(少数民族地域・カチン州ミッチーナで、カチンの民族衣装姿で演説するスー・チー氏 【10月2日 産経フォト】 首周りのジャラジャラした銀色のものはカチン族(チンポー族とも)の伝統的装身具です)
【「公正な選挙」への不安も】
ミャンマーでは、「民主化」以降初の総選挙が1か月後の11月8日に行われます。
選挙戦は、民主化を主導してきた、軍部を背景とするテイン・セイン大統領率いる与党と、民主化のシンボルでもあったアウン・サン・スー・チー氏率いる野党の対決・・・という構図ですが、それ以前の話として、果たして「公正な選挙」が行われるのか・・・という不安もあります。
そこがクリアされていないと、選挙後に敗れた側が「選挙結果を認めない」という騒ぎになります。実際、多くの国々で民主化の原動力たる選挙が、血で血を洗う騒乱を招く事態が見られます。
ミャンマーにあっても、不安を感じさせる面が報じられています。
まずは、「有権者名簿」の“不備”の問題。
****<ミャンマー総選挙>中立性に疑義 有権者名簿に名前欠落****
2011年のミャンマー「民主化」以降、初の総選挙まで8日で1カ月となる中で、国民の間に選挙管理委員会の「中立性」に疑義が生じている。選管発表の「有権者名簿」に名前の欠落が見つかるなど膨大な間違いが指摘され「自由で公正」な選挙を危ぶむ声が強まっている。
総選挙は国会と地方の議員を選ぶもので、テインセイン大統領率いる与党「連邦団結発展党(USDP)」とアウンサンスーチー氏の最大野党「国民民主連盟(NLD)」の2大政党を軸に、多数の少数民族政党などが乱立する構図だ。
選挙プロセスは、絶大な権限を持つ連邦選管が取り仕切る。委員長のティンエー氏は、大統領と国軍士官学校で同期。退役後、大統領が議長を務めるUSDPの国会議員となり、3年前、大統領から委員長に任命されて離党した。
委員長は地元紙のインタビューで「選挙の公正さ」を前提としつつ「USDPに勝利してほしい」と発言。8月には各政党に、政見放送で「国軍と憲法を批判してはならない」と指示した。国軍記念日式典(今年3月)に軍服姿で参列し、物議を醸したこともあった。
投票日に向けた懸案の一つが「有権者名簿」だ。今年半ばに各地区で掲示された際、名前の欠落や誤りが相次いで見つかり、死亡者の名前も続出した。
「確認したのは全有権者の約3割」とも報じられる中、ミャンマー・タイムズ紙によると、最大都市ヤンゴンだけで4万8000人が「自分の名前がない」と申し立てたという。
選管は9月に修正版を公表した。NLDは、誇張はあるにせよ「名簿全体の3〜8割は依然として誤りだ」と批判した。
名簿作成は米国の「国際選挙システム財団」が支援し、初めてコンピューターが導入された。委員長は膨大な誤りを「ソフトウエアの不備」などと釈明。一方で「自分の名前があるか確認するのは有権者の義務だ」と述べ、投票日までに最終名簿を公表すると約束した。
だが土地の権利を持たずに暮らしている不法居住者や出稼ぎ労働者の動きを勘案していない面もあり、ミャンマー・タイムズ紙は7日、当局者の話として「ヤンゴンだけで100万人の不法居住者の名前が欠落したままだ」と伝えた。
名簿の公表自体については、軍政期に比べ「前進」したと評価する声がある。一連のドタバタは「行政能力の欠如」とも見られるが、当局は昨年、約30年ぶりに国勢調査を実施し、各世帯の基礎データを把握しているはずだ。政治評論家シードアウンミン氏は「(不正の)手品を見せられているのでは」と疑念を示す。
選管は先日、従来の身分証とは別に有権者に新たなIDカードを発行するので投票所で名簿と一致すれば投票できる、と発表した。
しかしシードアウンミン氏は「なりすましが可能になる」と指摘。プロセスなどが不透明なため「不正の温床になり得る」(外交筋)と懸念される「期日前投票」と共に、「不正の余地が広がる」と警告する。【10月7日 毎日】
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連邦選管委員長が「USDPに勝利してほしい」と公言するというのは、日本の常識ではありえないことですが、「選挙の公正さ」を前提とするそうですから・・・・。
途上国で「有権者名簿」に不備があるというのはある程度止むを得ないところであり、こうした国で100%の精度を期待すのも無理があります。
