夢逢人かりそめ草紙          

定年退職後、身過ぎ世過ぎの年金生活。
過ぎし年の心の宝物、或いは日常生活のあふれる思いを
真摯に、ときには楽しく投稿

改めて、数多くの皆様には感謝しながら、良いお年とお迎え下さい・・。

2010-12-31 15:22:37 | 定年後の思い
私は東京郊外の調布市に住む年金生活7年生の66歳の身であり、
2004(平成16)年の秋、民間会社を定年退職後、直ちに年金生活にして、
身過ぎ世過ぎの日常生活を過ごしてきたが、
私は随筆、ノンフィクション、歴史書などの読書に続いて、文章を綴るのが好きである。

偶然に退職まもなくして、ブログの世界を知り、ブログ形式に準じた【簡単gooホームページ】に加入し、
日々に感じたこと、思考したことを心の発露とし、
原則として毎日数通投稿し、綴ったりしてきた。

その後、2007(平成19)年に【簡単gooホームページ】が9月末で閉鎖と知り、
8月より半ばより、これまで投稿文が移動できる【OCN Cafe】を知り、
今年の2010(平成22)年の7月まで加入していた。

この間、このサイト【gooブログ】に加入してきたが、【gooブログ】に専念するために、
今年の2010(平成22)年の8月より、このサイトに単独とした。

投稿の内容は、定年後の身過ぎ世過ぎの年金生活の日々の思い、
過ぎ去った幼年期から定年退職するまでを余すことなく綴り、心の発露として投稿を重ねてきた・・。


このように私はパソコンが故障、或いは国内旅行をしていない限り、
毎日投稿をしてきたので、少なくとも定年退職後の丸6年過ぎた日々の思いは、
私の日常の証(あかし)のひとつでもある。

もとより、人それぞれ誰しもが光と影を持ちあわせているが、
つたない私もささやかな光、秘められた影があるが、余すところなく綴ったりしてきた・・。

昨今、このサイトに綴ることが生きがいのひとつになっているので、
数多くのお方にお読み頂き、感謝の一言です。


何よりも数多くの皆様の投稿文を拝読し、
それぞれの人生を過ごされていると改めて感じてながら、多々ご教示を頂いたり、
季節感あふれる美麗な写真を拝見し感銘を受けたり、
ときには数多く人から励まされたりして、拝読したり、拝見しているのが本心である。
改めて、数多くの皆様には感謝する次第です。

そして私が投稿を重ねることが出来たのは、こうした思いを深く感じ、人生の教科書と思い、
支えられたことは事実である。


我家では、大晦日の今宵は、お年取りのささやかな酒宴を致しますので、
今年の最後の投稿となります。

今年も暗いニュースが余りにも多く、私なりに憂(うれ)いたりしましたが、
来年こそは明るいニュースで共に笑いあったりしたい、と祈願しています。

皆様には、良いお年とお迎え下さい。


           2010(平成22)年12月31日
                 『夢逢人』

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定年退職後、過ぎし『大晦日』の日々に思いを馳せ、古き投稿文を読み返し・・。

2010-12-31 09:39:59 | 定年後の思い
東京郊外の調布市に住む年金生活7年生の66歳の身であるが、
今朝、カレンダーは『大晦日』と明記されていたが、今年も過ぎ去ってしまえば実に早い、
と実感している・・。

私の住む地域の天気情報は、朝の6時はマイナス1度で庭の黒土にうっすらと霜の情景で、
昼下り9度前後、夜の6時は6度前後が予測されているが、
冬晴れに恵まれて、穏やかな日を迎える。

