孤帆の遠影碧空に尽き

年に3回ほどアジアの国を中心に旅行、それが時間の流れに刻む印となっています。そんな私の思うこといろいろ。

欧州に広がる“国民投票ブーム”の功罪  ポピュリズムとの結合も

2016-07-14 22:22:12 | 欧州情勢

(「ブレグジット」はエリート主義に対する大衆の「ノー」の意思表示だったともとれます。 【6月28日 Newsweek】)

消えない“二度目の国民投票”を求める声 メイ新首相は明確に否定
イギリスのEU離脱については、投票直後に離脱派の旗振り役だった英国独立党(UKIP)のファラージ党首が、負担金の予算が浮くと主張したが、その使途は確約できないと語り、離脱によって財政難にあえぐ国営の国民保健サービス(NHS)に「週当たり3億5千万ポンド(約480億円)を出資できる」(離脱運動の公式団体の宣伝バスに大きく印刷され、離脱派のスローガンとなっていました)というスローガンは「離脱派の過ちだった」とも発言するなど、ミスリードがあったことが表面化しました。

また、世代別にみたとき、多くが離脱を望んだ高齢者に対し、EU市場から締め出されることを懸念する若年層の不満が噴き出すといった現象も注目されました。

そんなこんなで、「本当に離脱が決まるとは思っていなかった」という馬鹿げた声も含めて、国民投票のやり直しを求める412万人超の請願も政府に提出されましたが、イギリス政府は9日、この請願を正式に却下しました。

もっとも、さすがにこれだけの数になると無視もできないということで、二度目の国民投票について議会で議論する機会を設けるとのこです。ただし、議会で取り上げるからといって再投票の可能性が出てきたというわけではないとも。議論はするが、結論は変えないというのもよくわからない話にも思えます。

いずれにしても、今ブレると収拾がつかなくなりますので、メイ新政権は「国民は離脱決めている」という対応で、離脱に向けた手続きを進めることとしています。

****<英国>新首相メイ氏、きっぱり「国民は離脱決めている****
英国の新首相にテリーザ・メイ内相(59)が就任することが11日、決まった。

就任決定を受けてメイ氏は同日夕(日本時間12日未明)、英議会前で演説し、欧州連合(EU)からの離脱を決めた国民投票の結果について「(国民は)離脱を決めている」として、国内を混乱させる可能性のある2度目の国民投票や、EUへの再加盟の可能性を否定した。(後略)【7月12日 毎日】
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それでも、再投票を求める声が止まないあたり、「やってしまった」感がはんぱないところです。

****英国民投票を再実施すべき=労働党スミス氏****
英野党・労働党の党首選に出馬する考えを表明したオーエン・スミス前「影の雇用・年金相」は、欧州連合(EU)からの離脱協議で合意した後にすぐさま離脱の是非を問う国民投票を再実施すべきとの考えを示した。ガーディアン紙が14日に報じた。

スミス氏は、EU離脱を支持した英国人の多くは欺かれたと感じており、あらためて投票の機会が与えられるべきだと指摘。「これは離脱条件が明確となった時点で2回目の国民投票か総選挙を実施することを意味する」と述べた。【7月14日 ロイター】
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間接民主制の長所・短所
今回の離脱決定は「国民投票」という、民意そのものに基づくものです。
民主主義においてこれ以上の重みを持つものはないようにも思えるのですが、“外交や経済政策の専門家である政治家にも判断が難しい議題を「イエス」か「ノー」かに単純化し、判断を迫る投票に疑問の声も強い”【7月5日 毎日】との指摘もあります。

民意に基づく政治とはいいつつも、広範な直接民主制は現実的ではありませんので、すべての“民主主義”国は議員を介した間接民主制を根幹としています。

間接民主制の長所・短所については、以下のようにも。

****直接民主制と比較した場合の長所と短所****
長所
構成員の限定・実質的な議論の可能性の確保
直接民主制は国民などの構成員が増加すると対象者がそのまま増加することから運用が困難になる。相反する意見が存在するなかで実質的な議論を行うためには議論の参加者を限定することがむしろ望ましい。

衆愚政治の防止
直接民主制だと構成員個々のエゴが直接政治に反映するため、構成員全体を考えた政治がさまたげられる。これを防ぐため、個々のエゴが反映されにくい多数代表の選挙制度で議会を構成し、この議会を中心に政治を行うもの。フランスが採用している。

