ウィトラのつぶやき

コンサルタントのウィトラが日頃感じたことを書いていきます

ニューヨーク散歩

2009-11-29 13:20:19 | 昔話
コロンビア大学に留学していた頃のニューヨークの風景を書いておこう。1982年の風景なので今は相当に代わっていると思う。

ニューヨーク、マンハッタン島は南北に細長い島であるが、コロンビア大学はセントラルパークの北西の角辺りにあり、その北側は「ハーレム」と呼ばれる黒人街だった。当時日本の旅行会社などはこの地域に足を踏み入れないように、と旅行者に注意していたが、私は何度か中を歩いたが特に危険は感じなかった。しかし、裏道に入ると気持ちが悪かったということは以前書いた。

有名なブロードウェイという大通りが南北に走っており、コロンビア大学のすぐ前まで来ていたのだが、私はこの道を南に歩いて南の端、「サウスフェリー」まで歩くのが好きで何度か歩いたものである。約3時間でサウスフェリーまで到着する。

大学のすぐ南のあたりは、メキシコやカリブ海などラテンアメリカから来た人たちの住む地域で貧しい感じがする。しばらく歩くとジョン・レノンの家などの高級住宅地に来る。そこをさらに歩くとセントラルパークの南端あたりにリンカーンセンターというオペラやクラシックなどのコンサートホールがある。

この辺りから南が商業地域になる。 5番街やエンパイヤーステートビルなどの有名地を東に見ながらいわゆる「ブロードウェイミュージカル」の劇場などの前を通ってしばらく行くと、また貧しい地域になり、「ビレッジ」と呼ばれる地域に入る。この辺りは「ビレッジ・バンガード」というような有名なジャズのライブハウスがあり、私もよく通った。私はSweet Basilという店がお好みだった。

そこを東に行くとチャイナタウン、リトルイタリアといった味のある町がある。更に南に行くとウォール街があり、サウス・フェリーに到着する。サウス・フェリーからはStaten Islandに行くフェリーが出ており、片道25セントで30分くらいで着く。

このフェリーからのマンハッタンの眺めが素晴らしく、私は大好きだった。今は無くなった貿易センタービルをはじめとする高層ビル群が見え、左側には自由の女神が見える。いかにもニューヨークらしい風景だと感じていた。

ニューヨークの町を歩いていると人種も服装も本当に様々である。大金持ちも貧乏人も混ざっており、どんな人がいてもおかしくない感じがする。「人種のるつぼ」というのをまざまざと感じる。

人種だけでなく世界のトップアーチストもいて、泥棒もいて、あるとあらゆる人がいるような感じがする。 生活する上で緊張感もあるが、刺激もある、面白い街である

有名科学者の「科学を守れ」論

2009-11-26 09:24:44 | 経済
ノーベル賞級の科学者が事業仕訳による科学予算圧縮に問題提起をしており、マスコミに大きく取り上げられている。色々な意見があって当然で、このような意見を取り交わしながらまともな方向に収束していくのだと思う。

私の印象では今回の科学者の意見は「うちの町の国道の予算を取り消すとはけしからん」という議論と大差無いような感じがしている。たまたま分野が科学技術という普遍性のある分野であった、と言うだけで、国家予算をこのように使うのが適切か、というレベルに踏み込んでいるとは思えない。

スパコンの話がやり玉に挙がっているが、私は削減案に賛成である。スパコンは自動車のF1のようなものであり、コンピュータを作るための最先端の技術開発がここで行われるのは事実だろう。しかし、日本の自動車メーカーが次々とF1から手を引いたように、日本のコンピュータメーカーは次々とスパコンから撤退している。F1は全て自費なのに対してスパコンは国の予算が付いているのもかかわらず、である。

