水本爽涼 歳時記

日本の四季を織り交ぜて描くエッセイ、詩、作詞、創作台本、シナリオ、小説などの小部屋です。

泣けるユーモア短編集-14- 辛(つら)い

2018年02月18日 00時00分00秒 | #小説

 辛(つら)いと、ぅぅぅ…と思わず泣ける。辛いという漢字は辛(から)いとも読む。確かに、辛い唐辛子(とうがらし)とか山葵(わさび)を口にすれば、これは間違いなく泣ける。要は、[辛]という漢字は辛(つら)くも辛(から)くも泣けるのである。そういえば干支(えと)にも辛子(かのとね)とかがある。言っておくが、辛(から)い辛子(からし)とは読まない。
 とある小学校・六年の家庭科実習の時間である。ようやく料理が完成し、家庭科教師の河豚川(ふぐかわ)と6年B組の生徒達の試食会を兼(か)ねた昼食が始まっていた。
「先生、なぜ泣いてるんですかっ?」
 訝(いぶか)しげに、一人の男子生徒が横に座る河豚川に訊(たず)ねた。
「… 泣いてないわよ。目にゴミが入っただけ…」
「あっ、そうなんですか…?」
 生徒は、それ以上、突っ込まず、出来上がった料理とパンを齧(かじ)り始めた。河豚川も体裁(ていさい)を整え、生徒達と食事を再開した。だが、時折り頬(ほお)を伝う涙は止まらず、ハンカチが食事道具のスプーン、フォークと同じように両手を行き来した。生徒には誤魔化して言ったものの、実のところ河豚川は泣けていた。それは子供時代の辛いのではなく、辛(つら)い記憶が脳裏(のうり)を過(よ)ぎったのだった。その記憶と同じ料理が、この日の実習で作られたのだった。この料理を食べたいと言って逝(い)った幼い弟の記憶だった。
「ぅぅぅ…」
 河豚川は我慢しきれず、ついに嗚咽(おえつ)した。
「おかしいなぁ~? 先生、辛(から)かったですか?」
「いいえ、美味(おい)しいわ。…辛(つら)かったの、先生」
「えっ?」
 生徒は意味が分からず、ふたたび訝しげな顔をした。泣けるからといって、辛(つら)いのは辛(から)いという訳ではないのだ。

                                  完


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