また、現在のドイツでは、1930年代に国家社会主義ドイツ労働者党(ナチス)が、国民投票・住民投票という形で合法的にヒトラーによる独裁政権の確立や領土の併合を進めたことへの反省から、直接民主制の要素を一切排除している。

政治の専門家の確保
直接民主制だと議員の人数が国民の人数と等しくなるので議員に歳費を割り当てることができない。このため、議員は生計を立てるために何らかの副業を営む必要が生じるため、複雑な政治課題の調査に専念することができない。間接民主制なら議員の数を大幅に減らせるので、給料を支給して政治に専念させることができる。

短所
直接民主制を越える正当性を得られない(説明省略)
民意の反映精度に支障(説明省略)
議会選挙のルールについて正当化が必要(説明省略)
政治的無関心の増加(説明省略)
【ウィキペディア】
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現実問題としては、言葉にするのがためらわれますが、私を含めて一般大衆には理解・判断できないことが多い、そのため、人々が信頼する難しい判断が可能な者(議員)に決定をゆだねる・・・・という理解が想定されますが、ただ、そういった“衆愚”がまっとうな代表者を選ぶことができるのか?という話にもなります。

なんだかんだ言っても広範な直接民主制などできない・・・という技術的問題については、インターネットの普及によって、一概にそうも言えないというところも出てきており、欧州にはネットを多用した直接民主制を掲げる政治勢力も出現しています。

厄介な決定を国民に押し付けて責任を回避できる国民投票
間接民主制の政治体制における直接民主制の位置づけは、私にはよく理解・整理できないところもありますが、そうしたなかにあって、イギリスにあっては、前回のスコットランド独立を問う住民投票や、今回のEU離脱を問う国民投票などの直接民主主義手法が実行されています。

国民投票が多用されるのはイギリスだけではなく、欧州各国において共通の政治現象ともなっています。

今後の予定でみても、ハンガリーのオルバン政権は、中東やアフリカからの難民を加盟国が分担して受け入れるEUの計画の是非を問う国民投票を10月2日に行うと発表しています。

また10月には、イタリア・レンツィ首相が、議会運営の行き詰まり解消を目的とする憲法改正を問う国民投票を行う予定で、レンツィ首相はこの成否に自身の進退を懸けています。

こうした“国民投票ブーム”にはそれなりの背景もあるようです。

****政争の具にされる国民投票****
外交交渉を有利に進める切り札として「悪用」される一方で、国民の政治に対する関心を高める効果もある

イギリスのEU離脱(ブレグジット)では、何はさておき「国民投票で決定された」ことが最も注目すべきポイントではないか。ヨーロッパでは既に国民投票ラッシュが起きていた。
 
すぐに思い浮かぶだけでも、昨夏のギリシヤの国民投票、一昨年のスコットランドの独立をめぐる住民投票。それほど大きく取り上げられていないが、デンマーク、オランダ、アイルランドでも国民投票が実施された。 

なぜ今、直接民主主義が息を吹き返しているのか。そして、その健全な発展はどうすれば保証できるのか。
 
10年ほど前まで国民投票はめったに行われず、行われる場合もほぼ国内政策の是非を問う投票に限られていた。国際的な問題はもっぱら外交官と外相が扱うのが常識で、一般市民の知識レベルでは外交上の判断は無理だと考えられていた。
 
ところが今やEU各国の政府は外交政策であっても、ためらいなく国民に判断を委ねる。EU域内では00年以降、国際的な問題に関する国民投票が40回以上行われた。比較のために言えば、90年代には10回、80年代にはわずか3回だった。
 
何か変わったのか。単純に言えば、EU各国の政府は国民投票が外交交渉の切り札になることに味を占めたのだ。
 
これはEUが誕生してから起きた現象だ。それまで外交問題で国民投票が行われるのは、憲法に規定がある場合や議会が二分されて調整がつかない場合に限られていた。

一石三島の優れもの?
変化が起きたのは92年。デンマークで実施された国民投票がきっかけだ。この投票でEU創設を定めたマーストリヒト条約の批准が否決され、デンマーク政府は棚ぼた式に交渉を有利に運べるカードを手に入れた。
 
