孤帆の遠影碧空に尽き

年に3回ほどアジアの国を中心に旅行、それが時間の流れに刻む印となっています。そんな私の思うこといろいろ。

イラク戦争開戦は「正しい判断であり、世界をより安全にした」(ブレア元英首相) 悲惨なイラクの現実

2016-07-07 22:11:44 | 中東情勢

(5月のファルージャ奪回作戦開始以来、約8万2000人の市民がファルージャからアミリヤトに政府が設置した臨時キャンプに避難。さらに現在も避難のために移動中。【6月20日 ロイター】失ったのは住む家だけではありません。多くのスンニ派男性住民がシーア派民兵の報復にさらされ、命を失っているとも。)

英イラク参戦報告書「軍事行動は最終手段ではなかった」】
2003年にアメリカ・ブッシュ大統領(当時)が開戦し、これをイギリス・ブレア首相(当時)が共同でサポートしたイラク戦争については、イラク・フセイン政権が大量破壊兵器を有しているという「虚偽情報に基づいて始められた誤った戦争」という評価が一般的なものとなっています。

イギリス世論は開戦前からイラク戦争に強く反対しており、大量破壊兵器は見つからなかったという結果を受けて、ブッシュ米大統領を支持したブレア首相を「ブッシュのプードル犬」と批判する声も高まりました。

イギリスでは、イギリスが参戦する経緯を7年の時間をかけて検証した独立調査委員会が、当時のブレア政権の判断を厳しく批判する報告書が公表しています。

*****平和的選択肢あった」=ブレア元首相を批判―英イラク参戦報告書****
2003年開戦のイラク戦争への英国参戦問題を検証する独立調査委員会は6日、報告書を公表した。

チルコット委員長は報告書の内容を説明する声明で「英国は(フセイン政権を武装解除する)平和的な選択肢を使い尽くす前に参戦を選択した。軍事行動は最終手段ではなかった」と述べ、参戦を決断したブレア元首相(労働党)を批判した。
 
英兵179人が死亡したイラク戦争をめぐっては「虚偽情報に基づいて始められた誤った戦争」との批判が根強く、ブレア氏をどこまで踏み込んで批判するかが調査の重点だった。
 
声明は、ブレア政権が「欠陥のある情報と評価」に基づきイラク政策を決定し、大量破壊兵器の脅威を「正当化されない確信を持って(国民の前に)提示した」と指摘。フセイン政権打倒後のイラク戦略も「全く不十分」だったと結論付けた。

また、ブレア氏が侵攻前の02年7月、ブッシュ米大統領(当時)に宛てた書簡で「どのような状況になってもあなたと共にいる」と述べ、軍事行動を支援する姿勢を示していたことも明らかになった。
 
一方、ブレア氏は6日、声明を出し、「人々が同意しようがしまいが、私は国のために最善を信じ、誠意をもって決断した」と主張した。
 
独立調査委はブラウン前首相が09年に設置。ブレア政権の閣僚のほか、軍や情報機関幹部ら約150人が証言を行い、費用は1000万ポンド(約13億円)を超えた。【7月6日 時事】 
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今回の報告書の位置づけについては、“イラク戦争は「誤っていた」との認識は広く共有されており、議論終結には「間違った理由を明らかにする必要があった」という。今回の報告は、イラク戦争に関するものとしては4回目。以前の報告は英国民を納得させなかった。そこで、09年に当時のブラウン首相が呼びかけ、元内務省高官のチルコット氏ら5人で発足したのが独立調査委だ。参戦の意思決定過程などを検証した。”【7月7日 毎日】とのことです。


この報告書に対し、ブレア元首相は、大量破壊兵器に関する情報の評価を過ったことは認めながらも、「当時の情報では適切な判断で、他に選択肢はなかった」「正しい判断であり、世界をより安全にした」と、国民への謝罪を拒否しています。

****<英国>ブレア元首相、イラク戦争開戦「正しい判断****
 ◇独立調査委の報告書反論の記者会見
・・・・ブレア氏は2時間あまりにわたって語り、イラク戦争の開戦について「正しい判断であり、世界をより安全にした」などと自身の判断を正当化した。
 
ブレア氏は、開戦理由の一つだった大量破壊兵器がイラクに存在しなかったことについて「諜報(ちょうほう)情報の評価を誤った。釈明の余地はなく、全ての責任を引き受ける」と述べた。

