ウィトラのつぶやき

コンサルタントのウィトラが日頃感じたことを書いていきます

総務省のICT成長戦略

2014-06-29 15:27:06 | 経済

総務省が6月20日に「スマート・ジャパンICT戦略」を発表した。これはアベノミクス成長戦略の情報通信分野に相当するものと考えてよいだろう。総務省では「ICT成長戦略推進会議」でまとめた【ICT成長戦略Ⅱ】を国内の戦略、「ICT国際競争力強化・国際展開に関する懇談会」の中間報告書【ICT国際競争力強化・国際展開イニシアティブ】を国際戦略として合わせて『スマート・ジャパンICT戦略』として発表したものである。

「ICT成長戦略Ⅱ」はICTの将来の活用シーンを幅広く検討し、応用および技術を整理したもので戦略と呼べるような意思決定は特に含まれていないと思う。私が興味を持ってみたのは【ICT国際競争力強化・国際展開イニシアティブ】のほうであるが、国際競争力強化を謳いながら国際競争力強化の具体策が全くと言ってよいほど見えない点が不満である。日本企業の国際競争力は21世紀に入って下がり続けている。一時は世界1位であった半導体は見る影もなくなっているし、コンピュータ、通信の分野もほぼ全面的に海外事業に失敗し、国内でもじりじりとシェアを下げている。この点の分析の対策も見られない。どうすれば競争力低下に歯止めをかけ、競争力を再び向上させられるかという視点は全く見られず、戦略は官民一体でインフラなどの成功モデルを作り、それを海外輸出しようという考えである。

しかし、仮に国内のインフラにかかわるものでも入札にかけて公平に評価すればIBMやAmazonが受注してしまうだろう。そこには何らかの非関税障壁を設けようという意図が透けて見える。ICT分野は全産業の中で最も事業がグローバル化して国際競争が激しい分野である。その中で競争に勝ち抜くには個々の企業の競争力強化が不可欠である。護送船団方式に戻ろうという考えでは成功はおぼつかないと思う。

私が思うに、競争力強化のためには国内市場でも競争を強化することが不可欠である。市場を世界に開放して国内企業も含めて競争を強化するべきである。アメリカのNational Broadband Planなどを読むと「競争政策」が大きな柱の一つになっている。国内市場で競争環境を十分に作れているかが強い意識となっている。護送船団方式とは逆の方向である。しかし、国内市場も開放して本当に強い企業が勝ち残れるようにしなければ、衰退を遅らせるだけである。日本企業が世界的に勝てそうな分野が見つかれば意識してその市場を拡大するなどが競争戦略と言えるだろう。

競争が激化すれば勝ち組と同時に負け組も出る。市場を国際的に開放すれば負け組のほうが多いだろう。懇談会メンバーの当事者企業がこういうことを言い出すはずがない。企業以外のメンバーが言いださなくてはならないのだが、そういう人材が懇談会メンバーに含まれていなかったということだろう。

産業が落ち目になってきたからと言って保護すればますます弱くなる。日本の農業がその典型である。大胆に変われない企業は倒産や吸収されても仕方がない。その屍を乗り越える新しい力を育成しなくてはならない。日本の農業も農協をつぶして企業を参入させようとしており再生の兆しが見える。落ち目の当事者の意見を集約しても再生シナリオは出てこない。

技術的観点で私が最も気になっているのは日本企業のソフトウェア開発力の弱さである。これは経営の問題ではなく、技術の問題であり、今後付加価値はどんどんソフトウェアにシフトしていくのでこれは重大だと思っている。この強化のためには日本企業の給与体系を変える必要があると思っている。こういった点に全く言及がないのも寂しいことである。



大学内での部屋の引っ越し

2014-06-27 16:12:08 | 東工大

今日の午前中に大学内での部屋を引っ越した。本館に居たのが南5号館と言うところに引っ越した。これは東日本大震災後に古い建物は本格的に耐震工事を行うと言うことで、以前、南5号館に居たものは一時的に追い出されて本館に移り、約1年を経過して耐震工事が終わったので元に戻ったものである。