すべての調印国がこの条約を批准しなければ、EUは発足しない。そこでデンマークは第2回投票で再び否決される可能性をちらつかせ、他の国々から大幅な譲歩を引き出した。単一通貨や共通の安全保障政策で適用除外を認めさせるなど、望む条件をすべて勝ち取ったのだ。
 
これを兄て、他の国々も同じ手を使い始めた。93年にEU加盟に向けた交渉を始めたオーストリア、フィンランド、ノルウェー、スウェーデンはいずれもマーストリヒト条約批准をめぐる国民投票を実施。その結果、ノルウェーは非加盟のままEUと緊密な経済関係を保ち、スウェーデンは単一通貨の適用を除外され、フィンランドとオーストリアは外交・安全保障で中立政策を取ることを認められた。
 
とはいえ、交渉の切り札になるというだけでは今の国民投票ブームは説明がつかない。根底にはもっと大きな変化がある。ヨーロッパにおける統治の形が変わりつつあることだ。
 
グローバル化の時代には、国内政策であっても自国の都合だけでは決められない。EU加盟国はとりわけそうだ。環境、金融、貿易、安全保障など多くの政策が自国の首都ではなくブリュッセルで、EU官僚と各国政治家の協議を通じて策定される。
 
政治家は自国の議会と国民に対して責任を果たさねばならないが、EU官僚の主張に押されて、各国の要求はなかなか通らない。当然、各国の国民の不満が高まる。それを沈静化させるために政治家は国民投票の実施を約束して、民意重視の姿勢をアピールしようとする。
 
おまけに、イギリスの場合は誤算だったが、国民投票を実施したために足をすくわれるリスクは小さいと、政府はみている。ブレグジット以前に各国で実施されたEU関連の国民投票では、政府が推進する政策が支持される確率は73%だった。

そう考えれば、国民投票は政権の正統性を主張でき、交渉で優位に立て、厄介な決定を国民に押し付けて責任を回避できる一石三鳥のツールになる。
 
そのため政治家は盛んにこの手を使うわけだが、利用の意図が透けて見えるケースもある。(中略)

有権者にも努力が必要
こうした形で直接民主主義を利用してもいいのか。国民投票の悪用は政治不信や無関心を招く恐れがありそうだ。
 
興味深いことに、多くの場合、世論調査では逆の結果が出ている。いい例がスコットランドの独立をめぐる住民投票だ。ある調査では、投票実施前の13年には政治に「非常に」関心がある人は32%だったが、投票実施後の14年には40%に上った。
 
政治家は目先の利益のため、ご都合主義的に国民投票を利用する。驚くには当たらない。政治とはそういうものだ。にもかかわらず、国民投票には政治への関心が高まるという副効果があるらしい。言うまでもなく、これは望ましい効果だ。
 
国民投票ではデマゴーグが幅を利かせ、愚かな大衆が限られた情報やでっち上げの情報を基に不合理な判断をすると批判されてきた。だが、こうした見方にほとんど根拠はない。

多くの場合、ポピュリスム政党が国民投票を呼び掛けるのは事実だが、有権者がポピュリスムの政策を支持することはめったにない。スイスでは10回行われた国民投票のうち9回で、有権者はより寛大な移民政策を選択した。(中略)
 
国民投票を本来の目的である民意を問う投票にするには、有権者が熟慮の上で判断を下せるような条件を整える必要がある。時間をかけて、さまざまな場で議論を重ね、メリットとデメリットをよく理解した上で、選択できるようにすることだ。

直接民主主義も含め民主主義はただの多数決ではない。さまざまな立場から意見を出し合い、議論を深めるプロセスが不可欠だ。
 
今後ヨーロッパでは、熟慮を要する国民投票が相次いで実施されるだろう。専門家には分かりやすい正確な情報提供が求められる。有権者もそれを理解する努力が求められることを忘れてはならない。【7月19日号 Newsweek日本版】
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“国民投票ブーム”が起きている背景がよくわかる興味深い記事ですが、“国民投票ではデマゴーグが幅を利かせ、愚かな大衆が限られた情報やでっち上げの情報を基に不合理な判断をすると批判されてきた。だが、こうした見方にほとんど根拠はない。”というのはどうでしょうか?

