや軍部には政権に歯向かう「牙」などない・・・とも思われていましたので、「軍が牙を向くことを知った」ということはあるでしょう。

ただ、今回事件を機に、更に徹底した軍部の「牙抜き」が行われると思われますので、“エルドアン大統領の前途は多難だ”と言えるような状況かどうか?

むしろトルコにとっての問題は、軍部にしろ、ギュレン師支持勢力(軍部、司法、財界などエリート層に大きな勢力があると言われてきました)も徹底的に封じ込まれることで、エルドアン大統領を牽制する勢力がなくなり、大統領の独走(あるいは暴走)に歯止めがかからなくなるのでは・・・ということではないでしょうか。「スルタン」を止める者が誰もいないという状況にもなりかねません。

エルドアン大統領は、クーデター失敗と言う千載一遇の好機をとらえ、喜々として(見た訳ではありませんが)批判勢力潰しに乗り出しています。

****トルコ、クーデターを鎮圧 265人死亡 軍人2839人を拘束****
トルコ政府は16日、レジェプ・タイップ・エルドアン大統領に不満を持ち、政権転覆を試みた軍の一部勢力によるクーデターを鎮圧し、国政の制御を取り戻した。民間人とクーデターを企てた軍人らを合わせて265人が死亡した。
 
北大西洋条約機構(NATO)加盟国であり、約8000万人の人口を擁するトルコの首相・大統領を務めてきた過去13年間で最も血なまぐさい挑戦に直面したエルドアン大統領は、15日に発生したクーデターの「再燃」を避けるため、支持者に対し路上での抗議を続けるよう促した後、同国最大の都市イスタンブールで数千人の支持者を前に勝ち誇って演説を行った。
 
トルコ政府当局は、今回のクーデターがエルドアン大統領の政敵で、米ペンシルベニア州在住のイスラム教指導者フェトフッラー・ギュレン師の責任だとして、クーデターに関連したとされる軍人2839人を拘束した。国際社会では報復への懸念も高まっている。
 
トルコでは16日朝、クーデターに失敗し、両手を頭上に上げたり路上に倒されたりした数十人の兵士が投降する場面がテレビで放映された。(後略)【7月17日 AFP】
******************

****<トルコ>判事ら2745人拘束へ…反乱関与疑い****
トルコで起きた国軍の一部によるクーデターの試みで、当局は16日、事件に関連したとして解雇した判事ら司法関係者2745人の拘束を命じた。

軍関係者2839人の拘束と合わせ、5000人超の大規模な摘発だ。政権転覆の危機を乗り切ったエルドアン大統領は権力基盤の強化を進める構えだが、強権的対応への批判が高まる可能性もある。【7月17日 毎日】
********************

司法界ではギュレン師を支持する勢力が強いと言われています。
(本筋とは関係ありませんが、裁判官をそんなにパージして、明日からトルコの司法はちゃんと機能するのでしょうか?訴訟案件が大渋滞するといった事態にならないのでしょうか?素朴な疑問です。)

クーデター関与者にとどまらず、これを機に政権批判勢力を一網打尽に根絶やししよう・・・・というエルドアン大統領の思惑が見て取れます。

これまでエルドアン政権の強権支配・イスラム化・クルド対策などを批判してきた野党勢力も、「反クーデター」という御旗にあらがうことはできません。

****主要4党、異例の共同声明=反クーデターで一致―トルコ****
トルコのイスラム系与党・公正発展党(AKP)など主要4党は16日、共同声明を出し、失敗に終わった軍内反乱勢力によるクーデターを非難した。「政治的な違いはあるが、われわれは国民の意思に沿い、それを受け入れ続ける」と強調し、民主主義の重要性を訴えた。
 
地元メディアによると、共同声明に加わったのはAKP、中道左派・共和人民党(CHP)、極右・民族主義者行動党(MHP)、クルド系政党・国民民主主義党(HDP)の4党。
 
AKPとCHPは建国の父アタチュルクが推進した政教分離に基づく国家路線、AKPとHDPはクルド人武装勢力をめぐる政策などで激しく対立してきた経緯がある。そうした中、4党が立場の違いを超えて共同で政治的な意思を表明するのは異例だ。【7月17日 時事】 
*******************

軍部も、司法も、野党も「スルタン」にひれ伏すような政治状況が、今後のトルコにとっていいのかどうか?という点が問題と思われます。

勢いづくエルドアン大統領支持勢力
なおエルドアン大統領が今回事件で見せた「強い指導者」としての力量は“さすが”と言うべきでしょう。
SNSを使って市民に抵抗を呼びかけたことが、クーデターを阻止した大きな要因にもなりました。

****SNS嫌いのトルコ大統領、ビデオ電話で市民に****
エルドアン大統領はインターネットのビデオ通話サービス「フェイスタイム」を利用して、反乱勢力に抗議するよう市民に呼びかける新手の作戦に出た。
 
大統領はソーシャル・ネットワーキング・サービス(SNS)嫌いで知られているが、最新ツールが、皮肉にもクーデター鎮圧に威力を発揮した格好となった。
 
クーデターなどが発生した場合、伝統的に指導者が取ってきた手法はテレビやラジオにいち早く生出演し、実権掌握に努めることだ。
 
今回は、国営テレビ局が反乱勢力に占拠された。そこで大統領が試みたのが、民間テレビ局の番組で、スマートフォン上に自らの姿を映しだし、健在をアピールすることだった。

大統領は市民らに「外に出て、道路や広場を占拠せよ」と行動を呼びかけた。これがきっかけとなって、市民は次々と外に繰り出し、反乱勢力への圧力となった。【7月17日 読売】
*****************

****平穏な週末、一転混乱=街にあふれる抗議の群衆―トルコ****
戦車の上に乗る若者ら、国旗を掲げての行進、車のクラクションを鳴らす人々。トルコの首都アンカラや最大都市イスタンブールは、平穏なはずの週末が一転、軍によるクーデターの試みで混乱に包まれた。
 
「広場や空港に集まってほしい。人民の力に勝る力はない」。エルドアン大統領がテレビを通じ、街頭に繰り出して抗議するよう国民に呼び掛けると、両都市では未明にもかかわらず、政府を支持する人々が広場や道路を埋め尽くした。【7月16日 時事】 
*******************

“エルドアン氏が、反乱が完全には鎮圧されていない段階でイスタンブールに姿をあらわしたのは、自国民を殺傷した反乱部隊は民衆に受け入れられないとみた上で、自身の「強さ」を誇示する好機と嗅ぎ取ったためとみられる。”【7月17日 産経】とも。

大統領の呼びかけに応じて街頭に繰り出し、クーデター阻止に動いた人々が、これまでのエルドアン大統領支持者なのか、それともその枠を超えたクーデターに反対する一般民衆なのか・・・そのあたりはよく知りません。

少なくも敬虔なイスラム教信者でもあるエルドアン大統領支持者が中核となったことは間違いないでしょう。
今後、勢いをましたこの勢力が「スルタン」を支え、その支配を更に強固なものにしていくと思われます。
まあ、ISが主張するような宗教的権威も兼ね備えた「カリフ」でないだけまし・・・かも。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

ルーマニアの「奴隷村」とロマ差別

2016-07-16 21:48:30 | 欧州情勢

(【7月14日 AFP】 地元住民は「私たちの子どもみたいなものだった」と、奴隷扱いを否定しているそうですが・・・)

【「鎖やひもでつながれ、暴行され、屈辱を与えられ」】
フランスで大規模テロが起きても、トルコでクーデター騒ぎがあっても、その可能性は普段から懸念されていたところあり、また、これまでも同様の出来事が起きていますので特段驚きはしませんが(その重要性を軽視するという話ではありませんが)、東欧とはいえEU加盟国でもあるルーマニアに「奴隷村」が存在していたという記事には驚きました。

****ルーマニアに「奴隷村」、警察が強制捜査****
ルーマニア南部の村で、村人たちが拉致してきた数十人の若い男性や少年を、鎖につないだり、虐待したりするなどして、奴隷のように扱っていたことが、捜査当局の発表で明らかになった。
 
警察当局は13日、ブカレストの北170キロにあるベレボイエシュティ村に大規模な強制捜査を行い、未成年2人を含む5人を保護した。容疑者は約90人に上るという。
 
組織犯罪対策部の検察官によると、被害者は約40人で、2008年以降に「教会や鉄道の駅のそばの公共の場所や、自宅」から拉致された。

「鎖やひもでつながれ、暴行され、屈辱を与えられ」、食料を十分に与えられず、残飯を食べさせられ、家事や動物の世話、違法な伐採などをさせられていたという。【7月14日 AFP】
******************

続報によれば、地元住民は「奴隷」扱いしていたとの報道を否定しているそうです。

****ルーマニアの「奴隷村」、容疑者38人を再勾留****
ルーマニア南部のベレボイエシュティ村で、数十人の若い男性や少年たちが奴隷のように扱われていたとされる事件で、警察当局は14日、容疑者38人を再勾留した。(中略)

また「(被害者は)全裸で放置され、冷水と湯を代わる代わる浴びせられていた。手足をつながれ、地面に置かれた食料を食べるよう命じられ、容疑者らを楽しませるために闘い合いを命じられていた」という。
 
さらに検察官は、2008年以降、約40人の被害者が「教会や鉄道の駅のそばの公共の場所や、自宅」から拉致され、家事や動物の世話、違法な伐採などを強要されていたと述べている。またDIICOTの報道官によると、一部の被害者は性的虐待も受けていたとみられている。
 
児童保護当局者は地元メディアに対し、13日に保護された被害者たちは「頭皮を中心に全身に傷があった。肉体的・心的外傷を受けていた」と語った。

■地元住民は「奴隷化」を否定
地元住民は14日、記者らに対し、事件は事実ではなく、被害者とされる少年たちは孤児の野宿者で、ひどい扱いは受けていなかったと主張した。
 
身元を明かすのを拒否したある地元女性はAFPに対し「この人たちが家に仕事をしに来たとき、私たちは食べ物を与え、寝床を提供していた。何もひどいことはしていない」と話し、「彼らは親がいなく不幸だった。私たちはかわいそうに思っていた。私たちの子どもみたいなものだった」と語った。【7月15日 AFP】
********************

失礼ながらアフリカやインドの山奥ならともかく、欧州のルーマニアで、首都からそう遠くもないところに「奴隷村」が・・・・ということに最初驚きました。

ルーマニアは2007年にEU加盟していますが、EU創設を定めたマーストリヒト条約第49条では、EU加盟国は自由、民主主義、人権の尊重、法の支配といった理念を尊重していることが挙げられています。

【「奴隷」から連想されるロマ差別問題
地元住民が否定していますので、真相はわかりません。
わかりませんが、考えてみると「奴隷」「虐待」につながるような風土にも思い当たります。これまでもたびたび取り上げてきた「ロマ」の問題です。

北インド起源ともされるロマは“ジプシー”とも呼ばれ、ルーマニア・ブルガリアなど中東欧を中心に広く欧州に暮らしています。
かつては移動生活をする者が多かったようですが、現代では定住生活をする者も多いと言われています。

