水本爽涼 歳時記

日本の四季を織り交ぜて描くエッセイ、詩、作詞、創作台本、シナリオ、小説などの小部屋です。

残月剣 -秘抄- 《師の影》第六回

2009年04月25日 00時00分00秒 | #小説

        残月剣 -秘抄-   水本爽涼

          《師の影》第六回

 正面上座に確かに座っていた筈の幻妙斎の姿は跡形もなく、忽然と消えていた。左馬介は手で両眼を幾度も擦った。門弟達は別に驚くでもなく稽古を続けている。向き合った一組づつが、交互に形を示し合う。それを受ける側の者は、示された形に対して受けの形で返して示す。この所作を静かに続けているだけで、幻妙斎がいつ現れ、またいつ消えたのか…などという些細なことには無頓着なように左馬介には感じられた。激しい打ち込み稽古や掛り稽古とは違う、妙な寂寞(せきばく)感がなくもない。左馬介も道場の稽古は幾度も観たことがあったが、こうした稽古に出くわしたのは初めての経験であった。
 夕餉の準備が始まっていた。一馬に従って、昨日、観ていた賄いの要領を想い出し、理解できているところは率先し、分からぬところは訊ねる左馬介である。一昨日までは新入りだった一馬と二人でやっていた長谷川修理だが、昨日からは抜けている。その長谷川の立場に今日は一馬が入り、左馬介は見習いとして準備をしているのだ。薪を竈(かまど)へ数本、放り込み、焚き付け用の杉の枯葉を入れる。火打石を打って種火を付け、中へ入れると白煙が出始める。この所作は、昨日、一馬がやっていたことと同じ仕草なのだが、観ていた時と、する時とでは明らかに要領が違い、一馬のようには上手く出来ない。


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