本館の部屋は南5号館よりも狭く、天井にはパイプが走っているような部屋で移った時にはあまり好ましくないと思っていたのだが、「住めば都」で1年も住んできて、「残りの任期も1年半ほどだし、このままでいられるならこのままが良い」と思い始めたところだった。しかし、事務方から移るように言われて本日引っ越しをしたものである。移って見ると、以前住んでいた時とは見違えるように内装がきれいになっていて、部屋も広くなり、「やはり移って良かった」と思っている。

駅からは大分遠くなり、部屋まで10分強かかるようになった。しかし、これも「万歩計の歩数が稼げる」と前向きにとらえるようにしている。

有線のLANと電話はまだつながっておらず手続きが必要で使えるようになるまでに数日間かかる。一方大学内の無線LANは既に使えている。こういった点でも無線の便利さを改めて感じる。ただし、無線LANは学生が一斉に使い始めたりすると、殆ど使えない状況になるのでやはり自分のデスクに居る時は有線のLANにしたいと思っている。有線のLANでロケーションフリーにするのは制御の問題なので、やればできそうに思うのだが大学でも難しいのだろうか、と思っている。

今回は移転直後から良い印象なので住んでいればますます良くなるだろう。後1年半はこの部屋にいることになるだろうと思うので、そのつもりで少しずつ住みやすくしていきたいと思っている。



息子の初渡航

2014-06-26 10:02:39 | 生活

先週、息子が初めて海外に行ってきた。一人旅である。

私のマイレージを使って航空券を取ってやったが、他は一切タッチしなかった。自分でホテルも予約してシンガポールに行ってきた。初めての海外旅行で、英語もほとんど話せないので失敗続きだったと帰ってきて言っていた。まず、機内で放送された入国カードの記入を聞いておらず書いていなかったのでイミグレーションで引っかかった。しかし何を言われているのかわからない。しばらくうろうろして通りかかったCAに聞いてやっとわかったそうである。

そのほかも色々と失敗があったと楽しそうに話していた。それを聞いて私は嬉しかった。失敗にめげた様子はなく、むしろ楽しんでいた様子だったからである。私自身、初めての土地へ行くとその場所でのルールが分からずいろいろ失敗をする。それが楽しく、旅の醍醐味だという気がしている。2日間ほどの滞在でもその土地に入った時と出るときではずいぶん感覚が違う。自分ができることがずいぶん増えている感じがする。また、困っていると誰かが助けてくれたりしてうれしい思いをすることが多い。嫌な思いをすることもあるが、嫌な思いをするより「ありがたい」と思うことのほうが多く、その割合は5対1くらいだと思う。

我が家では子供が小さいときには良く家族旅行をしていた。しかし、子供が思春期に入ってからは殆ど子供とは行っていない。海外旅行も子供たちは行こうとしなかった。息子が今回行って「面白かった」と言っていたので「もっと早くに行けばよかったのに」というと「もっと早くだと楽しめなかった気がする」と言う。息子は2年くらい前から一人旅が好きになって国内あちこちに行っていたので旅の楽しさが分かってきたからよかったと言っている。

私は会社の出張でずいぶん海外に行ったが、ある程度以上の地位になると現地法人の人が空港まで迎えに来て、車でホテルまで送ってくれ、翌朝も車で迎えに来たりする。夕食もどこかに予約を入れてくれて一緒に食べる。それはそれで効率が良いのだが、失敗が無く、学ぶチャンスを逸している気もする。日本人は几帳面で失敗しないようにアレンジすることが得意な人が多い気がするが、小さな失敗は成長のチャンスだと思う。

今回の旅で息子がその感覚をつかんだ感じがして嬉しく思い、また行かせてやりたいと思っている。


東京都議会のヤジ問題について考える

2014-06-24 08:53:32 | 社会

このタイトルを見た読者の大部分は、ヤジを飛ばしたのに名乗り出ず、問題が大きくなってから出てきた鈴木議員や、まだ隠れている続いてヤジを飛ばした人を非難しているのだろうと思うだろうが、私の今回のポイントはその点ではない。もちろん私も鈴木議員やそのフォロワーを「怪しからぬ」と思っているが、それは多くの人が言っていることだし、失言を飯の種にするマスコミに乗せられるようなので、その点は置いておいて、「議会でヤジを飛ばす」という行為について考えてみたい。

