孤帆の遠影碧空に尽き

年に3回ほどアジアの国を中心に旅行、それが時間の流れに刻む印となっています。そんな私の思うこといろいろ。

タイ  自由な議論や批判、広報活動を封殺した状況での「国民投票」という「茶番」

2016-07-27 22:06:06 | 東南アジア

(タイ軍事政権のプラユット首相=26日、バンコク(ロイター=共同)【7月26日 共同】)

【「いかなる種類の広報活動も許さない」】
タイでは、クーデターによって実権を掌握した軍事政権のもとで、8月7日に新憲法案に関する国民投票が行われます。

“新憲法案は、選挙で選ばれた議員や内閣の権限を狭める一方、任命制の憲法裁判所などの権限を強化する。さらに「移行期間」として、新憲法のもとで行われる総選挙後の5年間は軍が事実上、上院議員を選ぶ。軍が間接的に新政権を縛り、無力化できる内容だ”【5月20日 朝日】と指摘されるように、新憲法案は、選挙に強いタクシン派を弱体化させ、国王を頂点に軍や官僚、司法、国王側近などが国政の実権を握り「伝統的な統治」を維持するのが狙い、との見方が多くあります。

まあ、そうした新憲法内容については、国民がそれを望むのであれば・・・ということもできるかもしれませんが、実際は「国民投票」という形はとりつつも、一切の批判・議論を許さず、軍事政権の考えを受容することを国民せまるものになっています。

タクシン派も反タクシン派政党もこの新憲法案の非民主的側面に反対していますが、軍事政権はそうした反対意見を国民に訴えることを禁じています。

そのあたりのことは、5月3日ブログ“タイ 新家法草案の国民投票 軍政は、政党などによる組織的反対運動を禁止”http://blog.goo.ne.jp/azianokaze/d/20160503でも取り上げたところです。

****組織的反対運動認めず=憲法草案の国民投票―タイ軍政****
タイ軍事政権は、憲法起草委員会がまとめた新憲法草案の賛否を問う8月7日の国民投票を前に、草案否決を訴える組織的な反対運動を認めない方針を示し、国内外で懸念が広がっている。
 
軍政が上院議員を任命する権限を持つなど、軍の政治的影響力を温存する内容の憲法草案に対して、タクシン元首相派を中心に反対の声が上がる中、プラウィット副首相兼国防相は25日、混乱防止を理由に「(賛成、反対両派による)いかなる種類の広報活動も許さない」と記者団に強調した。
 
選挙管理委員会も、多額の費用をかけた大掛かりな運動は禁止されると説明。

個人がフェイスブックなどソーシャルメディアで意見を表明したり、賛否を表す小さな看板を自宅に掲げたりするのは可能だが、政党など政治団体が公開討論会を開くことはできず、参加できるのは学術団体やメディア、国家機関が組織したものに限られるとの見解を示している。【4月26日 時事】 
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****いいね!」で刑事罰も=憲法案の国民投票めぐり―タイ****
軍事政権下にあるタイの選挙管理委員会は、新憲法草案の賛否を問う8月の国民投票に関し、国民投票法違反で刑事責任を問われる恐れのある禁止行為に関する指針をまとめ、29日に公表した。

フェイスブックで違法な投稿に「いいね!」をクリックした場合も、刑事罰の対象になると警告している。
 
国民投票法は、有権者に特定の投票行動を取らせる目的で事実をねじ曲げたり攻撃的な言葉を用いたりして情報を流布した場合、最高で10年の禁錮刑を科すと規定している。
 
選管が同法に基づいて作成した指針では、個人が事実に基づいてソーシャルメディアなどで草案への意見を表明することはできるが、他の有権者に賛成や反対を訴える運動は禁じられる。
 
インターネットに虚偽情報を投稿することや、フェイスブックに投稿された虚偽情報に「いいね!」ボタンを押して共感を示すことは、国民投票法に抵触すると見なされる。特定の意見を表すシャツやリボンの着用を他者に働き掛けたり配布したりするのも、禁止行為とされている。【4月30日 時事】
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“事実をねじ曲げたり攻撃的な言葉を用いたりして情報を流布した場合”というのは、あくまでも新憲法案を成立させたい政権側の当局・司法が判断するものであり、結局、反対を訴える運動は「投票妨害」として禁錮10年以下の重罰が科されます。

「民主主義にのっとって・・・」という形式だけを整えた政治的茶番は世界中で珍しくありませんが、今回のタイの新憲法案国民投票もそうした茶番と化しています。

当然、こうした自由な議論を禁じる「国民投票法」は現在の暫定憲法にも反するのでは・・・という強い疑念がありますが、裁判所はこれを「合憲」と容認しています。

****反対運動禁止は「合憲」=新憲法案国民投票でタイ裁判所****
タイ憲法裁判所は29日、新憲法草案への賛否を問う8月7日の国民投票を前に、草案反対運動を事実上禁止した国民投票法の条項について、基本的人権を保障した暫定憲法に「違反しない」として、合憲判断を下した。
 