とは言え、選挙の大勢に影響しない範囲であってほしいのですが・・・・。
選挙運動における「買収」等の不正に関しては、社会全体の汚職土壌に根差すものであり、厳格な規制は難しいものがあるようです。
****<ミャンマー総選挙>買収の影 「与党、有権者に金品」報道****
ミャンマー総選挙(11月8日投票)に向けた選挙戦で、買収行為が横行している気配がある。
テインセイン政権は民政移管(2011年3月)以降、買収や汚職などの腐敗を「民主化改革の重大リスク」と位置づけ、その撲滅を最優先課題の一つに掲げてきた。この4年余りで一定の前進はあったが、汚職体質は依然として根深い。
選挙に伴う買収や汚職は国会選挙法で禁じられている。だが地元メディアは主に、テインセイン大統領が議長を務める与党「連邦団結発展党(USDP)」による有権者への金品の授受を伝えている。交通費などと称した現金の供与、コメなど食料の提供、地元への便宜供与の約束などだ。
最大野党「国民民主連盟(NLD)」のアウンサンスーチー議長は遊説で、こうした動きを念頭に「彼らがくれるものは受け取ればいい。ただ代わりに票を与えてはいけない。それはあなたの未来を売り渡すことになるからだ」と繰り返す。
スーチー氏は党候補者選定で、家族分を含め全資産を申告するよう義務付けた。公開はしないが、「国家のために働こうとする者に汚職はふさわしくない」と説明した。
NLDは12年、閣僚や高級官僚の資産公開法案を国会に提出。その後、国会議員も対象に加わったが、否決される。汚職摘発への警戒感が広がったからだ。これを受けテインセイン政権は独自に、閣僚と高級官僚に非公開での大統領への資産申告を義務づけた。
「清廉」で知られた大統領は就任以降、「社会に根付く汚職」を「あしき遺産」とみなし、その撲滅に並々ならぬ姿勢を示した。この国の汚職の形態はさまざまだが、公務員の場合、多くは組織トップ公認で、ワイロは組織内で分配してきた。
大統領は当初「トップに部下の汚職の責任を負わす」と発言。一方で、汚職の背景には給与が安すぎるという事情もあり、民主化以降、3回の給与引き上げを実施してきた。
政権は昨年、反汚職法の成立(13年)を受けて反汚職委員会を発足させた。委員会は今年2月の国連会合で、民主化以降450人の公務員を摘発したと報告。うち1人を禁錮刑、18人を懲戒免職、残りを行政処分などにしたという。
ドイツに本部を置く非政府組織「トランスペアレンシー・インターナショナル」によると、ミャンマーの14年の汚職認識指数(汚職度)は175カ国・地域中156位。民政移管当時の世界最悪クラスから脱した。
だが、この国では金品を贈ることは「相手への敬意」を意味する。ワイロを贈る側ももらう側も、こうした習慣を利用してきた面は否めない。
内務省特別捜査局は一昨年、十数人の関税職員を摘発するなど構造汚職に切り込む姿勢もみせるが、ある日系企業駐在員は「(ワイロが)使えるから事業がスムーズに進むという側面もある」と本音を漏らす。
イエトゥ大統領報道官によると、大統領は昨年3月、贈賄について「300米ドル相当以下なら問題なし」との見解を示した。ある地元メディアは「何万ドルかを小分けにすれば大丈夫ということ。事実上、汚職への青信号だ」と冷ややかに伝えた。強固な汚職土壌の中で苦肉の「線引き」ともみられる。
こうした中で汚職は政権や役所で敵対勢力を排除する切り札として使われることがある。昨年、宗教相が汚職を理由に解任されたが、報道官は後に「実際は大統領に反発したからだ」と明かした。
選挙戦では与野党問わず、習慣的に金品の授受が行われている可能性がある。「政権寄り」とされ絶大な権限を持つ選挙管理委員会が、選挙後に恣意(しい)的に摘発に乗り出すのでは、との警戒感もある。【10月8日 毎日】
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テイン・セイン大統領も汚職・腐敗の土壌の改善には努めてきたようですが、「引き続き、今後に期待」というしかないでしょう。世界的に見れば、日本や欧米のように賄賂が厳しく規制されている国(それでも、裏では横行しているのでしょうが)は、むしろ少数派というのが現状でしょうから。
