いえいえ私め原左都子の義母に関して言えば、(今でこそ高齢域に達し認知症を患い、我が夫婦に精神的に依存しているが)結婚当初は“自立心の塊”のような女性だった。
元々事業家育ちで、先代からその事業を受け継いだ後は自らが事業主として事業を統括してきた人物だ。(参考だが、義父は養子の立場。)
亭主とは見合い晩婚だったがその際に義母が申し出たのが、「二人(私と亭主)とも高齢だし子供はいなくてもいいかとも思うのよ。 もちろん二人の好きにすればよいが、もしも産む場合にも私は積極的な補助をしないつもりでいることを先に言っておきます。 一生に渡って同居をするつもりも一切ありません。」
この義母の宣言通りの晩婚生活スタートかと思いきや、結婚式の日には既に私は妊娠4か月頃だった。
義母が新居(タワーマンション)をプレゼントしてくれていたが、我が教員の仕事の都合で、妊娠中の身でもあり職場まで通勤が近い義母自宅敷地内にある義母経営のアパートに6か月間程住まわせてもらうことと相成った。
これすら義母が嫌って言うには。「どうして二人のマンションを買ってあげたのに、わざわざこんなアパートに住むのよ!」 これを本気で言われた妊娠中の私は少しこたえたが、「9月末に教員を退職したならすぐさま夫婦でタワーマンションへ転居しますので、どうかそれまでここにおいてください。」
そうこうして9月にはそれを実行し、それ以降は義母とは(義母高齢化後の保証人業を除き)一貫して距離を置く我が人生である。
さて、本日2021.07.10付朝日新聞“悩みのるつぼ”の相談は、40代女性による「『価値のない女』とののしる姑」だった。
早速、以下に要約引用しよう。
私は30代で結婚し、翌年乳癌を発症した。 幸いステージ1で10年以上経過し、元気に働いている。 子供はいないが夫婦関係は良好だ。
姑は結婚当初から私に高圧的で、トゲのある言い方をしてきて傷つけられた。 それでも仲良くせねばと思い、ボーナスをはたいて遠方に旅行したり、家へ招いて手料理を振舞ったりと頑張ってきたつもりだ。 しかし、数年前「長男の嫁として子供が産めないのは恥。価値のない女。」とののしられた。 さすがに落ち込み、数か月間塞ぎこんだ。 夫は悪かったと謝ったが、姑は何事もなかったかのように遊びに来て1泊していく。
もう我慢の限界で、2度とこの人に会いたくないと思った。
それ以来、コロナ禍で会っていない。 いつかコロナ禍が明けた後、姑とどうやって付き合っていけばよいのだろう?
夫はこのまま会わないわけにはいかないだろうと言う。 しかし私は、葬儀にも行きたくないほどだ。
(以上、本日付け朝日新聞“悩みのるつぼ”相談を要約引用したもの。)
私見に入ろう。
そもそもこの相談者ご夫婦は、(我が家同様に)姑と一度も同居していない様子だ。
それを最大のラッキーとして、何も好きでもない姑を旅行に誘ったり家に招いて手料理を振舞ったりせず、一貫して距離を置いて過ごせばよかったのではあるまいか?
姑側とて、コロナ禍後は一切会おうと言って来ていないような相談内容だ。
単に嫁側の相談者一人の心理が空回りしてしまっているようにも受け取れる。
実は、姑から「子供が産めないのは恥」発言をされるまでは、嫁である相談者側こそにその核心部分に於いて姑との距離を縮めておくべきとの発想(努力?)があったのではなかろうか?
そこに投げかけられたのが、「子供が産めないのは恥!」との許し難き姑からの非常識ともいえる発言。
確かに姑のこの発言は絶対的に“御法度”発言であることには間違いない。
ただ、姑にそこまで言わせてしまった相談者である嫁側のその時の姑に対する態度に何らの問題もなかったのだろうか?
“煙が無いところに火は出ない” とよく言われるが。
姑にそんな極限ののしり発言をさせるにあたり、嫁側の相談者が何を話題として姑に持ちかけたのかに関しては、この相談内では知り得ない。
最後に、私見でまとめよう。
嫁・姑関係ねえ。
何処のその関係に於いても、大なり小なり諸問題が発生する性質のものであろう。
そんな中この原左都子は、実に無難にその関係を乗り切っている優等生であるかもしれない。
その秘訣??
特段無い程に実際私はラッキーな嫁かもしれないと、義母高齢にして一番手がかかる保証人業務を現在滞りなく実行できている事実を振り返り。
義母にこそ、感謝したい気分だ。