国会等でもそうだが日本の議会はヤジが多すぎる。これは時々指摘されているのだが一向に減らない。ヤジが減らない理由は議員の間でヤジは悪いことと思われておらず、むしろ「元気がある行為」と捉えられているからである。ラジオである政治評論家が「小泉進次郎議員がヤジを飛ばしているのを見ると、頑張っているな、と思う」と言っていたが、議会でのヤジに対するこのような風土がヤジを飛ばすという行為を助長し、今回のような失言につながっているのだと思う。国会などでは一年生議員などは発言の機会が回ってこないためヤジで目立ちたいという心理も働くのではないかと思っている。

ヤジというのは正式な発言ではなく、すぐには誰が言ったかわからない、しかし調べれば発言者はわかる、といった類のものである。その意味ではネット上の発言に似ている。しかし、選挙で選ばれた人たちが議論を戦わせる公式の場で、ヤジを抑えるどころか助長するような風潮は改めるべきだろう。国会でも不適切なヤジを飛ばしすぎる議員に対して、懲罰的制裁を科すことがあってよいと思う。しかし、都議会ではヤジを飛ばすという行為そのものに対して何らかの措置を取るという動きは見えず、発言内容ばかりに注目が集まっている感じがする。失言を飯の種にしているマスコミの体質に議会が影響されていると思う。

一般の民間の会議ではヤジを飛ばすことは稀である。なぜ政治の場だけヤジが多いのだろうか。それは明らかにヤジを奨励する風土があるからだと思う。しかし、原則的にヤジは良くないものとして抑制すべき行為だと思う。ほとんどの場合、ヤジはルール違反の発言になる。そんな私でも「認めても良いか」と思うようなヤジもある。それは質問者に対する答弁が的を外していたり、故意に話題をそらしたりしたときに「そんなことは聞いていない」という言葉や、だらだらと時間延ばしの発言をする人に対して「時間稼ぎだ」という指摘をしたりする場合である。今の安倍政権は政府側が強く野党側が弱いので政府が困る場面は多くないが、与党側が弱い場合にはこの種の引き延ばし作戦に出ることが多い。議会でヤジが認められているのはこの種の引き延ばし作戦に対する対応策として発達したのではないかと思っている。しかし、そういったヤジであっても抑制的にすべきだし、ヤジで自分の意見を述べることは慎むべきだし、発言者を攻撃するようなヤジは禁止すべきだろう。本来は議長がヤジを抑制すべきで、注意しても聞かない議員に対しては退出を命じるなどの懲罰的行為に出るべきだろう。私の国会中継を聞いている印象では議長の力量が不足しているように思う。

今回のヤジ問題が大きな騒ぎになったのを機会に議会におけるヤジに対する対応方法をきちんと見直すべきだと思う。


ワールドカップ、コスタリカの快進撃

2014-06-22 21:39:04 | 生活

サッカーのワールドカップで日本の予選リーグ抜けは絶望的になってきたが、私はここまででコスタリカの快進撃に強い印象を持っている。

先週の日曜日の朝、5時に起きてテレビをつけたらウルグアイ対コスタリカ戦をやっていた。それを見ていて、「さすがワールドカップ」と感心したものである。レベルの高い試合だったと思う。ウルグアイも決して悪くなかったがコスタリカはそれにもまして強かった。私はそれほどサッカーファンというわけでもなく、コスタリカには「あまり聞かないな」という印象を持っていた程度だったが、この試合を見て「無名のコスタリカでもこれほど強いんだ」と感心した。負けたウルグアイが決して悪かったわけではない。コスタリカがそれに勝っていたという感じだった。見ている間にコスタリカが3点取ったのだが、ウルグアイの守備が失敗したという感じではなく、コスタリカが難しいところをすり抜けてゴールを決めたという感じだった。

