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今日こんなことが

山根一郎の極私的近況・雑感です。職場と実家以外はたいていソロ活です。

中央構造線が目覚める?

2024年06月21日 | 防災・安全

昨晩、珍しく愛知県内(豊川市)で地震があった。
そして本日は四国の愛媛県中予で地震があった。

この二か所は数百キロも離れてはいるが、いずれも中央構造線沿いという共通性がある。

さらに「見える地震」というアプリでここ数日の震源地を地図上で見ると、奈良県中部・和歌山県北部、そして熊本県熊本地方と中央構造線沿いに震源地が連なっている。

さらに数日前に遡ると、中央構造線の東部(諏訪湖以東)沿いの埼玉北部や千葉県の利根川沿いでも地震が連続していた。

日本の地形を作った日本最大の活断層である中央構造線が目覚めようとしているのか。関連記事

関連記事で述べているように、”南海トラフ”と”首都直下”だけが警戒すべき地震ではない(能登半島地震が証明している)。


動く車の前と後ろに立ってはならない

2024年06月17日 | 防災・安全

観光バスのガイドがバスのバックを誘導中、バスと電柱に挟まれ頭部が破壊されて即死した。

バスガイドが、笛を吹きながらバスの後退を誘導するシーンは昔からあるが、
バスの真後ろで、自分もバックしながらの誘導は、どう考えても危険だ。
これをいまだに”業務”として平気でやらせていることが理解できない。

動く車の前と後ろには絶対に立たない、というのは例外ない原則だ。

基本はバスの後方側面に立って、バスの後退を真横から確認し、しかも運転手と顔を合わせられる位置(運転手はバックミラーで視認)で誘導すべき。
この方が隙間を高精度に確認しやすく、また危険がない。


予想される地震は南海トラフだけか

2024年04月19日 | 防災・安全

今回の愛媛の地震の震源は南海トラフの深層部だから、広い意味で南海トラフ領域の地震といえる。

台湾の地震も南海トラフの延長上(フィリピン海プレートとユーラシアプレートの境界)である。

実際、人々は”すわ南海トラフ地震”と色めき立ったが、予想されている南海トラフ(東海・東南海・南海地震の震源域)の動きは見られない。

言い換えれば、なんでも「南海トラフ」に結びつけようとするのは、それしか頭にないからだ。

東日本大震災の前、”東海地震”しか人々の頭になかった時に、私が「南海トラフ」の危険性を主張したら、一笑にふされたことがあった。

人々の地震に対する意識ってそんな程度(マスコミ依存)である。

例えば、今回の震源域は、日本最大の活断層である”中央構造線”の近く(南側)であり、それにストレスを与えているかもしれない、と考えられないだろうか。
和歌山〜四国を貫通する中央構造線に沿って震度2ー3の地震が一定の頻度で起き始めていることに注目している人はいないようだ。
※追記:記事をアップした2日後の4月21日朝、中央構造線沿いの紀伊水道でM3(=震度)の地震が発生。さらに同日21時の遠州灘(伊良湖岬沖)の地震(M4.2)も中央構造線沿い。かように中央構造線沿いに震源が東進している。

今後起きる地震は「南海トラフと首都直下の2つだけ」(マスコミがこの2つしか扱わないから)と思い込んでいる人たちに対して、熊本地震・能登半島地震などが、その思いが間違っていることを証明しているのだが、思い込みの強さは簡単には改善できない(しかも首都直下地震を関東大震災をもたらした相模トラフの地震と勘違いしている人もいる)

内閣府の中央防災会議がどのような地震を想定しているかは『防災白書』で公開されている(ネットで閲覧できる)のだが、それを無視しているマスコミに情報支配されている人は、居住自治体のハザードマップすら見ないようだ。
実際、大学で防災のゼミをやっているのだが、今年の受講者17名のうち、居住自治体のハザードマップを私が求めるまで見たことのある学生は1人もいなかった。

