原左都子エッセイ集

時事等の社会問題から何気ない日常の出来事まで幅広くテーマを取り上げ、自己のオピニオンを綴り公開します。

再掲載 「残暑の中の市場調査」

2019年08月18日 | 仕事・就職
 (写真は、本日再掲載エッセイに記載の“医学関連市場調査”業務に挑んだ30代前半頃の私。 サンフランシスコにて。 本文とは無関係です。)


 台風通過後、またまた日本列島には来る日も来る日も残暑が押し寄せている。

 こんな日に思い起こすのは、今から約30年程前に2度目の学生時代夏季休暇中に励んだ人材派遣社員としての仕事だ。


 早速、2008.09.05公開の本エッセイ集バックナンバー「残暑の中の市場調査」を以下に再掲載させていただこう。

 9月に入って尚残暑が厳しい今日のようなけだるい日の午後には、私の脳裏にある外回りの仕事の記憶が蘇る。

 私が30歳代にして再び学業の道を志し勤労学生をした経験があることに関しては、本ブログのバックナンバーで再三既述している。
 当時、私は学業の合間に様々な職種の仕事に励んだのだが、その中に医学関係の市場調査を人材派遣の身分で依頼されたことがある。 この仕事は“外回り”の市場調査だったのだが、後にも先にも私にとって“外回り”の仕事経験はこれのみである。

 この仕事について簡単に説明すると、某一部上場大手化学関連企業が医療機器分野に新規参入するにあたり、その顧客である中小開業医の要望等を聞いて回る事前のマーケティング調査との内容で、1ヶ月間限定の仕事だった。 大学の夏季休暇後半の8月中旬頃から9月中旬頃まで、私はこの仕事に挑んだという訳だ。
 私にとって“外回り”の仕事はこれが初体験であり、自由度の高さに期待していたのだが、そのような甘っちょろい期待は初日からはかなく崩れ去るのである。

 これが大変な激務だった。 なぜならば交通機関と徒歩での外回りなのだが、とにかく時期的に暑さが尋常でない。 妙齢というにはもう図々しい年齢ではあったが、とにかく独身女性がハイヒールを履いて来る日も来る日も猛暑の中を1日中歩くのは厳しい。
 しかも当然ながらノルマがある。訪問病院数をこなさなければならない。 そして何よりも調査内容の専門性が高い。 暑さでへばっていたのでは、顧客である医師相手に対等に渡り合えないのだ。
 最悪なのは、猛暑の中やっと病院までたどり着くと、事前にアポイントメントをとってあるにもかかわらず、急患等の急用を理由に調査を拒否される門前払いのパターンが何とまあ多かった事。 これにはがっかりで暑さのみが身にしみる。
 時には患者が少なく暇そうにしている病院に行くと、医師の雑談の相手をさせられる。 中には妙齢の(?)女性である私を相手に1時間も2時間も四方山話をするご年配のお医者さんもいらっしゃる。 これなどは可愛気があり私など喜んでお付き合いするのだが、肝心の調査情報は得られずじまいで時間ばかりが過ぎ去っている。

 そんな中、大変熱心に調査に応えて下さる医師先生もいらっしゃる。これには頭が下がる思いだ。 ちょうどそういう医療機器が開発されるのを待ってました!とおっしゃり、ご自身の医療現場の有意義な情報を提供して下さる。 後で調査書に1件1件の調査内容をまとめるのも重要な仕事なのだが、用紙に書ききれず別紙で数枚のレポートにまとめて報告した程である。こういう調査に協力的な顧客はリストアップし、継続的に調査に協力いただくことになる。

 人間相手であるため嫌な思いも当然する。 ある病院では、調査に応じてくれたのはいいのだが、開口一番「女のあなたに何がわかるんだ!」とくる。 名刺を持たせてもらっているため、それを差し出し医学関係の肩書き等よりその道の専門力があることを提示するだが、専門的な話は一切させてもらえず、意地悪な質問ばかりを投げかけてくる。 そもそも調査に応える気がないのなら門前払いをしてくれた方がましだが、どういう訳か人をつかまえて自身の憂さ晴らしをする医師先生もいらっしゃるようだ。 これにうまく対応するのも仕事のひとつである。