ただ、記事最後にあるような、「選挙後の恣意的摘発」といったことが起きないことを願います。
評価できる「変化の兆し」としては、女性候補者の増加が見られます。
****ミャンマー総選挙、女性候補5倍に 前回から5年、政治参加の自由拡大****
11月投開票のミャンマー総選挙で女性候補が目立っている。国会上下院で前回2010年の5倍超の322人が立候補。アウンサンスーチー氏率いる野党・国民民主連盟(NLD)が最も多い。この5年で広がった政治参加の自由が背景にある。
「私自身母親なので、子どもたちの将来を良くしたい思いが強い」。27日、旧首都ヤンゴン中心部で開いた集会でNLD下院議員候補テッテッカインさん(48)は支持を訴えた。
経営する貴金属宝石店で成功し、ミャンマー女性企業家協会の副会長を務める。1988年に民主化運動に参加。同年にスーチー氏らが結成したNLDに入ったが、軍政時代は政治に関わらなかった。
立候補を決めた理由の一つは改革路線が進み、政治参加を恐れずにすむようになったことだ。NLDは候補者選びで女性を優先。国会議員候補481人中73人が女性だ。
一方の与党・連邦団結発展党(USDP)は女性候補が32人。下院議員に立候補したザーチーリンさん(35)は「政治だけでなく全ての分野で女性の参加を進めたい」と訴える。【9月30日 朝日】
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【「地滑り的圧勝」を目指すスー・チー氏】
選挙戦の行方の話については、一般的にはスー・チー氏率いる野党「国民民主連盟(NLD)」の優勢が以前から報じられています。
ただ、議席の25%が軍人枠となっている制度上、スー・チー氏が選挙後に主導権を握るためには、「地滑り的圧勝」の必要があります。
****ミャンマー総選挙****
ミャンマー総選挙 ミャンマー上下両院の計664議席のうち、軍人に割り当てられる25%の議席(166議席)を除く498議席が総選挙で争われる。
大統領は上下両院議員の全員投票で選出されるため、政権獲得には全議員の過半数を押さえる必要がある。
軍事政権の流れをくむ政権与党・連邦団結発展党(USDP)は民選議席のうち約3分の1に当たる167議席を取れば、軍人議席と合わせて333議席となり、過半数を占める。
一方、最大野党・国民民主連盟(NLD)が単独で過半数を制するには、民選議席の約3分の2を獲得しなければならない。【10月7日 時事】
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過去の補選の実績や、スー・チー氏の国民的人気を考えれば、「地滑り的圧勝」も無理ではない状況ではあります。
憲法規定によって大統領資格はないスー・チー氏ですが、選挙後の主導権については意欲を見せています。
****大統領でなくても政権主導=NLD勝利なら―スー・チー氏*****
ミャンマー最大野党・国民民主連盟(NLD)のアウン・サン・スー・チー党首は、7日放映のインドのテレビ局とのインタビューで、11月の総選挙でNLDが勝利した場合、「私は大統領になるかどうかにかかわらず、政権の指導者になるつもりだ」と述べ、政権主導に意欲を示した。AFP通信などが伝えた。
スー・チー氏は息子が外国籍のため、憲法の規定で大統領になる資格がない。インタビューで「NLD政権の指導者は私でなければならないだろう。私は党の指導者だからだ」と強調。ただ、どういう形で政権を率いるのか詳細については言及しなかった。【10月7日 時事】
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【実績をアピールする与党側】
与党側は、これまでの「実績」をもとに、国軍主導政治による政治・社会の「安定」と経済の「成長」をアピールしています。
ミャンマー抱える最大課題のひとつである少数民族との停戦についても、テイン・セイン政権は時間を要する「全土」での停戦を事実上見送り、部分的な先行合意を選挙前に実現することで「実績」とする意向のようです。
****ミャンマー武装勢力、半数が15日に停戦署名へ 実績作り優先****
ミャンマー政府と少数民族武装勢力の一部は5日までに、停戦協定の署名を今月15日に行うことで合意した。政府は交渉相手全15組織との署名を目指したが、11月8日の総選挙前の実績作りを優先し、7組織との和平を先行させる。