先ほど、ぼんやりと定年退職後の『大晦日』の日をどのような思いで過ごしてきたか、
私が投稿してきた文を読み返えしをした・・。



定年退職後の2004(平成16)年の秋、直ぐに年金生活に入り、まもなくブログの世界を知り、
初めての年末を迎えた時、あるサイトに投稿した文のひとつである。

【『冬のソナタ』に寄せて・・。】
と題して、投稿しているが、再掲載をする。

【・・
家内と昨日の夕方、駅前に買物に行く。
街は歳末の雑踏だった。

スーパーの一軒に家内が入り、私は入り口に近い所にある、小さめの家電量販店に佇んでいた。

『冬のソナタ』の主題歌が流れてきた・・。

振り向くと、量販店の店頭にテレビ販売のデモとして、『冬のソナタ』のビデオを放映していた。

3人の家族連れで、50歳前後の奥さんがこの『冬のソナタ』を見て、
25歳前後の娘に『あら・・』と見入っていた・・。

主人の方は、『なんで、こんなのがブームになるのか、俺はわかんねえ・・』
と奥さんを急きたてた。

私はこの主人について、
奥さんとコミニューケションを日頃から取っているのかしら、と疑った。


以前、眠りが浅く、深夜目覚めたとき、
何気なしにテレビを点けたら、『冬のソナタ』を放映していた。

1時間半前後、見ていたが、
この監督は岩井俊二・監督の『Love Letter』《中山美穂・主演》の映画に影響を受けている、
と瞬時に感じたりした。

『冬のソナタ』は甘くせつない作品で、ありふれた作品であり、
ただ切り口が巧いと思えた。

日韓の文化交流の一環として、貢献出来た事は喜ばしい、と感じている。


一部の男は家庭を守る上で、会社人間になり、
妻の従順に甘え、50歳を過ぎた頃、子供は成長を見て、順風と錯覚しまう。

妻側からして、世間並みの生活が保ってきたが、空虚さを感じ始める・・。

主人に『あたしを見つめて・・』と言いたいが、主人は気づかない・・。


『冬のソナタ』の主演男優に夢中になっている40、50歳代のご婦人をみると、
このように感じてしまうのである。
若い20歳前後の女性ならともかく、お気の毒ですね、と思う。