一方で、報告書が「平和的手段を尽くさず、軍事行動は最終手段ではなかった」としたことについて「当時の情報では適切な判断で、他に選択肢はなかった」と説明。「国民が謝罪を求めていることは知っているが、(参戦については)謝罪できない」と語気を強めた。
 
イラクの状況が泥沼化し、テロの温床となった責任について質問した記者に対しても、「(2001年の)米同時多発テロ後の雰囲気を思い出してほしい」と語りかけ、当時のイラクのフセイン大統領が「化学兵器を使った世界で唯一の独裁者」で「世界平和の脅威になっていた」と指摘し、「同時多発テロが再び起こる可能性を考えなくてはならなかった」と述べた。
 
また、イラク戦争の成果も強調。フセイン大統領の失脚後、欧米の軍事行動を恐れたリビアのカダフィ大佐(当時)が核兵器開発を放棄したことなどを挙げ、「私は国を間違った方向に導いていない。(国民に)うそもついていないし、だましてもいない」と何度も強調した。
 
一方、イラク戦争の犠牲となった英国兵士の遺族らも6日会見し、「ブレア氏のせいで私の息子は無駄死にした」、「なぜブレア氏は(報告書について)我々の前で説明しないのか」などとブレア氏を強く非難。国会議事堂周辺では「ブレア氏は戦争犯罪者だ」などと書かれたプラカードを掲げた人たちがデモ行進した。【7月7日 毎日】
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【「戦争ありき」で突き進んだ結果が今のイラクの現状
イラク戦争をここで総括することは私の手にあまりますし、2003年当時、私個人がどのように感じていたかについての正確な記憶もありませんので、ブレア元首相の言うように「他に選択肢はなかった」のか、「当時の情報では適切な判断」だったのか・・・についての議論はパスします。

ただ、開戦当時、フランス、ドイツ、ロシア、中国などが強硬に反対を表明し、それまで行われてきた国連の武器査察団による査察を継続すべきとする声があるなかで、それを押し切った形で強引に開戦したブッシュ・ブレア両指導者の姿勢は、最初から「戦争ありき」で、大量破壊兵器云々は開戦を正当化するための理由づけにすぎない・・・という感があります。

ブッシュ大統領がなぜそこまで開戦にこだわったのかについては、いろいろと言われていますが、何が決定的だったのかはよくわかりません。
開戦に反対した国々も、それぞれの国家的利害を考慮しての話であり、イラク国民の生命と安全を考えてのものではなかったでしょう。

また、イラク・フセイン大統領については、“後に逮捕されたフセイン大統領は、ブッシュ大統領の意図を見誤り、空爆程度で収まると考えていたため、強気の発言をしていたと語っている。また暗に大量破壊兵器の存在を示唆することで、中東諸国におけるプレゼンスを高める狙いがあったとされる”【ウィキペディア】とも。

もろもろの要素が絡み合って、戦争へと突き進む結果となっています。

事後的に明らかなのは、このイラク戦争と戦後の統治政策のまずさ(バース党員追放やイラク正規軍解散で統治機能を失ったことや、マリキ政権のシーア派偏重を許したことなど)によって、結局シーア派対スンニ派という宗派対立を激化させ、更に「アラブの春」に起因するシリアの混乱が加わり、イスラム過激派ISの台頭という現在の中東大混乱がもたらされたということです。

少なくとも、当時の指導者は現在のイラク・シリアの惨状と混乱に対する結果責任は免れないところです。

テロと報復の応酬
そのイラクでは、政府はファルージャ奪還を誇っており、次はモスルだ・・・ということですが、混乱も拡大しています。

****イラクの爆弾テロ 犠牲者250人に 戦争後最悪****
イラクの首都バグダッドで今月3日発生した過激派組織IS=イスラミックステートによる爆弾テロ事件の犠牲者は250人に達し、1度のテロ事件の犠牲者としては2003年のイラク戦争の開戦以降、最悪の規模となっています。

イラクの首都バグダッドのイスラム教シーア派の住民が多く暮らす地区で、3日、車に仕掛けられた爆弾が爆発し、スンニ派の過激派組織IS=イスラミックステートが犯行を認める声明を出しました。

