先程、ときおり愛読している【 日刊ゲンダイ 】の『ヘルスケア』を見ていたら、
『 緑茶が うつ病を吹き飛ばし 睡眠や記憶を改善 専門家が解説 』、
と題された見出しを見たりした。
私は健康でなければ、自身の日頃のささやかな願いも叶わないので、
いつの日にか認知症、或いは脳梗塞などの難病に遭遇したら、困窮するので、
ときおり願いながら散策したりしている。
こうした中、私は何かと煎茶が好きで、
お寿司屋さんから頂いた大きな湯呑茶碗のふたつに煎茶を淹れて、
そして大きめのマグカップにインスタント・コーヒーを淹れて、お盆にのせて、
居間に片隅に置いて、ときおり愛飲している。
或いは外出の時は、コンビニに寄って、煎茶のペットボトルを買い求めて、
やがて颯爽と歩き、ときおり水分補給をしている。
このように何かと煎茶を愛飲してきた私は、
《・・緑茶は、うつ病を吹き飛ばし、睡眠や記憶を改善・・》って、
どのようなことなのょ、と真摯に学びたく、記事を精読してしまった。
この記事は【 日刊ゲンダイ 】の『ヘルスケア』の10月16日に配信され、
無断であるが転載させて頂く。
《・・
☆心と体に良い作用をもたらす
『 緑茶が うつ病を吹き飛ばし 睡眠や記憶を改善 専門家が解説 』、
と題された見出しを見たりした。
私は健康でなければ、自身の日頃のささやかな願いも叶わないので、
いつの日にか認知症、或いは脳梗塞などの難病に遭遇したら、困窮するので、
ときおり願いながら散策したりしている。
こうした中、私は何かと煎茶が好きで、
お寿司屋さんから頂いた大きな湯呑茶碗のふたつに煎茶を淹れて、
そして大きめのマグカップにインスタント・コーヒーを淹れて、お盆にのせて、
居間に片隅に置いて、ときおり愛飲している。
或いは外出の時は、コンビニに寄って、煎茶のペットボトルを買い求めて、
やがて颯爽と歩き、ときおり水分補給をしている。
このように何かと煎茶を愛飲してきた私は、
《・・緑茶は、うつ病を吹き飛ばし、睡眠や記憶を改善・・》って、
どのようなことなのょ、と真摯に学びたく、記事を精読してしまった。
この記事は【 日刊ゲンダイ 】の『ヘルスケア』の10月16日に配信され、
無断であるが転載させて頂く。
《・・
☆心と体に良い作用をもたらす
日本茶が、恋しい季節がやってきた。
とくにいまは新型コロナウイルス感染症の拡大で、
世の中が騒がしく、心が乱れがち。
それだけに、手軽に心と体に良い作用をもたらす「お茶」の力を利用したい。
その健康効果について近年、多くの医学者たちが研究論文を発表している。
うつ病の治療・予防を専攻している帝京大学医学部(精神神経科学講座)の功刀浩教授もそのひとり。
日々、たしなむ日本茶のどんな成分が、健康効果をもたらすのか。
改めて功刀教授に聞いてみた。
★★ 記事に掲載されていた写真を拝借した ★★
☆日本のお茶の歴史は鎌倉時代の初期にまでさかのぼる。
お茶は、製法や加工によって、種類も豊富だ。
新芽を蒸し、揉みながら乾燥させる「煎茶」は、
朝夕の食卓に欠かせない一品。
お茶といえば、一般的には急須で湯飲みに注ぐ、この煎茶を指す。
このほか、「深蒸し茶」「玉露」などがある。
緑茶をベースにしたこれらの茶には、
種類によって含有量に差があるが、特異の成分を持つ。
代表的な成分は、まず「カテキン」(渋味成分)、「カフェイン」(苦味成分)、
それに「テアニン」(甘味成分)の3種である。
そのうち、功刀教授は「テアニン」(抹茶や玉露などの高級茶に多く含まれる)を
ラットに用いた実験やヒトに投与した臨床研究を行った。
元来、睡眠改善作用やリラックス作用が報告されていたことに着目したという。