“欧州連合の行政府・欧州委員会によると、欧州に暮らすロマの人口は推定1000万~1200万人。 欧州評議会の各国別推計によると、ルーマニア185万人、ブルガリア75万人、スペイン72万5000人、ハンガリー70万人、スロバキア49万人、フランス40万人、ギリシャ26万5000人、チェコ22万5000人、イタリア14万人など”【ウィキペディア】

上記数字でもわかるように、ルーマニアは「ロマ」が最も多く暮らす国でもあります。

人権尊重の欧州におけるロマ差別の問題については、

2013年8月24日“人権重視の欧州で続くロマ差別  ロマ分断の「壁」”http://blog.goo.ne.jp/azianokaze/d/20130824
2013年10月24日“移民・外国人への風当たりが強まる欧州で、相次ぐ被差別民族ロマの話題”http://blog.goo.ne.jp/azianokaze/d/20131024
2016年3月4日“難民・移民問題に揺れる欧州が昔から抱えるもひとつの異民族・異文化問題・・・「ロマ」”http://blog.goo.ne.jp/azianokaze/d/20160304などで取り上げてきました。

****各国のロマ・・・ルーマニア****
ルーマニアにおけるロマに対しての差別は根深く、結婚、就職、就学、転居などありとあらゆる方面にて行われている。しかしその起源はいずれの説も根拠を欠いたものが多く、現在でも定説は無い。

ルーマニア国内のロマ支援組織の多くは19世紀半ばまで約600年間続いた奴隷時代にその根源があると主張している。

それによると『1800年代の法典はロマを「生まれながらの奴隷」と規定し、ルーマニアの一般市民との結婚を認めなかった。

そして、奴隷解放後も根深い差別の下でロマの土地所有や教育は進まなかった。都市周辺部に追いやられたロマは独自の文化や慣習を固守する閉鎖的な社会を築き、差別を増幅させる悪循環につながった』とされている。

その一方で、当時そのような法典が公布及び施行された記録が残されておらず、法典自体も見つかっていないため、この説は根拠に乏しいとする見解も存在する。

ロマを「生まれながらの奴隷」と規定した法典はロマ支援組織が差別の根拠として捏造したもので、奴隷時代の始まりとされる13世紀以前から、既に習慣という形でルーマニアでのロマ差別は存在していた、という見解を支持しているルーマニア国外のロマ支援組織やロマ研究者は多い。

21世紀に入った現在、ルーマニアでのロマ問題は拡大の一途をたどっている。EU諸国からのロマの強制送還により、ロマ人口が増加しているのである。

ルーマニアにおいて、ロマは自己申告に基づく国勢調査では50万人だが、出自を隠している人も含めると150万人に達すると言われる。

ルーマニアの身分証明書には民族記入欄が無いため、ロマであることを隠し社会に同化する人も少なくない。

2002年の調査では、ロマの進学率が極度に低いことが明らかになっており、高卒以上は全体の46.8%に対し、ロマは6.3%、全く教育を受けていない無就学者の割合は、ロマだけで34.3%にも上るのに対し、少数民族を含むルーマニア全体では5.6%にとどまっている。

これらの問題に対してルーマニア政府は、「国内にロマはいないため、ロマに対する差別問題は存在しない」としてロマの存在自体を否定している。

つまり、ルーマニア国内にロマが存在しない以上、ロマに対しての差別は存在しえず、ロマ差別はあくまでもルーマニアでは架空の存在でしかない、というのが政府の見解となっている。

このため、国内におけるロマ問題への対策をルーマニア政府は何一つ行っていない。さらに、国内外からのロマ対策を要求する声に対しても何の反応も示していない。

この結果、ルーマニアでのロマ問題は解決のめどは立っておらず、逆にロマ差別自体がルーマニア人ならびに国家ルーマニアとしてのアイデンティティになっていることは否定できなくなっている。

1991年にはブカレスト近郊のボランタン村でロマの家100軒が数百名の暴徒に襲われ、焼き討ちに遭う事件が起きている。【ウィキペディア】
********************

今回拉致され奴隷扱いされていたとされる被害者がロマなのかどうかは知りません。
ただ、ロマでないにしても、ロマに関する“19世紀半ばまで約600年間続いた奴隷時代”という歴史・風土が今回事件に関係しているのでは・・・とも思えます。単なる推測に過ぎませんが。

ロマの“奴隷時代”が20世紀以降消えた訳ではありません。

チャウシェスク元大統領時代には、民族優等主義の発想から、ロマを劣った民族と考え、財産や職を取り上げた上で強制隔離するようなユダヤ人差別と同様な扱いがロマに対して行われてと指摘されています。
【「ダークネスDUA」http://www.bllackz.com/?m=c&c=20101126T0324000900

ルーマニアに限らないロマ差別 “西欧的価値観”の一般性への疑念も
ルーマニアの名誉のために付け加えれば(名誉回復になつかどうかは知りませんが)、ロマ差別は別にルーマニアに限った話ではなく、欧州全域において根深いものがあります。

国際人権団体アムネスティは中欧チェコにおける現在も続くロマ差別について、以下のように指摘しています。

****もう学校に行きたくない」〜チェコで続くロマの子どもたちへの差別****
■□■ チェコ教育現場での差別 ■□■
差別は子どもにも向かう。そしてそれを行政が助長している。ハンガリーで、ルーマニアで、スロバキアで、チェコで、ロマというだけで一般教育からはじき出し、知的障がい者のための学校やロマだけを集めた学校へと追いやっているのだ。

アムネスティはこの問題に取り組んでいる。現地調査で差別の実態を明らかにして発信し、状況改善のために政府や市民に働きかけてきた。

今年はチェコで行われている深刻な差別を、レポートとして発表した。ロマの子どもたちは公用語のチェコ語が母語でないことも多いが、チェコ政府はサポートを行うどころか、面倒だからと一般の学校への入学を拒否しているのだ。

チェコの人口に占めるロマの人びとの割合は3%に満たない。にも関わらず、軽度の知的障がい者用の学校・学級の子どもたちの30%近くは、ロマの子どもたちだ。明らかに異常な多さだ。

こうした差別はEU法や国際人権法に違反する行為であるが、それがチェコではまかり通っている。

また、たとえ一般の学校への入学を許されたとしても、生徒や教職員たちからいじめや差別的な扱いを受けたりすることもある。

一般レベルの教育を受ける機会を奪われることは、将来の可能性も摘み取られてしまうということだ。そして貧困や疎外から抜け出せない悪循環に陥らされてしまう。

チェコ政府はこういった状況に対し適切な対策をとることを怠ってきた。これは人種差別以外のなにものでもない。

■□■ 子どもたちが経験した差別 ■□■
11歳のカレルとその妹ヤナが通っていた学校には、ほかにロマの子どもたちがいなかった。
「妹のヤナがいじめられて、怖くて学校に連れて行こうとすると泣き出してしまうようになったんだ。それで僕がヤナをいじめた子どもたちと喧嘩したら、僕だけ叱られた。それがどんどんひどくなって、学校に行かなくなったんだよ」

チェコでは正当な理由のない欠席が続くと、保護者の法的責任が問われるため、結果的にカレルとヤナは家族から引き離され、児童養護施設に入れられることになった。

15歳のアンドレは5年生のときに軽度の知的障がい者用の学校に入れられた。
「前はスロバキアに住んでいて、サッカーが好きで将来はサッカー選手になるのが夢だったんだ。いくつもトロフィーをもらったよ。それがチェコに引っ越してきて、チェコ語が分からなくても誰も助けてくれなかった。落第点を取ってしまった時、テストを受けさせられて、違う学校に行かされることになった。そこでの授業の進みは遅いし簡単だ。僕は高校や大学に行きたいんだけど、先生たちは無理だって言うんだ」

■□■ 差別を終わらせるために ■□■
国際社会からの痛烈な批判をたびたび受けながらも、チェコ政府は、問題の核心を解決できず、いまだにロマの子どもたちを「分離」して教え続けている。

2007年に欧州人権裁判所がこの分離教育は差別であると断じて以来、チェコ政府は教育制度の改善策を何度も発表してきた。しかしどれもロマの子どもたちに対する教育差別に正面から向き合ったものとは言えず、約束した策の実行も不十分だ。(後略)(アムネスティ・インターナショナル日本)
【2015年07月24日 THE HUFFINGTON POST】
********************

7月12日ブログ“ハンガリー 「3分の2」で改憲・新憲法 国家・民族重視の「非リベラル国家」を目指すオルバン政権”http://blog.goo.ne.jp/azianokaze/d/20160712では中欧ハンガリー・オルバン政権がEUが標榜する価値観に沿っていないことを取り上げましたが、一口に「欧州」とは言っても、そもそも中東欧にあっては、いわゆる“西欧的価値観”とは異なる風土が存在しているのかも・・・とも思われます。

なお、ロマ差別については、フランスなど西欧にあっても問題になることが多い事案で、西欧がいわゆる“西欧的価値観”に全面的に沿っているという話でもありません。
コメント (1)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

アメリカ  繰り返される警官の黒人への過剰な発砲と警察への報復 分断された社会への懸念

2016-07-15 23:07:05 | アメリカ

(7月14日、米ルイジアナ州バトンルージュの路上で黒人射殺に抗議するデモのさなかに、長いドレス姿で重武装の警官隊の前に立つ様子が話題となった黒人女性エバンスさん。
“警官が彼女を捕まえ、急いで連れ去った。ほんの30秒程度の出来事だったという。地元警察当局の拘置記録によると、エバンスさんは幹線道路の交通妨害の容疑で拘束され、釈放された。”【7月15日 ロイター】)
 
人種問題が絡んだ警察の過剰な実力行使と警察への憎しみ・反感
アメリカでは周知のように、警察の黒人に対する過剰な実力行使、警察への住民の抗議、警官への報復テロという人種問題絡みの問題が再び表面化しています。

****ミネソタでも警官が黒人男性を射殺 免許証取り出そうとしたところ発砲、映像拡散で抗議に火****
米南部ルイジアナ州バトンルージュで5日、黒人男性(37)が白人の警察官に取り押さえられ、銃で撃たれて死亡し、司法省と連邦捜査局(FBI)は6日、警察の対応に問題がなかったかについて捜査を開始した。
 
また、6日には中西部ミネソタ州ミネアポリス郊外でも黒人男性(32)が警察官に射殺された。米国では黒人に対する警察の過剰な実力行使が社会問題となっており、2件相次いだことで、抗議活動が拡大化している。
 
バトンルージュでは5日未明、「黒人男性に銃で脅された」との通報で駆けつけた警察官2人が、オールトン・スターリングさんを射殺。当時の様子を撮影したとみられる映像が公開され、警察官2人がスターリングさんを地面に倒して動きを封じた後、警察官が発砲する様子が映し出された。
 
