孤帆の遠影碧空に尽き

年に3回ほどアジアの国を中心に旅行、それが時間の流れに刻む印となっています。そんな私の思うこといろいろ。

トルコ・クーデター未遂事件を機に、批判勢力一掃に向かう「スルタン」エルドアン大統領

2016-07-17 21:48:02 | 中東情勢

(アンカラで16日、出動した軍の装甲車両を取り囲む人々=ロイター【7月16日 朝日】)

独裁的な姿はかつてのオスマン帝国の専制君主“スルタン”に擬えられているエルドアン大統領
現段階でのトルコ・クーデター未遂事件を総括した下記記事、内容もさることながら、エルドアン大統領を「スルタン」と呼ぶ表現が、現在・今後のトルコ情勢を一言で表しているようにも思えます。

****スルタンの慢心が招いたクーデター未遂****
トルコで15日に起きたクーデター未遂事件は経済成長と安定をもてはやされてきたエルドアン政権を大きく揺さぶるとともに、同盟国として信頼を置いてきた米欧にも衝撃を与えた。

事件には不透明な部分が多いが、権力を掌握し、独裁傾向を一段と強めるエルドアン大統領の慢心と油断がその背景にあったのは否めない。

首謀者は空軍前司令官か
今回のクーデターの動きは最大都市イスタンブールや首都アンカラで15日夜に始まり、16日昼までにはほぼ鎮圧された。反乱派の将兵104人を含め民間人、警官ら265人が死亡、クーデターに加わったとして反乱派の約3000人逮捕された。
 
最大の問題は事件の首謀者が誰だったのか、という点だ。トルコのメディアは、空軍のオズトウルク前司令官、シリア国境を管轄する陸軍第2軍司令官の2人が拘束されたと報道。同前司令官が首謀者だった可能性も指摘されている。

実行の中心は中堅将校グループだったようだが、軍の上層部も関わっていたとすれば、エルドアン大統領にとっては深刻な打撃だ。
 
軍は事件後、将軍5人と大佐29人を解任したが、彼らが関与していたのか、責任を問われたのかは不明だ。エルドアン大統領はまた、政敵のイスラム指導者ギュレン師(米国在住)が事件の背後にいるとして米国に身柄の引き渡しを要求している。
 
中東最大の兵力を持つトルコ軍は建国の父、ケマル・アタチェルクの理念を受け継いで宗教から一線を画す世俗主義を貫き、イスラム主義者を嫌ってきた。政治的な混迷や時の政権がイスラム化の傾向を強めるなどした際に動き、1960年以降、3回にわたってクーデターを起こしてきた。
 
トルコは2003年のエルドアン政権発足後、国民1人当たりの国内総生産(GDP)を約3倍に引き上げる経済成長を遂げ、イスラム世界の成功のモデルとして喝采を浴びてきた。世界の主要国のG20入りも果たした。エルドアン大統領は建国100年を迎える2023年に「世界十指の経済大国」になるという目標さえ掲げた。

部屋数1万の大統領宮殿、スルタンに擬えられる
大統領はこうした功績を背景に軍の上層部を掌握し、もはやクーデターが相次いだ過去は終わったかに見えた。

しかし、軍を固めたことに安心したこともあり、大統領の権力への野望は高まる一方。首相から大統領に転身すると、今度は名誉職的な大統領を実権の伴う国家元首にするべく憲法改正に向けて走り出した。
 
大統領は自分の意に沿わない首相を解任し、反対派勢力や批判的なジャーナリスト、メディアも次々に弾圧。
こうした独裁的な姿はかつてのオスマン帝国の専制君主“スルタン”に擬えられている。新しく建てた大統領宮殿は部屋数が1万室もある豪奢なものである。
 
この一方で、イスラム主義者としての顔も次第に見せ始め、女性公務員にイスラムの象徴であるスカーフ着用を解禁するなどイスラム色の濃い政策を推進した。

スンニ派的愛国主義を共有するエジプトのイスラム主義者「ムスリム同胞団」を支援。クーデターでモルシ前政権を打倒したシシ・エジプト大統領を非難し、エジプトから逃走したイスラム過激派をかくまった。
 
国是である政教分離に反するようなエルドアン大統領のイスラム化政策に対し、軍が介入するのではないかとの憶測も根強く流れた。

このため参謀本部は今年3月、わざわざ声明まで発表してこれを打ち消した。しかし昨年には、トルコの専門家の1人が「中堅将校によるクーデター」の可能性を指摘するなど不穏な動きを懸念する声が出ていた。
 
