
(写真は9月2日にトルコ・イスタンブールで行われた国連のベルナルディノ・レオン特使とトリポリの国民議会(制憲議会)代表との協議 “国民議会メンバーたちも、リビアがイラクやシリアのような状態に陥るのは嫌だと強く主張した”とのことです。【9月2日 TRT】)
【「トリポリ政府」と「トブルク政府」の抗争 イスラム過激派の台頭】
カダフィ政権崩壊後のリビアでは、二つの議会・政府が東西に並立する形で争う混乱が続いており、シリア同様に「アラブの春」の失敗例となっています。
*****リビア現状****
リビアでは、独裁者として君臨したカダフィ大佐が2011年の政変で失脚・殺害されたのち、暫定議会と制憲議会の二つの政府が並立し混乱している他、ISやアルカイダ系など複数の武装勢力が豊かな石油利益を狙って戦闘を続けています。
世俗主義勢力の暫定議会は国際的には正当性が認められているものの、首都トリポリを追われ、北東部トブルクを拠点としているため、「トブルク政府」とも称されています。
トブルク政府は、カダフィ側近だった軍将校を軍司令官とし、カダフィ政権の旧軍部も取り込んでいます。
一方、首都トリポリを拠点とする制憲議会(「トリポリ政府」)はイスラム主義勢力に支えられています。
「トリポリ政府」と「トブルク政府」の抗争という“権力の空白”に乗じて、IS等のイスラム過激派が勢力を拡大していますが、珍しく東部デルナ(トブルクの西、百数十km)では7月に撤退を余儀なくされています。
【8月16日ブログ「リビア 二つの政府が並立、ISとの攻防・・・続く混乱状態」http://blog.goo.ne.jp/azianokaze/d/20150816より再録】
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状況は混乱を極め、前回ブログでも取り上げたように、8月には「トブルク政府」首相がテレビインタビュー中に突然辞意を表明するといったことも。
首相は後日辞意を撤回していますが、外部からはうかがい知れぬ状態にあるとも言えます。
そんな混乱状態にあって、リビアに関する報道は多くなかったのですが、国連による調停も行われていたようです。
ただ、国連調停もこれまでは結果を出せずにいました。
【主要政治勢力が国一致内閣を設置する方針で合意】
それが昨日、唐突な感じで「挙国一致内閣」設置の方針で合意した旨の報道がありました。
****リビア主要勢力、挙国一致内閣の設置で合意 国連****
リビアの主要政治勢力は、数か月に及ぶ協議を経てファイズ・サラージ氏を首相とする挙国一致内閣を設置する方針で合意した。国連のベルナルディノ・レオン特使が9日、明らかにした。
リビアでは、2011年に当時の最高指導者ムアマル・カダフィ大佐の独裁政権が崩壊した後、情勢が混迷を深めている。
現在は議会が2つ存在し、互いにそれぞれの権限を主張して対立しているほか、豊かな天然資源をめぐって複数の武装勢力の攻防が続いている。
首都トリポリはイスラム過激派を含む武装勢力同盟に掌握されており、国際社会に承認されたアブドラ・サニ首相の政権は、エジプト国境に近い東部の港湾都市トブルクを拠点としている。【10月9日 AFP】
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今回「合意」は、国連のリビア支援ミッションのベルナルディノ・レオン特使が仲介する形で、モロッコにリビアのさまざまな勢力が集まって数ケ月にわたって協議してきた結果だそうです。
特別使節の任期が切れる数日前にやっとまとまったものであるとも。
新たな政府の首相に提案されているのはファイズ・サラージ氏(トリポリ出身は、トブルク議会の議員ですが、トブルク政府の作成したリストに含まれていなかった人物だそうです。
その他、“副首相の地位を占めるのは、 Ahmed Maetiq(ミスラタ出身、トリポリ議会の議員)、Moussa Kony(南部出身、独立派)、Fathi Majbari(東部出身、トブルク政府から支援され、さらにアジュダビアとリビア軍からも支援されている)の各氏であり、大臣のリストにはMohamed Ammari(トリポリ出身)とOmar Al Assuad (ジンタン出身)の両氏がいる。”【10月10日 「時事イタリア語」http://albore.hatenablog.com/entry/2015/10/10/093409】とのことで、東西勢力のバランスを考慮したものになっています。
なお、出身都市が明記されているのは、西部ミスラタには「トリポリ政府」を支援するイスラム系民兵組織が、またジンタンには「トブルク政府」を支援する右派民兵組織が存在する関係です。
【噴出す異論 今後は不透明】