また、ミネアポリス郊外では6日夜、車を運転中だったフィランド・カスティールさんが警察官に止められ、銃で撃たれて死亡した。同乗していた交際相手の女性が発砲直後とみられる動画を公開。女性によると、カスティールさんが免許証などを取り出そうとしたところ、警察官が発砲したという。警察は車内から拳銃が見つかったと発表した。【7月7日 産経】
*****************

映像を見る限り、警官の対応は“問題があった”ように思えます。
個々の警官の行動にとどまらず、警官にそのような行動をとらせる社会的緊張(人種間の緊張、一般的治安状況、特に銃器の氾濫)こそが問題であるようにも思えます。

警官に不当に扱われているという黒人の怒り・不満は、警官に対するテロという忌むべき事件を引き起こしています。

****ダラス警官銃撃】死亡の容疑者「白人、特に白人の警官を殺したい」 にじむ差別感情、米社会が抱える問題浮かび上がる****
米南部テキサス州ダラスの警察官狙撃事件の背景には人種差別をめぐる感情が色濃くにじむ。警察官による黒人射殺が起きるたびに警察への憎悪は増し、人種差別議論が繰り返されてきた。

12人の警察官が標的にされ、5人が犠牲となった前代未聞の事件。米国が抱える根深い問題が改めて浮かび上がっている。
 
「白人、特に白人の警官を殺したい」。警察官を次々に狙撃した黒人の元陸軍予備役兵士、マイカ・ジョンソン容疑者(25)は死亡する前、警察の交渉官にそう話したという。
 
事件の前日と前々日にルイジアナ州とミネソタ州で連続して起きた警察官による黒人射殺の様子がインターネット上に動画で公開され、複数の動画投稿サイトなどを通じて、拡散した。無抵抗の黒人に何発も発砲する映像は強い衝撃を与える。連邦捜査局(FBI)はジョンソン容疑者も動画を見て、犯行に駆り立てられたとみて調べている。
 
人種差別問題が背景にあったと指摘された事件としては、カリフォルニア州ロサンゼルス近郊で1991年3月、スピード違反をした黒人男性が白人警察官らに車からひきずり出され、暴行を加えられた事件が有名だ。住民がビデオカメラでこの様子を撮影。全米で映像が報道されると、黒人社会が猛反発した。警察官ら4人が起訴されたが、翌92年4月に陪審が無罪評決を下したことがきっかけとなり、市街地の商店などが焼き打ちにあうなどしたロサンゼルス暴動が起きた。
 
近年では、ミズーリ州ファーガソンで2014年8月、丸腰だった黒人少年=当時(18)=が警察官に射殺された。警察官が不起訴になると、ファーガソンで暴動が発生。警察に敵意を示す黒人が増え、同年12月にはニューヨーク市で警察車両に乗っていた警察官2人が近づいてきた黒人の男に撃たれ死亡した。
 
警察官による黒人射殺はその後も起き、「差別」と「危険の回避」の堂々巡りの議論が続く。狙撃事件を受けて、警察官らの黒人に対する緊張がさらに高まるのは必至だ。
*****************

このダラスの事件後も、警察の黒人差別に対する抗議行動が続き、混乱も生じています。

****射殺、デモと警察対立続く 米で黒人死亡に抗議、逮捕相次ぐ****
米国で、黒人コミュニティーと警察の間の対立が再び懸念されている。黒人男性が警察によって射殺される事件が相次ぎ、構造的な差別に注目が集まっている。テキサス州ダラスで黒人の男が警察官を狙撃して5人を殺害した事件の影響も影を落としている。
 
黒人男性が警察官に射殺されたルイジアナ州バトンルージュでは、事件が起きた今月5日から抗議デモが続く。10日には中心部で数百人が行進し、「ブラック・ライブズ・マター(BLM)」と声を上げた。「黒人の命も大切だ」という意味のスローガンだ。
 
当初は平穏だったが、「路上を占拠している」との理由で警察との対立が始まった。重装備した警察官も登場し、立ち退きを拒んだ人を逮捕した。参加者のアレクサス・スプラグさん(22)は「幼い子供もいたのに、警察への信頼感が余計に損なわれる」と語った。

CNNによると、やはり黒人男性が射殺されたミネソタ州や、ニューヨークなどでもデモが続き、週末だけで300人以上逮捕された。
 
BLMの運動は2013年、黒人少年を銃撃して死なせた白人男性が無罪になったことをきっかけに誕生し、黒人が犠牲となる事件が相次いで広まった。今月、オバマ大統領が「刑事司法システムの中で人種によって異なる結果が生じている」と指摘するなど、運動の成果も表れている。
 
ダラスの警察官狙撃事件は、7日夜に発生。死亡した容疑者はBLMと関係ないが、「影響がある」という人もいる。警察関連のロビー団体幹部は8日、フォックステレビのインタビューで「(オバマ政権が)BLMを批判しないことがダラス事件を可能にした」と主張した。【7月13日 朝日】
****************

13日にもミネソタ州のミネアポリスでは、7月6日に起きた「フィランド・キャスティリ死亡事件」に抗議したデモ隊が朝のラッシュ時に高速道路に押しかけ封鎖、警察が41人の抗議者(デモ参加者)を逮捕するという事態になっています。

【「米国は分断していない。一つの家族だ」とは言いつつも・・・
現在の状況は知りませんが、仮に今回の抗議行動がこれで収束したとしても、おそらくまた同じような事件が、そして同じような抗議行動が繰り返されるのだろう・・・というところがアメリカの大きな問題です。

****ダラス警官銃撃】オバマ氏「米国は分断していない。一つの家族だ」 結束と対立解消訴え 追悼式典で****
オバマ米大統領は12日、南部テキサス州ダラスの銃撃事件で犠牲となった5人の警察官の追悼式に出席し、「私たちは一見してみえるほど分断はしていない。米国は一つの家族だ」などと述べ、米国民の結束と人種間の対立の解消を訴えた。追悼式にはミシェル夫人やブッシュ前大統領夫妻らが出席した。
 
演説では、不満を抱える市民と警察の双方に理解を示し、冒頭、犠牲となった5人の警察官の人柄や家族などを紹介。7日の銃撃事件では「銃弾が飛んでも、たじろぐことはなかった」とその雄姿をたたえ、圧倒的多数の警察官が「尊敬に値する」と述べた。
 
一方で、黒人に対する警察官の差別意識については「米国には依然として偏見がある」と言及。「平和的なデモに参加している人を、被害妄想を持っていると一蹴することはできない」などと強調した。また、若い世代にとってコンピューターよりも銃を手に入れることが簡単だとし、銃規制の必要性を改めて訴えた。
 
大統領退任後、ダラスに自宅を構えるブッシュ氏は、「悲しみや恐怖心ではなく、希望や愛情で結束することを望んでいる」と連帯を訴えた。【7月13日 産経】
*******************

話がそれますが、上記のように追悼式に参列したブッシュ元大統領は酒に酔っていたらしく、踊ったり、微笑んだりしている様子が映像に流れ、多くの批判を浴びたとか。【7月15日 PARS TODAY】

オバマ大統領は「米国は分断していない。一つの家族だ」と訴えていますが、現実は厳しい側面もあります。

****人種間関係、7割が「悪い」=92年以来最多―米警官狙撃1週間****
白人警官らによる黒人射殺や、黒人による警官狙撃事件が先週相次いだ米国で、人種間の関係について「総じて悪い」と考えている人が69%に上ることが、13日公表された最新の世論調査結果で分かった。

白人警官の暴力をきっかけにロサンゼルスで大規模な黒人暴動が起きた1992年以来、最多となった。 
ロス暴動では53人が死亡し、直後の世論調査で人種間の関係を悪いと考えた人は68%だった。(後略)【7月14日 時事】 
******************

低所得黒人層救済のためには最低賃金を廃止すべし?】
興味深いのは、こうした状況を改善する具体策として、「黒人を救うには最低賃金を廃止せよ」との、一見事態改善に逆行するような指摘があることです。

****黒人を救うには最低賃金を廃止せよ****
アメリカ社会が揺れている。先週はルイジアナ州とミネソタ州で黒人男性が警察官に射殺される事件が相次ぎ、さらにテキサス州ダラスで黒人の男が警察官を狙撃し5人が殺害される事件が起きた。

一連の事件は、アメリカの黒人が直面する苦難を改めて浮き彫りにした。黒人はアメリカ人全体と比べて凶悪犯罪の被害者になる確率が突出しており、失業率や貧困率が極めて高く、低所得者層が多い。まさに苦難の渦中にある。

これまでも事あるごとに問題になってきたが、そのたびに政治家は、何となく黒人の「権利拡大」や「地位向上」につながりそうな、大して代わり映えのない政策を掲げてきた。

ほとんどの場合、そうした政策によって権利を拡大してきたのは主に公務員で、本来の目的である黒人とその他の間の格差を埋めることはできなかった。

政策の失敗が明らかになるころには、世論や政治家の関心はすでに下火になっており、新たな事件の発生を待つしかなかった。

一見弱者に優しい制度だが
今回こそ、政治家は従来とは考え方を改め、実際に黒人の為になる政策を試みるときだ。当研究所でも教育や刑事司法制度、セーフティーネット(安全網)の改革に関する提言を行っているが、ここではもう一つ、シンプルだがやや意外に聞こえるかもしれない提言をしよう。最低賃金の廃止だ。

否定する政治家もいるが、最低賃金の引き上げによって低所得者層の失業が増えることは、今では広く知られている。2013年の研究では、最低賃金の引き上げと犯罪の増加には、直接的な因果関係があることも明らかになった。
これらの実証研究を否定するのは、気候変動に関する研究を否定するのと同じくらい無意味だ。

研究では、最低賃金がもたらす悪影響によって最もダメージを受けるのは「若年層の黒人男性」だということも分かっている。それはまさに、黒人の中でも最悪の苦境に置かれている層だ。

誰にでも最低の賃金を保障する制度は一見、弱者に優しく見える。しかし実際には企業は、最低賃金を下回るスキルしか持たない未熟練労働者を雇わなくなる。

代わりにもし、初心者でも仕事に就けるチャンスがもっとあれば、若年層の黒人男性もいくばくかの収入を得ながら職業経験を積み、より賃金の高い仕事に転職し、最終的に暴力や貧困から遠ざかることもできるだろう。

若年層の黒人のために最低賃金を廃止することは、重要な歴史的転換点にもなるだろう。最低賃金が設定された背景には、黒人や女性の雇用を奪うことで、白人男性が優先して仕事に就くべきだと信じた進歩主義者の狙いもあった。経済的に苦闘する黒人の今日の姿は、そうした進歩主義者による計画が、アメリカ社会でいかにうまくいったかを象徴するものだ。【7月14日 Newsweek】
*******************

“最低賃金が設定された背景には、黒人や女性の雇用を奪うことで、白人男性が優先して仕事に就くべきだと信じた進歩主義者の狙いもあった。”というのは初耳です。オーソライズされた考えなのでしょうか?

