ウィトラのつぶやき

コンサルタントのウィトラが日頃感じたことを書いていきます

Libraに対する期待

2019-06-20 10:00:40 | 社会

FacebookをはじめとしてVISA、MCなどが加わって、2020年から新たな決済機能「Libra」を立ち上げると発表している。この決済ではBlock Chain技術を利用するということで一部では仮想通貨と呼ばれているが、Bit Coinのようなこれまでの仮想通貨とはかなり異なっているようである。
最大の異なる点は所謂「マイニング」と呼ばれる新規通貨発行の仕組みを採用していない点である。私はBit Coinは良くできた仕組みだが、通貨発行の仕組みとして「マイニング」を採用している点がどうも気にいらなかった。だからと言ってそれに代わる仕組みも思いつかなかった。Bit Coinの最大の特徴は「通貨発行体」が存在せず、アルゴリズムで厳格に規定されている点である。それで政治状況や経済状況から通貨を発行するような恣意的な通貨量の増加を防いでおり、信頼できる通貨として価値が上がってきた面がある。その一方で、ある程度の通貨量の増加は必要で、少しずつ通貨発行量を減らしていくという手法はなかなか良くできている。但し、マイニングという暗号を解いたものに報酬を与えるような発行手法はどうも問題であると感じていた。
Libraがどんな通貨発行手法を採用するかは不明であるが、現在世界で流通している通貨との関連性を重視していくとのことなので、マイニングとはかなり異なるものになるだろうと思う。その一方で、中国のAlipayや日本のPayPayのように特定の通貨とリンクするものではなくなりそうなので、その意味では期待している。仮にLibraが米ドルベースというようなことになれば、これは単なるPayPayの米国版で、私にとっては全く幻滅で興味は無くなってしまう。

記事から想像するに、世界の通貨発行量の総額と何らかの形でリンクしていくのだろうが、具体的にどのような方法でリンクを取っていくのかは不明である。通貨間の変換レートは投機により変動するがあまり大きな投機の対象にならないように注意することが必要だろう。
もう一つのポイントは通貨発行体をどうするかである。仮にFacebookが発行するとすると、そこに利益が集中して好ましくない。その点、Bit Coinは通貨発行体が存在しないので実によくできている。通貨の立ち上げシナリオをどのように作っていくか、この点も興味深く見ていきたいと思っている。


AIの将来像をどうみるか

2019-06-13 15:23:20 | 経済

ここ数年、ディープラーニングが確立してからAIの事業化は着実に進行しており、様々な人が「AIで社会はどう変わる」に関して書いているが、私にとっては今一つピッタリした将来像が出ていないと思うのでここで書いてみたい。

・AIはもはやハイプではない
GartnerのハイプサイクルによるとAIはまだハイプサイクルの上のほうに位置づけられているが、私は既に実用段階に入っており、これから幻滅期に入ることは無いと考えている。もちろん導入に失敗する企業も多数出るだろうが、成功する企業も多数出るので、導入は加速していくと思う。その根拠はDeep Learningによって学習できる内容が格段に広がったからである。

・AIによって雇用が減る職種は大部分だがなくなる職種はごくわずか
2014年、オックスフォード大学のマイケル・A・オズボーン准教授が発表した論文が「AIによって約半分の職業が無くなる」と大きな話題となっているが、この論文は「雇用が大幅に奪われる」と言っており、奪われやすい職種を特定しているが、私は「職業が無くなる」とは言っていないと理解している。非常に多くの職種でAIにより業務効率があがる、つまり少ない人数でこなせるようになるので雇用が減るだろうがゼロになることは稀だろうと思う。過去にもバスの車掌や電話交換手などは無くなったが、このように消える職業は稀だと思う。逆にAIによって雇用削減の影響を受けない職種もまれだと思う。