コスタリカの入っているD組は「死の組」と呼ばれるきついグループで他にイタリアとイングランドが入っている。その中ではコスタリカが一番弱いと思われていたが、ウルグアイとの試合は堂々とした勝利だった。その後のイタリア対イングランド戦も見たのだが、むしろコスタリカ-ウルグアイ戦のほうが迫力があった感じがして、「ヨーロッパの連中は省エネの試合をしているのだろうか」と思ったものである。その後の試合でウルグアイがイングランドに勝ち、コスタリカがイタリアに勝ってこの組で最初に枠抜けを決めた時に「やはり」と思ったものである。

試合のゴールシーンのダイジェストを見ただけでは雰囲気はわからない。じっくり見ると全体の動きなどが見えてチームの調子が見えてくる感じがする。私はそれほどたくさんの試合をじっくり見たわけではないので、他のチームはそれほどわからないのだが、今大会のコスタリカは日本よりは確実に強そうに思う。しかし、以前の試合では日本はコスタリカに勝っているという。やはり、気候が関係しているのではないだろうか。南米で行われる大会では、中南米の国が勝つ確率が高いというのは単なる偶然ではなく、気温などが影響しているのではないかと思う。

今大会は南米のチームが優勝するような気がするが、コスタリカがどこまで行くか、楽しみである。


移民受け入れに対する日本人の考えは?

2014-06-20 17:08:50 | 社会

政府は人口減少に歯止めをかけるために政策の一つとして移民に対する規制緩和を打ち出している。

私は基本的には賛成なのだが、ネットを見ると移民反対の大合唱があり、驚いた。それも口汚くののしるような感じの書き方が多い。一部の右翼系の人達は日本人だけによる日本国を目指しているので、そういった行動に出るのは仕方ないと思うが、移民に反対しているのは必ずしも右翼だけではなさそうである。移民に反対する書き込みを読むと論理的帰結と言うより、生理的嫌悪感から来ているようである。「どういう人が反対しているのだろうか?」と思う。

日経電子版のクイックVoteでも単純労働者の移民受け入れ反対が63%に達している。日経の読者は結構社会の中心的な人が多いと思うのだが、「それでもこの数字か」と思う。コメントを見ると移民は犯罪者になる可能性が高いと思っている人が多いようである。犯罪者になる可能性が高いのは社会が受け入れないからだろう。受け入れてやれば良いのに、と私は思っている。この問題を考えると、「そもそも日本人とは何なのか」と言うところに行きつく。日本の中でも東北や北海道は元々アイヌ人が住んでいてそこに倭人が侵略して行った。今は同化してしまっているが、別の人種のはずである。普通の人にはそのような意識は無く、外国で生まれて、日本に来て定住し、永住しようとしている人を移民と考えるのだろう。移民は母国で暮らしにくくなった人たちが出て行くことが多い。かつて日本が貧しかった時には日本からアメリカやブラジルに出て行った人たちもいる。その人たちは受け入れてもらったのに外国からの人は受け入れないと言うのは料簡が狭すぎると思う。

ただし、生活力の無い人は政府が保護しなくてはならないので生活力の無い人が増えることは国として大きな問題になる。今、日本が高齢化社会になって問題だと騒いでいるのも、高齢者は税金を払わず、税金を食いつぶす存在だからである。移民であろうとなかろうと、税金を食いつぶす状態を長く続ける人はなるべく減らさなくてはならない。その意味で、むやみに生活力の無い人を日本人として受け入れることは問題である。しかし、働いて税金を納め、社会に溶け込める人ならば何人であろうが受け入れるべきだろう。移民反対の人は旅行者に対してはどういう感情を持っているのだろう。旅行者は金を落としてくれるから歓迎だが生活者は金を落としてくれないから締めだすと言うのはあまりに身勝手ではないだろうか。政府が受け入れようとしている生活者は日本社会にとって必要になるから受け入れようとしているのである。排除しようとすれば孤立して問題を起こすことが多くなるだろう。受け入れて社会に溶け込めるようにしてあげることが大切だと思う。