何はともあれ、日韓の交流の一環として、日韓がより一層深まってくれるよう、
切望する次第です。

尚、家内は『冬のソナタ』には、興味を示すことなくはない。

・・】



翌年の2005(平成17)年の大晦日になると、
【 一年を振り返り時・・♪】
と題して、投稿している。

【・・
東京の郊外は、早朝は強い風が吹き、目覚めた・・。

先程まで煎茶を淹れたり、家内のコーヒーを枕元に置いた後、
新聞を読んだりしていた。

先程、玄関庭に出たら、風は微風に変わり、
陽射しが何時ものような情景となった。

穏やかな静寂の大晦日の朝である。

昨夜、家内の母が、予定通り夜の7時過ぎに来宅して、
夕食をしたが、やはり話題は、ここ一年を振り返る話に尽きた・・。

私は弐合徳利をお替りして、数の子、祝い鯛、蒲鉾、ゆずの輪切りを食べながら、
色々と話し込んだ。

しばらくした後、眠くなったので、煎茶を枕元に於いて、
文庫本を持ち込んで数ページ読んだ時、眠りについた・・。

さしずめ、この本は歴史学者のA.L.サッチャー氏の『燃え続けた20世紀』である。

この本は、10回前後、読み返している本である。

社会、政治、外交、軍事、経済、宗教が揺れ動いている現在、
私の脳裏に冷静な思考を保たせる最適な本である。

・・】



そしてこの後の2006(平成18)年の大晦日に於いては、
【『除夜の鐘』に寄せて・・♪】
と題して、投稿していた。

【・・
大晦日の夜、日本の各地で除夜の鐘を撞(つ)くが、古来より108回となっている。

知識人・藤野邦夫の解説に寄れば、

《・・
仏教で人間の煩悩(ぼんのう)が、108あるとされることによるっている、
と明示されている。

煩悩とは、身体や心の欲望、他人への怒り、ないもののへの執着などとされている。

仏教に於いては、

①生まれてくる苦しみ
②年をとる苦しみ
③病気の苦しみ
④死の苦しみ
4大要素を『四苦(しく)』とし、

⑤欲しくても手には入らない苦しみ
⑥愛する人と別れる苦しみ
⑦いやなことをさせられる苦しみ
⑧その他の色々な苦しみ
『八苦(はっく)』があるとされている。

そして、この『四苦八苦』の四苦(4x9=36)と八苦(8x9=72)を加算すれば、108になる。

108回の来歴については、他にも諸説があるが、
一年の様々な思いをかきたてる除夜の鐘は、
旧年中に107まで撞(つ)き、
最後の1回を新年に撞くのが慣例である。

尚、『除夜の鐘』は、中国の宗(960年~1279年)の時代に始まった風習だと云われて折、
『除夜』とは、旧暦で一年の最後の夜のことである。

・・》
以上、無断であるが、引用させて頂いた。


私は11時過ぎに家を出て、独りで川辺の遊歩道を散策した。
陽射しの中、風もなく、のどかな情景であった。
私にとっての煩悩とは・・しばらく鴨の親子が水面をゆったりと泳いでいるのを見詰めながら考えた。

絣(かすり)の似合う女性で、昭和40年頃までの小説、随筆、映画など知る文学少女かしら、
と思ったりした。
この時代を知る人であったら、さしずめ若くても50代の女性となる。

こうした美女と語り合い、そして弐合徳利、ぐい呑みでお酒を呑みながら、料理を食べたりしたい。
そして別れ際、そおっと手を握り、握手をして去る・・。

こうしたのが私の見果てぬ夢かしら、と思っている。

私はこんな他愛のない、ひとときの夢をみていたが、
いつの間にか煙草を喫ったりしていた。

帰宅したら2時過ぎの昼下り、玄関庭の白梅が陽射しをさんさんと受けていた。
枝先は早くも莟(つぼみ)かしら、と夢幻のひとときを脳裏にかすめた。

・・】



そして2007(平成19)年に於いては、
【大晦日の昼下りの音楽は・・♪】
と題して、投稿していた。

【・・
家内と家内の母は、年末年始の買物に出かけているので、
先程から音楽を聴いている・・。

最初は、昨夜レコード大賞を受賞されたコブクロに敬意を示し、
『蕾(つぼみ)』を聴き、彼等のメジャー・デビューの前、
9年前から無名の3年間、路上で唄い続けた心情に熱く思いを寄せたりした。

そして、夢はみるものでなく、明日を信じて労苦の言動した日々を思う時、
胸が熱くなるのである。

この後は選曲は少し迷ったけれど、
モーツァルトも好いが、やはりベートーヴェンの『第九』だろうと、
と思いCD棚が取り出した・・。

今回はたまたま小澤征爾に寄るサイトウ・キネン・オーケストラであるが、
大晦日に相応(ふさわ)しいかしら、と微笑んでいる。

・・】


そして一昨年の2008(平成20)年に於いては、
【 大晦日を迎えても、『年々歳々 花相似 ・・』・・♪】
と題して、投稿している。

【・・
私は民間会社を定年退職後、年金生活の5年生の身であり、
大晦日を迎えて朝、何を綴ろうかと思案したりしていた。

やむえず、このサイトを開き、過去の綴った投稿文を読み返していた・・。

《略》

このように年金生活後の一年生から昨年の四年生までの大晦日に綴った1部であるが、
齢ばかり重ね、果たして私の心は深化してきたのだろうか、
と思ったりしたのである。
私は安楽に年金生活を過ごすのは、
何よりの堕落の一歩と思考しているひとりであるので、深く反省したりしているのである。