署名に応じるのは、東部カイン州が拠点のカレン民族同盟(KNU)などタイ国境に近い勢力。東部シャン州の勢力も加わり8組織になるとの見通しもある。
一方、北部カチン州のカチン独立軍(KIA)など中国国境に近い勢力は、署名に応じていない。国軍と衝突が続く中国系少数民族コーカン族の武装勢力を政府が交渉相手から排除したことなどに反発した。
地元英字紙ミャンマー・タイムズ(電子版)は5日、政府側交渉窓口のミャンマー平和センター幹部の話として「中央や地方の中国側当局」が、これら中国国境付近の武装勢力に、署名に応じないよう影響を及ぼしたとの見方を伝えた。
全土停戦協定の協議は2013年11月から断続的に行われ、今年3月、草案に合意。テイン・セイン政権は一部勢力と9月中の先行署名を目指したが、KIAなどの反発でずれ込んだ。【10月5日 産経】
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この件については、9月9日ブログ“ミャンマー 総選挙圧勝を目指すスー・チー氏 選挙戦に垣間見える「真の変革」への疑問も”(http://blog.goo.ne.jp/azianokaze/d/20150909)でも取り上げました。
その9月9日ブログでも触れたように、少数民族に関していえば、NLD・スー・チー氏側は少数民族政党との候補者調整を行わず、全選挙区に候補者を立て「勝ちに行く」姿勢を見せています。
スー・チーも少数民族地域の遊説を行っています。
****スー・チー氏、融和訴え 少数民族地域を遊説****
11月のミャンマー上下両院選で、最大野党、国民民主連盟(NLD)党首アウン・サン・スー・チー氏は2日、北部カチン州の州都ミッチーナを遊説した。同州は少数民族カチンが多く、「NLDは(多数派の)ビルマ族だけでなく、すべての民族の利益のために結党した」と強調、民族間の融和を訴えた。
カチン州は、国軍と戦闘を続ける少数民族武装勢力、カチン独立軍(KIA)も拠点としている。カチンの民族衣装姿で登壇したスー・チー氏は、停戦と対話を通じて和平に取り組む考えを表明。「NLDが野党のままでは、和平プロセスに関与できない」とし、政権奪取に向けて支持を呼び掛けた。
上下両院選は、軍系の与党、連邦団結発展党(USDP)とNLDを軸とする争いで、NLD躍進が見込まれる。ただ、両院定数の4分の1を軍人枠が占め、NLDが単独過半数に届くのかは微妙な情勢だ。スー・チー氏は、少数民族地域での戦いが鍵になるとの見方を示し、「全ての選挙区で勝ちたい」と語った。
会場のサッカー場には数千人が詰め掛けた。カチンの男性、ヨー・ハンさん(40)は「地方の開発は遅れたままだ。NLDが政権を取れば、国に本当の変化が訪れる」と期待していた。【10月2日 産経フォト】
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スー・チー氏の父親でもある、英国の植民地支配からの独立運動を指導した故アウン・サン将軍は1947年に少数民族代表と、連邦国家の枠内で少数民族の自治を保障する内容の合意文書(「パンロン合意」)を交わしました。
そうした歴史もあって、娘スー・チー氏への少数民族側の期待は大きいのですが、現実政治家としてのスー・チー氏がどういう取り組みが可能かは未知数でもあります。
【選挙後に「第三極」形成の動きも】
前回9月9日ブログでも取り上げたように、NLDは、これまで協力関係にあった、2011年の民政移管の原動力ともなった市民組織「88世代学生グループ」のメンバーも候補者から殆どを外しています。
“スー・チー氏が同グループを事実上排除した理由をめぐり、「自身の影響力保持」(外交筋)や、「メンバーが西側勢力から資金提供を受けてきたとして敬遠している」(地元メディア)などの指摘が上がる。”【10月7日 産経】
「88世代学生グループ」のコー・コー・ジー総書記(53)は、「民主化とは多様な意見を吸い上げるシステムだ」として、二大政党間の競争の陰で埋没が懸念される、少数民族や人権の問題に取り組む「第三極」を選挙後に形成する方針を明らかにしています。【10月7日 産経より】