それはともかく、最低賃金が設定されると、最低賃金を下回るスキルしか持たない未熟練労働者の雇用機会が狭められる・・・というのは、“なるほど”という感もあります。

ただ、現実の経済構造、最低賃金廃止が社会全体に漏らす影響など広い視点から注意深く検証する必要があると思われます。

完全市場モデル的な、自由市場を重視する経済学にあっては、上記のような最低賃金の引き上げによって低所得者層の失業が増えるという考えが多いようです。ですから自由市場信奉者が多いアメリカでは、一般的な見方かも。

しかし、理論と現実にはギャップもあります。また、“これらの実証研究を否定するのは、気候変動に関する研究を否定するのと同じくらい無意味だ”とのことですが、“実証的には、最低賃金の雇用の縮小の効果が出るような大幅な最低賃金の上昇をした例がないため、雇用の縮小効果は小さく、好影響・悪影響を判断・確認できるような研究ができていない。ビル・クリントン政権であった1996年に最低賃金が引き上げられた際に、失業率の上昇はみられず、低所得者層の給料が増加した。”【ウィキペディア】とも。

ロボットによる犯人爆殺 背景には改善されない銃社会の現実
話をダラスの警官襲撃事件に戻すと、犯人をロボットで爆殺したことも大きな話題となっています。

ロボットが人を殺す・・・ということへの違和感はあります。
違和感はありますが、SWATが射殺するのとどこが違うのか?犯人がバリケード等に隠れており射殺もできない場合は「容疑者のそばで爆発させる以外に選択肢はない」(ダラス警察署長)ではないか・・・というのもわかります。

今回は、ロボットとはいっても遠隔操作で、実際の爆殺操作は人間が行っています。
今後、AIを搭載したロボットが自己判断で人間を殺害するということになれば、話は全く違ってきます。そうした事態に道を開くことにつながるのでは・・・という不安もあります。

もうひとつ問題となるのは、こうした“武器”は軍から警察へ流れ出たものであるという点です。
警察が軍隊のように重武装して、武装勢力に対応するように市民に向きあうことの問題があります。

こうした警察の重武装化・軍隊化は、住民と警察の信頼関係を薄め、敵対関係のような雰囲気を醸し出す恐れもあります。
日本のような、住民密着の“おまわりさん”が望ましい姿でしょう。

アメリカにあっては、警察にそうしたことを許さない現実があります。そうした治安悪化の一番きな原因はやはり“銃社会”という現実でしょう。

しかし銃規制は遅々として進みません。

****米議会まもなく休会入り、銃規制・ジカ熱法案は棚上げ****
米議会はまもなく7週間に及ぶ休会に入るが、銃規制強化やジカ熱対策などの差し迫った問題は先送りされる見通しだ。

米国内で銃暴力が後を絶たない中、共和党のケビン・マッカーシー下院院内総務は12日、米下院では今週、テロリストの疑いがある人物の銃購入を制限する法案の採決を行わないと記者団に語った。(中略)

長い休会のスタートまで残り4日となり、少なくとも議会が再開される9月6日まで何らかの銃規制が打ち出される可能性はなくなった。【7月13日 ロイター】
********************
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

欧州に広がる“国民投票ブーム”の功罪  ポピュリズムとの結合も

2016-07-14 22:22:12 | 欧州情勢

(「ブレグジット」はエリート主義に対する大衆の「ノー」の意思表示だったともとれます。 【6月28日 Newsweek】)

消えない“二度目の国民投票”を求める声 メイ新首相は明確に否定
イギリスのEU離脱については、投票直後に離脱派の旗振り役だった英国独立党(UKIP)のファラージ党首が、負担金の予算が浮くと主張したが、その使途は確約できないと語り、離脱によって財政難にあえぐ国営の国民保健サービス(NHS)に「週当たり3億5千万ポンド(約480億円)を出資できる」(離脱運動の公式団体の宣伝バスに大きく印刷され、離脱派のスローガンとなっていました)というスローガンは「離脱派の過ちだった」とも発言するなど、ミスリードがあったことが表面化しました。

また、世代別にみたとき、多くが離脱を望んだ高齢者に対し、EU市場から締め出されることを懸念する若年層の不満が噴き出すといった現象も注目されました。

そんなこんなで、「本当に離脱が決まるとは思っていなかった」という馬鹿げた声も含めて、国民投票のやり直しを求める412万人超の請願も政府に提出されましたが、イギリス政府は9日、この請願を正式に却下しました。

もっとも、さすがにこれだけの数になると無視もできないということで、二度目の国民投票について議会で議論する機会を設けるとのこです。ただし、議会で取り上げるからといって再投票の可能性が出てきたというわけではないとも。議論はするが、結論は変えないというのもよくわからない話にも思えます。

いずれにしても、今ブレると収拾がつかなくなりますので、メイ新政権は「国民は離脱決めている」という対応で、離脱に向けた手続きを進めることとしています。

****<英国>新首相メイ氏、きっぱり「国民は離脱決めている****
英国の新首相にテリーザ・メイ内相(59)が就任することが11日、決まった。

就任決定を受けてメイ氏は同日夕(日本時間12日未明)、英議会前で演説し、欧州連合(EU)からの離脱を決めた国民投票の結果について「(国民は)離脱を決めている」として、国内を混乱させる可能性のある2度目の国民投票や、EUへの再加盟の可能性を否定した。(後略)【7月12日 毎日】
*******************

それでも、再投票を求める声が止まないあたり、「やってしまった」感がはんぱないところです。

****英国民投票を再実施すべき=労働党スミス氏****
英野党・労働党の党首選に出馬する考えを表明したオーエン・スミス前「影の雇用・年金相」は、欧州連合(EU)からの離脱協議で合意した後にすぐさま離脱の是非を問う国民投票を再実施すべきとの考えを示した。ガーディアン紙が14日に報じた。

スミス氏は、EU離脱を支持した英国人の多くは欺かれたと感じており、あらためて投票の機会が与えられるべきだと指摘。「これは離脱条件が明確となった時点で2回目の国民投票か総選挙を実施することを意味する」と述べた。【7月14日 ロイター】
******************

間接民主制の長所・短所
今回の離脱決定は「国民投票」という、民意そのものに基づくものです。
民主主義においてこれ以上の重みを持つものはないようにも思えるのですが、“外交や経済政策の専門家である政治家にも判断が難しい議題を「イエス」か「ノー」かに単純化し、判断を迫る投票に疑問の声も強い”【7月5日 毎日】との指摘もあります。

民意に基づく政治とはいいつつも、広範な直接民主制は現実的ではありませんので、すべての“民主主義”国は議員を介した間接民主制を根幹としています。

間接民主制の長所・短所については、以下のようにも。

****直接民主制と比較した場合の長所と短所****
長所
構成員の限定・実質的な議論の可能性の確保
直接民主制は国民などの構成員が増加すると対象者がそのまま増加することから運用が困難になる。相反する意見が存在するなかで実質的な議論を行うためには議論の参加者を限定することがむしろ望ましい。

衆愚政治の防止
直接民主制だと構成員個々のエゴが直接政治に反映するため、構成員全体を考えた政治がさまたげられる。これを防ぐため、個々のエゴが反映されにくい多数代表の選挙制度で議会を構成し、この議会を中心に政治を行うもの。フランスが採用している。

また、現在のドイツでは、1930年代に国家社会主義ドイツ労働者党(ナチス)が、国民投票・住民投票という形で合法的にヒトラーによる独裁政権の確立や領土の併合を進めたことへの反省から、直接民主制の要素を一切排除している。

政治の専門家の確保
直接民主制だと議員の人数が国民の人数と等しくなるので議員に歳費を割り当てることができない。このため、議員は生計を立てるために何らかの副業を営む必要が生じるため、複雑な政治課題の調査に専念することができない。間接民主制なら議員の数を大幅に減らせるので、給料を支給して政治に専念させることができる。

短所
直接民主制を越える正当性を得られない(説明省略)
民意の反映精度に支障(説明省略)
議会選挙のルールについて正当化が必要(説明省略)
政治的無関心の増加(説明省略)
【ウィキペディア】
******************

現実問題としては、言葉にするのがためらわれますが、私を含めて一般大衆には理解・判断できないことが多い、そのため、人々が信頼する難しい判断が可能な者(議員)に決定をゆだねる・・・・という理解が想定されますが、ただ、そういった“衆愚”がまっとうな代表者を選ぶことができるのか?という話にもなります。

なんだかんだ言っても広範な直接民主制などできない・・・という技術的問題については、インターネットの普及によって、一概にそうも言えないというところも出てきており、欧州にはネットを多用した直接民主制を掲げる政治勢力も出現しています。

厄介な決定を国民に押し付けて責任を回避できる国民投票
間接民主制の政治体制における直接民主制の位置づけは、私にはよく理解・整理できないところもありますが、そうしたなかにあって、イギリスにあっては、前回のスコットランド独立を問う住民投票や、今回のEU離脱を問う国民投票などの直接民主主義手法が実行されています。

国民投票が多用されるのはイギリスだけではなく、欧州各国において共通の政治現象ともなっています。

今後の予定でみても、ハンガリーのオルバン政権は、中東やアフリカからの難民を加盟国が分担して受け入れるEUの計画の是非を問う国民投票を10月2日に行うと発表しています。

また10月には、イタリア・レンツィ首相が、議会運営の行き詰まり解消を目的とする憲法改正を問う国民投票を行う予定で、レンツィ首相はこの成否に自身の進退を懸けています。

こうした“国民投票ブーム”にはそれなりの背景もあるようです。

****政争の具にされる国民投票****
外交交渉を有利に進める切り札として「悪用」される一方で、国民の政治に対する関心を高める効果もある

イギリスのEU離脱(ブレグジット)では、何はさておき「国民投票で決定された」ことが最も注目すべきポイントではないか。ヨーロッパでは既に国民投票ラッシュが起きていた。
 
すぐに思い浮かぶだけでも、昨夏のギリシヤの国民投票、一昨年のスコットランドの独立をめぐる住民投票。それほど大きく取り上げられていないが、デンマーク、オランダ、アイルランドでも国民投票が実施された。 

なぜ今、直接民主主義が息を吹き返しているのか。そして、その健全な発展はどうすれば保証できるのか。
 
10年ほど前まで国民投票はめったに行われず、行われる場合もほぼ国内政策の是非を問う投票に限られていた。国際的な問題はもっぱら外交官と外相が扱うのが常識で、一般市民の知識レベルでは外交上の判断は無理だと考えられていた。
 
ところが今やEU各国の政府は外交政策であっても、ためらいなく国民に判断を委ねる。EU域内では00年以降、国際的な問題に関する国民投票が40回以上行われた。比較のために言えば、90年代には10回、80年代にはわずか3回だった。
 
何か変わったのか。単純に言えば、EU各国の政府は国民投票が外交交渉の切り札になることに味を占めたのだ。
 
これはEUが誕生してから起きた現象だ。それまで外交問題で国民投票が行われるのは、憲法に規定がある場合や議会が二分されて調整がつかない場合に限られていた。

一石三島の優れもの?
変化が起きたのは92年。デンマークで実施された国民投票がきっかけだ。この投票でEU創設を定めたマーストリヒト条約の批准が否決され、デンマーク政府は棚ぼた式に交渉を有利に運べるカードを手に入れた。
 