本気で(自分の頭で)防災を考えている人がいかに少ないか…


雷の予兆とは

2024年04月03日 | 防災・安全

まず今朝の台湾東海岸の地震、まだ被害の実態がわからないので、ここは南海トラフの延長上であることを指摘するにとどめる。

午後2時半過ぎ、宮崎の大学グラウンドに落雷があり、サッカーの試合に来ていた高校生2名が意識不明の重体に陥った。
こちらを問題にしたい。

当時は、気象庁から「雷注意報」が出ていた。
雷については、落雷地点の予想ができないので、地域を絞った「警報」ではなく、より広範囲な注意報レベルしか出せない。
すなわちそれが発令されている地域の特定地点にとっては「雷があるかもよ」程度の情報だ。
ということもあり、この注意報程度で、人々が行動を制限することは滅多にない(心理的に”注意”するだけ)。

日本サッカー協会の指針によると、試合中止の基準の中に「雷の予兆がある時」が入っている。

この”予兆”の判断が問題だ。

雷の予兆とは何か。

空に雷光(稲妻)があり、雷鳴が聞こえる状態が”予兆”だろうか。

最初の雷光・雷鳴がすでに起きた後だから、”予兆”ではない。
なので、この状態での屋外活動は”厳禁”段階。

雷光・雷鳴が発生するの状態が”予兆”のはず。

それは、雷を起こす本体=積乱雲が接近していること。

果たして、サッカー試合の運営者に、それがわかるだろうか。
知識さえあればわかる(知識がないとわからない)。

積乱雲は、地上から上空1万メートルにまで達する最大級に分厚い雲なので、空が暗くなる。
そして急に強い雨が降る(雹の場合も)。
雨が降らなくても不気味な乳房雲(写真)が雲底に現れる(乳房が不気味なわけではない)

実際、当時の宮崎ではあっという間に強烈な雨に見舞われたという。
これこそ、積乱雲が頭上を覆っていること、すなわち雷の”予兆”だ。

なので雷の予兆=積乱雲の存在(暗い空と強い雨)ということを知っていれば、判断できる。
この基本的な気象知識がなかったのではないか。
しかもサッカーは野球と違って、雨の中でも試合を続行する。
なので尚更、雨という実際の予兆に鈍感になったかもしれない。

ちなみに、テレビのニュースでは今回の雷を”前線の影響”と述べているが、
実際には、当時の宮崎は接近する低気圧の温暖前線と寒冷前線の間にあって、
これら前線の影響ではなく、その間の”暖域”という不安定な領域(低気圧中心の南側)に発生した単独の積乱雲だろう。
同じ積乱雲でも寒冷前線のそれは明確な雲列が向こうからやってくるから予想しやすいが、暖域では突発的に(30分で)発生・発達するので予想しづらい(晴れることもある)。
なので、あくまで積乱雲そのものに注視すべき
(気象予報士なら、暖域下にあることで警戒を喚起する)。

では、実際に”雷が来る”と判断したらどうすればいいか。
もちろん試合は中止して、だだっ広いグラウンドそのものから全員離れて、
体育館や校舎など大きな建物の中に避難する。
これしかない。

身に付けた金属類を外すという行為は無意味。
なぜなら人間の身体が(電気を通す)導体だから。


マグニチュードと震度は対応する?

2024年03月26日 | 防災・安全

3月21日の茨城南西部の地震はマグニチュード5で震度5
23日の岐阜西濃の地震はマグニチュード4で震度4

このように内陸直下型地震では、マグニチュード(地震のエネルギー)と震源地に最も近い観測点の震度(揺れの大きさ・被害の目安)とは相関どころか"一致"していることが多い。

震度は物理量ではなく単なる判断指標にすぎないのだが、
結果的に物理量によく対応していて、優れた指標といえる。

ということで、私は両者を同じ値になるものとして、マグニチュードが出れば、
その値を震度として被害の程度を想像する。

ただし震源が海洋だと、陸地の震度とは対応しないし、同じマグニチュードでも震源の深さによって地上の揺れは異なるので、あくまで”およその目安”だ。
なので「震度5弱」はマグニチュード5.0-5.4の間で、「5強」は5.5-5.9という細かい対応づけは無理。

また、震度は最大値が7だが、マグニチュードは8以上もある。
ということは、内陸最大の地震であった1891年の濃尾地震(マグニチュード8)は、
”震度8”という地上で空前絶後の揺れの大きさだったといえよう(実際、根尾谷断層が地上に出現した)。


千葉県東方沖のスロースリップ

2024年03月01日 | 防災・安全

今、本州から左右に出た両手、すなわち上向き右手の能登半島と下向き左手の房総半島の両方が群発地震の巣となっている。

房総半島の東側の千葉県東方沖は、以前も地震の巣となった所で、しかもスロースリップを繰り返している。

スロースリップとは、プレート境界が一挙に破壊されるのではなく、ゆっくりしたズレ。
すなわち加速度が小さい分、地震の力(=質量×加速度)が小さい。

それでもマグネチュード5(震源近くで震度5、周囲は4)にはなるが、
震災レベル(マグネチュード7〜)には至らないため、ありがたいともいえる。
震源の場所も、南関東の都市部からは遠いし。

すなわち、千葉県東方沖は、時たま震度5程度の地震が起きるが、
破壊的な地震には至らず収束する傾向をもつ(震度5-4程度で被害が発生するなら、防災的にそちらが問題)。

ちなみに、内陸の「茨城県南西部」も群発はしないがよく地震を起こす(震度3レベルだが)ことは関東で有名。

言い換えれば南関東で怖いのはここではなく、東京湾・相模湾を震源とする地震だ。


震災で家が全壊したら

2024年02月08日 | 防災・安全

地震などの災害で家が全壊した場合、「被災者生活再建支援法」に基づいて国から援助してもらえる額は最大300万円である(役所による全壊認定と申請の手続きが必要)。

300万円で再建できる”家”は存在するだろうか。
1桁足りない。

当然、足りない分は自腹で払うしかない。

持ち合わせが無い場合は、前もって地震保険に加入する手があるが、これは火災保険のオプションなので、その分の増額を覚悟する(火災保険だけでは、地震による火災は対象外)。

まずは、現在の家の耐震性をチェックし(ネットで簡易診断できる)、自宅の想定される最大震度をハザードマップ等で確認して、自宅の倒壊危険性を概算してみる。

耐震性が足りない場合は、事前に耐震補強自治体から半額ほど援助が出る)をした方が全壊の確率が減るので、絶対に安上がりで、もとより圧死の危険が下がる。

建物自体の耐震性は、鉄筋>木造、新しい>古い(特に1981年以前)、平家>2階家 ×瓦屋根 となっている。
すなわち、古い木造の瓦屋根の2階家が最弱の建物だ。

こういう家は、住民の高齢化率の高い”地方”ほど多い(奥能登もこのタイプの家が多かった)。
高齢者だと、改築はもとより耐震補強すらしたがらない傾向がある。

こういう家は倒壊確率が高いだけでなく、命は助かったとしても被災後に絶望感がやってくる。

「備えあれば憂いなし」という格言を肝に銘じておきたい。


1.28東京湾の地震から言えること

2024年01月28日 | 防災・安全

1月28日の8:59に東京湾北東部を震源とするマグニチュード4.8の地震が起きた(アプリ「地震情報」に基づく)。

最大震度は4なので、家の中の物が落ちる程度の軽微な被害で済んだ(はず)。
文京区にある我が家では、棚においてある置物のいくつかが倒れた(=震度4相当)。

私が注目したのは震源地で、”ここ”は想定されている「首都直下型地震」の震源地に近い。

言うなれば、「首都直下型地震」の前触れ、少なくともその軽いシミュレーションとみなせる。
シミュレーションとして参考になるのは震度分布。

 地震の最速報アプリ「PREP」によると(速報値なので修正される場合もある)、
震源に最も近い千葉県習志野市で3。
その周囲の千葉市・市川市、そしてTDLのある浦安市も3で済んだ。
それに対し東京では、中央区・港区・品川区・渋谷区で4。
さらに震源から離れた葛飾区と練馬区でも4。
23区から離れた内陸多摩地域の調布市と町田市でも4だった。

一方震源に近い江戸川区と江東区の台場、それに羽田空港では3だった(後二者は東京湾の埋立地)。
また墨田区は2とここだけ周囲より低い(これは修正されるかも)。

震源からさらに遠い神奈川県の川崎市と横浜市は湾岸だけでなく内陸(戸塚区・瀬谷区)においても4。

総じて見ると、震源の対岸(西)側の東京・神奈川の方が震度4と高かった。

地震の揺れは、震源からの距離地盤の硬さで決まるとすると、震度4の地域は後者の影響ということになる。
ただし、湾岸の埋立地よりも内陸(地盤が硬い)の練馬・調布・町田の方が揺れたということは、表層の地盤よりも地震波が伝わる層の性質が作用していたようだ。

震源の深さが80kmと深かったので、地震波は地表の地盤よりも、それなりの深層の地盤で伝わった。
そのレベルの地層では、東京湾が発信源の地震波は、西に大きく伝わる傾向があるということだ。
すなわち、首都直下型地震の場合、震源から距離がある東京・神奈川の内陸(多摩川流域)もそれなりに揺れるかも、ということだ。


地震に強い建物・弱い建物

2024年01月15日 | 防災・安全

能登半島地震で、ビルや観光施設が軒並み倒れた中、能登町の縄文遺跡に復元された竪穴式住居が無傷だったことが話題となっている。

確かに竪穴式住居は、断面が末広がりの三角形のため、接地面が広くて、屋根部分が上に行くほど狭くなり、重心が低くなって構造的に倒壊しにくい。
また屋根部分は分厚いが素材的に軽いため、たとえ倒壊しても、中の人が押しつぶされることがない。
実際、江戸時代でも、震災のあった藩では、防災のため屋根瓦が禁止され、屋根は茅葺が指定されていた。
瓦屋根は雨などの気象対策であって(ただし強風には弱い)、地震に対してはレンガと同じく逆効果であることは江戸時代から既知だった。

こう見ると、確かに竪穴式住居は、地震に強い力学構造になっている。
茅葺の分厚い屋根は、夏は涼しく冬は暖かい。
もっとも、窓などの開口部がほとんどないので室内は暗く、視覚的居住性は良くないが。
それに対し、能登半島の民家は瓦屋根の家屋ばかり。

一方、輪島市で横倒しになったビルは、基礎部分の杭が抜けたことで倒れた。
その杭は地下の硬い層に打ち込んでビルの横揺れを防ぐものだが、その硬い層の上の柔らかい層が地震で液状化して、ビルを支えることができなくなってしまったのだ。
このような地層構造は、東京湾などの都市の湾岸部の埋立地も同じで、むしろ人工的に埋め立てた分、軟弱地盤の層が厚い(その分杭も長い)。
ということは、首都直下型地震は、そもそも震源地が東京湾なので、これら湾岸(ベイエリア)の埋めて地に立つ高層ビル群は、地下層の液状化によって皆この横倒しの危険がある。
※:いまだに関東大震災を起こした相模トラフの地震と混同している人がいる。50年以上前の古い知識が更新されていない。

私は、もともと防災の観点からベイエリアには住むことはもちろん、足を踏み入れることすら遠慮しているが、ますますその思いが強くなった。

すなわち、地震に弱い建物は、瓦屋根の多い地方(の過疎地)と海沿いに高層ビルの多い都市部の両方に分布していることになる。


機内がパニックにならなかった理由

2024年01月05日 | 防災・安全

2日に起きた羽田空港での衝突事故。

テレビをつけたら、事故直後の中継で、旅客機から煙が出ていて、消火作業を続けられている中、火はどんどん燃え広がり、機体全体が炎に包まれた。
その中継時点では、乗客の安否についての情報がなかったが、もし機内に取り残されていたら、焼死は免れない状態(1994年の中部国際空港での中華航空事故を思い出した)。
その後、乗客乗員が全員避難済みと知らされ、安堵の息をついた。

この奇跡的避難が、世界中に紹介され、避難を担当した CAたちが称賛された。

世界中の人たちが、疑問に思ったのは、なぜ機内がパニックに陥らなかったのか、ということ。
言い換えると、このような事態になると、人々はパニック状態になる(パニックは個人心理(パニクる)ではなく集団現象)ものと思われているから。

防災心理学では、パニックが発生する4条件が確認されている(私は大学の授業で紹介)。

①差し迫った危険が存在するという認識が人々の間にある
②脱出の可能性がある
③脱出路に制約があり、全員は避難できそうにない
④正常なコミュニケーションが欠けている

以上のうち4つが同時に満たされてるとパニックが発生する
※:①だけでパニックなるという思い込みは「パニック神話」とう誤った認識なのだが、為政者レベルがこの認識だと、パニックの発生を恐れて危険情報が提供されなくなる(福島原発事故時の政府による情報隠蔽)。
言い換えると、1つでも欠けると発生しない(にくい)。

今回の着陸後の機内は、
①窓の外の炎、そして機内の煙で成立。
②空港に着陸しているので成立(1985年、御巣鷹山に墜落した日航ジャンボ機ではこれが成立しなかったので、パニックは発生しなかった)
③航空機は使用できる出入り口が少なく、狭い。すなわち構造的に成立しやすい。

以上から、状況としてパニックが発生しやすい条件が3つ揃った。

そこで決め手のなるのが④。
④だけが、その場に居合わせた人々で制御できる条件なのだ。
すなわち、実際にパニックが発生するかどうかは、④で決まる。

CAはこの④についてトレーニングを受けている。
もちろん、 CAとて①の正確な状況は把握していなかったし、 CAと機長、 CA間のコミュニケーションが物理的に遮断されていた。
なので個々のCAの判断・行動に頼るしかない状況だった。
そして CAは独力で判断することができた( CA間での意思疎通も可能に)。
炎と煙という目の前の情報のみで対応を考え、開けるべき扉を選定し(これを間違えたら機内に炎が入り込む)、あとは訓練通り、大声で断定的に避難行動を乗客に指示した。
すなわち①の危険が高まる中、④を起こさせないことで、③の成立も回避し、②の可能性を最大限にした(結果、”①だけの状態”にもっていった)。

一方、乗客も、このような事態では、 CAの指示に従うのが最善であると理解しているので、皆指示に従った。
この乗客の秩序だった行動が他国では成立しにくいと、他国の人(例えば中国)自ら認めている。
実は、我々日本人は、義務教育時代に全員、学校で避難訓練を体験していて、こういう時は各自が慌てず走らず避難することが体に染み付いている(避難訓練は大学でも実施。会社員時代、会社でも実施していた)。

すなわち、(幼い子どもを除く)日本人全員が、適切な避難行動をマスターしているのだ。
全員避難成功という奇跡は、このような理由で実現した。


次の地震は”ここ”で起きる

2024年01月04日 | 防災・安全

日本で地震の危険がある場所は、「首都直下」と「南海トラフ」だけだと思っている人は、まさかいないと思うが、これらの地域以外の人は、自分の住む”ここ”では起きないとたかをくくっているのではないか。
そう思いたくなるほど、これら以外の地域の耐震化(耐震補強)が進んでいない(最優先すべき地震防災は家の耐震化)。
そして、そういう地域に限って地震に遭って、耐震性のない古いビルや重い瓦屋根の民家が倒壊する(1981年以降の耐震基準を満たしていれば震度7でも倒壊はしない。2000年以降なら尚更)。
※:この2つは地震想定域内では存在してはならないのだが、旅先でよく見かける。

熊本も、大地震の記録がなかったため、耐震基準そのものが緩め(すなわち震度7では倒壊するレベル)になっていた。
そこに震度7の地震が2回襲ってきた(記録がなくても活断層は複数走っていた)。
結果的に、耐震基準を緩くしたことで、被害を大きくしたことになる。

能登半島は、陸地にこそ活断層は見当たらないが、そもそも半島という地形の多くは海側が隆起してできたもの(房総半島、三浦半島も)。
なので海側に地面を隆起させるほどの活断層(逆断層)がある。

次の地震は”ここ”で起きると本気で思っている東京都や静岡県は、地震対策の手を休めない。
その結果、首都直下型地震での東京都の想定死者数は減少し続けている。

言い換えれば、”ここ”で起きると想定していない地域は、他人事なので、被害想定(=地域内のどこがどう危険かのチェック)すらしていない。

防災の第一歩は、災害を自分の問題として本気で受け止めること。
次の地震は自分の居る”ここ”で起きると思うことだ。

本記事タイトルの”ここ”はどこの地かと思ってこの記事を開いた人に、まずは心してほしい。


車の中に子どもを置き忘れない方法3

2023年09月11日 | 防災・安全

祖母が預かった2歳の孫を車に置き忘れて、孫が車内で死亡した事故。

この手の事故が一向になくならないなら、なお一層我々は再発防止を自覚すべきだ。

前回の記事(車の中に子どもを置き忘れない方法2)で説明した論理を使うと(前回の記事での提案はまだハードルが高そうなので、ここではさらにハードルを下げる)、

孫を預かったという非ルーティン的状況は、システム2を作動させ、普通なら頭(意識)から離れない。

ところが、運転中(運転はほとんどルーティン作業なのでシステム1に任せられる)、孫とは全く無関係の考え事(システム2)に耽ってしまった。

ミスでもいわゆるポカ的なミスは、システム1がやらかす。
それを補うために精巧な思考ができるシステム2が創発された。

システム2の意識集中がそれを可能にする。
だが、意識集中とは、集中対象以外を意識の外に置くことでもある。
運転中、考え事に集中している間、孫の存在が意識から消える。
それはシステム2の限界なので仕方ない。
そのままの状態で車を降りるとどうなるかは明らか。

逆にその過集中を補えるのが、知覚に依存するシステム1だ。
ただシステム1は、視野にないものは意識に入りにくい(傘を乗り物に忘れる場合)。

つまり、孫を置き忘れた原因となるのは、後部座席に座らせることで、通常の視野から外れ、さらに意識からも外れ、しかもその子が眠ることで音的にも存在感を出せなかった点だ。
ただし助手席より後部座席に配置することは交通安全上は望ましい。
また幼な子がすぐ眠ってしまうのは仕方ない。

「後部座席の幼児は眠る」、ということを前提にすると、
考えられる対策は、システム2でその子のことを思い続ける、
が理想だが、仕事に行く時は、どうしても仕事の事を考えてしまう。
とすると、システム2がその子を意識から外しても、車を降りるときに、その子の存在を思い出せる仕組みが必要となる。

それには、その子の存在を視野に入れるというシステム1的行動を取り入れる。
具体的には、①仕事の荷物を後部座席に置く、あるいは②その子の持ち物を助手席の自分の荷物と一緒に置く(重ねて置くとなおよい)。
すなわちその子の代わりとなる物を強制的に視野に入れる仕組みを作るのだ。
ポイントは、車を出てすぐに使う荷物に近接させること(雨天だったら傘と一緒でも)。
これなら、少なくとも車を出てからまもなく気づくことができる。

①②のうち、確実に忘れないのは、①荷物を後部座席に置く方だが、いつも助手席に置いているとこの行動が取りにくく、また子供が荷物をいじってしまう。
なので②子供の荷物(帽子でも靴でも)を助手席の自分の荷物と一緒に置く方が実行しやすい。

ちなみに、祖母に預けた親や保育施設からの確認の連絡は、ミスの多重防御(フェイル・セーフ)対策であって、もちろんそれも大切だが、ここで問題にするのは、あくまで直接原因の対策(フール・プルーフ)。


関東大震災の慰霊堂で知ったこと

2023年09月02日 | 防災・安全

関東大震災から100年目の震災記念日の翌日、墨田区にある東京都慰霊堂および復興記念館に行った(2011年にも訪れている→記事)。
関東大震災について学び、犠牲者を慰霊する唯一の場所だ(東京大空襲の犠牲者も)。

この地は国技館に近いこともあり「横綱町公園」となっているのだが、大正時代には「被服廠(ひふくしょう)跡」という広場になっていた。
そこに大地震で家を失った人々が集まり、当時は大八車に家財道具などを積んで避難したため、折からの強風で飛んできた火の粉がそれらの布や木材に着火し、この広場一帯が火の海となり、この一ヶ所で38000人もの焼死者を出した(一ヶ所での焼死者数では、信長が一向宗徒を柵で囲って焼き殺した20000人を上回る)
そこは数日後には遺体の焼き場になり、そして遺骨の埋葬場となった。
その跡地は公園を予定してたのだが、こういうわけで昭和5年に慰霊堂が園内に建てられた(写真)。
慰霊堂の建物は、前半部が寺院の本堂の形で、ここで慰霊祭が行われ、後半部が三重塔でここに遺骨が納められている。

慰霊堂では2日も午後三時に慰霊祭が開催され(本日の主催は都神社庁)、正午過ぎに着いたら、神官らしき服装の数人だけが、最前列で慰霊の準備をしている。
祭壇前のすでに用意されている献花には、秋篠宮、内閣総理大臣、東京都知事などの名前が記してある。
私も線香に火を灯し、鈴(リン)を鳴らして、合掌した(このように記念堂そのものは仏式)。

次に堂の斜向かいにある復興記念館に入る。
こちらも戦前の重厚な建造物で、中はひんやりしている。
2011年に訪れた時とは展示内容も異なって、新たな情報を得た。

最も驚いたのは、当時の被災風景の写真は、被害を大きく見せるために、火災の煙を合成していたということ(写真:展示写真を撮影)。
この震災だけでなく、当時は、こういう細工が平然と行なわれていたという。
私自身の関東大震災の風景として記憶の中にあった、被災した建物の背後に濛々と立つ煙(≒ジブリアニメ「風立ちぬ」の震災シーン)は、誇張だったのだ。
100年前からフェイクニュースが作られていたとは。

言い換えれば、震災の被害を正しく伝えることの重要性をあらためて感じた。
ならば実際の被害はもっと軽微だったのかというと、そうではない。
たとえば、一番の被害地である「被服廠跡」での焼死者の写真(最も悲惨な状況)は展示されていない(本の写真集で見た事がある)。
このため、ここの展示だけでは被服廠跡の惨事のイメージがわきにくい。
同館にある空襲の展示では、炭化した焼死体の写真があるのだが。

それと、この震災によって火災の延焼を食い止めたのが、上野公園などの並木や広場であったことが判明し、これによって広域避難場所としての公園が整備されることとなる(ただし燃えやすい物を持込んで避難しないこと)。

慰霊堂の横には、朝鮮人犠牲者追悼碑があって、昨日の震災記念日に慰霊祭が行なわれたようだ。
彼らもフェークニュースを信じた人たちによる犠牲者である(彼らを自警団から守った日本人たちもいた)。
ここでも合掌した。
最後に慰霊堂裏側の三重塔側にまわって、そこの閉じられた入口でも合掌した。

ここから安田庭園を抜けて、国技館入口を素通りし、総武線の線路をくぐった先の回向院(えこういん)に立ち寄る。
ここは、江戸時代に引き取り手のない横死者供養のために建てられた寺で、江戸の火災や海難者の供養碑に並んで、関東大震災の横死者90余名の墓があるのだ(写真:左のこちら側の碑。碑には人名が記されてない)。
もちろん、ここでも合掌した。
この寺は、その他に動物の供養も(江戸時代から)受け付けていて、ペットの集合墓地(霊廟)もある。
真新しい立派な愛猫供養碑の上では、生きているネコが体を伸ばして眠っていた。

かように関東大震災の供養なら、慰霊堂と回向院を廻るといい。

それにしても、これらを廻っただけで、汗びっしょり。
気候的には、まだ歩き回る時期ではない。


水に沈まない方法

2023年08月01日 | 防災・安全

8月を迎えて、水の事故が増える時期になった。

水の事故の多くは溺死なので、まずは溺れない方法を示そう。

頼もしいことに、人間は、本来的に、溺れずに浮くことができる。

水死体が浮くのがその証拠。

そう、水死体が浮く方法を教えている。

①体を仰向けに水平にすればいいのだ。

その理由を力学的に述べる。
ポイントは”浮力”。
浮力は、空気より遥かに密度の高い水中ならでは発生する、重力に抗して水の中で下から上に働く力。
この浮力によって、文字通り”浮く”ことができる。

逆に絶対に沈む姿勢は、垂直に立つこと。
垂直に立つと、浮力が作用する面が足の裏だけとなり、そこに重力(体重)が集中する。
すなわち、人体の単位面積でみると、重力が最大で浮力が最小になる姿勢。

水平に横たわると、下からの浮力が作用する面が最大となり、しかも重力はその広がった面に分散される。
なので、人体の単位面積で見ると、重力が最小で浮力が最大となる。
今仮りに、両足裏の面積が水平に横たわった人体面の1/10とすると、垂直姿勢から水平姿勢に変化することで、単位面積にかかる重力は1/10に減り、浮力は10倍になる。
その結果 人体では重力<浮力になるので、必ず”浮く”。

②さらに、浮力を増加する方法がある。
単なる水平姿勢ではなく、胸を反らせる(その分、頭部が下がるが心配不要)。

この姿勢によって胸郭が広がるため、肺に入る空気量が増える。
肺は、魚類の浮袋から進化したもの。
そう、肺は自前の”浮袋”になるのだ。
胸部が浮くことによって、そこに近い頭部下部(鼻と口)も水面に出る。
なので、単に浮くだけでなく、呼吸も自由にできるわけだ。

この姿勢をまずはプールで体現しよう。

この姿勢になるには、慌てずに、力を抜いてリラックスし、息を大きく吸うこと。
心理的に慌てると、筋肉が緊張して、もがいてしまい、この姿勢が取れなくなってしまうので、”慌てないこと”が何よりのコツとなる(自らいち早く水死体のようになってしまえ)。

このように”本来的には浮くんだ”ということを実感できたら、慌てずに済む。

③ただ、川で流された場合は、頭を先頭にしないことも重要(頭部が岩に激突する)。
人体の形状は、何もしないと頭が先頭になってしまう。
両手を舵がわりにして、思い切り開いて(岩を掴めるかも)、水平のまま方向を調整し、足を先頭にしよう。

④海の場合は波が大きいので、水平姿勢だと呼吸しにくい。
完全水平ではなく、手足を動かすことで(イカ泳ぎ)、沈み込みを防ぐ。
海は強い塩分のおかげで川より浮力が効く。

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自然の力と接する覚悟

2023年07月22日 | 防災・安全

やっと梅雨明けを迎えたが、すでに痛ましい水の事故が続発している。

これらは災害によるものではなく、人間の方からあえて自然に接近(入り込んで)の結果だから、責めは人間側にある。

地球上の生物は本来、自然の中で生存している。
人間も自然の力と隣り合って生きている。

なので、隣の自然の力(恐ろしさ)をきちんと知ることが生存していく上で必須。

ところが、都市化されてむき出しの自然から隔離されて生活している人たちは、その生存知を身に付けないまま、隣の自然に入り込み、人間の命など一飲みの自然の力にさらされる(この失敗経験はやり直しが効かない)。

川だけでなく、高尾山いや富士山にもサンダルばきで登ろうとする人がいる始末。

川はプールの延長ではなく、山は公園の延長ではない。
すなわち、川で泳いではならない

こういう事故に対する最も安直な対策は、隔離をさらに強固にして、生存知を必要としない生活を強要することだが、これは生物本来の在り方から外れていく(人間を脆弱にする)。

きちんとした安全教育をした上で、自分の実力に相応した自然と接するようにしていくことが理想だ。
川・海・山での安全な遊び方を、遠足や林間・臨海学校などで教られないか(学校の先生では無理か)。

例えば、山に行くには、最低限、頑丈な靴と現在地を確認する地図は必須。
それに加えて、道迷いや天気急変を想定して、携帯照明や雨具・防寒具・非常食などを装備する(私は高尾山でもこれらを装備する)。
実際には、最低限の装備(靴・地図)すらない人が山に入ってくる。
遭難して当然といえないか。
山に行きたいなら、装備についての知識(生存知)がまずは必要ということ。

私は「沢登り」という、川の上流・源流部を遡行して山頂に達する登山形式も楽しんできたが、その場合、ヘルメットと苔むした石に乗っても滑らない履き物(草鞋)、それに身体を支えるロープを持参する。
滝つぼの深い釜などは、泳いで渡る。
実は源流部だからこそ、流れの中をじゃぶじゃぶ歩いて進める。

これが中流部だと、沢登りの対象から外れる。
水圧・水深が人間の力を超えているから。
舟で航行する領域だ。