そしてこの後は、
中国初唐の詩人である劉廷芝(りゅうていし)が遺されたひとつの詩に
思いを重ねたのである・・。

年年歳歳花相似 歳歳年年人不同        

毎年たんたんと美しい花を咲くが、
この花を観賞できる人は変っている・・

私はこのように解釈しながら、人生のはかなさを若き二十歳の時に、
この詩を学び初めて、40数年の歳月が流れている。

そして、果たして昨年、一昨年の今頃はと思い浮かべても、
せんなきことかしら、と微苦笑したりしている。
・・】


昨年の2009(平成21)年に於いては、
【 我が家の年末年始の休日は・・。】
と題して12回の連載で投稿し、最終回を綴っているが、今回は省略する。


このような『大晦日』の午前中に投稿した一部を再掲載したが、
あのような思いで過ごしてきたのか、と微苦笑をしている。

私は昼下り、家内からの依頼の買物をしたり、その後は散策を兼ねて本屋、古本屋に寄る予定である。
そして、どのような本に魅せられるか、私にとっての何よりの楽しみでもある。


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今年の我が家の3大ニュース、私達夫婦のささいな出来事は・・。 【下】 最終

2010-12-31 08:00:40 | 定年後の思い
          第3章  私の『お酒代』が激少し

私は過ぎし、11月29日に於いて、
【 私は高齢者2年生のメタボの私は、遅れぱせなから減量に、ふたたび挑戦し・・。】
と題して、このサイトに投稿している。

【・・
私は東京郊外の調布市に住む年金生活7年生の66歳の身であり、
私の住む市では国民健康保険に加入している40歳以上は、
年に一度の『特定検診』と称されている健康診断がある。

私は2004(平成16)年に定年退職後の翌年度から、
勤めていた企業の保険グループから国民健康保険に切り替えて、
今回は5回めの健康診断を過日の9月16日に大きな総合病院で受診した。

今年の夏は猛暑が多く、散策もさぼったりし、
エアコンの冷風の中で、簡易ベットに横たわりながら、本を読んだり昼寝をすることが、
平年より多かったので、
体重が増えて困ったなぁ、と苦笑したりした。

この検査が終って、3週間過ぎた頃に、健康診断の結果表が郵送配達されて、
『糖尿病で、内科に受診して下さい』
と明記されていたので、私は青ざめたた・・。
そして、翌日に自宅から徒歩10分の内科を専門の病院に行った。


私は2004(平成16)年の秋に定年退職した時は、
身長は170センチ、体重は70キロ弱で少しメタボであったが、
採血、心電、尿検査、血圧測定、そして胃がん、大腸がんの検診も含めて、
至って健康のマークを頂いていた。

私は退職後、直ちに年金生活に入り、
純米酒の辛口好きの私は晩酌の時は、現役時代と同様に2合、ときには3合を呑んだり、
或いはビールの時は500mlの缶ビールを数本を呑んできたので、
この結果、毎年少しずつ体重が増えたのである。

そして一昨年の2008(平成20)年の秋に、健康診断の結果、
78キロとなり、私としてもこれは対策をしなければならないと自覚し、
この後、市の斡旋する『メタボの研修』を翌年の2009(平成21)年2月より、
半年に及び、受講した。

この時は、うら若き保健師の女医さんの優しい指導で、
ビールでしたら350mlの缶ビールを2本までにして下さいね、
と云われりしたのである。
そして、軽い室内体操を毎日10分ばかりした。

そして『メタボの研修』以降は、
国内旅行、冠婚葬祭、或いは懇親会などに限り、地酒をある程度は呑んだりしたが、
缶ビールの350mlを2本までを殆ど守ってきたのである。

もう少し呑もうかしら、と思うと、
何故かしら優しい保健師の女医さんの笑顔が蘇(よみがえ)り、
缶ビールの350mlを2本まで夜が圧倒的に多かったのである。


そして昨年の2009(平成21)年秋に2月健康診断を受診した時は、
体重は3キロばかり減少て、75キロとなり、
優しい保健師の女医さんのおかげかしら、と私は微笑んだりした。
そして私は悦びながら、家内に伝えたら、
『あなたの健康にも良いし・・家計費のアルコール代も減りますから・・』
と家内は私に微笑みながら、云われたりしたのである。