メーカーが撤退するのは景気の影響もあるだろうが事業環境の変化のほうが大きいと思う。F1でいえば自動車の目指すものが高速移動よりも環境にやさしいというように変化してきた点がある。コンピュータで言うと超高性能のコンピュータを開発するよりもクラウドと呼ばれるそこそこの性能のサーバを何百万台もつないで作業をするほうが経済的かつ将来性があるということが見えてきている、という点があるだろう。

人材育成になる、というようなことを言う人もいるがこれは何にでも通じる万能の言葉であり、あまり重きを置きことはできないだろう。スパコンに関して特に感じるのは予算の大部分は「科学」ではなく「技術」、「研究」ではなく「開発」に使われるという点だろう。「技術」や「開発」に重きを置く以上、結果が産業の発展に貢献することは必須である。しかしスパコンに関してはこの点に疑問を感じる。

今後、この種の指摘に関して政府内で見直しが行われるだろう。大きく見直す点に関してはぜひ公開で議論してもらいたいと思っている。そうしないと最終決定が人気取りのために行われたのか、本当に必要と認定されたのかが分からなくなる。マスコミは話題性だけを求めているので、見直しの議論の公開にはあまり意見を吐かないと思うので一層気になる点である

クレジットカードが使えない

2009-11-25 06:45:40 | 生活
昨日、インターネット経由で航空券を買ってクレジットカードで支払おうとしたら「このクレジットカードは使えません」と出てきた。

まだ余裕はあるはずだし、残額も残っていたはずだ、といろいろ調べてみたが特に問題は見つからない。仕方がないのでカード会社に電話をした。

調べて折り返し電話するといわれて、帰ってきた答えは「お客様のカードにはなんの問題もありません」という回答だった。

それではなぜ「使えない」と出たのかというと、最近クレジットカードの悪用などが目立っているのでコンピュータが購買パタンなどからサンプリング調査をしていて、ときどき「使えない」というメッセージを出して電話してもらい本人確認をしているのだそうである。旅行代理店などはときどきそういうことがあるので担当者が慣れていてすぐに電話をしてその場で解決するそうである。

私の購買行動のどこがコンピュータに引っかかったのかはわからない。余計な手間をかけさせられて本来なら怒るはずなのだが、昨日は気持ちに余裕があったからか「カード会社もいろいろ苦労しているな」と逆に感心したものだった。

相手の対応が恐縮した対応で謝ってくれたのも影響しているだろう。これでどの程度効果が出ているのか、興味のあるところである

事業仕分けの今後

2009-11-24 11:11:56 | 経済
政府の事業仕分けが進んでいる。 色々と批判もあるようだが、私は「公開でやる」というこの仕組みに賛成であるし、国民の支持率も高いようである。

このやり方は自民党政権の時代にたまった垢を洗い落とす大掃除としては意味があるのだが、来年度以降毎年このようなやり方をするのかどうかについては良く考えないといけないところだろう。

今年は、こんなことは想定外でノーガードで概算要求を出したところにこのような仕組みが導入されたので問題が次々と出てきているが、来年は予算要求する段階からこういう仕組みがあることを想定して出てくるので、提案者も理論武装していて削減の判断はずっと難しくなるだろう。

それでも、こういう仕組みがあることは甘い提案を出すことに対する抑止力になるので継続すべきだろう。但し、効果は疑問である。今年でも予算削減は4千億、積立金の国庫への返納が1兆円弱である。来年は積立金のほうが無くなるはずだから、事業仕分けの予算に対する金銭的効果は非常に小さいものになるだろう。

私の印象では、事業仕分けは「常識的に見て明らかにおかしい」という部分を減らしているのであって「本来予算はどう使うべきか」には踏み込めていないと思う。

本来はこのようなことをしなくても、予算編成の段階で「農業とコンピュータとどちらに予算をつけるべきか」といった類の議論がなされるべきだと思うのだが、それはこれまでもなかったし、これからもないような感じがしている。

こういった考え方は学校のクラブ活動の予算を決めるようなところにまでしみついており、「卓球部と水泳部のどちらが大切か」といった議論はしないで、前年の予算をもとにちょっと色をつける、といったやり方になっている。相手をやっつけることを好まない日本の特徴ではないかと思う。