ベイルート筋は「今回のクーデター未遂の背景には、エルドアンの慢心と油断があるのは明らか。彼には権力を完全に掌握したという思い上がりがあった。軍の内部の動きにもっと注意すべきだった」と指摘している。【7月17日 WEDGE】
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【「非民主的なクーデターを支持するのか、非民主的な指導者を支持するのか」】
記事は、続けて欧米のトルコに対するジレンマを指摘しています。
中東において重要な影響力を有し、IS対策でも、難民問題でも、欧米はトルコの協力を必要としていますが、年々強権支配的姿勢を強め、イスラム主義も強めるエルドアン大統領に対し、なかなか馴染めないところがあるのも本音です。

「非民主的なクーデターを支持するのか、非民主的な指導者を支持するのか、ということだ」(ハース外交問題評議会理事長)という言葉が、そのあたりの欧米の心情を良く表しています。

****深刻なジレンマ****
今回のクーデターの動きを察知できなかったのは米欧も同じだ。ワシントン・ポスト紙によると、最新の米国の公電や情報機関の報告でも、エルドアン大統領は軍上層部から十分支持されており、クーデターなどの企てを事前に阻止できるとの内容だった、という。
 
米欧は大統領が一段と独裁的になりつつあることを憂慮しながらも、それが逆にテロとの戦いや難民危機でトルコへの依存を強めることにつながった。

しかし、同時に今回のクーデター未遂は米欧に深刻なジレンマを突き付けることにもなった。「非民主的なクーデターを支持するのか、非民主的な指導者を支持するのか、ということだ」(ハース外交問題評議会理事長)。
 
エルドアン大統領が今後、今回の事件の犯人捜しと軍の粛清を進めるのは必至だ。そうなれば、国内がさらに混乱し、欧州連合(EU)との間で合意した難民の強制送還の取り決めや、シリア内戦の解決、過激派組織「イスラム国」(IS)とのテロとの戦いに大きな支障が出ることになるだろう。
 
特に海外テロ作戦を激化させているISはトルコの混乱に乗じて、さらにテロを続発させる懸念も強い。トルコが軍部を立て直し、国家の安定と米欧の信頼を取り戻すことができるのか。

「軍が牙を向くことを知った」(ベイルート筋)エルドアン大統領の前途は多難だ。【同上】
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事件を好機に、批判勢力を一掃するエルドアン大統領
これまでのエルドアン大統領と軍部の権力闘争は、エルドアン大統領の圧勝で推移しており、もはや軍部には政権に歯向かう「牙」などない・・・とも思われていましたので、「軍が牙を向くことを知った」ということはあるでしょう。

ただ、今回事件を機に、更に徹底した軍部の「牙抜き」が行われると思われますので、“エルドアン大統領の前途は多難だ”と言えるような状況かどうか?

むしろトルコにとっての問題は、軍部にしろ、ギュレン師支持勢力(軍部、司法、財界などエリート層に大きな勢力があると言われてきました)も徹底的に封じ込まれることで、エルドアン大統領を牽制する勢力がなくなり、大統領の独走(あるいは暴走)に歯止めがかからなくなるのでは・・・ということではないでしょうか。「スルタン」を止める者が誰もいないという状況にもなりかねません。

エルドアン大統領は、クーデター失敗と言う千載一遇の好機をとらえ、喜々として(見た訳ではありませんが)批判勢力潰しに乗り出しています。

****トルコ、クーデターを鎮圧 265人死亡 軍人2839人を拘束****
トルコ政府は16日、レジェプ・タイップ・エルドアン大統領に不満を持ち、政権転覆を試みた軍の一部勢力によるクーデターを鎮圧し、国政の制御を取り戻した。民間人とクーデターを企てた軍人らを合わせて265人が死亡した。
 
北大西洋条約機構(NATO)加盟国であり、約8000万人の人口を擁するトルコの首相・大統領を務めてきた過去13年間で最も血なまぐさい挑戦に直面したエルドアン大統領は、15日に発生したクーデターの「再燃」を避けるため、支持者に対し路上での抗議を続けるよう促した後、同国最大の都市イスタンブールで数千人の支持者を前に勝ち誇って演説を行った。
 
トルコ政府当局は、今回のクーデターがエルドアン大統領の政敵で、米ペンシルベニア州在住のイスラム教指導者フェトフッラー・ギュレン師の責任だとして、クーデターに関連したとされる軍人2839人を拘束した。国際社会では報復への懸念も高まっている。
 
トルコでは16日朝、クーデターに失敗し、両手を頭上に上げたり路上に倒されたりした数十人の兵士が投降する場面がテレビで放映された。(後略)【7月17日 AFP】
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****<トルコ>判事ら2745人拘束へ…反乱関与疑い****
トルコで起きた国軍の一部によるクーデターの試みで、当局は16日、事件に関連したとして解雇した判事ら司法関係者2745人の拘束を命じた。