■「記憶」や「学習」にも良い
「最初の実験は10年ほど前でしたが、
抗不安様効果、抗うつ様効果、統合失調症様症状改善作用、
記憶力や感覚情報処理の増強作用を示唆する結果が得られました」
同じく「心の病気」といわれるうつ病について、功刀教授は、
「うつ病患者」群と「健常者」群に分け、
「緑茶」(飲まない。週に1杯飲む。毎日1杯飲む。毎日2~3杯飲むなど)を飲む頻度で比較した。
「結果は、うつ病の患者さんは、健常者と比較して
緑茶を飲む頻度が少ない傾向にあることがわかりました。
私たちだけでなく、宮城県や九州での調査でも同様の研究結果が得られています」
☆テアニンになぜ、こうした薬効があるのか。
脳にある神経細胞のおよそ7割が、グルタミン酸作動性神経である。
テアニンは、グルタミン酸に類似した構造を持つことから、
脳血管血液関門を通過した同成分は、グルタミン酸受容体に弱いながらも結合する。
「つまり弱い結合であっても、種々の効果があることが示唆されます。
実際、テアニンには、ドーパミン(中枢神経系に存在する伝達物質)の放出を増加させ、
抑制性神経伝達物質であるGABA(アミノ酸の一種)を増やす、
記憶や学習に重要な脳由来神経栄養因子(BDNF)を増やすといった薬理作用も報告されています」
テアニンのように優れた薬効成分を持つ緑茶には、
他にポリフェノールの一種である「カテキン」も含まれている。
かつてタンニンとも呼ばれた渋味成分のカテキンは、
体脂肪低減効果(人間総合科学大学人間科学部・時光一郎教授)や、
抗がん作用(静岡県立大学・伊勢村護客員教授)など、
各氏による研究論文も多い。
覚醒作用や作業能率を向上させる「カフェイン」も、
よく知られている成分だが、
功刀教授は、お茶の入れ方によって抽出量が違ってくるという。
「テアニンなどお茶の成分を効果的に出すのは、
熱湯ではなく、50~60度程度のぬるま湯の温度で、
ゆっくり抽出するのがいいのです」
戦国武将たちは、戦場でゆっくりと茶をすすり、
心を和らげ、精神統一を図ったという。
コロナ禍の今は、まさに“心の戦国時代”。
少し贅沢して、テアニンをたっぷり含む玉露などをたしなみ、
平静さを取り戻してみたい。・・》
注)記事の原文に、あえて改行を多くした。
今回、うつ病の治療・予防を専攻している帝京大学医学部(精神神経科学講座)の功刀浩教授に導かれて、
多々教示されたりした。
そして緑茶は、うつ病を吹き飛ばし、睡眠や記憶を改善、
と私は学び、やがて微笑みを重ねたりした・・。
私は1944年(昭和19年)の秋、東京都の北多摩郡神代村(現・調布市の一部)の農家の三男坊として生を受けた。
私が地元の小学校に入学する1951年(昭和26年)の春の当時は、
祖父、父が中心となって、小作人だった御方たちの手助けもある中、 程ほど広い田畑、
そして田んぼの中のひとつには湧き水があったり、所有している田んぼの中には小さな川も流れ、
母屋の周辺は竹林、雑木林が周辺にあった。
こうした中、この当時のこの地域の程々の農家は、お茶の樹を持ち、
自宅用にまかなっていた時代の頃である。
私の生家は母屋、土蔵、納戸小屋の二軒の中、宅地からゆるい坂を登りきると、
防風林代わりの欅(けやき)が50数本があった。
確か3メートルぐらい間隔で植えられ、樹高は30メートル以上あった。
隣接した欅(けやき)が互いに寄り添うになると、晩秋に片方の欅(けやき)を伐採したり、
そして雑木林にあるクヌギ、コナラなどが大きくなり過ぎた樹木を伐採し、
祖父と父は薪(まき)割り作業などをして、翌年の一年間分の薪(まき)と小枝を作ったりしていた。