すべての調印国がこの条約を批准しなければ、EUは発足しない。そこでデンマークは第2回投票で再び否決される可能性をちらつかせ、他の国々から大幅な譲歩を引き出した。単一通貨や共通の安全保障政策で適用除外を認めさせるなど、望む条件をすべて勝ち取ったのだ。
 
これを兄て、他の国々も同じ手を使い始めた。93年にEU加盟に向けた交渉を始めたオーストリア、フィンランド、ノルウェー、スウェーデンはいずれもマーストリヒト条約批准をめぐる国民投票を実施。その結果、ノルウェーは非加盟のままEUと緊密な経済関係を保ち、スウェーデンは単一通貨の適用を除外され、フィンランドとオーストリアは外交・安全保障で中立政策を取ることを認められた。
 
とはいえ、交渉の切り札になるというだけでは今の国民投票ブームは説明がつかない。根底にはもっと大きな変化がある。ヨーロッパにおける統治の形が変わりつつあることだ。
 
グローバル化の時代には、国内政策であっても自国の都合だけでは決められない。EU加盟国はとりわけそうだ。環境、金融、貿易、安全保障など多くの政策が自国の首都ではなくブリュッセルで、EU官僚と各国政治家の協議を通じて策定される。
 
政治家は自国の議会と国民に対して責任を果たさねばならないが、EU官僚の主張に押されて、各国の要求はなかなか通らない。当然、各国の国民の不満が高まる。それを沈静化させるために政治家は国民投票の実施を約束して、民意重視の姿勢をアピールしようとする。
 
おまけに、イギリスの場合は誤算だったが、国民投票を実施したために足をすくわれるリスクは小さいと、政府はみている。ブレグジット以前に各国で実施されたEU関連の国民投票では、政府が推進する政策が支持される確率は73%だった。

そう考えれば、国民投票は政権の正統性を主張でき、交渉で優位に立て、厄介な決定を国民に押し付けて責任を回避できる一石三鳥のツールになる。
 
そのため政治家は盛んにこの手を使うわけだが、利用の意図が透けて見えるケースもある。(中略)

有権者にも努力が必要
こうした形で直接民主主義を利用してもいいのか。国民投票の悪用は政治不信や無関心を招く恐れがありそうだ。
 
興味深いことに、多くの場合、世論調査では逆の結果が出ている。いい例がスコットランドの独立をめぐる住民投票だ。ある調査では、投票実施前の13年には政治に「非常に」関心がある人は32%だったが、投票実施後の14年には40%に上った。
 
政治家は目先の利益のため、ご都合主義的に国民投票を利用する。驚くには当たらない。政治とはそういうものだ。にもかかわらず、国民投票には政治への関心が高まるという副効果があるらしい。言うまでもなく、これは望ましい効果だ。
 
国民投票ではデマゴーグが幅を利かせ、愚かな大衆が限られた情報やでっち上げの情報を基に不合理な判断をすると批判されてきた。だが、こうした見方にほとんど根拠はない。

多くの場合、ポピュリスム政党が国民投票を呼び掛けるのは事実だが、有権者がポピュリスムの政策を支持することはめったにない。スイスでは10回行われた国民投票のうち9回で、有権者はより寛大な移民政策を選択した。(中略)
 
国民投票を本来の目的である民意を問う投票にするには、有権者が熟慮の上で判断を下せるような条件を整える必要がある。時間をかけて、さまざまな場で議論を重ね、メリットとデメリットをよく理解した上で、選択できるようにすることだ。

直接民主主義も含め民主主義はただの多数決ではない。さまざまな立場から意見を出し合い、議論を深めるプロセスが不可欠だ。
 
今後ヨーロッパでは、熟慮を要する国民投票が相次いで実施されるだろう。専門家には分かりやすい正確な情報提供が求められる。有権者もそれを理解する努力が求められることを忘れてはならない。【7月19日号 Newsweek日本版】
********************

“国民投票ブーム”が起きている背景がよくわかる興味深い記事ですが、“国民投票ではデマゴーグが幅を利かせ、愚かな大衆が限られた情報やでっち上げの情報を基に不合理な判断をすると批判されてきた。だが、こうした見方にほとんど根拠はない。”というのはどうでしょうか?

イギリスの現実は、そうしたデマゴーグの影響も感じさせます。

国民投票を利用するポピュリスト
更に、懸念されるのは、各国で台頭するポピュリズム勢力が、その主張実現のため国民投票を利用すること、その過程でデマゴーグも含めた行き過ぎた扇動が行われることです。

“民意”を基盤とする点ではポピュリズムも国民投票も同じですが、何が民主主義で、何がポピュリズムかの線引き・区別は難しいものがあります。ポピュリズム勢力と言わる新興政治勢力も、既成政党が民意から離反するなかで、正しく民意を吸い上げている政治勢力なのかもしれません。

次に引用するイタリア・五つ星運動に関する記事にある“ポピュリストらしくスローガンは山ほど持っているが、低成長から抜け出すための具体的な政策は何もない。”という表現は、ポピュリズムの性格をよく表していると思えます。

****国民投票とポピュリスト政党の危険過ぎるアンサンブル****
イタリアの銀行危機でユーロ離脱論争に拍車  ブレグジットの二の舞いを避けられるか

イタリアは危機に瀕している。
彼らがこれをどう乗り切るかによって、EUも世界経済も深刻な影響を受ける。
 
懸念されるのは、左派ポピュリストの台頭だ。世論調査では立て続けに、お笑い芸人ベッペ・グリッロが率いるポピュリスト政党「五つ星運動」が、中道左派の与党・民主党(PD)を抑え1%未満の僅差ながら支持率トップ。

6月に行われた市長選は、ローマとトリノで五つ星運動の女性候補が圧勝した。 

彼らの勢いを警戒する理由は、グリッロがイタリア経済の立て直しについて答えを持っていないからだ。ポピュリストらしくスローガンは山ほど持っているが、低成長から抜け出すための具体的な政策は何もない。
 
最も危険なのは、五つ星運動が、ユーロ離脱を問う国民投票の実施を掲げていることだ。

ブレグジット(イギリスのEU離脱)の教訓の1つは、政策のメリットとデメリットに関する繊細な議論が国民投票の熱狂にいとも簡単にのみ込まれてしまうということだ。(後略)【7月19日号 Newsweek日本版】
*******************

もっとも、五つ星運動のEUに対する対応は、離脱なのか、ユーロ通貨の問題なのか、あるいは・・・と、あまりはっきりしないところもあります。

****<イタリア>ユーロ国民投票、「五つ星運動」が要求****
イタリアの新興野党勢力「五つ星運動」のルイジ・ディマイオ下院副議長がユーロについて民意を問う国民投票の実施を求める考えを表明した。
 
21日夜のテレビ討論番組で「英国のような国が国民投票を実施すること自体がEUにとっての失敗だ」と指摘、「現在のユーロは機能しない。(南欧諸国向けの)『第2ユーロ』、または(ユーロと同時に流通する)代替通貨の導入しかない」と述べた。
 
19日のローマ市長選決選投票で当選した「五つ星運動」のビルジニア・ラッジ新市長も選挙期間中、「(ユーロの)補完通貨の導入検討」に言及したことはあるが、選挙戦の主要な争点にはしなかった。
 
ディマイオ氏は2014年12月にはイタリアの「ユーロ圏離脱」を提唱していたが、その後は主張をトーンダウンした。

ローマ社会科学国際自由大学(LUISS)大学院のジョバンニ・オルシナ教授は「五つ星運動は以前よりも反ユーロでなくなりつつある。(ユーロ問題について)できるだけ強硬でなく、あいまいな態度を取ろうとしている」と分析している。【6月23日 毎日】
****************

“政策のメリットとデメリットに関する繊細な議論が国民投票の熱狂にいとも簡単にのみ込まれてしまう”と国民投票を否定的にとらえると、それでは一体何に基づいて政治を行うべきなのか?という疑問にもぶつかります。

しかし、一方で一般国民の判断に対する疑念もぬぐえません。アメリカの大統領選挙にしても、政策論争より“些末”な「メール問題」が影響するのは、一般国民には政策は理解できないが、メール問題なら理解できるということでしょう。

日本でも、国会が活気づくのは政治スキャンダル案件だけです。

こういう話をしていると、賢人による独裁の誘惑にもかられますが、チャーチル元英首相の有名な言葉「民主主義は最悪の政治形態らしい。ただし、これまでに試されたすべての形態を別にすればの話であるが。」ということで、うまく「民主主義」なるものと付き合っていかなかればなりません。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

バングラデシュのダッカ飲食店襲撃事件にパキスタン・ISIが関与? 南アジアを混乱させるISI

2016-07-13 22:49:01 | 南アジア(インド)

(「イスラム国のバングラデシュ支部」と名乗るグループが公開した、ダッカぱきすたん飲食店襲撃事件の実行犯とみられる人物らのコンボ写真。背景に見えるのはイスラム過激派組織「イスラム国」の旗(撮影日不明)。(c)AFP/BANGLADESH BRANCH OF ISLAMIC STATE 【7月6日 AFP】)

実行犯は高学歴で比較的裕福な家庭の出身
日々新たな出来事・事件が起きますので、大きな注目を集めた事件も短時間で忘れ去られていきます。
バングラデシュの首都ダッカで武装グループが飲食店を襲撃して日本人の男女7人を含む20人を殺害した事件は今月1日夜のことですが、関係者以外にあっては記憶も薄れていきます。

経済成長に向かって動き出したイスラム教国・バングラデシュで、イスラム過激派による世俗主義的なブロガーや出版関係者、宗教的少数派のヒンズー教徒やキリスト教徒などへの暴力事件が頻発していることは、これまでも取り上げてきており、今回テロ事件前の6月14日ブログ「バングラデシュ 頻発するイスラム過激派によるテロに、警察側は大規模一斉拘束 新たな危険も」http://blog.goo.ne.jp/azianokaze/d/20160614でも取り上げたばかりで、はからずもそうした懸念が現実のものとなっています。

バングラデシュにおけるイスラム過激思想の拡大の背景には“経済は成長を続けているが、若者の失業率は高止まりし、成長の恩恵を実感できない”という現状への若者らの反発・不満があるとされていますが、ISやアルカイダとの関連も指摘されるなかで、バングラデシュ政府はそうした国際組織の影響を否定しています。

****<バングラテロ>過激思想、社会に拡散 政権の抑圧に反発****
バングラデシュの人質テロ事件は、穏健なイスラム国家とみられてきたバングラ社会に過激思想が広まっていることを印象づけた。

与党政権がイスラム主義勢力への抑圧を強め、反発が広がっているのだ。経済は成長を続けているが、若者の失業率は高止まりし、成長の恩恵を実感できない。政権への反対勢力が、若い世代に広がる社会不満を利用してテロに及んだ可能性もありそうだ。
 
