塩野七生氏の「ローマ人の物語、全43巻」を読み終えた。文庫本で43巻で、単行本では全15巻である。読む方でも一仕事した感じなのだから、書くほうは大仕事を終えた感じだろう。普通の人ならライフワークに相当する大作である。
この本はどういうジャンルになるのだろうか、吉川英治の「三国誌」とか山岡荘八の「徳川家康」などに代表される歴史小説ではない。これらの歴史小説は歴史上の事実を題材にした「小説」であって、作者はフィクションの部分とその描写力で勝負している。これに対して「ローマ人の物語」は「古代ローマはどういう国だったか」を事実を通して読者に知らせることを目的としている、いわゆる新書版の「古代ローマ」の分厚いものということができる。普通の新書よりは事実を述べるだけでなく大胆に著者の意見を書いている点が読み物として面白い、ということができるだろう。
そんな訳で「文体が面白くない」という人は少なからずいる。小説よりも論文に近い文体だからである。しかし私はそこに書かれている事実と解釈が面白く、飽きることなく読み続けた。
ローマは紀元前753年に王国として建設されたが、当時のギリシャの政体を学んで紀元前509年共和制に移行している。その後どんどん領土を拡大しイタリアの都市国家から、イタリア全土をカバー、更にスペイン、フランスバルカン半島、トルコ、中近東の地中海側、エジプト、北アフリカと地中海をローマの内海とする大帝国に発展している。そして起源前30年前後のユリウス・カエサル、オクタビアヌスの時代に、形式上は元老院が決定機関であるが実質的には軍を統括する皇帝の管理下に入る、帝政となる。皇帝は次第に世襲色が強くなり王政に近くなってくる。そして東西ローマに分裂し、西ローマ帝国は紀元476年にゴート族やフン族の侵略を受けて滅亡する。紀元476年は皇帝を名乗る人が殺された最後の年で、それ以後はローマ皇帝を名乗る人が出なかったのでローマ滅亡の年とされているが実質的には5世紀の初めには帝国としての機能は果たせなくなっている。
それにしても千年の歴史、日本でいえば弥生時代から卑弥呼、聖徳太子が現れる少し間いくらいの間に、地中海全域を統治する仕組みを整えた古代ラテン人の知力には驚かされる。その後もサラセン帝国やチンギス・ハーンの元帝国など広大な領土を持った国はあるが長続きした国は無い。更にそこに住む住民の多民族性では歴史上群を抜いている。こういうことが可能になったのは法の概念がしっかりしていたからだろう。そしてローマのよりもたらされる平和、パクス・ロマーナが住民にとって好ましいものだったからということには間違いないだろう。
平和は常に起こっている国境領域のいざこざを軍事力で抑えることによってもたらされている。しかし、ローマ人が平和ボケして、「平和は誰かほかの人が作ってくれるもの」と思い始めてそれが常識のようになってきたことがローマ崩壊の最大の原因だと思われる。
私が興味を持っているのはローマが500年の共和制のあとで帝政に移行した点である。議会制民主主義では国を統治できないほどローマが拡大したことが理由ではないかと思われる。現在でもアメリカ、ロシア、中国などの大国は中央集権的制度である。インドは大国で多民族国家でありながら議会制民主主義だが、インドの政治はうまく機能していないように見える。ローマ人の物語はこういった点も考えさせてくれる。
もうひとつ、ローマ人の物語では殆ど触れていないのだが、今のイタリア人と、古代ローマのイタリア人は同じ人種とは思えないほど違う感じがする、という点がある。イタリア人というと、女たらし、ファッションなどに敏感という感じであるが、古代ローマ人は質実剛健、職人気質で今のドイツ人に近い感じを受ける。どうしてこんなに変わってしまったのか、平和が続くと人は変わるものなのか、地球温暖化による気候変動の影響なのか、これは私自身の興味として機会があれば調べてみたい。
ギリシャも古代文明が大変発展した国だが、今は働きが悪く大変な経済状況である。大きな目で見るとイギリスがギリシャの後をたどっているように見える。日本は、中国はどうなっていくのか、大きな歴史の流れも面白いものだと思う。