「進撃の巨人」というマンガがあります。
まあ、私はマンガを読んだことがないのですが、NHKの深夜にやっているアニメを見ています。
正確に言うと、何となくみていたので全部はみていなくて、今やっている「ファイナルシーズン」というのからきちんと見始めたのですが、その内容が凄いんです
無茶苦茶売れているマンガなので、知っている人は「何を今さら」でしょうが、まあ、私のように何となく知っているから、「なんか凄い」と思うようになった人もいると思うので、ちょこっと解説を。
「進撃の巨人」って、最初は「人類が何故か壁の中に押し込められて100年暮らしていて、壁の外には人類を食う巨人がいる」という設定で物語が進んでいました。
主人公があこがれている「壁外調査団」という部隊が壁内にはあって、時折、壁外に出て、巨人に食われるリスクを抱えながら命をかけて外部調査をする、ということをやっていました。「何故、人類は壁の中に住んでいるのか?外の世界はいったいどうなっているのか?巨人とはなんなのか?」といったところがミステリアスな物語だったのです。
ところが、巨人は知性が無いはずだったのが、ある日、知性を持った巨人が現われて、、、という辺りから、物語が次のステージに展開していくのです。
で、それは何かというと、実は、壁の外にも「世界」はあり、また、「知性をもった巨人になれる力」というのが存在していて、外の世界の「巨人になれる力」をもった人物が壁の中の世界に潜り込んでいた、という事だったのです。
これは一体どういうことなのか?
実は昔、巨人を操っていたエルディアという一族が世界を占領していたような時代があり、世界の人類を民族浄化するように殺戮しまくっていたのですが、敵側のマーレに巨人の力が奪われて、その巨人を操っていたエルディア族は最終的には壁の中におとなしくする代わりに不戦しましょうよ、という事になったのでした。
で、エルディアの子孫は記憶を消されて100年、何も知らないまま「壁の外ってどういう世界なんだろう?」と暮らしていたわけですが、まさか人類が壁の外に住んでいる、逆に言えば自分達は井の中の蛙だった、なんて事は全く知らなかったわけです。
そして、巨人の力を奪って無敵となったマーレという国は、かつてのエルディアのように他国を滅ぼしていったのですが、近代兵器の開発が進むにつれて巨人の力が無敵では無くなってきました。そこで、壁の中に住んでいる主人公が「世界を滅ぼす巨人の力を保有している」という事を知っていて、その力を奪おう、とか、エルディアに眠る地下資源を手に入れようとか、まあ、色々な理由でエルディアに攻め込むわけです。
ところが、実は壁の外の人達が教えられていた「歴史」が実はねつ造されたもので、かつての殺戮行為を嘆いたエルディアの王様が自ら「こういった事は止めよう」と、自らの意思で壁の内側に入った、とか、あれやこれやと「教えられていた歴史」と「実際の歴史」の違いが現われてくるのです。
で、壁の「中」と「外」のそれぞれ歴史観から、「お前らのせいで俺らの家族は殺された」「いや、お前らは悪魔の子孫で人類を滅ぼす力をもっているんだ」「何をいってるんだ?100年以上も前の戦争が理由で、何故俺の愛する人が今殺されなくちゃいけないんだ!」などなど、敵対心、恨み、憎しみ、恐怖などが織り混じって、お互い、殺し合いが止まらなくなっていくわけです。
「滅ばさなければこちらがやられる」となって、「正義」とか「悪」というのが、一体何なのか?というドラマが繰り広げられ、私みたいな何となく見始めた人からすれば「なんだこのストーリーは無茶苦茶重いし、無茶苦茶深くなっていくじゃないか」と毎回衝撃を受けているのです。
・・・・ファンの方からすれば「そりゃ違うよ」という突っ込みがあるかもしれませんが、まあ、ざっくりいうとこんなところで、ご勘弁を
私の世代で言えば、子どもの頃にガンダムがものすごい流行ったわけですが、大人になってからガンダムが何故流行ったか、という文章を読むと「アニメで初めて、敵には敵の人生や戦う理由があるということを描いた」と書いてあったのを思い出しました。