・「単純作業はAIで置き換えられ、創造的作業はAIで置き換えられない」というのは違う
良く言われるのは単純作業は無くなるが、創造的業務は大丈夫、という話であるが、これはAIではなく機械化の影響だと私は考えている。例えばチラシをポストに入れて歩くような作業は、AIの影響はを受けることは殆ど無いと思う。チラシそのものが無くなってしまうということはあるかと思うが。
創造的作業はAIの影響を受けないというのも違うと思っている。例えば研究職は創造的職種と見られているが、全ての研究者がいつもアイデアを考えているわけではない。データを整理して傾向を読み取ろうとする作業などはかなりに割合を占めており、こういった点でAIは大いに役に立つ。結果として一人の優秀な研究者がより多くの成果を出せることになり、優秀ではない研究者は職を失う可能性がある。こういった傾向は弁護士、公認会計士、といった業種でも大いにあると思われる。

・どういう職種が大きな影響を受けるかは供給側の立場で見ると分かりやすい
Deep Learningは非常に広い分野で応用可能で、その基本アルゴリズムは分野が変わっても変わらない。具体的な手法は異なるのだが、AIの専門企業などは幅広い分野を狙うことができる。このような場合、どの分野を狙うかと言えば当然事業化しやすい分野を狙う。企業化の際にまず考えるのはメリットが明確になることである。そしてメリットはコンピュータで社員の作業量を削減することである。頭脳作業であれば現在はかなり難しいと思われる作業でも、AIで大幅に作業量を軽減することができる。逆に物理的作業は機械が必要なので人とのコスト競争になる。私は一見複雑で難しいと思われており、職員の給与も高い頭脳作業が最初のターゲットになると考えている。例えば弁護士である。法廷で実際に弁論を戦わすのをコンピュータで置き換えるのは相当期間考えられないが、弁論内容を考えて過去の事例を引くなどはコンピュータ化できる。結果として優秀な弁護士が今の2倍、3倍の裁判を扱うことができるようになり、弁護士の数はかなり減るだろう。

・AIで置き換えられない頭脳作業は扱う情報の幅が広いもの
AIは作業の複雑さに対する対応力では既に人間を超えている。AIができないのはどこまでの情報を与えれば十分かの判断が難しいような分野である。政治的判断などがその最たるものだろう。私は今から20年後くらいには異なる分野のデータを連携させて、より複雑な作業をできるようなAIが実用化されていくだろうと思っている。そのさらに先にシンギュラリティがあるのだろうが、その世界は2045年ではまだ来ないと思っている。


トランプ大統領来訪に対する日本とイギリスの反応

2019-06-10 17:43:18 | 社会

米国のトランプ大統領が日本と英国を相次いで訪問し、首脳と呼び皇族、王家と会談した。
どちらも大きな歓迎会を開き、親睦を深めたようであるが、私は日本と英国では国民の反応に大きな違いがあったと思う。
日本では反対のデモなどは行われなかったが、英国では大規模な反対デモが行われた点である。私自身、大相撲にトランプ氏が来たのをリアルタイムでテレビで見ていたが、トランプ氏が来場したときには大きな拍手が起きた。升席を改造して土俵近くにソファ席を作り、そこのトランプ氏が座ってその周りを警固が取り囲んだ時には「すわれ」という声が飛んだが、しばらくすると静かになった。おそらく係員が抑えたのだと思う。

政府や皇室がトランプ氏を歓迎するのは、私は好ましくないと思っているが、外交の一環として理解できる。おそらく英国も同じだろう。

私自身はこのブログに何度も書いたようにトランプ氏が大嫌いである。まして土俵を改造するなどけしからん、なぜ天皇陛下と同じ貴賓席で見ないのか、と思っていたが、実際には何も行動は起こしていない。日本人で私のようなトランプ嫌いはかなりの人数いると思うのだが、自分を含めて誰も行動を起こさないので世界からは「日本人はトランプ好き」と思われたことだろう。一方英国ではかなりの人が行動を起こしているので英国では賛否両論と捉えられただろう。

私はこのおとなしい日本人気質が前回書いた「鬼畜米英」から一夜にして「アメリカ万歳」に変わった人の心情につながっているのではないかと感じている。これは私の想像なのだが、当時の多くの人が「鬼畜米英」も「アメリカ万歳」も行き過ぎだと思っていたのだと思う。しかし、上からの指示があればそれに従って行動する。この日本人の体質が、国全体がリスクを冒す可能性につながっているように思う。