この事件でイラクの保健省は6日、NHKの取材に対し、犠牲者が250人に達し、けが人もおよそ200人に上ることを明らかにしました。

これはイラクでシーア派とスンニ派の宗派対立が深刻化するきっかけとなった2003年のイラク戦争の開戦以降、1度のテロ事件の犠牲者の数としては最悪の規模となっています。

イラクでは先月、政府軍が中部の都市ファルージャを制圧するなど、各地でISから支配地を取り返しつつありますが、バグダッドやその周辺ではその報復とみられるテロが相次ぎ、治安の悪化が深刻な状態となっています。【7月7日 NHK】
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ISは形成が不利になるにつれテロを激化させるであろうことは予想されたことですが、今後もテロの試練が続きそうです。相次ぐテロは政府への国民の支持をを低下させ、さらなる混乱を惹起することも懸念されます。

もうひとつ懸念されていたのが、ファルージャ奪還などに伴うシーア派民兵によるスンニ派住民への報復行為ですが、これも現実のものとなっています。


****避難住民900人拉致、49人殺害か シーア派民兵組織****
イラク政府軍が過激派組織「イスラム国」(IS)から中部ファルージャを先月奪還した作戦をめぐり、国連人権高等弁務官事務所(OHCHR)は5日、政府軍に加わったシーア派民兵組織が拉致した住民約900人が行方不明になっており、49人が殺害された恐れがあると発表した。
 
OHCHRによると、シーア派民兵組織は6月1日、ファルージャ近郊のスンニ派住民ら約1500人を拉致。女性や子供ら約600人は政府管理下に移したが、男性や10代の少年ら残る約900人が行方不明になっている。男性4人を斬首したという目撃情報やシャベルで殴るなどの暴行をしたとの情報もある。
 
イラクでは200人以上が死亡した3日のバグダッドの爆破テロなど、ISが犯行声明を出したテロが相次ぐ。スンニ派のISはシーア派が多い場所でテロを行っており、ISとシーア派民兵組織が報復し合う状況だ。
 
また、3日のテロを受けて治安担当のガッバン内相は5日会見し、イラクの治安態勢に「根本的な欠陥がある」とし、アバディ首相に辞表を提出したことを明らかにした。【7月6日 朝日】
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****イラク・シリアは「ミニ国家」乱立へ****
・・・・だが、ファルージヤ入りした各国のテレビ局カメラは、勝利の栄光とはかけ離れた光景をとらえていた。数百人の女性たちが、「私の夫はとこにいるの?」「息子は生きているの?」と泣き叫ぶ姿だ。
 
やがて、数々の遺体が見つかった。その遺体群は、全身に激しい拷問の痕跡を残していた。ISではなく、「ファルージヤ解放」の先頭に立ったシーア派民兵「人民動員部隊」の隊員たちの仕業だった。

被害者はすべて、スンニ派の男性。ISが去った地区で、シーア派民兵が「戦闘可能な年齢の男性」を一斉に拘束し、「お前はISだろう?」と厳しい拷問を加えたことが明らかになった。
 
現地調査の経験があるオーストラリア人研究者は、「過去のパターンと全く同じだ。ティクリートなどスンニ派地域を解放したシーア派民兵は、『IS根絶』の名目で、成人男性を大量殺害してきた。ISのメンバーか否かを調べるとしているが、実際にはISへの報復目的で、ことさらに残虐な拷問を加えている」と言う。
 
ISがイラクに伸長した二〇一四年夏には、ティクリート近くのイラク軍学校で、シーア派の若者一千五百人以上がISに殺害された事件があった。このほか、モスル占拠後には、シーア派住民が大量殺害されたことも報じられた。
 
イラク政府およびシーア派は「民族浄化を目的にした大量殺害だ」と非難したが、今それと全く同じことをシーア派がスンニ派住民に対して行っているのだ。

「アバディ首相は『徹底調査』を約束したが、真実が解明されるとは誰も思っていない。国家再建や宗派問の融和をいっそう難しくしただけだ」と、前出研究者は言う。(後略)【選択 7月号】
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シーア派民兵による報復行為は以前から強く懸念されていたことですが、それでも止めらないアバディ政権の求心力のなさと言うべきか、そもそも止める気がないのか・・・

前出のISによるテロ激化は、こうした報復を更に激化させることになります。

宗教的・民族的少数派は消滅の危機
シーア派・スンニ派の対立だけでなく、長引く混乱のなかで、ヤジディ教徒などの宗教的・民族的少数派は消滅の危機に瀕しているとも指摘されています。