「農業とコンピュータとどちらに予算をつけるべきか」といった議論は価値観が違うので本来結論が出ない性格のものである。だからと言って議論しないでよいわけではなく、やはり「国としてどちらを大切にすべきか」をきちんと議論すべきだと思う。そういった議論の中から国のビジョンが見えていくと思う。

GEは「プラスチックと原子力発電はどちらが大切か」といった議論をしているし、韓国の財閥などもそういった議論をしていると聞く。日本の日立のような会社はそういう議論をしない時期が長く続いたので、活力を失ってきたのではないかと思っている

クロームOSについて

2009-11-21 09:56:35 | 生活
グーグルがパソコンのOSで独自のOSを開発しChrome OSとしてアナウンスした。

グーグルはソフトウェアを売るつもりはないようなのでこのOSのソフトも無料でダウンロードできるようになっている。ただしまだ開発途上のものをデバッグ情報を得るために開放した、というレベルのようなのでこのOSを搭載した機器が発売されるのはまだ大分先になる(半年以上?)だろう。

今はマイクロソフトのWindowsがOSの世界では独占的であるが、このChrome OSはそれを崩す可能性があると以前書いたが、いまでも私はそう思っている。

今のところChrome OSはネットブックと呼ばれる簡易型ノートパソコンに搭載されるという見方が強いようだが私はこれには疑問を持っている。

それはChrome OSはインターネットに接続して使うことを前提に設計されているOSだからである。 ネットブックというのは持ち歩くことを前提に買うものなのでネットワークにつながらないときにはできることが極端に少なくなるのでは、買う気がしないのではないかと思う。

私はChrome OSはむしろ安いデスクトップパソコンに適していると思う。機能を限定して、ディスプレイだけは良いのもにしたようなパソコンだといつもネットを使えるし、家族でみんなで使うには十分ではないかという感じがする。

こう考えるとパソコンよりも高機能テレビには更に適しているのではないかと思う。インターネットにもつながるインターネットテレビで、面白い番組が無い時にはNHKアーカイブスのような録画された番組を見たり、ユーチューブで面白い番組を探してみたりする。その場で探すというより、暇な時に探しておいてテレビ内蔵のディスクに録画しておいたものを見るかもしれない。

私自身はあまりそんなことをする気にはなれないが、私の子供の世代はそういうことを当然のようにやっている。どこの家庭でも子供が録画をやってくれるだろう。

ちょっとわからないことをインターネットで調べ物をすることもできる。 少し高めの40インチくらいのテレビでこのようなものが出てきて次第に家庭に馴染んで、それからパソコンにも入っていく、というようなシナリオになるかもしれない。

私の家ではまだアナログのブラウン管のテレビなので2011年の7月までには買い変えないといけない。そのころにこんなテレビが出ていたら多少高くても買ってみようかと思う

夜明けが遅くなった

2009-11-20 11:24:46 | 生活
今週は、忙しく毎日で歩いていて、夜は連日のように誰かと飲んでいたのでなかなかブログを更新できなかった。

今週は朝から打ち合わせが多かった。打ち合わせは早くて9時開始、それより遅く始まることが多い。私は普段7時少し前に家を出ているので、朝家を出る時間は普段より遅くなる。

今朝は久々に天気もよく、打ち合わせもなかったので自分のオフィスに通勤したのだが、そこであらためて感じたのは夜明けが遅くなったということである。

朝の6時はもう明るい、というイメージだったのがふと気がつくと明るくなるのは6時半、というような感じになっている。ずいぶんとずれた様な気がする。

私は目覚まし時計を使わず、自然にいつも目を覚ましているので、これからの時期は朝起きるのが遅くなってくる。 自分で冬時間を設定して、就業時間をずらそうかと考えている。

