水本爽涼 歳時記

日本の四季を織り交ぜて描くエッセイ、詩、作詞、創作台本、シナリオ、小説などの小部屋です。

足らないユーモア短編集 (13)味(あじ)

2022年07月07日 00時00分00秒 | #小説

 とある超高級[三ツ星]レストラン・本店の厨房である。この日は休店日で、客は誰もいない。今一つ、何かが足りない…と総料理長の下駄川(げたかわ)は新作のスープ鍋を前に悪戦苦闘していた。
「君達、どうだね?」
 下駄川は数人の料理長に訊(たず)ねた。全国チェーンを展開するこのレストランは、下駄川の配下として数人の料理長が存在し、その料理長の配下として、また数人の料理人が存在していた。
「よろしいかと…」
「これでいいとっ!? 何を言っとるんだっ! この味(あじ)なら、以前とちっとも変らんじゃないかっ!」
「そうはおっしゃられますが、私は十分、新味かと…」
「十分だって!? 他の者はどうなんだっ!?」
 料理長の返答に少し立腹しながら下駄川は他の料理長の意見を求めた。
「よろしいかと…」「いいと思いますが…」・・
 言葉は違ったが、他の料理長もその味に不満がないと告げた。
「君達の舌は馬鹿舌かっ!!」
 下駄川の頭はついに沸騰し、ピ~ポ~と鳴った。しかし、馬鹿舌は下駄川だった。知らないうちに進行した味覚障害により、下駄川は味音痴になっていたのである。それを自覚していない下駄川は、足らない、足らないと香辛料を次々に鍋へ放り込んだ。やがて、とても食べられたものではない味の料理が出来上がった。
「おおっ! これでいいんだっ! 料理の新味がついに完成したぞ…」
 下駄川が有頂天になったとき、厨房の中には下駄川以外、誰もいなくなっていた。
 料理の味は、足らないから足せばいいというものではないようだ。^^

                   完


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