(国連本部で、パレスチナ旗の掲揚に先立ち、感極まった表情を見せるパレスチナ自治政府のアッバス議長(2015年9月30日撮影)。【10月1日 So-netニュース】 ただ、パレスチナをめぐる情勢は悪い方向へ転がっているように見えます)
【アッバス議長:オスロ合意破棄の構えも】
イスラエルにおける「神殿の丘」をめぐるパレスチナ人問題については、9月15日ブログ「イスラエル エルサレム「神殿の丘」をめぐって再び緊張が高まる 強硬姿勢のネタニヤフ政権」(http://blog.goo.ne.jp/azianokaze/d/20150915)で取り上げましたが、状況は悪化しており、かなり危険なレベルに来ているように見えます。
9月22日、ヨルダン川西岸のパレスチナ自治区ヘブロン近郊で、イスラエル軍兵士に爆弾を投げ付けようとしたパレスチナ人男性が射殺されたとイスラエルメディアで報じられましたが、イスラエル軍報道官は、パレスチナ人男性は「爆弾が手元で爆発した」ため死亡したと説明しています。
ヘブロンの検問所ではこの日、イスラエル兵を刺そうとしたパレスチナ人女子学生も撃たれる事件が起きています。
****パレスチナ女子学生を射殺、イスラエル兵の対応に疑問の声****
パレスチナ自治区ヨルダン川西岸の検問所で今週、イスラエル兵士らがパレスチナ人女子学生を射殺する事件があった。
イスラエル側は、女子学生が刃物で兵士を襲おうとしたと説明しているが、遺族や活動家からはこの見解に対する疑念の声が上がっている。
ハデル・ハシュラモンさん(18)は22日、イスラエル軍部隊によりヘブロンの検問所で射殺された。
活動家らは、検問所で撮影された全身がベールで覆われた女性の写真を公開。写真には刃物は写っていないものの、発砲の瞬間はとらえられておらず、これらの写真から確かな結論を引き出すことはできない。
イスラエル軍は24日、ハシュラモンさんが刃物で兵士を襲おうとしたとの見解を改めて表明。死亡事件が起きた際に通常行われる調査を開始したと発表した。
軍関係者の説明では、検問所をハシュラモンさんが通過しようとした際、金属探知機が鳴ったため、兵士が止まるように命じたが、ハシュラモンさんは止まらずに歩き続けたとされる。
「彼女はバッグから刃物を出しながら兵士の1人に近づいた。兵士らはまず地面に発砲、次に彼女の足に向けて発砲したが、彼女は歩き続けた。そこで兵士らは彼女の下半身に向けて発砲した」と、同関係者は説明した。
イスラエルメディアもまた、ハシュラモンさんが使用したとされる刃物が地面に落ちている様子を写した軍提供の写真を掲載した。
一方、23日に行われたハシュラモンさんの葬儀で父親は、娘は無実であり、危険な存在ではなかったのに何発も撃たれて殺されたと語った。
また検問所で撮影されたとされる写真を公開した「反入植青年団」の活動家は、ハシュラモンさんが撃たれた直後に現場に到着したが、刃物は見なかったとした上で、「彼女は冷酷に殺害された。兵士らにとって脅威ではなかったのに」と語っている。【9月25日 AFP】
********************
真相はわからないとしか言いようがありません。
政治的な面では、国連を舞台にしたパレスチナ自治政府側の外交攻勢の成果とも言える、パレスチナ旗掲揚が実現しています。
****国連にパレスチナ旗翻る=自治政府議長、イスラエルに警告****
国連本部で(9月)30日、パレスチナ自治政府のアッバス議長や潘基文国連事務総長らが出席し、パレスチナの旗を掲揚する式典が行われた。国連加盟国でない「オブザーバー国家」のパレスチナの旗が国連本部に掲げられたのは初めて。
国連総会は10日、オブザーバー国家の旗を掲揚するため決議を採択した。式典には国連総会に集まったロシアのラブロフ外相ら各国要人が参列。アッバス議長はスピーチで「パレスチナ国家の旗が首都エルサレムに翻る日は近い」と語った。【10月1日 時事】
*****************
アッバス議長は、このパレスチナ旗起用式に先立って行われた一般討論演説において、現在のパレスチナ和平協議の基本的枠組みとなっているオスロ合意がイスラエル側によって骨抜きにされているとの認識から、オスロ合意破棄も辞さない姿勢をみせています。
****パレスチナ オスロ合意破棄の構え見せ警告****
パレスチナ暫定自治政府のアッバス議長は、国連総会での演説で、イスラエルとの和平交渉の基礎となった1993年の暫定自治合意、いわゆるオスロ合意を破棄する構えを見せ、一方的に占領地での入植活動を進めるイスラエルに強く警告しました。