その先は平坦な地で陽当りが良く、春のお彼岸を過ぎた頃には、
野菜のトマト、キュウリ、ナス、ウリなどを種から幼葉までの育てる苗床が幾重にもあり、
洗濯の干し場にも利用されていた。
この平坦な所を抜けると畑となっていて、その先が村道であった。
この村道と畑の境界線としてお茶の樹が植えられていた。
幅は1メートルを超え、高さは150センチぐらいで、80メートル前後の長さであった。
5月の初旬の頃になると、祖父の指示により、新芽を手摘みをしていた。
一家総出で祖父、父や母、そして父の妹の叔母2人、小作人だった御方にも支援も借りたりしていた。
私は幼児の3歳頃は、邪魔をしないように、付近に莚(むしろ)を敷いた上で、置いていた、
と後年に母から教えてもらったりした。
そして新芽を摘んだ後、宅地の一角で生葉撰り(なまはより)と称せられるお茶の葉から
混ぜりものや蝕まれた葉を取り除く選別作業をしていた。
その後、生葉(なまは)を新鮮なうちに、竈(かまど)の上に幾重か重ねた蒸篭(せいろ)で蒸した後、
団扇(うちわ)などで扇(あお)いで、よく冷(さ)ました。
そして、母屋の前の宅地の中央で、幅180センチ、縦360センチぐらい、
高さは90センチぐらいの長方形の大きな台の下の地面に炭火をおこし、
長方形の大きな台の上に薄い鉄板を敷いて、先程のお茶の葉を揉(も)んでいた・・。
やがて煎茶として出来た後、しばらくした後に大きな桐箱、茶包みの箱に収納した。
この煎茶は、もとより家族一同が朝、昼、夜などで1年を愛飲したり、
祖父の一言に寄り、来宅した御方に1部の方に差し上げたりしていた。
こうした中で、私は祖父からは、何かと可愛がってくれたが、
煎茶を淹れる時、いい加減な振る舞いで淹れる、と怒られた。
やがて私が1953年(昭和28年)の小学2年の三学期に父が病死し、
翌年の1954年(昭和29年)の5月に祖父も他界され、
生家は大黒柱の2人が亡くなり、没落しはじめた・・。
もとより農家としては、肝要な農作業のノウハウと労力も減退し、
田畑の作業も出来る範囲が大幅に減少したので、生計は低下を余儀なくされた・・。
数年過ぎると、お茶を摘む労力もままならず、垣根代わりの細くて長い茶畑は放置され、
やむなく煎茶は買い求めることとなった。
やがて1955年(昭和30年)の頃から、生家の地域一帯は、
都会に住んでいた人たち達が、移転して周辺に家を建てられ始めたりした。
私が小学校を卒業した1957年(昭和32年)の春であるが、
この頃になるとベットタウンとなり、田畑は激少し、竹林、茶畑も消え去り、
新興の住宅街となり大きく変貌した・・。
このようなことをぼんやりと思い馳せたりした・・。
お茶の葉は、冬の寒い時期にゆっくりと養分を蓄えて育ち、春になると少しずつ芽を出し始め、
4月から5月頃に、いち早く芽吹いた茶葉を収穫してつくった新茶(一番茶)は、
その後に摘まれる茶葉よりも、栄養価やうまみ成分が多く含まれている、と伝えられている。
このような関係で、古人から新茶は、「新茶を飲むと病気にならない」、
「八十八夜のこの日にお茶を飲むと長生きする」など名言を思い重ねたりした。
昨今の我が家は、年金生活の中で、私は家内の茶坊主の真似事となり、
煎茶を淹れたりしているが、こうした時に時折亡き祖父の表情、しぐさを思い浮かべることがある。
そして丁寧に淹れながら、お茶を作って下さる御方の労力に感謝して、頂いている。
余談であるが、私は煎茶をこよなく愛飲しているが、ここ4年買い求めているのは、
百グラム千円以内として、選定した煎茶は、一番摘みの《・・渋みと苦みを抑えた コクのある旨味・・》
と明記された掛川茶となっている。