イギリスの現実は、そうしたデマゴーグの影響も感じさせます。

国民投票を利用するポピュリスト
更に、懸念されるのは、各国で台頭するポピュリズム勢力が、その主張実現のため国民投票を利用すること、その過程でデマゴーグも含めた行き過ぎた扇動が行われることです。

“民意”を基盤とする点ではポピュリズムも国民投票も同じですが、何が民主主義で、何がポピュリズムかの線引き・区別は難しいものがあります。ポピュリズム勢力と言わる新興政治勢力も、既成政党が民意から離反するなかで、正しく民意を吸い上げている政治勢力なのかもしれません。

次に引用するイタリア・五つ星運動に関する記事にある“ポピュリストらしくスローガンは山ほど持っているが、低成長から抜け出すための具体的な政策は何もない。”という表現は、ポピュリズムの性格をよく表していると思えます。

****国民投票とポピュリスト政党の危険過ぎるアンサンブル****
イタリアの銀行危機でユーロ離脱論争に拍車  ブレグジットの二の舞いを避けられるか

イタリアは危機に瀕している。
彼らがこれをどう乗り切るかによって、EUも世界経済も深刻な影響を受ける。
 
懸念されるのは、左派ポピュリストの台頭だ。世論調査では立て続けに、お笑い芸人ベッペ・グリッロが率いるポピュリスト政党「五つ星運動」が、中道左派の与党・民主党(PD)を抑え1%未満の僅差ながら支持率トップ。

6月に行われた市長選は、ローマとトリノで五つ星運動の女性候補が圧勝した。 

彼らの勢いを警戒する理由は、グリッロがイタリア経済の立て直しについて答えを持っていないからだ。ポピュリストらしくスローガンは山ほど持っているが、低成長から抜け出すための具体的な政策は何もない。
 
最も危険なのは、五つ星運動が、ユーロ離脱を問う国民投票の実施を掲げていることだ。

ブレグジット(イギリスのEU離脱)の教訓の1つは、政策のメリットとデメリットに関する繊細な議論が国民投票の熱狂にいとも簡単にのみ込まれてしまうということだ。(後略)【7月19日号 Newsweek日本版】
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もっとも、五つ星運動のEUに対する対応は、離脱なのか、ユーロ通貨の問題なのか、あるいは・・・と、あまりはっきりしないところもあります。

****<イタリア>ユーロ国民投票、「五つ星運動」が要求****
イタリアの新興野党勢力「五つ星運動」のルイジ・ディマイオ下院副議長がユーロについて民意を問う国民投票の実施を求める考えを表明した。
 
21日夜のテレビ討論番組で「英国のような国が国民投票を実施すること自体がEUにとっての失敗だ」と指摘、「現在のユーロは機能しない。(南欧諸国向けの)『第2ユーロ』、または(ユーロと同時に流通する)代替通貨の導入しかない」と述べた。
 
19日のローマ市長選決選投票で当選した「五つ星運動」のビルジニア・ラッジ新市長も選挙期間中、「(ユーロの)補完通貨の導入検討」に言及したことはあるが、選挙戦の主要な争点にはしなかった。
 
ディマイオ氏は2014年12月にはイタリアの「ユーロ圏離脱」を提唱していたが、その後は主張をトーンダウンした。

ローマ社会科学国際自由大学(LUISS)大学院のジョバンニ・オルシナ教授は「五つ星運動は以前よりも反ユーロでなくなりつつある。(ユーロ問題について)できるだけ強硬でなく、あいまいな態度を取ろうとしている」と分析している。【6月23日 毎日】
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“政策のメリットとデメリットに関する繊細な議論が国民投票の熱狂にいとも簡単にのみ込まれてしまう”と国民投票を否定的にとらえると、それでは一体何に基づいて政治を行うべきなのか?という疑問にもぶつかります。

しかし、一方で一般国民の判断に対する疑念もぬぐえません。アメリカの大統領選挙にしても、政策論争より“些末”な「メール問題」が影響するのは、一般国民には政策は理解できないが、メール問題なら理解できるということでしょう。

日本でも、国会が活気づくのは政治スキャンダル案件だけです。

こういう話をしていると、賢人による独裁の誘惑にもかられますが、チャーチル元英首相の有名な言葉「民主主義は最悪の政治形態らしい。ただし、これまでに試されたすべての形態を別にすればの話であるが。」ということで、うまく「民主主義」なるものと付き合っていかなかればなりません。
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