この後、私は相変わらず缶ビールの350mlを2本までを守り、
幾たびか旅行を重ね昼はビール、夕食の時は地酒も呑み、
平素は散策と買物ぐらいの運動不足、その後の猛暑でエアコンの冷風に頼ったりしたので、
今回の健康診断の結果、ふたたび78キロに戻ってしまったのである・・。


この結果の上、『糖尿病で、内科に受診して下さい』とと明記され、
私は青ざめ、翌日に自宅から徒歩10分ばかりの内科専門病院に行き、
検査、そして問診の時、
『国内旅行に何とか70歳ぐらいまで行きたいので・・何なりと御指導をお願い致します』
と私は内科の医師に懇願した。

私は定年の5年前の頃から、60代は五体満足で生かしてくれ、その後は余生である、
と公言してきたが、家内との共通趣味は国内旅行であり、
糖尿病の場合はもとより食事制約があり、
家内は旅行先の美味しい夕食で、私は食べてはいけない料理だったら、
余りにも惨(みじ)めであると思ったりしたからである。

医師から、料理のカロリー試算表を渡された上、
軽い運動を毎日して下さい、と私は云われた・・。

昨今、ここ6週間の私は、家内が料理のカロリー試算表を確認しながら料理を造って貰い、
朝夕頂いている。
そして私は晩酌の缶ビールの350mlを2本さえも取りやめて、煎茶を飲んだりしている。

昼食はフルティ・ランチのようなリンゴを一個、そして柿一個としている。

その上、散策は時速3キロぐらいの歩みから、時速6キロぐらいのウォーキングとなり、
汗をかきながら最低30分は歩き廻り、ほぼ毎日している。


この結果、体重は74キロとなり、4キロばか減少している。
ズボンのウエストも楽になり、ベルトについている穴も2つばかり減り、
何かしら身体が軽快に成ったと微笑んでいる。

しかし、以前ゆっくり歩いた散策の時は、
この時節の晩秋の朱紅色、黄色に染められた錦繍の情景に、深い心を寄せられることができたが、
ウォーキングとなれば、風景が通り過ぎるように心を寄せる瞬時の思いが、
なくなってしまうのである。

やむえず私は、公園を目指して、ウォーキングに専念した後、
公園内で汗をふきながら、ゆっりと散策して過ぎ行く美麗な錦繍の情景に心を寄せ、
そして帰路は、ウォーキングして、ここ三週間の日中のひとときの定例事項としている。
・・】

このように投稿しているが、その後も国内旅行、冠婚葬祭、或いは懇親会などに限り、
ビール、地酒をある程度は呑んだりしたが、
相変わらず昼食はフルティー・ランチのようなリンゴを一個、そして柿一個としている。
そして、平素の夕食は煎茶を友にして、頂いているのである。

過日の青森の初冬の旅路を8泊9日でしてきたので、地酒、ビールの酒宴が多かったので、
昨夜、体重計の測定は、無念ながら73キロであった。
そして、確か旅行前の時は、72キロだったのに、と心の中で呟(つぶや)いたりしていた。


このように日々を過ごしているが、何よりも驚いたのは11月の『お酒代』が0円になった・・。
私達は1976(昭和51)年の春に結婚し、
これ以来、毎月『家計簿』をお互いに確認している。
そして、お酒大好きな私は、自動車で云えばガソリン代と思いながら、長らくサラリーマンの職場で奮闘してきたので、
『お酒代』は独立させて家計簿に計上してきたのである。

ある年は、一年間は大きめの冷蔵庫が購入でくる金額が、自宅で呑む『お酒代』になったり、
血気盛んな40代の初めには、2台分になったりして、
少し燃費が悪いかなぁ、と思いながら驚いたりした。

過日、12月の初めに、家内と11月の家計簿を締(し)めたが、
11月の『お酒代』が0円になったのは驚き、この前後も激少しているのである。
『あなたは若き頃に・・人の一生分も呑まれたのですから・・
今後は健康にも良いし・・』
と家内は微笑みながら私に云った。


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