バングラでは世俗派政党「アワミ連盟」が2009年に政権を奪還、ハシナ政権がイスラム主義政党「イスラム協会」への政治的圧力を強めてきた。パキスタンからの独立時(1971年)の戦争犯罪を裁く特別法廷では、協会幹部に次々と死刑判決を出した。
 
聖心女子大の大橋正明教授(国際開発学)は「過激なイスラム教徒が強く反発した。不満の受け皿となった勢力が、現在の政権の信用失墜を狙ってテロを実行した可能性が高い」と指摘。「テロで海外からの投資や非政府組織(NGO)などの援助活動も萎縮する。それが実行犯の狙いだろう」と話す。
 
今回の事件では、過激派組織「イスラム国」(IS)のバングラ支部が「犯行声明」を出した。ただ、バングラ当局は、実行犯は政権が抑圧を強めるイスラム協会と関係が深いとされるイスラム過激派組織「ジャマトル・ムジャヒディン・バングラデシュ」(JMB)のメンバーだったと述べている。
 
バングラのイスラム社会に詳しい広島修道大の高田峰夫教授(地域研究)は「バングラ国内でISとJMBを直接的に結びつける証拠は今のところ見つかっていない」と指摘。その上で「経済発展で比較的豊かになったが、仕事が見つからず不満を募らせる者も増えている。インターネットでイスラム過激思想に触れ、自発的に起こしたテロ行為をISが利用している可能性がある」と指摘する。
 
バングラでは東南アジアに出た若い出稼ぎ労働者が、テロ資金を蓄えて自国に戻ろうとする動きも出ている。
 
シンガポール当局は今年4月、バングラに帰国してテロを敢行しようとしたとして、26〜34歳のバングラ人の男8人を国内治安維持法違反の疑いで逮捕した。31歳の男をリーダーに1月に結成されたグループは「バングラデシュのイスラム国」を自称。外国人戦士としてISに加わりたかったが、容易でなかったため、自国に戻ってテロを実行しようとしたと供述した。
 
男たちは「ジハード(聖戦)」を誓った文書を所持しており、バングラ政府や軍の施設のほか政府要人などをテロの対象にしていた。また、爆弾の製造方法などを記した書類やISの宣伝物のほか、武器を買うための資金も押収された。グループとISとのつながりは確認されていないが、リーダーの男は「指示があればどこでもテロを起こす」と供述したという。【7月3日 毎日】
****************

今回テロを実行した若者らは、高学歴で比較的裕福な家庭の出身だったことも特徴とされています。
実行犯の一人は与党幹部の息子でもありました。

****バングラデシュ人質事件 武装グループは高学歴の若者か****
バングラデシュの首都ダッカで武装グループが飲食店を襲撃して日本人7人が死亡したテロ事件で、バングラデシュ政府の閣僚は、武装グループのメンバーは、高学歴で裕福な家庭の出身の若者だったと明らかにし、捜査当局はなぜ、こうした若者が今回の犯行に及んだのかなど、事件の捜査を進めています。(中略)

これについて、バングラデシュのカーン内相は3日、武装グループについて、ISとのつながりを否定したうえで、「全員がバングラデシュ人で、裕福な家庭の出身だった。大学に通うなど高度な教育を受けた若者だった」と明らかにしました。

捜査当局は最貧国のバングラデシュでは比較的恵まれた環境にある、こうした若者がなぜ今回の犯行に及んだのか、拘束した容疑者を取り調べるとともに、国際的なイスラム過激派組織とのつながりがなかったかなど、事件の捜査を慎重に進めています。(後略)【7月3日 NHK】
*********************

この傾向は、これまでのバングラデシュのテロ事件でも見られたことであり、4月23日ブログ「バングラデシュ  止まないイスラム過激主義者によるテロ事件」http://blog.goo.ne.jp/azianokaze/d/20160423で紹介した田中秀喜氏の「バングラデシュ・ブロガー連続殺人事件 経済成長がイスラム過激派を育てる」【2015年12月21日 ジセダイ総研】でも、

“バングラデシュは経済成長を遂げつつあり、世界最貧国からも既に脱している。つまり、バングラデシュにおいてはむしろ、経済成長の結果として過激派とのつながりが発生したのではないかと考えられるのだ”
“一般に、教育レベルが上がると、宗教の影響力は低くなりやすい。しかし、一定レベル以上の教育を身につけたマス層のなかに、少数だがイスラム教に自らのアイデンティティを見出す者がいる。教育を身につける人々の数が増えれば、過激派思想に染まる若者の数も増える……という現象が起きているのだ”
と指摘されています。

【「ISIはバングラデシュの現政権を転覆させたがっている」】
ISやアルカイダなどとの関連については明確ではありませんが、パキスタンの軍統合情報局(ISI)との関連を指摘する向きもあります。

山田敏弘氏は、ハシナ首相の顧問を務めるリズビ氏が「カフェへの攻撃の背後にパキスタンのISIが存在すると非難した」とされること(のちにパキスタンに対し、本人が否定)や、別の首相顧問であるイマム氏の「ジャマートゥル(JMB)とパキスタンのISIのつながりはよく知られている。ISIはバングラデシュの現政権を転覆させたがっている」との発言、イヌ情報大臣の「(ISIは)バングラデシュ人にトレーニングを行ってテロリストに仕立て、今回ダッカを攻撃したのだ」との発言を紹介したうえで、以下のように指摘しています。

****ダッカ人質テロの背後にちらつくパキスタン情報機関の影*****
<ダッカのテロ事件に関して、複数のバングラデシュ政府上層部がパキスタン情報機関の関与の疑いに言及している。確実な証拠は示されていないが、パキスタンにはバングラデシュ現ハシナ政権に揺さぶりをかけたい十分な理由はある>

・・・・こうした発言に対して、パキスタン外務省は、「まったく根拠がなく、事実無根である。パキスタンはこうした疑惑を強く否定する」と主張している。

バングラデシュにパキスタンが介入する理由
今のところ、今回のテロにパキスタンが関与している確たる証拠は示されていない。

だが少なくとも、パキスタンのISIがこれまで、長年のライバルである隣国インドを混乱させるためにイスラム過激派組織を囲い、テロ攻撃を実施させてきたのは周知の事実だ。

インドとパキスタンが今も領有権を争うカシミール地方に対インドのテロ組織を動員させている他、2008年11月に少なくとも166人の死者(日本人1人を含む)を出したムンバイ同時多発テロ事件も、インド撹乱を狙ったISIの関与が指摘されている。

その動きから考えると、パキスタンがバングラデシュでテロ工作に絡んでいたとしても何ら不思議ではない。

ではなぜパキスタンはバングラデシュを混乱させたいのか。その背景には、もともと英領だったバングラデシュとパキスタン、そしてインドの成り立ちが関係している。

インドとパキスタンは1947年、英領インドから独立した。独立に際しては、基本的にイスラム教徒の多い地域がパキスタンになり、ヒンズー教徒の多い地域がインドとなったが、バングラデシュにはイスラム教徒が多く暮らしていたため、インドを挟んだ飛び地としてパキスタン領の東パキスタンになった。

後に東パキスタンは、インドの後押しでパキスタンと戦い、1971年にバングラデシュとして独立を勝ち取った。インドとパキスタンのライバル関係はよく知られているが、バングラデシュも両国の争いに巻き込まれてきた。

パキスタンとバングラデシュに挟まれるインドは、バングラデシュがパキスタン寄りになることを望んでいない。東西の両サイドから敵に挟まれることになるからだ。

一方で、最大のライバルであるインドが地域で影響力を高めるのを阻止したいパキスタンは、インドの東に隣接するバングラデシュを不安定化してインドから遠ざけ、結局はパキスタン寄りにしたいとも考えている。
そういう動機から、パキスタンはバングラデシュの動向を注視している。

さらにバングラデシュとパキスタンをめぐっては、こんな問題もある。

現在バングラデシュは、インド寄りの与党アワミ同盟が国を治めている。バングラデシュでは1971年の独立に際して起きた戦争犯罪を裁く特別法廷が行なわれているが、バングラデシュ警察は2015年11月、野党バングラデシュ民族主義党(BNP)の幹部で独立時にパキスタン側に加わっていたサラウッディン・チョードリーと、イスラム政党であるイスラム協会(JI)の幹部で独立時にパキスタン側として多くのヒンズー教徒を殺害したとされるアリ・ムジャヒドを、大量虐殺の罪で「一緒に絞殺刑」に処したと発表した。

また今年5月にも、独立戦争時にパキスタン側の残虐行為に加担したとして死刑判決を受けていたJIの党首モティウル・ラーマン・ニザミの絞首刑が執行され、相次ぐ大物の処刑に国内外で緊張が走った。

この特別法廷はハシナ首相が主導して行なっているもので、反パキスタンという政治的な動機が背後にあると批判されている。またパキスタン政府は処刑に対して「深く困惑している」と嫌悪感を隠していない。

こうした情勢の中で、今回のダッカテロは起きた。バングラデシュのイヌ情報大臣が今回のテロの後に、「パキスタンのISIは(バングラデシュがパキスタンから独立した)1971年の出来事をいまだに引きずっており、報復したがっている」と語っているが、決して荒唐無稽な話ではない。しかも1971年を引きずっているのはバングラデシュも同じだ。

事件前に起きていた「予兆」
イヌ大臣は、今回のテロの3カ月前に、外国人記者団を前にこんな興味深い発言をしていた。
「私たちの調べでは、少なくとも8000人のバングラデシュ人の若者がアフガニスタンやパキスタンのテロ訓練キャンプで(国際テロ組織の)アルカイダから訓練を受けて帰国している。私たちは強く脅威を感じている」。

またダッカ人質テロ直後には、「最近、武装勢力と関わっていたパキスタン人外交官数名を国外追放にした。彼らは正体を隠してパキスタン大使館に勤務していた」とも発言し、彼らがISIの工作員だったことを示唆した。(中略)

ダッカ人質テロを、短絡的に「イスラム国」の犯行としてしまうと、事態の本質を見失う可能性がある。今後も、南西アジアの情勢を把握するうえで、この3カ国の動きには注意を払う必要がある。【7月13日 山田敏弘氏 Newsweek】
********************

通常、外国情報機関による謀略・陰謀という話には「本当かね・・・」ということにもなるのですが、アメリカのCIAのような存在でもあるパキスタンの軍統合情報局(ISI)に関しては「さもありなん」という印象になります。

ISIの“活躍”で一番有名なことは、アフガニスタンのタリバンを生み育てたことですが、現在でもタリバンなどイスラム原理主義勢力を支えていると見られています。

また、インド・カシミールでの活動もよく知られています。

*****軍統合情報局******
・・・・その後、1979年にソ連軍のアフガニスタン侵攻が起きると、ISIはCIAと組み、ハク大統領による反共主義政策もあってソ連や共産主義勢力と闘うムジャーヒディーンに、チャールズ・ウィルソンらによる武器援助などにて大々的に支援した。