軍関係者2839人の拘束と合わせ、5000人超の大規模な摘発だ。政権転覆の危機を乗り切ったエルドアン大統領は権力基盤の強化を進める構えだが、強権的対応への批判が高まる可能性もある。【7月17日 毎日】
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司法界ではギュレン師を支持する勢力が強いと言われています。
(本筋とは関係ありませんが、裁判官をそんなにパージして、明日からトルコの司法はちゃんと機能するのでしょうか?訴訟案件が大渋滞するといった事態にならないのでしょうか?素朴な疑問です。)

クーデター関与者にとどまらず、これを機に政権批判勢力を一網打尽に根絶やししよう・・・・というエルドアン大統領の思惑が見て取れます。

これまでエルドアン政権の強権支配・イスラム化・クルド対策などを批判してきた野党勢力も、「反クーデター」という御旗にあらがうことはできません。

****主要4党、異例の共同声明=反クーデターで一致―トルコ****
トルコのイスラム系与党・公正発展党(AKP)など主要4党は16日、共同声明を出し、失敗に終わった軍内反乱勢力によるクーデターを非難した。「政治的な違いはあるが、われわれは国民の意思に沿い、それを受け入れ続ける」と強調し、民主主義の重要性を訴えた。
 
地元メディアによると、共同声明に加わったのはAKP、中道左派・共和人民党(CHP)、極右・民族主義者行動党(MHP)、クルド系政党・国民民主主義党(HDP)の4党。
 
AKPとCHPは建国の父アタチュルクが推進した政教分離に基づく国家路線、AKPとHDPはクルド人武装勢力をめぐる政策などで激しく対立してきた経緯がある。そうした中、4党が立場の違いを超えて共同で政治的な意思を表明するのは異例だ。【7月17日 時事】 
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軍部も、司法も、野党も「スルタン」にひれ伏すような政治状況が、今後のトルコにとっていいのかどうか?という点が問題と思われます。

勢いづくエルドアン大統領支持勢力
なおエルドアン大統領が今回事件で見せた「強い指導者」としての力量は“さすが”と言うべきでしょう。
SNSを使って市民に抵抗を呼びかけたことが、クーデターを阻止した大きな要因にもなりました。

****SNS嫌いのトルコ大統領、ビデオ電話で市民に****
エルドアン大統領はインターネットのビデオ通話サービス「フェイスタイム」を利用して、反乱勢力に抗議するよう市民に呼びかける新手の作戦に出た。
 
大統領はソーシャル・ネットワーキング・サービス(SNS)嫌いで知られているが、最新ツールが、皮肉にもクーデター鎮圧に威力を発揮した格好となった。
 
クーデターなどが発生した場合、伝統的に指導者が取ってきた手法はテレビやラジオにいち早く生出演し、実権掌握に努めることだ。
 
今回は、国営テレビ局が反乱勢力に占拠された。そこで大統領が試みたのが、民間テレビ局の番組で、スマートフォン上に自らの姿を映しだし、健在をアピールすることだった。

大統領は市民らに「外に出て、道路や広場を占拠せよ」と行動を呼びかけた。これがきっかけとなって、市民は次々と外に繰り出し、反乱勢力への圧力となった。【7月17日 読売】
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****平穏な週末、一転混乱=街にあふれる抗議の群衆―トルコ****
戦車の上に乗る若者ら、国旗を掲げての行進、車のクラクションを鳴らす人々。トルコの首都アンカラや最大都市イスタンブールは、平穏なはずの週末が一転、軍によるクーデターの試みで混乱に包まれた。
 
「広場や空港に集まってほしい。人民の力に勝る力はない」。エルドアン大統領がテレビを通じ、街頭に繰り出して抗議するよう国民に呼び掛けると、両都市では未明にもかかわらず、政府を支持する人々が広場や道路を埋め尽くした。【7月16日 時事】 
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“エルドアン氏が、反乱が完全には鎮圧されていない段階でイスタンブールに姿をあらわしたのは、自国民を殺傷した反乱部隊は民衆に受け入れられないとみた上で、自身の「強さ」を誇示する好機と嗅ぎ取ったためとみられる。”【7月17日 産経】とも。

大統領の呼びかけに応じて街頭に繰り出し、クーデター阻止に動いた人々が、これまでのエルドアン大統領支持者なのか、それともその枠を超えたクーデターに反対する一般民衆なのか・・・そのあたりはよく知りません。

少なくも敬虔なイスラム教信者でもあるエルドアン大統領支持者が中核となったことは間違いないでしょう。
今後、勢いをましたこの勢力が「スルタン」を支え、その支配を更に強固なものにしていくと思われます。
まあ、ISが主張するような宗教的権威も兼ね備えた「カリフ」でないだけまし・・・かも。
コメント
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