田所謙一は物事に対するとき、どうしても柔和になれない性格だった。要は、人や出来事に対して丸くなれないのである。人の場合だと、相手の話を愛想よく聞くとか、聞き上手(じょうず)になる・・といった類(たぐい)だ。どうしても自分の思いを直に返すものだから、相手との話し合いは、ほとんどの場合で角(かど)が立ち、尖(とが)った。挙句の果てには、二度と君とは口を聞きたくない! となり、関係が決裂した。こういう男が職場で役に立つのか? といえば、はっきり言ってNo,!![駄目]だろう。だが、捨てる神あれば拾う神ありで、Don,t Worry!![大丈夫]だった。彼は会社の備品倉庫で一日中、話さない物との整理や収納に明け暮れていた。周囲には誰も人はいず、彼は出勤するとタイムカードを押し、昼になれば買ってきた弁当を会社の電子レンジでチン! して食べ、持参の魔法瓶の茶をマグカップで飲んだ。そして、また仕事をし、退社時間になると、タイムカードを押して帰宅するのだった。会社も一本筋が通った男としていつか役立つだろう…と田所を首にはせず、温存したのである。そんな角(かく)ばった田所の角(かど)が取れ、曲線のように丸みを帯びたのは、ひょんなことだった。
その日、田所はいつものように会社備品の確認しながら整理をしていた。確認は備品台帳を睨(にら)みながら備品と照合する。睨むのが人ではないから問題は起きなかった。田所が見つめる台帳の上にどこから飛んで来たのか、一匹のてんとう虫が舞い降りた。なんとも綺麗な背模様と曲線に、田所は睨むでなく見つめた。すると妙なことに、田所の心の尖りが削(けず)られ始めた。もちろんそれは、目には見えないメンタルなものだった。一時間後、そのてんとう虫はフワッ! と舞い上がり、どこかへ消えた。田所は一時間、ただじっと、そのてんとう虫を見続けていたことになる。そして一時間が立ったとき、田所の心はすっかり削られ、丸くなっていた。
「君、人が変わったそうだね。なにか、あったの? あの尖りの田所さんが? って、社内で評判だそうじゃないか」
社長室に呼ばれ、田所は直接、社長に訊(たず)ねられた。
「ええ、まあ…。てんとう虫曲線です」
「んっ? …なんだ、それは?」
社長は訝(いぶか)しそうに田所を見た。
THE END