移民に対して生理的嫌悪感を示す人が多い国で「おもてなし」とかいって外国人旅行者を大量に受け入れることが果たしてできるのだろうか。今は日本は観光小国で旅行者が少ないから、受け入れてメリットを享受する人が対応しているのでうまく言っているのであって、大量の旅行者が日本を訪れるようになると外国人嫌いが表に出て社会問題になるのではないか、と思う。


深刻なイラクの内戦

2014-06-12 09:42:37 | 社会

あまり報道されていないが、イラクの内戦が深刻なことになっている。昨日はイラク第2の都市モスルが陥落して治安部隊が撤退したとのことである。ウクライナよりも深刻な事態になっている。攻撃しているのはスンニ派のISILというグループで日本ではアルカイダ系と報道されているが、海外メディアによるとあまりに好戦的なのでアルカイダさえも手を切ったとのことである。部分戦ではあるがイラク正規軍とまともに戦って勝つくらいの軍事力を有している。

イスラム圏ではシーア派とスンニ派の対立は強く、複数の国で武力抗争に至っている。多くの国でイスラム教徒がテロなどの武力に訴えるのはイスラム教が強い教えであり、武力に訴えることをあまり否定していないからだろうと思う。イスラム教国内での主導権争い、アメリカとの戦い、中国でのテロ的活動、アフリカのポコハラムなど、イスラム過激派と呼ばれる団体には我々から見れば非常識な行動に出るグループが多い。そしてイスラム教の人口が世界で他の宗教に比べて増えている。イスラム教の信者は新興国に多く、出生率が高いのがその理由だといわれているが、新興国の貧しい人たちが信じている宗教で、社会の仕組みに不合理を感じることが多く「戦え」というメッセージを受け入れられやすいのだと思う。

しかし、戦うイスラム過激派のリーダたちは必ずしも宗教的な理由で動いているのではないだろうと思う。宗教を利用しているのではないだろうか。イスラム過激派の資金源や武器供給ルートはどうなっているのだろうと思う。イスラム過激派を利用して国際社会をかき回して利益を上げようという勢力が支援すると世界は極めて不安定になる。

アメリカも、今のイラク問題に関してはオバマ大統領が人道的観点から懸念を表明しているが、軍関係者は「イラクの国内問題」と突っぱねた態度だという。やっとイラクから撤退したばかりでアメリカ軍の気持ちもわかるが、世界の警察の力が弱くなって、世界のあちこちに不安定要因が出る。それを利用して自らの勢力を伸ばそうとしている勢力がいるように感じられて不気味である。


政府の成長戦略をどう見る

2014-06-11 10:17:54 | 社会

アベノミクス第3の矢である成長戦略の内容が次第に明らかになってきた。全体的には私の期待以上の内容だと思っているが、果たしてどこまで実行できるかは疑問符がついており、もう少し待って正式発表されてからまた改めて書いてみたい。

農業改革は私が最も高く評価している分野であるが、族議員の巻き返しがあったのか最近トーンダウンしているのが気になる点である。労働形態多様化のホワイトカラー・エグゼンプションも私が評価している項目であるがどんどん制限を強めてトーンダウンの印象が強い。やはり副作用を心配しすぎている感じがする。最近発表された少子化防止対策は、目標は良いが対策は効果があるかどうか疑問に感じている。効果がありそうだと思うのは第3子への支援くらいである。女性・男性を通じて若い人が「結婚して子供を育てたい」と思わないことには少子化は止まらない。

労働人口の増加は女性や高齢者の参加を促すという方向性は良いのだが効果のありそうなアイデアに乏しい感じがする。この問題は福祉の問題、財政再建の問題などと複雑に絡みあっているのだが、常に「国際競争力」の視点を持ち続けることが重要だと思う。つまり、働きの悪い人を無理に雇用するような政策を作れば長い目では必ず失敗すると思っている。外国人のほうがコストパフォーマンスの良い雇用ができるのなら外国人の雇用を増やすべきだし、高齢者や女性のコストパフォーマンスが良ければ積極的に雇用すべきだが、働きの悪い人を無理に雇用させるような制度にはすべきではないと思う。

教育改革に関しては私はあまり評価していない。今の議論は権限を誰に持たせるかという議論で、これでよくなるとは思えない。重要なのは教師の評価制度でどういう教師を、「良い教師」と評価するかということ、そして良い教師に良い待遇を与えることが最大の課題だと思う。