1時間ずらさなくても30分ずらせば良いのではないかという感じがする。自分の感覚だと12月と1月を就業時間30分後ろにずらすくらいで良いような感じがする。

今年はこれを試してみようかと思う

日本航空の再建問題

2009-11-14 20:25:42 | 経済
日航の今年度上半期の業績が大幅赤字が発表され再建議論に拍車がかかってきた。前年度黒字だったのだが前年度の数字は無理をして作った数字だったのではないか、と思う人が多いことだろう。

実態は相当に悪いようである。 私は以前からこのブログに何度か書いたように、再建をするならアメリカのGMのように破たん処理をして法的に再建の道を歩くべきだと思っている。しかし、今回はその話ではなく少し違った観点から見てみようと思う。

これだけの業績の悪さが表に出てきたのはある意味で現政権の功績だと思う。これまでの歴代の政権は業績悪さを隠して、追加融資の依頼を続けてきたのが、それを許さずに悪いものを洗い出して再建の道を探る、というやり方は、不満は残るものの従来に比べれば進歩していると思う。

もうひとつ、これよりもはるかにひどいと思うケースがありそれに比べればずっと良いと思う。そのひどいと思うケースは農家の赤字補てんである。日航の場合には融資をする条件は、その資金を使って黒字化することが条件であり、黒字に至る計画を出させたうえで、それを精査して資金援助をする。経済の原理からすれば当然の話がここには成立している。

しかし、農家に関しては黒字化の計画を提出させるというような話は聞いたことが無い。黒字化のストーリー無しに資金援助をすることは将来的にも財源を食いつぶすだけで、改善の見通しが立たない。農家としても赤字になったら助けてくれるだけでは儲けにならないので、止めようかと思っていた人が止めないで継続するという程度の効果しかなく、元気は出ない話だろう。

日本の農業を黒字化するにはどうするかを真剣に考えるべきだろう。普通の経済原則ならば、赤字事業を黒字化するには赤字の事業をやめて黒字になる分野にだけ特化する、というのが鉄則である。

しかし、国民の食を守るという観点から経済原則に任せられないということならば、政府が土地を買い上げて、農業は公務員にやってもらって給料を払う、赤字が出れば税金で補てんする、というような政府の責任で事業をするという考え方が必要ではないだろうか。

政府がこういうことを言うと反発も強く大変な大議論になるだろう。その議論の中から道筋が見えてくるのではないだろうか?

参議院予算委員会

2009-11-13 11:28:37 | 社会
インフルエンザにかかってしまった。

日曜日の朝喉が痛かったのだが出張だったので朝の飛行機に乗った。16時ころホテルに着くと疲れた感じがしてベッドに入った。その夜、熱が出た。翌朝は、熱は下がってきたのだがまだ熱っぽい。

会議に出て人に移すといけないと思い、ホテルの人に連絡すると病院へ連れて行ってくれた。 病院では喉を見て熱を測って、タミフルをくれた。インフルエンザの検査は全くなかったのでインフルエンザかどうかも怪しいのだが、症状から見てインフルエンザだろうと思っているだけである。

3日間ほど部屋からほとんど出ないで静養している間にBS2で参議院の予算委員会の中継を見た。 言われているように、大臣などが自ら答弁している。カメラが議場を移すときれいな女性がいた。きれいな人がいるなと思って見ていたらその人が質問に出てきた。島田ちや子という民主党の議員だった。

その人は予防接種で後遺症が残った赤ちゃんに対して厚生省側の対応が非人間的だと涙ながらに訴えており、大臣も心を動かされたようだった。 野党は鳩山総理の献金問題などを追及していた。

面白かったのだが「予算委員会がこれていいのか?」という疑問が残った。予算の使い方に関する議論は1/3くらいしかない。私の見ていたときは5人の質問者がでたが予算に関する質問を中心にしていたのは2人だけだった。