パレスチナ暫定自治政府のアッバス議長は30日、ニューヨークの国連総会で演説を行いました。
この中でアッバス議長は、国連がことしで創設から70年となったことに触れ、「パレスチナの問題は国連の創設期に持ち込まれ、いまだ解決していない」と述べ、和平の実現に向けた国際社会の直接的な関与を求めました。
そして、イスラエルとの和平交渉の基礎となった1993年の暫定自治合意、いわゆるオスロ合意について、イスラエルが占領地への入植活動などで違反を繰り返しているとして、「われわれがこの合意に縛られ続けることはない。イスラエルは占領者としてのすべての責任を引き受けなければならない」と述べ、合意を破棄する構えを見せイスラエルに強く警告しました。
これに対しイスラエルの首相府は「演説はごまかしであり、中東の無法がまかり通る実態を助長するものだ」とする声明を発表しました。【10月1日 NHK】
*******************
また、アッバス議長は演説で、イスラエルが東エルサレムにあるイスラム、ユダヤ両宗教にとっての聖地「神殿の丘」からパレスチナ人を締め出しているなどと、イスラエル側の対応を非難しています。
ただ、アッバス議長は「合意破棄」の具体的な時期など、詳細に関する言及は避けており、“国際社会を味方につけて同国への圧力を強める狙いからだ。自治区内での求心力回復を図る意図もあるとみられる”【10月1日 産経】とも指摘されています。
****「オスロ合意に拘束されない」 アッバス氏発言、実行には疑問も****
・・・・ただ、オスロ合意に基づき発足した自治政府の解散やイスラエルとの治安協力の停止といった具体的な内容や時期に直接言及しなかったため、実際に踏み切るか疑問視する声も強い。
地元メディアはパレスチナ当局者の話として「(和平交渉再開をめざす)米国などからの圧力で具体的な文言を変更した」と伝えた。(後略)【10月2日 朝日】
*********************
これに対しイスラエル・ネタニヤフ首相は「和平協議の提案を拒んでいるのはパレスチナ側だ」と主張、「(アッバス氏は)和平合意を達成するつもりがない」などと批判する声明を出しています。
「オスロ合意」は1993年にイスラエルとパレスチナ解放機構(PLO)の間で同意された一連の協定で、「イスラエルを国家として、PLOをパレスチナの自治政府として相互に承認する」「イスラエルが入植した地域から暫定的に撤退し5年にわたって自治政府による自治を認める。その5年の間に今後の詳細を協議する」ということが主な合意内容とされています。
しかし、現実には合意内容は実現しておらず、2003年には新しい和平へのプロセスとして「ロードマップ」が合意されています。
****中東和平のロードマップ(和平の行程表)****
2002年6月、アメリカのブッシュ大統領は、イスラエルとパレスチナという二つの国家の平和的共存を目ざす演説を行い、これをもとにアメリカ、ロシア、ヨーロッパ連合(EU)、国連の4者(カルテット)が、翌2003年4月、イスラエルとパレスチナの双方に、新しい和平へのプロセスとしてロードマップを提示した。
ロードマップは、
パレスチナ側の過激派の解体とイスラエル側の入植活動の停止、パレスチナの市民生活の正常化と制度構築、イスラエル軍を2000年9月以前の位置まで撤退させること(第一段階)、
2003年中に暫定的な国境をもつパレスチナ国家の樹立(第二段階)、
国境線の画定と難民問題の話し合い(第三段階)
によって、2005年までにパレスチナ国家の正式な樹立を実現するとしている。
2003年6月、ブッシュ大統領、シャロン首相、パレスチナ自治政府のアッバス首相がヨルダンのアカバで会談し、二つの国家の平和共存を目ざし、ロードマップを実行することで合意した。
同年11月、国連の安全保障理事会は、このロードマップを支持し、イスラエルとパレスチナの双方に義務履行を求める決議を採択した。【コトバンク】
*****************
この「ロードマップ」も第一段階すら実現していおらず、事実上和平協議が破綻しているのは周知のところです。
ただ、オスロ合意は一連の和平協議の出発点と言える合意であり、また、パレスチナ自治政府の存在の根拠となる合意でもあり、事実上破綻しているとは言え、アッバス議長が国際社会に向けた演説で明確に「拘束されない」と述べたのは初めてです。
イスラエル側にオスロ合意や「ロードマップ」を順守する気がないことは、国際社会の批判にもかかわらず占領地への入植活動を一向に止めようとしないことからも明らかです。