国民投票法61条は、有権者の投票行動に影響を及ぼす目的で、事実を歪曲(わいきょく)した内容や「暴力的、攻撃的、粗暴、扇動的または脅迫的な性格」を持つ文書、映像、音声を流すことを禁じ、違反者を最高10年の禁錮刑に処すと規定。これに対し、タクシン元首相派をはじめ草案反対派などから「あいまいで、表現の自由を制限する」と批判の声が上がっていた。【6月29日 時事】
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反対運動の取り締まり強化で相次ぐ逮捕者 8歳女児も送検
現実に、さまざまな形で反対運動・反対勢力への弾圧・拘束が実行されています。

****軍政に批判的なテレビ局に放送停止処分・・・タイ****
タイ軍事政権下の国家放送通信委員会(NBTC)は21日、軍政に批判的なタクシン元首相派系のテレビ局「ピースTV」に対し、30日間の放送停止処分を命じた。
 
地元紙バンコク・ポスト(電子版)が同日報じた。民政復帰に向けた新憲法草案の賛否を問う国民投票を8月7日に控えており、同テレビ局は草案に反対の姿勢を示していた。タクシン派は、軍政が反対派の封じ込めを図ったとして反発している。
 
同紙によると、NBTCは処分理由として、同テレビ局で放送された番組の内容が不和を生じさせ、国民を混乱させたとした。プラユット暫定首相は処分に先立ち、NBTCの権限を強化していた。【7月22日 読売】
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****国民投票控え逮捕者相次ぐ、タイ 軍政が新憲法草案批判封じ込め****
2014年のクーデターで発足したタイの軍事政権による8月7日の新憲法草案の是非を問う国民投票を前に、軍政は反対運動の取り締まりを強化、26日までの約3カ月間に敵対するタクシン元首相派の活動家ら100人以上を逮捕した。来年予定する総選挙後の軍の影響力維持を狙った新憲法草案に批判が相次いでいることが封じ込めの背景だ。
 
10日、タイ中部ラチャブリ県で停止中の車が警察官に捜索され、乗っていたインターネット新聞の男性記者(24)と反軍政の活動家計4人が逮捕された。「国民投票で反対に票を投じよう」と記されたステッカーなどを所持していたためだ。【7月26日 共同】
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****タイ北部、新憲法草案を批判する問題文書を押収****
北部チェンマイ県ムアン郡で7月23日、関係当局がチェンマイ県行政機構のブンラート機構長の関係先6か所を家宅捜索し、新憲法草案に関する大量の問題文書や封筒などを押収した。

同機構長はタクシン派・タイ貢献党と深いつながりがあるとされる。文書は新憲法草案は国民に多大な不利益をもたらすものであるといった批判色の強い内容であり、8月7日の国民投票で草案に反対票を投ずることを促すことが目的とみられている。【7月26日 バンコク週報】
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当局は「選挙妨害」する者はたとえ子供でも許さないという、タイらしからぬ厳しい姿勢です。

****有権者名簿を破いた8歳女児2人を送検 タイ****
タイの警察当局は23日、新憲法草案への賛否を問う国民投票の有権者名簿を破いたとして、8歳の女児2人が軍事政権の法律に基づいて送検されたと発表した。
 
軍政は来月7日の国民投票で草案を通す意向にあり、草案に関して批判的な議論をすることを禁止し、違反した場合は最高10年の禁錮刑に処すとしている。

また、あらゆる種類の反対運動を禁止しており、既に批判的な内容のチラシの配布や、反対票を呼び掛けるTシャツを着用した大勢の人々を逮捕したり、警告を出したりしている。
 
送検された8歳の2人は先週、北部の学校の外に掲示されていた有権者名簿の紙を、好きなピンク色だったからとの理由で破り、法律に違反したと判断された。

北部カムペーンペット県の警察署長は、2人が「国民投票の過程妨害、公文書毀棄(きき)、公共物破損の罪」で送検されたと説明した。
 
タイでは法律に沿って10歳未満に刑罰が適用されないことになっているため、この2人が刑務所に送られる可能性はないという。警察署長は、それでも警察には送検手続きを行う義務があると付け加えた。【7月24日 AFP】
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それではサルが破いたらどうするのだ?サルを逮捕するのか?という話も出ています。

****国民投票控えるタイ、サルの集団が批判禁止令に「抵抗」?****
タイの軍事政権が国家の危機を救うために行うと喧伝(けんでん)する、新憲法をめぐる国民投票を前に、100頭ほどのサルの集団が「選挙妨害」を働いた。
 
タイでは8月7日に予定されている国民投票のための有権者名簿を、8歳の少女2人が破いたとして数日前に起訴されたばかり。今度は北部ピチット県で、サルの集団が有権者名簿を破いた。
 
