半農半X?土のある農的生活を求めて

「生きることは生活すること」をモットーに都会から田舎へ移り住み、農村の魅力を満喫しながら、日々、人生を楽しく耕しています

ぼちぼち

2018年03月14日 | 自分の時間
私のブログ、誰が見ているのかわからないのですが、最近はろくに更新できていないのに、昨日は140アカウントが900ページ見たみたいです。

体調不良とか内容が無いのを書いていてすみませんね

大体、ビューが多い時は、テレビ局が自然薯のページを見ているのが多いのですが、最近は、教室にご参加頂いた方が見ていてくれるようで、有難いお話です

たまに調子が良い時は、長々と真面目なこともきちんと書いていますので、暇があれば覗いてみてください


さて、今年は久々というか、今までにない感じの体調不良が続いているのですが、昨日、めまいがしながら少し農家さんのお手伝いをしたのですが、その奥さんも「私もそうよ。この時期はめまいがしたり、車にのって酔っておえって吐きたくなる時あるよね。でも仕事しないと食っていけないから休んでなんかいられないわ」とのこと。

大体が自律神経の問題だと思いますが、一方で、「脳の検査をした方が良いわよ」とアドバイスをしてくれる方も多く、どうしようかな~と思いながら様子を見ているところです。

「あたなと健康」という月刊誌を出している、自然療法の大家でもある東条百合子さんの話や言葉を胸に刻みながら生きているのですが、最終的には「自然の力に任せる」という感じなのでしょうか。

どうせ診察しても薬が出るだけなのが現代医学で、本当に必要な時もあるのですが、大概がいつもの生活をきちんとすれば治るはず。そうじゃなければ、昔の人なら死んでいた、と思えば、まあ薬が無くてもいいかな、という思いもあります

病気や不調はお天道様からのメッセージと思えば、世の中やご縁ある人、あるいは自分が生かされていることに対する感謝が薄れ、傲慢、エゴ、妬み、嫉妬などが表れている時に、神経が詰まって自律神経も不安定になり、体調不良になるのかな、という考えもあります。


良く、宗教にはまっている人は、ある意味、病的でもあるのですが、身体は健康の場合があります。

独特のリズムによるお経などを繰り返すことで、精神が安定していたり、その世界にどっぷりつかることで、信じる基盤が出来て、それで安心する。


高柳さんも「人は何か頼るものが無ければ生きていけない、だから宗教が出来たんだろうな」と言いますが、それは1つあるのでしょうね。

特に病気になったり、不幸がつもって「なぜ?」となる人は、自分の内ではなく外に解を求めて、救いも外に求める傾向があると思います。

それがシンプルに解として提示するところがあれば、そこにはまりやすい。


ただ、そういった「教え」ではなくて、昔ながらの日本人の生き方というか、アメニズムというのでしょうが、山や川や空気やお天道様に有難みを感じて、今日も朝にきちんと起きれて仕事が何とか出来る、という事自体に感謝をする、そういったのが私は好きです。

そのぐらいがちょうど良いかな、と思います。

そういった生き方は、「所詮、人間も自然の一部で、いつか朽ち果てていく」という達観を出来ていくだろうし、農村の方々は、死ぬことも怖がらないし、病気になってもそんなに騒がない人が多い気がします。

まあ、そんなこんなで、今日も無事に起きれて一応動けています。
有難うございます

コメント
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