私はこの種のタイトルで何度かブログに書いている。それは投機マネーがもたらす金融資本主義に行きすぎた状況についてである。今回は視点を変えて特許制度がもたらす技術発展についてである。
AppleとSamsungの特許係争に決着がつき始め、アメリカではSamsungがAppleに10億ドル払うようにという判決が出た。この種の係争は世界中で行われており、これからあちこちで判決が出るだろう。特許問題は今や産業界では大変な問題になっており、倒産した老舗企業の特許が高値で買い取られたり、特許を買い取って係争をしかけるパテントトロールといわれる企業が出たりしている。これに対してやり過ぎではないかという感触を持っている。
私が入社したころ、約40年前にも特許制度はあったが今ほど注目はされていなかった。通信技術はアメリカAT&Tのベル研究所や日本のNTTの研究所などが中核となりメーカの研究者と情報交換しながら新技術を生み出していた。オペレータは製品開発をしている訳ではないので技術ライセンス料は取ったとしてもそれほど高額では無く、自社が使っているシステムが良くなれば良いという意識だったろう。しかし、今やNTTを除いて世界のオペレータの研究開発能力は無くなり、ベンダあるいはベンチャー企業にその中心は移っている。その大きな理由の一つにアメリカの特許重視政策があると思う。
70年代、80年代、日本の追い上げで工業製品の大量生産では将来とも日本をはじめとする新興国に勝てないと見たアメリカはイノベーションを重視するプロパテント政策を取り、特許制度の重視、ベンチャー企業の育成などに力を入れた。その結果としてシリコンバレーなどが生まれ、アメリカは技術先進国として生まれ変わったし世界の技術進歩も早くなった。世界はドッグイヤーと言われる従来の速度の数倍の速さで変化を続ける状態になった。これはプロパテント政策と金融資本主義が結び付いた結果だと思っている。
今日、書きたいのはこのような早い技術進歩は果たして良いことか、必要以上に早すぎるのではないか、ということである。「技術進歩をするほうが生活が便利になるので消費者に受け入れられる、技術進歩は良いことだから技術進歩は早いほうが良いに決まっているではないか」と言われそうである。私も技術者の一人として技術進歩は良いことだと認めている。疑問に思うのは「技術進歩を早めるような制度を作って無理に早める必要があるのか」という点である。
特許制度が無ければ、人のまねをする、いわゆる2番手商法が儲かるので、技術進歩は遅くなる、というのは良く言われることである。これは事実だろう。しかし、それで技術進歩が止まる訳ではないだろう。やはり新技術を編み出して利益を上げようとする人は出るだろう。隠したりすることが多くなるので技術進歩の速度が遅くなるだけである。だが、そのほうが良いのではないか、という気がしなくもない。何となく世の中がギスギスしてきているように感じるのである。
人間の幸福感は「前と比べて良くなったか」が最大の要因だと私は思っている。前と比べて良くなる状態が長く続くことが望ましい。10年かけて少しずつ良くなるのと5年で2倍の速度で良くなって残りの5年は停滞というのとどちらが良いかと言えば、ゆっくり良くなるほうが良いだろう。5年で10年分良くなって、残りの5年で更によくなれば問題は無い。しかし、最近の動きを見ていると、この早い技術イノベーションがどこまで持続可能なのだろう、と感じてしまう。
私も年をとったということかもしれない。金融資本主義の投機の問題はある程度強く思っているのだが、「この技術進歩が早すぎる」という問題は何となく感じている程度である。それでも色々な人と議論をしてみたいという感じにはなっている。