同県選挙管理委員会のプラユーン・チャクパチャラクル委員長は「サルはいたずら好きな動物だから(名簿を)破いてしまった」とAFPに語った。
 
ソーシャルメディア上ではこの出来事を、軍事政権の宿敵で亡命中のタクシン・シナワット元首相に絡めるジョークが広まった。フェイスブックには、タクシン元首相がバナナを与えているサルたちが喜んで有権者名簿を破いている様子を描いた風刺漫画が投稿された。
 
タイの軍政は国民投票を控え、手段を選ばずに反対派の押さえ込みにかかっている。特別法の下、新憲法草案を批判した場合には最長10年の禁錮刑を科される恐れがあり、一連の動きについて人権団体らは茶番だと非難している。

また多くの人権活動家らはこの草案について、軍事政権による支配を強化する内容とみている。【7月25日 AFP】
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自由な議論が封殺され、新憲法案の問題点が指摘されることもない状況では国民は適切な判断もできません。

****タイ新憲法案 軍支配の色強く国民無関心 投票不成立の可能性も****
2014年5月のクーデター後に発足した軍事政権が続くタイで、新たに制定される憲法草案をめぐって混乱が続いている。

今年8月7日の国民投票を前に軍事政権は、新憲法案を国民に浸透させようと全文が掲載された冊子のほか要約版についても、おのおの100万部を用意。全国で配布を続けているが、国民の関心はさっぱりだ。

他国からは「内容が非民主主義的で、軍支配の可能性を残している」などと批判の相次ぐ同草案。このままでは低投票率を理由に国民投票の成立さえも危ぶまれる状況だ。

 ◆反対行為に禁錮刑
市場調査や国民の意識調査などを行う独立系のタイ国家開発管理研究所(NIDA機関)の調査担当者は、6月に行った新憲法案に対する有権者の意識調査結果を見て愕然(がくぜん)とした。

賛否を尋ねた質問に対し、「決めていない・分からない」とした回答が全体の3分の2に近い62.96%となり、前月の調査結果39.53%から20ポイント以上も急上昇。「賛成票を投じる」の28.71%、「反対票を投じる」の7.13%をともに大きく上回ったのだ。
 
任命制の上院が首相の指名手続に加わることの可否についても意識調査が行われた。これについては52.70%が「決めていない・分からない」と回答。前月調査の38.47%を大きく上回った。

同様に「賛成する」は27.38%、「反対する」は18.92%と低調だった。NIDA機関の担当者は「新憲法に対する国民の関心が一気に低くなっている」と心配そうな表情で話した。
 
背景の一つには、暫定軍事政権による神経質なまでの徹底的な取り締まりがある。

新憲法案が発表された3月29日には、緊急勅令と並ぶ効力を持つ国家平和秩序維持評議会(議長・プラユット首相)による「評議会布告仏歴2559年第13号」が発布され、治安を乱す恐れのある動きに対しては軍と警察が裁判所の令状なく合同で公権力を行使できるとの通達がなされた。
 
また、4月7日には「仏歴2559年憲法草案国民投票法」が暫定議会を通過。新憲法案に対し事実でない発言や扇動といった手段を通じて反対票を呼びかけるような行為に対し禁錮刑を科すなどの処罰規定が盛り込まれ、内外の関係者らを驚かせた。

暫定政権の意向に従わない者について「矯正」を行うためのプログラムも用意されており、執念とも言うべき強権ぶりに国民がすっかり冷めてしまったというのが実態のようだ。(後略)【7月13日 SankeiBiz】
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新憲法案に批判的な者は続々逮捕される状況で、「さあ、国民投票で自由に判断してください」と言われても、おいそれと反対票も投じられませんから、反対票はそう多くはならないのでは・・・とも思えますが、「わからない」、「関心がない」が主流のようです。

【「民主主義は最悪の政治形態であると言える。ただし、これまで試されてきたいかなる政治制度を除けば」】
欧州では、イギリスのEU離脱をめぐる国民投票や、各国でのポピュリズムや極右勢力の台頭など、民主主義がもたらす結果への疑念も生じています。

タイの軍事政権は長年のタクシン派と反タクシン派の不毛の対立と混乱の結果ですが、新憲法案はタクシン派に代表されるような「民意」を信頼せず、「良識ある」軍部・司法勢力など一部エリート層が国家の枠組みを決定しようというものでもあります。

確かに民主主義というのは多くの問題を抱えた制度ですが、さりとてこれを否定して、よりましな政治形態がありうるのか?ということになると、やはり危険なものしかありえない・・・という感じを抱かせるタイ軍事政権の在り様です。
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