予算の使い方として「こういうほうが良いのではないか」といって「なるほど。検討します」というようなやり取りはごくわずかしかなかった。 進め方もトピック単位ではなく質問者単位なので議題はあちこち飛ぶ。

予算委員会では「予算の使い方を検討する」のではなく「たてた予算が批判に耐えられるかどうかを確認する」が趣旨のように感じた。

役人の答弁を禁止すると言ったことよりも進め方の検討のほうが必要なのではないかと思ったものである

政府の経済政策

2009-11-12 07:33:49 | 経済
政府の事業仕分けの議論が始まった。

短時間で結論を出すので色々問題も出るだろうが、公開で議論を行っている点が好ましい。ぜひ、全ての議論をビデオに撮っておいて後で振り返れるようにしてほしいものだと思う。

事業仕分けのようなミクロな議論は良いのだがマクロな議論は問題が多いと感じる。特に、今の政府は内需喚起を旗印にしていて、内需型の事業を強化することを目標にしようとしているが、どうやって強化するかというと補助金を出す、以上の話が感じられない。

例えば、日本の農業はコストが高く生産して市場価格で販売すると赤字になるのでその赤字を補てんしよう、というような発想である。 一時的に補てんすることによって事業体質が強化され黒字化するのなら良いのだが、一般的にこの種の補助は事業体質をさらに弱体化させ、ますます補てん額が膨らむものである。

つまり補助金は経済を発展させるどころか弱体化させるのである。しかもその資金は利益を出している産業から有形無形の形で取ることになる。つまり競争力のある産業は足を引っ張られている。

内需事業の育成のために投資すること自体は悪くない。しかし、それは事業体質強化のための資金であるべきで、すがって生きるための資金とするべきではない。

どうやっても国際競争力が強まるシナリオが見つからないなら、国際分業でその分野は輸入に頼るか、関税をかけて鎖国するかの決断をするしかない。

国会中継を見ていて補助の議論はかなりあるのに対して体質強化の議論がきわめて貧弱な点は大いに気になった。

アメリカの株価は上がってきたのに日本の株価は低迷している。世界の投資家は私と同じような眼で見ていて日本企業を「売り」としているのではないだろうか

はじめての能・狂言

2009-11-11 09:25:28 | 生活

先日の土曜日、生まれて初めて能・狂言の実演を見た。

友人の友人がシテ(主役)を演じるというのでチケットをくれたのである。能のシテというのは観世なんとかという家元の人に限られているのかと思っていたので、その友人(清水さんという人)は大したものである。

能・狂言はテレビで毎年正月の朝に見ていたくらいで、実演を見たのは初めてである。最近、東海道を歩いたりして、先日も岡崎城で能舞台の写真を撮ったりしたので実際に演じられているのはどんな感じだろうと思ったのである。

実際に見た感想は能は退屈だった。音楽は、笛、太鼓に謡いが加わってが独特の日本の音を醸し出していて味わい深かったのだが、「長い」という印象がどうしてもする。歌舞伎やオペラのようにストーリーがあってそのストーリーを演じているのだが、言葉が聞き取れず今一つしっくり理解できない。

それとストーリーの中で舞がかなり重要な要素となっているのだが、その舞の動きが極めてゆっくりで、その良さが私には理解できなかった。また、ストーリー的には船に乗ったり魚が出てきたりするのだが、そのようは小道具がほとんど使われない。全く使わないわけではなく、船などの一部のものは使っているので、もっと積極的に小道具を使えば良いのに、と思った。

狂言のほうはテンポも速く、言葉もわかりやすいので楽しめた。狂言には音楽は入らず、漫才のように複数の人が立って動き回って、落語を演じているような印象を受けた。叱る人と叱られる人を一人で演じ分けるところなどはまさに落語の感じだった。

能の荘重さと狂言の軽快さがミックスされて良さが出ているのはわかるのだが、昨日の公演は能が8割、狂言が2割という感じで能に偏っていた感じがする。これが半々くらいのほうが素人には楽しめるような気がする