最近、世界的に政治が劣化していると感じるのは私だけだろうか。アメリカ議会は、特に共和党が反対のための反対を繰り返し、予算遂行に支障をきたした。イタリアやギリシャも酷い状況だし、タイやぶらじる、トルコも問題がありそうである。
日本は最悪の民主党政権から脱し、現状は世界的に平均点以上といえるだろう。アメリカ、イタリア、ギリシャでは国民が「政府を信用できる」とする割合が10%を切っているらしい。選挙で選ばれたはずの政治家がどうして国民から離れるような行動をしてしまうのだろうか?
日本でも私が感じるのは国会議員の価値観が国民とずれているのではないかという感覚である。仕事として政治問題を論じているときはそれほどおかしいとは思わないが、党首を選ぶ、といった人事問題となると、個人の都合で動いている感じがする。政治は本来は自治会のように住民の代表が自分たちの生活を改善するために起こす行動だと思うのだが、規模が大きくなり、政治が職業になって、意識が変わってきたのだと思う。政治家の地位は選挙で決まる。そこで地位を守ることが何よりも最優先になる。これが自治会長と感覚がずれる最大の理由ではないだろうか。
そこで今日のタイトルのノブレス・オブリージュである。ここ数十年間でみると政治で最もうまくやっているのは中国ではないかと思う。中国は民主主義ではなく、共産党独占である。中国の政治をノブレスオブリージュと言い切れるかどうか自信はないが、私はそんな感じを持っている。独占というのは汚職などが拡大しやすく、実際中国ではかなりひどい状況のようだが、トップはあまり汚職に手を染めている感じはしない。全体としては日本よりうまく回っているように思う。これから地位を脅かされるようになった時に、カダフィーやサダト、あるいは北朝鮮のような行動に出る可能性がないとは言えないが、今までのところは国全体の最適化を図ってうまくやってきている感じがしている。
ノブレス・オブリージュというのは生活の心配をしなくてよい貴族はその分だけ人民のことを考えないといけない、ということだと理解している。企業でいうと創業一族が世襲を続けるようなものである。私が入社した1970年代から80年代にかけては戦後立ち上げた企業が2代目に代わり、大王製紙で見られたような放漫経営でおかしくなる企業が沢山でた。
しかし、今になって淘汰されて生き残った会社を見ると、創業者一族が社長の企業の方がサラリーマン社長の企業よりもむしろうまくやっているところが少なくない。これもノブレス・オブリージュの典型だろう。人間、自分の地位を守ろうとするときにおかしな行動をとることが多いと思う。おかしな行動に出る必要のない集団を作り、その中から良い人を選び出すという仕組みが、トップの人選方法として良い方法ではないかと最近は思っている。
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