このころからイスラム原理主義の影響が強くなったとされ、アフガニスタン紛争では最初はグルブッディーン・ヘクマティヤール率いるイスラム党(ヘクマティヤール派)の、後にはターリバーンの後ろ盾になったとされる。またパキスタンの核開発にも深く関与した。

現在はパキスタンで軍事のみならず政治面でも強い影響力を持っている。

対アフガニスタンだけでなく、対インドの作戦行動・諜報活動も多い。インドで活動するインディアン・ムジャヒディーンそしてカシュミールを拠点とするラシュカレ・タイバなどのテロ組織の背景にISIの存在があるとの指摘は根強い。

その他の(イスラム系でない)インドの反政府武装組織を支援しているとの噂も絶えない。いっぽう国内のワジリスタン紛争には関与が消極的とも伝えられる。【ウィキペディア】
*******************

アフガニスタンでタリバンやハッカーニ・ネットワークを支援するなどのパキスタン・ISIの活動については、5月23日ブログ「アフガニスタン 米軍のタリバン最高指導者殺害で予想されるタリバン側の対応硬化 パキスタンは?」http://blog.goo.ne.jp/azianokaze/d/20160523でも取り上げました。

インド・カシミールの混乱も・・・・
現在、インドが実効支配するカシミール地方でイスラム教徒住民との間で衝突が起きています。

****印カシミールの衝突3日目、デモ隊が空軍基地に突入試みる****
インド北部ジャム・カシミール州で11日、地元で人望のあった反政府勢力の若者が政府軍に殺害されたことに抗議するデモ隊が、空軍基地に突入しようとして制止する政府軍と衝突した。

デモ隊と政府軍との衝突は3日連続で、警察発表によると計30人が死亡、負傷者は警官を含め約300人に上っており、2010年以降の同州で最悪の市民暴動となった。

カシミール渓谷一帯に出された外出禁止令に伴って出動した政府軍が実弾や催涙弾を発砲する中、死者のほとんどは銃弾で負傷したデモの参加者だという。
 
警察によるとジャム・カシミール州の夏季州都スリナガルでは11日も、数千人規模の人々が外出禁止令を無視して路上に繰り出し抗議デモを展開。空軍関係者によると、数百人がスリナガルの南方約25キロにあるインド空軍基地になだれこんだが、兵士らによって基地外に押し戻された。制圧に銃器が用いられたかどうかは不明。この衝突による死傷者の報告は今のところないという。
 
一連の抗議デモのきっかけは、カシミール最大の反政府組織「ヒズブル・ムジャヒディン(HM)」の指揮官ブルハーン・ワニ氏(22)が8日に政府軍との銃撃戦で殺害されたことだ。

HMはインドからの独立とパキスタンへの編入を求め、数十年にわたってインド政府軍との闘争を続けるカシミール武装組織の一つ。
 
カシミール地方では1947年にインドとパキスタンが分離独立して以来、両国が領有権を主張し対立が続いている。【7月12日 AFP】
*****************

記事のどこにもパキスタンやISIの関与は書かれていませんが、これまでのカシミールにおけるISIの“実績”を考えると、ISIが騒動を引き起こしたとは言いませんが、騒動の継続・拡大にISIが関与しているのは間違いないのでは・・・と、個人的には思っています。ISIがこんな好機を黙って見過ごすはずがありません。

ISIやCIAのような機関の暗躍は多くの国で見られることであり、決してパキスタンだけの話ではありません。
しかしながら、アフガニスタン、インド、更にはバングラデシュで・・・となると、一線を越えているようにも思えます。

南アジアの混乱の原因のひとつがパキスタン・ISIの活動であると思えます。
ISIは国軍の中枢にあって、政府のコントロールが効かない存在であるように見えます。しかし、それでは困ります。パキスタン政府がISIをコントロールできない状況が続く限り、南アジアの混乱はおさまりません。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

ハンガリー  「3分の2」で改憲・新憲法 国家・民族重視の「非リベラル国家」を目指すオルバン政権

2016-07-12 22:16:23 | 欧州情勢

(2015年9月8日 警察の規制線から逃れようと走っている子どもを蹴るハンガリーの極右系放送局女性カメラマン オルバン首相一人が右傾化している訳ではなく、国民世論に支持されての結果です。写真は【2015年9月10日 朝日】)

【「非リベラル国家」を志向するオルバン首相
10日の参議院選挙に関しては、周知のように、いわゆる「改憲勢力」が3分の2を超え、今後の対応が注目されています。

欧州にあっては、かねてよりイギリスのEU離脱がEUの統合を弱める、あるいは崩壊させる方向に作用するのでは・・・と注目されていますが、イギリスの問題を別にしても、自由とか人権といったこれまでEU・西欧社会が重視してきた価値観にそぐわない政治勢力がEU内部で大きくなりつつあり、EU統合に対する大きな障害となることが懸念されています。

そうした政治勢力のひとつは、フランスのマリーヌ・ルペン氏率いる国民戦線に代表される、各国で台頭する反EU・排他的極右勢力ですが、もひとつはハンガリーやポーランドの現実政権です。

ハンガリー首相は与党である中道右派「フィデス・ハンガリー市民連盟」を率いるオルバン・ビクトル氏です、

「フィデス」の議会内勢力については、以下のとおり。

***************
ハンガリーの国会は一院制で、国会議員の3分の2以上の賛成があれば憲法改正ができる。日本のような国民投票は必要ない。

現在の与党は2010年と14年の総選挙でいずれも「3分の2」の多数を得たが、15年の補欠選挙で敗れ、現有議席は「3分の2」をわずかに下回っている。【6月6日 朝日】
***************

最近では欧州に押し寄せる難民問題に関して、受け入れをEU各国に迫るドイツ・メルケル首相に対し、難民受け入れ反対を明確化し、国境にフェンスを構築、更にはEUが決めた加盟国の難民分担受け入れ計画の無効を求め、EU司法裁判所に提訴するといった「反難民」強硬姿勢で注目を浴びていますが、かねてより、従来の西欧的価値観を明確に否定してロシア・中国のような国家主義を志向するという、その異質な政治姿勢が注目されていました。

****非リベラル国家」を宣言****
1990年代に青年宰相として颯爽と登場した当時のオルバン首相は、反共の自由主義者として知られていた。ハンガリー出身の投資家ジョージ・ソロス氏の「開かれた社会」のメンバーとして活動していた経歴もある。
 
しかし、今では「劇的に変節を遂げた政治家としてはナポレオンに匹敵する」と言われるほど、自由主義政治家の面影は失われてしまった。
 
オルバン政権は憲法裁判所の違憲審査権限を縮小するなど強引な政策を次々に打ち出し、EUから司法、中央銀行、情報保護当局の独立性について「EU法違反」と認定された。
 
そんなオルバン首相が世界の耳目を集めたのは7月の「非リベラル国家」演説だった。

4月の総選挙で再選を果たしたばかりのオルバン首相は、「EU加盟国だからと言って、民族的基盤に則った『非リベラル国家』の建設は不可能ではない」と述べた。

「非リベラル国家」とは、自由の基本原則は保持しながらも自由の度合いは制限されている国と定義しているとみられ、オルバン首相はその成功の具体例としてロシア、中国、トルコの名を挙げ、ハンガリーもそうした国の形を目指すと宣言した。リベラリズムに対抗して国力を増強する「国家資本主義」への傾斜と解釈できる。【2014年11月22日 佐藤伸行氏 フォーサイト】
*****************

【「反難民」で支持率上昇
「非リベラル国家」を志向するオルバン首相にとって、難民問題は求心力を高める好機ともなりました。

****ポピュリズムの欧州)オルバン編:1 かたくなに難民阻み、喝采 ハンガリー****
激動の冷戦期を経て、民主化を進め、2004年に悲願の欧州連合(EU)加盟を果たした東欧のハンガリー。
11月16日、首都ブダペストを流れるドナウ川に臨む国会議事堂に、首相のオルバン・ビクトル(52)が登壇した。
 
「テロリストが紛れ込んでいたのだ。これまで何人テロリストが欧州に到着したのか」
演説は3日前に起きたパリ同時多発テロを受けたものだった。実行犯らがシリアなどを逃れた難民になりすまし、欧州に潜入した可能性が浮上していた。オルバンは「(難民流入は)キリスト教文化への脅威」と反対の立場。自分の考えに同調しなかったEUやほかの加盟国首脳らを激しく突き上げた。
 
この夏、EU盟主のドイツの首相メルケルは「保護すべき人を保護するのが欧州の伝統だ」と述べ、EU諸国が難民の受け入れを分かち合うよう求めた。これに対しオルバンは、バルカン半島を北上してハンガリーに迫る難民を国境で止めるため、フェンスを建設した。9月初めにはブダペストの駅からドイツ、オーストリア方面に向かう難民らを閉め出し、数千人を立ち往生させた。
 
「非人道的」との批判が高まると、オルバンはブリュッセルのEU本部に乗り込み、記者団の前でこう反論した。「(排除したのは難民らが)登録を拒んだからだ。入国した者を登録するのが欧州の規則だ」。そして「これは欧州の問題でなく、ドイツの問題だ」と言い放った。
 
その日、トルコの海岸に打ち上げられた男の子の遺体の写真が世界中で報道された。ギリシャに向かうボートが転覆し、亡くなったシリア出身のアイラン・クルディ(当時3)。国際世論は難民受け入れへと傾いていた。
 
だが、歓迎ムードは長くは続かなかった。ハンガリーで足止めされた人々が出国を認められ、ドイツに殺到した。あまりの多さに国民の間に不安が一気に広がり、メルケルの支持率は急落した。
 
それと対照的に、オルバンは遊説先で人々の喝采をあびた。「ビクトル、ビクトル」。10月、ハンガリー南西部カポシュバールで演説を終えると、中高年の支持者らに囲まれた。「これからもいい仕事をして」「愛してる」。オルバンは「みなさんの支持は本当にありがたい。今、風当たりが強いからね」と笑顔で握手した。
 
オルバンの政治基盤は底堅い。党首として率いる「フィデス」は、10年の総選挙で3分の2を超える議席を獲得。緊縮財政を迫るEUに対し、年金基金の国有化などの「禁じ手」を使って財政の立て直しを進めた。新しい憲法も制定し、政府の権限を拡大した。
 
外国から「強権政治」と批判も浴びたが、国民からは「外国の干渉をはねつける強いリーダー」とさらに支持を集めた。難民問題に対するかたくなな姿勢も、好意的に受け止められた。その結果、オルバンの支持率は4月の28%から10月に43%に跳ね上がった。【2015年12月16日 朝日】
******************

【「3分の2」で改憲を繰り返し、並行して新たな憲法を制定
オルバン首相は「3分の2」を超える「数の力」を背景に、改憲を繰り返し、「非リベラル国家」建設を進めています。