産業政策にはこれと言って良いものは見当たらない。国土強靭化もそれほど良いとは思えないし、法人税減税もあまり良いとは思えない。オリンピックの大さわぎも効果は疑問だと思っている。年金の株式運用を増やすというのは良いと思うが、「株を買うぞ」と宣言して買い始めれば高値掴みになるのは目に見えており、果たして今くいくかどうか、やり方は難しい。

色々批判しているが、「やるぞ」という意思表示だけでも大きな進歩であり、実行に際して利害関係者の圧力団体の影響で骨抜きになり、政府が金を使うことだけが反対が無く通ってしまう、というようなことに終わらなければここまでのプロセスは上出来のほうだろうと思う。これからは誰が推進して誰が反対しているか、妥当な反対か、という点に関する国民の監視が重要になってくると思う。



中国の華為技術の成功の仕組み

2014-06-10 10:55:04 | 経済

中国経済は踊り場に来ていると私は先日のインドのことを書いたときに書いたし、多くの経済評論家もそう書いている。中国は地方都市の権限が強く多くの都市で過剰投資をしたために鬼城と呼ばれる高層ビル群で入居者がまばらのところがたくさんある。これらは待っていれば売れるものではなく、一旦清算せざるを得ないだろう。そのために誰かが損失を被ることになり、損切りをせざるを得ない。これに中国の給与水準が上がって世界の工場と言われた生産拠点が逃げ出しているために、ここしばらくは中国経済は減速せざるを得ないだろう。しかし、日本政府に比べて中国政府はかなりうまい対応をしているように見える。日本だと倒産して自殺者が出たりするとマスコミが大騒ぎして政府がその対応に追われるということがあるのだが中国では政府がマスコミを制御できるという点が大きいと思う。

それで中国経済はこれまでのインドのように停滞していくかというと私はもっと楽観的である。中国人の給与水準が上がったといっても、東南アジアよりは高いかもしれないが、日本よりはまだまだ安い。そして中国の技術水準は確実に日本に追いつきつつある。その代表が華為技術である。華為技術は通信機器の製造メーカであり、NECや富士通と競合する企業である。しかし、技術水準は既に日本企業を確実に上回っており、世界でもトップレベルである。現在、世界のトップはスウェーデンのエリクソンであるが、技術力でも世界2位に位置づけられるといえる。フランスとアメリカ連合のアルカテル・ルーセントやフィンランドとドイツ連合のノキア・シーメンスよりも技術力が上だと思う。あらゆる業界を見ている英国Economist誌も、中国で技術力のある会社というと真っ先に華為技術を上げる。

私は、大分前になるのだが、華為技術と結構付き合いがあった。その時の印象から華為技術の強さを分析すると以下の2点になる。

1.意思決定に夾雑物が無い

 華為技術内部でどのようにして意思決定がなされているのかは分からない。しかし結果として出てくる意思決定はすっきりした感じであるという印象を持っている。リスクがあっても「やってみよう」というような意思決定を逡巡せずできる。その代わりうまくいかないときの方針転換も早い、という印象である。日本の会社だとよく内容を理解していない偉い人が「あれはどうか、これはどうか」と細かいところをつついて確実にもうかるストーリーができないと動かない傾向があるのと大分違う感じがする。創業者の任総裁がそういう人物であることは知っているが、それだけではなく権限が下に降りて、下のほうでもそういったすっきりした判断をしている感じがする。

2.従業員が良く働く

 華為技術には、スペインのシエスタのような昼寝の習慣がある。以前、打ち合わせで華為技術のオフィスを訪問したときに、昼食に出て戻ってきたら、会議室に大勢の技術者が寝袋を持ち込んで昼寝をしていて驚いたことがある。昼寝をして夜遅くまで働くのだろう、と思ったものである。実際、華為技術の開発は非常に速い。この従業員のやる気を引き出しているのが従業員持ち株制度である。華為技術は株式会社ではあるが、株式を公開しておらず株主は全て従業員である。そして持ち株に対する配当は非常に高く、ほぼ利益の全額を配当として分配するそうである。華為技術の利益は巨額であり、外部の投資家に配当が流れることは無いのでこの配当の額も非常に多いという。社内で昇進すればこの株を多く持つことができ、収入が大きく伸びる。会社の利益が上がると自分の収入も上がるので従業員が皆「自分の会社だ」と思ってよく働くそうである。