****民族消滅に近づくイラクの少数派*****
<10年以上も戦争が続くイラクで、ヤジディ教徒などの宗教的・民族的少数派が消滅の危機に瀕している。ISISに殺されたり性暴力の被害に遭うなど実際の人口も減っている。最近イラク政府が奪還した後のファルージャも平和からは程遠い> 

10年以上も戦争が続くイラクで、宗教的・民族的少数派が「消滅」の危機に瀕している。
2014年6月にISIS(自称「イスラム国」、別名ISIL)がイラク北部の都市モスルを制圧して以来、同国の少数派に属する数千人が、拉致され、重傷を負い、あるいは殺害されている。その中には、ISIS戦闘員にレイプされたり、結婚を強制されたり、性奴隷にされたりした女性と少女も含まれるが、正確な人数は分かっていない。

政府軍の反攻で100万人が追われる
これは、4つの人権団体──マイノリティー・ライツ・グループ・インターナショナル(MRG)、代表権をもたない国民・民族機構(UNPO)、国際法・人権研究所(IILHR)、ノー・ピース・ウィズアウト・ジャスティス(NPWJ)──が今月4日に発表した報告書による告発だ。イラク政府が今後、モスルの奪還に向けて動けば、それにより計100万人が影響を受け、居場所を追われるだろうと報告書は警告している。

米軍主導の多国籍軍がイラクに侵攻した2003年以来、少数派の危機的状況に関しては何度も報告がなされてきた。その最新版となる今回の報告書によれば、現在の紛争では、ISISだけでなく、イラク治安部隊、民衆動員部隊(シーア派民兵)、ペシュメルガ(クルド人自治区の治安部隊)といった複数の紛争当事者が戦争犯罪を犯している。
化学兵器の使用、レイプ、拷問、少年兵の勧誘などだ。国連調査官も今月初旬、ISISが少数派ヤジディ教徒を集団虐殺していると非難した。

「13年間の戦争により、イラク社会には悲惨な長期的影響が出ている」と、マイノリティ・ライツ・グループ・インターナショナル(MRG)のマーク・ラティマーは述べる。「少数派に対する影響は壊滅的だ。サダム(・フセイン元大統領)はひどかったが、状況はさらに悪化した。何万人もの宗教的・民族的少数派が殺され、数百万人が命からがら逃げ出した」

キリスト教徒は115万人、ヤジディ教徒は20万人減少
実際、過去13年間で著しく人数を減らした少数派集団もある。イラクのキリスト教徒は2003年時の140万人から減って、現在は25万人以下。ヤジディ教徒(2005年時の70万人から50万人に減少)やカカイ教徒などの少数派は、住み慣れた土地を追われ、シーア派トルクメン人やシャバク人はイラク南部にまで追いやられている。

報告書によれば、2014年6月以来、イラクでは330万人が国内避難民となっており、その3分の1が子供だ。国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)は、今年ヨーロッパを目指して地中海を渡った難民の15%がイラク人だとしている。

戦況に関わらずイラク人には災難が降りかかる。4団体の報告書発表の前日にはバグダッドで連続爆弾テロが発生、200人以上が死亡した。先月イラク政府がようやく西部の都市ファルージャをISISから奪還した後も、数百人の男性と少年が民兵組織に拉致されたとされ、今月5日にゼイド・ラアド・ゼイド・アル・フセイン国連人権高等弁務官が彼らの解放を求めている。

「イラクの少数派は今や、イラク中央政府やクルド自治政府だけでなく、国連に対しても幻滅し落胆している」と、少数派のための国民・民族機構(UNPO)のジョアンナ・グリーンは言う。「すでに悲惨な状況だが、逃げる生活が長引いているため、緊張が一層高まっている。短期的な安全だけでなく、長期的視野に立った緊急措置が必要だろう」
【7月6日 Newsweek】
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ブッシュ・ブレア両指導者はこの惨状をどのように見ているのか・・・・。それでも「正しい判断であり、世界をより安全にした」と言えるのか?

おそらく彼らの言う「世界」とはアメリカやイギリスのことであり(その「世界」が安全になったのかどうかはわかりませんが)、そこにはイラクもシリアも含まれてはいないのでしょう。
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