****憲法を考える)「3分の2」、進む権力集中 2010年ハンガリー、中道右派が大勝****
野党の反対を押し切って新たな憲法を作る。チェック機関である憲法裁判所の権限を弱める。その一方で、メディア規制を強化する――。ハンガリーで権力の一元化が進んでいる。

2010年、中道右派「フィデス・ハンガリー市民連盟」が総選挙で、憲法改正に必要な「3分の2」の議席を獲得したことに端を発する。選挙での大勝は、政権に万能の力をもたらすものなのか。現地を訪ねた。

 ■新たな憲法、個人より共同体
ハンガリーの首都、ブダペスト。中央を流れるドナウの河畔にあって、ひときわ威光を放っているのが、築110年を超える国会議事堂だ。ここに、厳重に保管されているものがある。「聖なる王冠」。王国時代からの権力の象徴だ。
 
2012年に施行された新憲法の前文にあたる「民族の信条」には、この王冠が登場する。「我々は……民族の統合を体現している聖なる王冠に敬意を払う」
 
オルバン・ビクトル党首率いるフィデスは10年、当時与党だった社会党への不信票をとりこみ、386議席のうち263議席を獲得、政権を奪還した。これを「投票所革命」と位置づけ、憲法の部分改正を10回以上繰り返し、並行してまったく新しい憲法を制定した。

新たに憲法に盛り込まれた規定からは、個人の権利より民族や共同体を重くみる思想が浮かび上がる。
 ▼個人の自由は、他者との共同においてのみ、展開することができると信ずる
 ▼我々の共生の最も重要な枠組みが家族及び民族
 ▼何人も……その能力及び可能性に応じた労働の遂行により、共同体の成長に貢献する義務を負う
 
狙いは何か。第1次オルバン政権(98~02年)で報道官を務めた、週刊誌編集長のボロカイ・ガーボルさん(54)は言う。「経済危機が深刻化する中で、働いて国家に尽くすよう国民の価値観を変えようとした」
 
憲法学者のマイティーニ・バラージュさん(41)は「民族主義的な主張は、政権が権力を強めるための一つの手段」とみる。「民族や共同体を強調することで、敵/味方という分断を社会に持ち込んだ。難民排斥の動きはその一例だ」
 
昨年夏、難民の入国を阻むため、オルバン政権が国境にフェンスを次々と作ったことは記憶に新しい。欧州連合(EU)諸国との協力を拒み、強権的な政治姿勢を象徴する出来事だった。

 ■憲法裁判所の人事も介入
政権の対決型政治スタイルは、新憲法の制定過程でも発揮された。
 
新憲法の案が国会に提出されたのは11年3月。わずか9日間の審議で1カ月後に成立させた。賛成262票、反対44票、棄権79票。「3分の2」の威力を見せつけた。
 
社会党の国会議員、バーランディ・ゲルゲイさん(39)は「新憲法をつくること自体には反対ではなかったが、与党は全く聞く耳を持たず、合意を取ろうとしなかった」と振り返る。
 
政権はチェック機関である憲法裁判所も政治のコントロール下に置こうと、人事にも手をつけはじめる。
 
野党抜きでも憲法裁判所の裁判官を任命できるよう憲法を変え、予算や税、財政に関する法律を裁判所の審査の対象から外してしまった。
 
「違憲の法律の憲法化」という状況も生まれた。憲法裁判所が家族や宗教に関する法律の規定を「憲法違反」と判断すると、これに反発した政権は13年、法律ではなく憲法のほうを改正し、違憲の規定を憲法に書き込んだ。さらに新憲法が施行される前の憲法裁判所の裁判の効力は失われる、と明記した。
 
元大統領で、90~98年に憲法裁判所長官を務めたショーヨム・ラースローさん(74)は言う。「憲法裁判所の果たしてきた役割を台無しにするものだ。1人の人間に権力が集中し、立憲主義とは呼べない状況が生まれている」

 ■「バランス欠く」メディアに罰金
メディアを規制する独立機関の再編や公共放送職員の大幅リストラなど、オルバン政権は次々にメディアへの介入を始めた。とりわけ、国内外で激しい議論を巻き起こしたのが、11年1月施行のメディア法だ。
 
主な内容は、規制機関「国家メディア・情報通信庁」の下にある「メディア評議会」が、新聞やテレビ、ラジオなどの報道内容について、(1)バランスを欠いている(2)民族、宗教、マイノリティーの尊厳を傷つける――などと判断した場合、メディアに罰金を科すというもの。
 
国内の報道機関は猛反発し、欧州委員会や欧州議会などからEUの基本理念である報道や表現の自由を脅かしかねないとの批判が相次いだ。ハンガリー政府は、外国籍メディアを適用対象から除外するなどしたが、微修正にとどまった。
 
リベラル系の全国紙「ネープサバッチャーグ」は当時、新聞の1面全面を23カ国語で表記された「ハンガリーの報道の自由は失われた」の文言で埋め尽くし、抗議の意思を表明した。
 
現在の編集長、ムラニ・アンドラーシュさん(41)は「政府から直接圧力を受けたことはないが、政府系の広告が明らかに減り、収益に影響している」と話す。さらに「公共放送で政府批判が報じられなくなった」とも。例えば新憲法の施行直後の12年1月、ブダペスト市内で数万人規模の抗議デモがあったが、ごく小さな扱いだったという。
 
オルバン政権に批判的なラジオ局「クラブラジオ」に周波数が割り当てられないという問題も起きた。クラブラジオ潰しではとの批判が高まった。
 
クラブラジオ側が裁判で勝訴し、現在は別の周波数で放送を続けている。同社を経営するアラト・アンドラーシュさん(63)は「広告収入は激減したが、基金を作って1万5千人の市民が寄付で支えてくれている。我々は決してコントロールされない」と話した。

 ■個人が義務果たす社会に トローチャーニ司法相
新しい憲法を作った狙いはどこにあるのか。トローチャーニ・ラースロー司法相(60)に聞いた。
     ◇
ハンガリーは政治的、経済的、道徳的な三つの危機に陥っていた。汚職が繰り返され、累積債務は膨らみ、政治家はうそをつく。これまでの憲法は、危機に対応できなかった。
 
グローバル化が進み、国と国の価値観の差がなくなっている。人々は消費することばかりに関心が向かい、責任や義務は置き去りにされる。共同体を守るため、我々のアイデンティティーとは何かを決定したことに新憲法の意義がある。
 
二つの世界観がある。個人の人権を中心に置く考えと、社会の中に個人を位置づけ、伝統や歴史を尊重する考えだ。我々は後者の世界観、価値観を言葉にし、国民に伝えたかった。
 
労働に関する価値観が憲法に入ったことも重要だ。手当など給付を中心とする福祉国家ではなく、仕事をする義務を果たし、個人が責任をとる社会作りを目指す。家族に関しても親に子供を育てる義務があるのと同様に、子供も大人になれば、年老いた親の世話をする道徳的義務がある。
 
憲法裁判所の権限を弱めたと批判があるのは承知している。私も4年間判事を務めたが、体制転換後の20年間、憲法裁判所が国の価値観を判決の形で表明していた。憲法の上に憲法裁判所があり、憲法以上の権力を持っていた。新憲法によって、この上下関係を変えたに過ぎない。

 ■<視点>傍観者ではいられない
合意形成を欠いた新憲法の制定、司法の独立への介入、国家による特定の価値観の押し付け……。ハンガリーで目の当たりにしたのは、「数の力」を背景にした「非立憲」的な政治の姿だ。しかし、すべて憲法や法律の定めにはのっとっている。民主主義の一つの帰結なのだ。
 
「独裁は決して民主主義の決定的な対立物でなく、民主主義は独裁への決定的な対立物でない」。ナチスの独裁を正当化したドイツの法学者、カール・シュミットは著書「現代議会主義の精神史的状況」に記す。
 
民主主義は時に多数の専横を生む。だからこそ、憲法で権力を縛るという立憲主義の考え方を手放すわけにはいかない。立憲主義が根底におくのは、「多数で決めたことでも、だめなものはだめ」。自由で民主的な社会には、民主主義と立憲主義をバランスよく使っていく術が不可欠だ。
 
ハンガリーで起きている立憲主義に対する民主主義からの挑戦。「非立憲」的政治は、日本でも進んでいる。傍観者でいられるだろうか。【6月6日 朝日】
*****************

オルバン首相の目指す方向は、マリーヌ・ルペン氏など極右勢力が目指すところとも重なります。

****リベラルの闘士、様変わり****
「こわもて」の印象が欧米メディアに定着したオルバンだが、90年代に東欧各地で広がった民主化革命に身を投じたリベラル派の闘士だった。
 
当時オルバンに声援を送った前欧州議会議員、ダニエル・コーンベンディット(70)は「オルバンは当時の政治的立場を完全に捨てた」と評する。

独仏で政治家として活動した経験から、フランスで台頭する右翼・国民戦線の党首マリーヌ・ルペンのポピュリスト的手法と重ね合わせ、こう指摘した。「オルバンは、ルペンの手本になる」【2015年12月16日 朝日】
****************

日本にあっては、「聖なる王冠」は天皇であり「日の丸」「君が代」でしょうか。
オルバン首相を手本とする政治家が日本にも・・・・。

なお、ハンガリーでは、オルバン首相の中道右派「フィデス・ハンガリー市民連盟」より更に右寄りの正真正銘の反ユダヤ極右政党「ヨッビク」が勢力を拡大しており、「フィデス」は「ヨッビク」の政策を取り込む形で右傾化を競いあっているようにも見えます。

EUから大きな利益を受けているハンガリー
イギリスのEU離脱決定を受けた最近の動きとしては、オルバン首相は、難民を加盟国が分担して受け入れEUの計画の是非を問う国民投票を実施することを発表しています。

****ハンガリー、EU難民分担策めぐり10月に国民投票****
ハンガリー大統領府は5日、欧州への難民・移民流入問題をめぐり、欧州連合(EU)の難民受け入れ分担策の是非を問う国民投票を10月2日に実施すると発表した。英国がEU離脱を決め、EU懐疑派の台頭への懸念が強まる中、投票で分担策が拒否されれば、EUには大きな打撃だ。
 
投票では難民らのハンガリー国内への再定住について、国会の承認なしに命じる権限をEUに認めるか否かが問われる。EUでは昨年、加盟国の多数決で分担策を決めたが、ハンガリーなど東欧4カ国が反対。同国とスロバキアはEU司法裁判所に提訴もしている。【7月5日 産経】
****************

価値観も異なる、難民問題でも反対・・・ということであれば、ハンガリーもEUを離脱すればいいようにも思えますが、“EUからの農業補助金などが年間約50億ユーロ(約5900億円)を超えるだけでなく、輸出入の7割以上をEUが占める。対ロシアの安全保障を考えてもEUにいることが重要だ。”【6月21日 毎日】ということで、EUから大きな利益を受けているのがハンガリーでもあります。

イギリスの離脱でEU内での独仏の力が更に強まり、ハンガリーが孤立化するため、オルバン政権はイギリスの離脱には反対だったとか。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする