訪欧中の安倍総理がドイルのメルケル首相と会談した。安倍総理の目的は伊勢志摩サミットで経済対策を共同で打ち出したいという考えから、ドイツにも一致して財政出動をお願いする、という趣旨で感触を探ったものだと言われている。安倍首相が「機動的な財政出動が求められている」と発言したのに対し、メルケル首相は「投資、構造改革、適切な金融政策の3つが必要だ」と応じたと言われている。一見方向性はあっているように聞こえるが現地の日経の記者は「ドイツに補正予算を組んで財政出動する意図はなく、ゼロ回答と解釈している。
安倍首相がどう受け止めたかは分からないが、この日経の記者の見方は正しいと思う。メルケル首相は日本が財政出動することに反対はしないが、ドイツは景気刺激策として財政出動はしない、という姿勢を伊勢志摩サミットでも貫くと思われる。会談前に安倍首相は「ドイツが世界で一番財政出動余力がある」と語っており、期待していたのだろうが、実現はしないだろう。ドイツはEUの危機やギリシャ問題に対しても一貫して「緊縮財政にして財政赤字を減らすべきだ」という態度を取っている。これは王道であり、王道を保つのは一つの見識だと思う。ドイツが王道を守れるのは少なくとも、通貨統合しているEUの中では突出した産業競争力を維持しているからだと思う。
財政出動すれば一時的に景気は良くなるが、結局は負担を先送りしているだけである。政府がお金を使って何をするかが問題で、役に立つことに使うのであれば意義はあるが、役に立たないことに使う、いわゆるヘリコプターマネーのような感覚で使うのは問題の先送りにしかならない。使われないような公共設備を作る公共投資は後で維持費がかさみ、マイナスになる可能性も十分にある。政府は国の将来に必要な投資をする、という基本姿勢以上のことはあまりやらないほうが良いだろう。
それでは、日本もドイツのように緊縮財政にするべきだろうか? 安倍総理が日銀と一緒になって金融緩和と財政出動を行ってきたアベノミクスは一定の効果を生んだことは間違いない。やっていなかったら今頃はもっと不況感が強かっただろうと思う。しかし、総理が言うように「インフレ期待が高まり、国民がため込んでいたお金を投資に回すようになって経済全体が良い方向に回りだす」ということは起こっていない。円安になったので一時的に景気が良くなったが、為替の揺り戻しが来るとまた不況感が高まってくる。これは日本企業の国際競争力が全体として低下傾向にあり、この傾向は止まっていないからだと私は考えている。この点に関して日本政府は有効な手立てを打てていない。手を打とうとしていることは感じるのだが有効打が出ていないという感じである。
ドイツは産業政策としてIndustry 4.0という方策を打ち出した。これは世界中に大きな影響を与え、世界各国がなにがしかの対抗策を出そうとしている。これに相当する、世界最先端を狙う産業育成の動きは日本では感じられず、むしろ農業や観光などの世界と比べて遅れていた分野を普通のレベルに上げる動きに注力している感じである。これはお手本があるのでやりやすいが、力強さにはつながらない。
Industry 4.0は大きな話題となったが成功するかどうかは不透明である。シリコンバレーに対抗するのは容易なことではなく、この1年間Industry 4.0はハイプサイクルの頂上を過ぎて熱が下がってきた感じを私は持っている。しかし、ドイツの狙いは中小企業のシステム化にあるので、ニュースリリースするような大きな話は無いが裏では進んでいるのかもしれないとは思う。今年のハノーバーメッセがあまり話題にならなかったことから停滞しているのかとも思う。
いずれにせよ、Industyr 4.0が話題になれば対応する組織を立ち上げる、人工知能が話題になれば対応する組織を立ち上げる、といった今の日本政府のやり方では、しょせん後追いが続くだけで、国際競争力低下を上に向かせることはできないのではないかと思う。