(ここで補足説明だが、この市場調査の仕事は人材派遣としては通常の“時給制”であり“達成ノルマ制”ではなかったため、報酬としては当時の私にとって相当高い仕事ではあった。)

 この仕事において一番印象深い出来事は、実は仕事そのものではない。
 9月に入った後厳しい残暑の最高気温が35℃位の日のことである。 いつものように、うだる暑さの中汗を拭き拭きけだるく目的の病院を探して歩いていたのだが、その病院が風俗街を通り過ぎた場所にあるため必然的にそこを通ることになる。
 これがアッと驚きだ。 真昼間から“ソープ嬢”のスカウトに遭うわ遭うわ…  本当に我が腕を掴んでお店の中に引っ張りこもうとさえする。 すると、隣のお店も負けじと私の腕を引っ張りにくる。 もちろん断るのだが、とにかく店内で話だけでも、と皆さんおっしゃって離してくれない。 何とか難を逃れつつ、(こんな残暑厳しい中での外回りの仕事も大変だし、涼しい室内で“ソープ嬢”でもやる方が楽かなあ)、との思いが少し私の頭を巡る…。
 ちょうどバブル期最盛期の話である。 “ソープ嬢”も求人難の時代だったのであろう。

 長々と市場調査の話について書いてきたが、こんな残暑厳しい9月の午後に私の脳裏をよぎるのは、“ソープ嬢”としてスカウトされそうになった“バブル”の日の思い出なのである。

 (以上、「原左都子エッセイ集」2008.09.05バックナンバーより再掲載したもの。)



 2019年8月現在の私見を述べよう。

 確かにその頃の私の普段の姿を一目見て、“医学関係者”であると言い当てる人は皆無だった。
 と言うのも、理系専門職ご経験者にはお分かり頂けるであろうが、職場にて業務に取り掛かる時には必ずやその専門をこなすべく適切な仕事着に着替えるのが習慣だった。
 例えば私の場合、無菌室にて無菌作業をこなしたり、RI(放射性同位元素)を扱う仕事にかかわった事もある。 その場合など頭のてっぺんからつま先までの全身に及び着替えが必要となる。

 それ故に、普段の通勤着は自由度が高いのだ。
 思う存分お洒落をして出勤しても、肝心要の専門業務がきちんとこなせれば誰に責められるはずも無い。 それを良き事として、私は日頃からいつもおしゃれを楽しむことが叶ったと言う訳だ。

 この「市場調査」の仕事にも後日談がある。

 定期的に私の派遣元の大手企業研究所を訪れ、担当者に市場調査結果を告げるのだが。
 その際に、雑談範疇でこの“ソープ嬢勧誘”の件をついでに話したところ。
 男性の担当者氏が、「とてつもなく失礼な事となって申し訳ない!」と平謝りするではないか!
 (実は既にその方面で海千山千の私側は、それ程までに気に留めてもいなかったのだが…) 更に担当者氏が付け加えて、「今後はそんな“危険な地域”を避けて訪問病院を選定するので、どうかこれに懲りずに市場調査を続けて下さるように!」
 (いや、あのねえ… ソープ嬢勧誘よりも、私にとってずっと辛いのはこの“猛暑”なのだけど…) とは言いそびれたものだ……

 更なる後日談だが。

 この派遣元企業研究所を訪れた帰りに入口の守衛室にて“タクシー配車”を申し込もうとしたところ。 
 後方から、当該企業の私よりも少し若い年代と思しき社員男性が私を追いかけて来ている事には気付いていたのだが。 その男性が「駅まで行くんでしょ? 私も行きますから一緒にタクシー乗車しませんか?」と声掛けして下さる。
 そして到着したタクシーに乗り込んだところ、男性より質問攻めだ。「本日は何の目的で当社研究所へいらっしゃたのですか?? 普段は何をされているのですか?」 ……

 男性の質問に応えていると、「もしよかったら、タクシー下車後に食事などどうですか?」とナンパに入るではないか!
 私側も、(この大企業の社員男性ならば安心!)との身勝手な判断を下し、その後食事に付き合った記憶がある。 

 残念ながら、その後のこの男性との付き合いに関しては忘却の彼方なのだが…


 それにしても、まさに未だ人間関係が希薄でなかった“古き良き時代背景”の、私にとってはある意味で実に面白かった物語を、本日公開させていただいた。