トランプ氏への対応では「何もしない」という受け身の対応なので心理的問題は大きくない。しかし、教師がどう教えるか、という問題は受け身ではなく実際に行動につながるのでかなりの葛藤があったのではないかと想像している。その葛藤を抑えるだけの圧力があったのだろう。そのあたりの経緯を知っておきたいと思っている。

上からの圧力があったとはいえ、態度を変えた人本人にとってそれは好ましくない思い出なので話したがらないのが当然である。特に組織の中枢にいたような人は責任が重く、心理的葛藤の言葉を語ってもらうのは難しいだろう。しかし、100万人もいれば何人かは、世の中も落ち着いてきて自分も高齢化してきたときに、話してくれる人がいるのではないかと思う。その言葉を社会が汲み上げて教訓として残しておくことは大切だと思う。

実際、再び戦争になるリスクもわずかではあるが高まってきていると思う。


90歳代の人の人生

2019-06-08 14:35:41 | 生活

私事であるが6月5日に母が他界した。91歳だった。昨日近親者のみでの葬儀を終えたところである。
母の人生を振り返ってみると激動の時代を生きてきたという感じを改めて持つ。江戸末期以降に生まれた人はだいたいそうなのかもしれないが・・。

母は昭和2年に北海道に生まれている。終戦の時は17-8歳なので今なら女子校生、当時は女学生だった。北海道は戦場にはならなかったが、戦争末期には勤労奉仕で軍需工場で働いていたそうである。当時は本当にアメリカを負かすつもりでいたそうである。終戦になって、学校の先生などが「鬼畜米英」と言っていたのが急に「アメリカ万歳」と言い出したのを聞いて、「大人の言うことは信用ならない。自分で見たものを信じて行こう」と思ったそうである。もちろん私はまだ生まれていないので聞いた話であるが、この時の経験が母の人格形成に大きく影響を与えたと思う。

その後結婚し、私が生まれたのは昭和26年、復興が本格化しようという頃だったが、まだまだ日本は貧しかったそうである。私は小さい頃は体が弱く、無事に育つかとずいぶん心配したそうである。その後、日本は次第に豊かになり、私が小学校1年の頃にはじめて我が家に白黒テレビが来た。

その後、私が11歳の時に、父が転職して我が家は大阪に引っ越した。父は元々四国で生まれ育ったのだが、母はずっと北海道である。住み慣れた北海道を離れ大阪に引っ越すことには大きな不安があったのだろう。青函連絡船の中で見た母の涙を私はよく覚えている。私自身は期待も不安もなく、ただ「違うところに行く」という思いしかなかったので母の涙は特に印象的だった。

大阪に引っ越したあたりから日本は高度成長期に入り、どんどん新しい家電などができてきた。私には弟がいるが、70年代中に私も弟も東京に就職して夫婦二人暮らしになった。その後バブルがはじけ、低成長時代に入った。低成長時代は物価は上がらず、年金生活者にとっては都合がよかったと思う。

母はその後でも好奇心は強く、2000年頃、70歳くらいからパソコンを使い始めている。ここ数年は体調が悪化してきたのでスマホを覚える元気はなかったが、元気だったらスマホを使いこなせるようにもなっていらだろうと思う。

最近時々、テレビなどで戦争中の思い出として母と同じようなことを言う人がいることを耳にする。終戦時に思春期だった人たちだろう。ところが「鬼畜米英」から「アメリカ万歳」言を翻したほうの人の話は聞いたことが無い。その人たちが本心ではどのように考えていたのかが今後の戦争リスクを抑えるためには重要だと思うのだが、そういう分析は行われないままに語れる人は鬼籍に入ってしまった気がする。その意味では日本は戦争の始末をきちんとつけてないままに過ごしてしまった気がする。

私が90歳まではあと20年強、その間にどんな激動が待っているのか、あまり激動は無く日本はデフレで景気が少しずつ後退していく、高齢者には好ましい状況が続くのか、楽しみなような気もする。