きのうは八王子市の「絹の道」を歩いたが、今年の紅葉の季節はまだ先である。絹の道については、看板の説明文にお願いしよう。
市指定史跡 「絹の道」
指定区間 御殿場橋から大塚山公園(道了堂跡)まで
指定年月日 昭和47年10月26日
安政6年(1859)の横浜開港から明治はじめの鉄道開通まで、八王子近郷はもとより長野・山梨・群馬方面からの輸出用生糸が、この街道(浜街道)を横浜へと運ばれた。
八王子の市(いち)にほど近い鑓水には生糸商人が多く輩出し、財力もあって地域的文化も盛んとなり、鑓水は「江戸鑓水」とも呼ばれた。
なお、この「絹の道」という名称は、地域の研究者が昭和20年代の末に名づけたものである。
平成5年5月31日
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そのうちに世界文化遺産登録済み、富岡製糸を載せます。
タマノカンアオイの葉は昨日のカンアオイやオトメアオイの葉と違いますね。
群馬からもここを通って横浜に向かったんですね。
北海道はニシン御殿で、こちらは生糸御殿です。
田舎では、「ぼこさま」と呼んで、子供よりも大切にされました。
カンアオイの仲間ですから、本当はオトメカンアオイが正しいと思うのですが・・・。
ネットではどちらもでてきます。
タマノカンアオイは葉の色が濃いことと、網目模様がはっきりしています。
これをカントウカンアオイやオトメアオイと見間違うことはないと思います。
そうそう、薬王院のカンアオイ(カントウカンアオイ?)は、下草と一緒に刈られていました。
カンアオイやサイシンは「観葉」でしょうね。
珍しい模様のものは高嶺で売買されると思います。
タマノカンアオイも八王子の山野草店で、2~3枚の葉の付いたものが、数千円で並んでいました。
植物にかなり関心がある人なら、避けて草を刈ると思いますが、難しいところですね。多年草ですからまた顔を出すと思います。