ウィトラのつぶやき

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第3世代移動通信の標準化(6) 海外との調整

2010-12-08 08:11:58 | 昔話

ARIBにおける第3世代移動通信の標準化と並行して諸外国との調整作業が行われた。これは第2世代のPDC方式の時に日本国内では非常に短期間に市場が立ち上がる優れた方式であったにもかかわらず、海外では採用されず、日本だけの方式になってしまったからである。このようなことを繰り返すまいと、提案の段階でかなりの国と歩調を合わせられることを目的として、調整の打ち合わせが行われた。

1997年時点では日本の検討が進んでおり、かなり形が出来上がっていたが、その様子を知った海外勢はそれぞれ検討を加速してきた。このようなすり合わせの調整は、佐々木さんが音頭を取っていたのだが、技術論も当然ながら色々と行われ、技術論をぶつけ合うような会議には私が指名されて議長を務めた。

ヨーロッパ勢、特に北欧勢とは比較的早期に方式を合わせる合意ができたのだが、アメリカ勢とはCDMA方式という点では共通していたが具体的な実現方法ではかなり大きな違いがありどちらの技術が良いか比較検討会議を何度か行った。この会議も私が議長に指名されたのだが、国内の建設的な会議とは雰囲気が違ってどちらが良いかという意見をぶつけ合う会議だったので、それはそれで私にとっては良い経験になった。並行して韓国とも技術検討会議を行いこれも私が議長に指名された。

アメリカとの会議では、日本の考え方の良さが認められたものの、彼らは心から納得しておらず、後では彼らは別の標準化団体を立ち上げることになった。

私が参加していたのは技術論を戦わせる会議だったのだが、これと並行して体制論の議論も進んでいた。こちらは佐々木さんが様々な団体と交渉していた。97年の後半に入って、うまくいっていると思っていたヨーロッパで意見が2分されてきた。日本に近いWCDMAを推すグループと、GSMの構造を踏襲するTD-CDMA方式を推すグループに分かれて大議論になり、ヨーロッパがTD-CDMAになると日本が孤立してしまうと、大いに気を揉んだ。



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