ネタニヤフ氏自身が、先の総選挙においては「ロードマップ」の基本認識である「2国家共存」を否定する発言を行っており、和平協議に取り組む姿勢は見えません。
パレスチナ側にあっても、2006年1月の総選挙で対イスラエル強硬派のイスラム組織ハマスが大勝し、2007年にはガザ地区を実効支配するという混乱状態が続いています。
【相次ぐ事件でイスラエルの警戒強化】
上記のような、「神殿の丘」をめぐる衝突、パレスチナ女子学生射殺事件、国連におけるアッバス議長の「オスロ合意」破棄を示唆する発言など、情勢が悪化するなかで、更に緊張を高める事件が相次いで起きています。
****ヨルダン川西岸の夫婦殺害、容疑者捜索に軍が出動 イスラエル****
パレスチナ自治区ヨルダン川西岸のイスラエル占領地で1日にイスラエルの夫婦が子どもたちの前で殺害された事件を受け、イスラエル政府は2日、銃撃したパレスチナ人容疑者の捜索のため、数百人規模の部隊を出動させた。
いずれも30代のエイタム・ヘンキンさんとナーマ・ヘンキンさんは1日夜、ヨルダン川西岸北部のイタマル入植地とエロンモレ入植地の間を車で移動中に銃撃され、死亡した。生後4か月から9歳までのヘンキンさん夫妻の4人の子どもは、車の後部座席で無傷で発見された。
イスラエル軍の報道官は、情報収集活動に加え、治安部隊が地上で「集中的な捜索」を行っていると語った。
イスラエルのベンヤミン・ネタニヤフ首相は、事件を「パレスチナによる扇動の結果」と非難し、治安当局が「殺人犯らを捕え、全イスラエル市民の安全を高める」と断言した。【10月2日 AFP】
*********************
****エルサレムでパレスチナ人が通行人を次々刺す 2人死亡****
エルサレムの旧市街で3日夜、パレスチナ人の男が通行人を刃物で次々と刺し、イスラエル人の41歳と21歳の男性が死亡し、21歳の男性の妻が重傷、2歳児が軽傷を負った。
男は被害者から銃を奪って発砲したが、イスラエル治安当局に射殺された。
イスラエル当局者によると、容疑者の男はヨルダン川西岸ラマラ近郊の19歳の大学生とみられる。フェイスブックに「第3次インティファーダ(対イスラエル民衆蜂起)が始まった」などと書き込んでいた。武装組織「イスラム聖戦」がメンバーの犯行と主張する声明を出した。
被害に遭った家族らは、ユダヤ教の安息日が終わった後、旧市街の聖地「嘆きの壁」に向かっていたとみられる。(後略)【10月4日 朝日】
*********************
上記刺殺事件を受けて、イスラエルの治安当局は、パレスチナ人の旧市街への立ち入りを一部を除き2日間禁じることを決めています。
****旧市街、パレスチナ人は2日間入域禁止=ユダヤ人殺傷事件受け―エルサレム****
イスラエル警察は4日、エルサレムの旧市街でのユダヤ人殺傷事件を受け、パレスチナ人に対し旧市街への立ち入りを2日間禁止することを決めた。警察は今回の措置について「エルサレムの治安状況と旧市街での深刻なテロ攻撃」が理由と説明している。
ただしパレスチナ人の住民や商店主、旧市街の中の学校に通う生徒は立ち入りが認められる。また、旧市街のイスラム教聖地ハラム・アッシャリフ(ユダヤ教呼称「神殿の丘」)への入場は特定の門に限定し、男性に関しては50歳以上に制限した。
今回の措置に対して、パレスチナ側は強く反発。AFP通信によると、自治政府は「イスラエルによる(暴力)拡大政策を非難する」との声明を発表した。(後略)【10月4日 時事】
*********************
事件が緊張を高め、緊張が次の事件を惹起する・・・といった悪循環に陥っているように見えます。
こうした状況で事件が頻発すれば、「第3次インティファーダ(対イスラエル民衆蜂起)」も懸念されます。
少なくとも、和平協議など影も形も見えなくなっています。
ただ、中東アラブ国家は、今はパレスチナどころではない・・・というのが実情です。シリアは内戦、サウジアラビアはイエメンに介入、エジプトは国内イスラム過激派抑制に躍起となっている・・・という状況で、かつてのようにパレスチナ問題でイスラエル対アラブの抗争に火が付くということはなさそうです。
逆に言えば、パレスチナ人の問題がアラブ諸国の中心的課題から遠ざかり、忘れ去られつつある現状への不満・焦りみたいなものもパレスチナ側にはあるのかも。
また、そうした状況は、イスラム国(IS)のようなテロ組織にとっては、その存在をアピールできる好機とも言えます。テロがおきればイスラエルの対応はますます厳しくなり・・・あまりいい話はないようです。