ただ、「合意」とは言っても、「挙国一致内閣」が成立した訳でもなく、トリポリとトブルクの両議会が正式に同意したものでもありません。
モロッコに集まった両議会関係者(どういう資格で交渉に参加しているのかは知りません)の間で「合意」したということだけで、今後異論が出て流産する可能性も十分にあります。
すでに、そのたりの不協和音が報じられています。
****国連リビア特使の新内閣案、併存する2議会の議員から否定的な声****
リビア内戦の終結を目指して国連のベルナルディノ・レオンリビア特使が9日にモロッコで発表した挙国一致内閣案について、互いに対立するリビア2大政治勢力の双方が否定的な反応を示した。(中略)
レオン特使の発表について、トリポリを拠点とする政権の国民議会のアブドルサラーム・ビラシャヒル議員は英国放送協会(BBC)に「われわれは(提案された)内閣には関与していない。われわれにとって何の意味もないもので、事前の相談もなかった」と語った。
トブルクの暫定議会のイブラヒム・アルザギアト議員も「提案された内閣はリビアの分裂につながり、もの笑いになるだけだ。レオン氏の選択は賢明ではない」と述べたと伝えられている。
だがレオン特使は、リビアの西部、東部、南部から1人ずつ副首相が入閣するとされる新政府は「成功できると信じている。リビアの人たちは国を救うために、この歴史的な機会をつかまねばならない」と述べた。【10月9日 AFP】
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レオン特使が信じているだけでは心もとないのですが・・・。
トリポリ政府を支える民兵勢力の間でも賛否両方の勢力があって、緊張が高まっているとも。
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・・・・他方、al arabiya net は、この合意案に対してトリポリ議会の議員の意見がわれていることが、トリポリを支配する民兵グループ「リビアの暁」にも影響して、敵対するグループがこの数日、散発的な衝突を繰り返して、トリポリ市は緊張していると報じています。
「リビアの暁」のうち、トリポリ議会議長周辺は「イスラムグループ」が支配し、彼らは政治対話に反対し、これを引き延ばそうとしているが、これに対してbelqasim qazid 率いるミスラタ民兵はこのような動きに反対している由。
双方とも中火器を持ち出して衝突しているが、2日前に「イスラム・グループ」がミスラタ民兵の幹部の一人を誘拐してから、緊張が高まった由。
ミスラタ民兵は、このため兵力の再配備を狙い、トリポリの西に配置されていたその兵力をトリポリに呼び戻し、新たな検問所を設置したりしている由。(後略)【9月24日 「中東の窓」 野口雅昭氏】
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国連安保理は今回合意を歓迎し、速やかに統一政府を結成するように呼びかける声明をがしているようですが、「合意」案に沿って「挙国一致内閣」が成立するかは、まだ予断を許さない状況のようです。
【リビアの安定は難民問題にも影響】
リビア情勢は、欧州を揺るがしている難民問題にも関係します。
EUはリビア沖の地中海で密航船などを取り締まることを決定し、国連安保理もこれを認めています。
****リビア沖の密航船、取り締まり許可…安保理決議****
欧州を目指す移民や難民を乗せた船の事故が相次いでいる問題で、国連安全保障理事会は9日、欧州連合(EU)や関係各国が今後1年間にわたり、北アフリカ・リビア沖の地中海で密航船などを取り締まることを認める決議を採択した。
これによりリビア沖の公海上でEUの艦艇などは、密航や人身売買に加担している疑いのある船に対し、船籍にかかわらず、臨検や捕獲などの実力行使が可能となる。
リビアの領土・領海内では、同国の要請に基づいて関係各国が協力するとした。採決では、棄権したベネズエラ以外の安保理メンバー14か国が賛成した。
地中海での密航船の転覆事故などによる死亡・行方不明者は、今年に入り約3000人に達している。【10月10日 読売】
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今回措置はあくまでも公海上の話であり、リビアの領土・領海内についてはリビア政府の同意が必要になります。
ただ、現在の分裂・無政府状態では話の持って行き様もありません。
今後リビアに「挙国一致内閣」が成立し、イスラム国など過激派を掃討できれば、沿岸警備も行われるようになって、密航業者の取締りも行われるようになることが期待されます。
いずれにしても、合意案でまとまるかどうか、もう少し様子をみる必要があるようです。
副首相候補の1人、ムッサ・アルコウニ氏は「一番大変な部分が始まったばかりだ」と述べています。