グーグルの人工知能アルファ碁対韓国のトップ棋士イ・セドル九段の5番勝負はアルファ碁の4勝1敗で終わった。イ・セドル9段は「人類が負けたのではなくイ・セドルが弱いのだ」というコメントを残しているが、アルファ碁に勝てる人間はいないとみるのが普通だろう。テニスで言うとイ・セドル九段はジョコビッチやフェデラーレベルであり、日本で無敵の井山名人は甘めに見て錦織圭レベルである。
私は急きょ「人工知能は人間を超えるか」(松尾豊)という本を買って勉強したのだが、アルファ碁がイ・セドル九段に勝ったというのは将棋のプログラムが人間に勝ったのとは質的に大きな違いがある。将棋のプログラムの場合にはそれぞれの局面に対して優勢・劣勢を判断する基準(形勢判断)するプログラムを用意していてミニマックス法という方法で手を決めている。例えば2手先まで読むとすると、自分のあらゆる手に対して、相手のあらゆる手を想定し、相手の最善手の結果が自分に最も有利になるような手を自分の手として決定する。終盤ではモンテカルロ法という手法を使う。モンテカルロ法は、判断を加えずにランダムな手を選んで終局まで進める。これを何百万通りも進めて最も価値につながった確率の高い手を次の手として選択する。
将棋の場合にはミニマックス法において局面が有利か不利かというのを、駒の損得、玉の安定度、駒の働きなどを数値化してその数値が最大の局面が最も優勢であると判断する。例えば飛車は10点、角は9点、歩は1点というような重みづけである。このようなアルゴリズムは人間が決めている。囲碁のプログラムも従来の物は将棋と同様の方式だったのだが、囲碁の場合には、優劣の判断のアルゴリズム化が極めて難しく、まだ当分人間にはかなわないだろうと思っていた。例えば弱い人は黒字20目と数えるところを強い人は黒字10目と数える。強い人が少なく数えるのはこのころ時にはまだアジが残っていて減らされる可能性があるとみるからである。あるいは地としては数えられないが「厚み」と呼ばれる将来何らかの役に立つだろうという形があり、これを何目と数えるかはプロの間でも意見が分かれる。これが「囲碁ではまだ10年は人間にコンピュータが勝つことは無いだろうと言われていた」理由である。
アルファ碁はディープラーニングの技術でこの問題を克服した。松尾氏の本は昨年2月に発行されており、アルファ碁には触れていないので以下は私が松尾氏の本から勉強したディープラーニングに対する私の理解である。アルファ碁は大量の棋譜を学習しどういう形が「勝ち」につながりやすいかという特徴抽出を行って、強い形、弱い形を判別しそれを数値化して形勢を判断している。人間は長年の経験(江戸時代から何百年もかけて)で良い形、悪い形を判別し、形の急所をなどを学習しプロ棋士はそれをノウハウとして蓄積する。それを本などに書いて発行しているのだがあらゆる場合について書ききれるわけでもないので、本を読んだからと言って強くなるわけではなく、実線で試して失敗して経験し、人間は強くなる。アルファ碁は本を読まず(多少は人間が入力したかもしれないが)この良い形と悪い形を特徴として抽出し、自らの着手決定に使っているのである。松尾氏は隠れたルールを見つける機能を「特徴表現学習」と呼んでいるが、この機能が実現され、実際に人類の経験を超える能力にまで至ったことが大きな質的進歩である。
これはあらゆることに応用可能である。政治のように経済、外交、災害など極めて広範囲の事柄の影響を受けるものは難しいが、利用する情報が限定的なものは人間よりも人工知能のほうが得意になるだろう。医者が患者を診察してどういう検査を受けさせるか、はコンピュータにはなかなか難しいだろうが、レントゲン写真などの検査結果を見てどういう診断を下すかはコンピュータのほうが上になるだろう。税理士や公認会計士といった決まったルールに当てはめて適切な行動を決めることはコンピュータのほうが上になるだろう。IBMのワトソンは「この食材とこの食材は組み合わせが良い」などと判断して料理のレシピを自ら提案するようになっている。工場で大量生産するお菓子の成分の組み合わせなどもコンピュータがいくつかアイデアを出して、人間がそれらを試作し、最終的には社長とコンピュータが協議して決めるようになるだろう。
今書いたような仕事は、現在では知的な仕事として高い報酬をもらっている分野の仕事である。しかし、こういった分野では極めて創造的で全く新しい発想をするごく一部の人を除いてコンピュータにかなわなくなると思う。知的業務はソフトウェアだけで実現できるのでコストはどんどん下がる。従って、現在の高所得者は今後どんどん苦しい立場になっていくと想像する。むしろ肉体労働のほうが機械で実現するにはコストがかかるのでコンピュータで置き換えにくくなると思う。ただし機械で実現することは可能なので給料が上がるとロボットに置き換えられてしまうという、将来展望の開けない職種になる。
現在の中間層上位の9割は貧困層に没落し1割が大富裕層になる、その日は意外に近いと思う。
先日も書いたようにこれに対する抜本的解決策は私も思いついていない。ただ、教育システムなどはたとえごく一部でも上位層に登れる人を増やすような仕組みを作ることが重要だろうと思う。