この株は従業員全員が持てるわけではなく、管理職にならないと持てないらしい。最近は日本人でも華為技術に努めている人が増えているが、外国人は給料は高くてもごく一部の例外を除いて株主にはなれないらしい。管理職にとっては給料を上げるよりも会社に利益が上がるほうが良いので経費の無駄遣いも管理職全員が抑えるという意識になるのだろう。


この華為技術のやり方は資本主義の中で成功するために一つの本質的な方式のように思う。そして日本の風土に合った方式のように思う。日本でも、このような株式公開をしないで従業員株主で回している会社はあるが、大手企業には存在しない。株式公開したほうが資金調達が楽なので会社を大きくするときに株式公開するのが普通なのだが、株式公開しないで従業員の意欲で会社を大きくして一流企業にまでなる会社が日本にも出てこないかな、と思う。



中国の勉強法と日本の勉強法

2014-06-09 16:32:04 | 囲碁

勉強法と言っても学校の勉強では無く囲碁のプロ棋士の勉強法である。私が大学の囲碁部に居た頃は日本のプロ棋士が世界で圧倒的に強く、プロ棋士を目指す人は中国や韓国から日本に来ていた。それが1990年代後半から日本は次第に勝てなくなり、20世紀に入って韓国が覇権を取った。その後中国が強くなって、今は中国が圧倒している。日本は中国にも韓国にもなかなか勝てない。韓国が強くなったのはイ・チャンホと言う一人の天才棋士の影響が大きいと思っているが、中国は集団で強くなってきており、その鍛え方に違いがあるような感じがしている。

最近中国のアマチュアで結構強い人と話す機会があったのだが、中国のプロ棋士の勉強法は集団で徹底的に意見を戦わせるそうである。日本、中国、韓国のプロ棋士の打った碁を徹底的に分析し、「どの方法は良い」というような結論を出す。日本の棋士も勉強しているのだが、日本のプロ棋士は一人で勉強することが多く、中国は集まってワイワイやるらしい。日本でも若い棋士は「勉強会」と言って集まってやっているらしいが中国は頻度がはるかに高いようである。中国では対局数が日本よりはるかに多く、実戦が読みを鍛える場になっていて、勉強は集団でやると言うことのようである。

企業で言えば中国のやり方はオープンイノベーションである。強い棋士同士が集まってこうやると良いのではないかと言う意見を交換する。その中で鋭い手が見つかってくる。日本は一人で研究するのでやはり良い手を見つけにくいようである。私にも経験があるが自分より強い人の意見に「なるほど」と思うことがあり、そこで強くなる感じがすることは少なくない。日本人棋士はタイトルを取るようなレベルになるとあまり集まって研究しなくなるが、中国ではタイトル保持者でも関係なく集まって研究しているようである。

研究と言うと序盤が中心になるが、中盤以降中国の棋士は弱いかと言うとそうではない。日本の棋士はむしろ後半で逆転負けすることが多い。これは私は対局数の違いが関係しているのではないかと思っている。日本の碁は持ち時間が長く、その分だけ対局数は少ない。毎週1局の対局があればかなり多いほうである。1局は1日で終わるので週に1日働いている感じである。中国はその2倍くらいの対局数がある感じがしている。その点でも違いがある感じがしている。

囲碁は日本では文化として捉えられているが中国では頭のスポーツとして捉えられている。この違いも大きい感じがする。文化なので「美しい棋譜を残す」と言うような意識が日本の棋士にはある。中国の棋士はとにかく勝つことを目指して頭をフル回転させる。従って若い棋士のほうが強い。オープンイノベーションで価値を目指して貪欲に戦うほうが勝ちやすい、というのは企業の戦いにも通じている感じがする。