それまでは、敵が悪い事をして正義の味方が追い込まれるんだけど、最後は正義は勝つ、というシンプルなアニメが多かったわけです。まあ、宇宙戦艦ヤマトなどは、敵には敵の物語がある、という深みがあったそうですが。
で、これをもっと深掘りして歴史小説みたいにリアルな話を無数に入れ込んだのが「進撃の巨人」のファイナルシーズンなんです。
例えば、司馬遼太郎の小説にもありますが、日露戦争中、中国の旅順の港にある203高地攻略戦というのがあって、高地にある要塞を落とさなければその近くにある港に停泊している軍艦を攻めたくても手出しが出来ない、なんていうのも、このアニメには取り入れられていたり。
あるいは、壁の中の人類の末裔は、壁の外ではまるで戦時中のユダヤ人のように隔離された居住地に押し込められていて、必ず自分がその血筋であるという腕章をつけていないといけない、とか、国の為に尽くせばマーレ人に格上げされるといったまるで戦時中のドイツの中のユダヤ人のように、歴史からくる人種差別が盛り込まれていたり、なかなかリアルな話が盛り込まれているんです。
そして、最新話で言えば、1人1人のキャラクターの思いが揺れ動き、「敵と味方・・・今までは国と国、思想と思想、といった違いで分かれていたのが、今は仲間同士でも殺し合うようになった。何が敵と味方なのか」というのがわからない状態でぐちゃぐちゃになっていきながら、壁の外と内側の主要キャラクター同士が、心の底からお互いを信用しあっていない、あるいは心を1つにしていないという状態でありつつも、世界を滅ぼそうと進撃している力を何とか止めようとしている、という話になっています。
いや~、前置きでも、なんだか凄い文章量になってしまいました
うちの子どもには「プーチンとか各国の大統領とかに見てもらいたい内容だよ」と伝えているのですが、このファイナルシーズンのディープな内容なんですよ。
で、ここからがようやく本題なのですが、そのエンディングテーマ「悪魔の子」が凄いんです
何が凄いって、歌詞、歌、映像の全てが凄すぎて、鳥肌ものなのです。私のようなにわかファンでさえ。
例えば、歌詞は、これから始まります。
「鉄の弾が 正義の証明
貫けば 英雄に近づいた
その目を閉じて 触れてみれば
同じ形 同じ体温の悪魔・・・」
「あいつらが俺らを滅ぼそうとしている悪魔だ」という憎しみから敵を殺すわけです。殺せば英雄になれる。戦時中の「鬼畜米英」vs「イエロー・モンキー」みたいですよね。
ところが、触れ見てたら「同じ体温の悪魔」、つまり、同じ人間だった、ということでしょ?
これ時点で、ブルブルっと来ます。ほんと、このアニメの内容をそのまま表している内容で、ウルウルくるほど。
で、私は移動中は車でラジオを聞くのですが、このヒグチアイさんという歌手がいつも聞いている番組で紹介されたのですが、
「悪魔の子」78カ国・地域で1位
となったそうなのです。
そうか~、私、1人で感動していたのが、世界中で「凄い」と絶賛されていたんですね
ラジオのパーソナリティーの女性が進撃の巨人のファンで、「この歌が進撃の巨人をそのまま表している」と大興奮していて、番組中にヒグチアイさんを目の前にして歌を聴いた後、もう感涙しちゃって、ヒグチアイさん自身が「喜んで下さるのは良いのですが、私はマンガの原作者じゃないので、どう反応したらよいですかね・・・」とちょっと引いているぐらいでした
このヒグチアイさんという方、お話を聞いていると割とクールな方で、歌詞もえぐい単語を使う方らしいのですが、世界観が凄くて歌唱力も抜群。
「進撃の巨人」のアニメを作っているプロデューサーなのか制作会社なのかNHKかわかりませんが、よくまあ、こういったものを作れたな~、と感服するぐらいです。
あ~、久々にCD買っちゃおうかな。
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