能登半島地震で、ビルや観光施設が軒並み倒れた中、能登町の縄文遺跡に復元された竪穴式住居が無傷だったことが話題となっている。
確かに竪穴式住居は、断面が末広がりの三角形のため、接地面が広くて、屋根部分が上に行くほど狭くなり、重心が低くなって構造的に倒壊しにくい。
また屋根部分は分厚いが素材的に軽いため、たとえ倒壊しても、中の人が押しつぶされることがない。
実際、江戸時代でも、震災のあった藩では、防災のため屋根瓦が禁止され、屋根は茅葺が指定されていた。
瓦屋根は雨などの気象対策であって(ただし強風には弱い)、地震に対してはレンガと同じく逆効果であることは江戸時代から既知だった。
こう見ると、確かに竪穴式住居は、地震に強い力学構造になっている。
茅葺の分厚い屋根は、夏は涼しく冬は暖かい。
もっとも、窓などの開口部がほとんどないので室内は暗く、視覚的居住性は良くないが。
それに対し、能登半島の民家は瓦屋根の家屋ばかり。
一方、輪島市で横倒しになったビルは、基礎部分の杭が抜けたことで倒れた。
その杭は地下の硬い層に打ち込んでビルの横揺れを防ぐものだが、その硬い層の上の柔らかい層が地震で液状化して、ビルを支えることができなくなってしまったのだ。
このような地層構造は、東京湾などの都市の湾岸部の埋立地も同じで、むしろ人工的に埋め立てた分、軟弱地盤の層が厚い(その分杭も長い)。
ということは、首都直下型地震は、そもそも震源地が東京湾なので※、これら湾岸(ベイエリア)の埋めて地に立つ高層ビル群は、地下層の液状化によって皆この横倒しの危険がある。
※:いまだに関東大震災を起こした相模トラフの地震と混同している人がいる。50年以上前の古い知識が更新されていない。
私は、もともと防災の観点からベイエリアには住むことはもちろん、足を踏み入れることすら遠慮しているが、ますますその思いが強くなった。
すなわち、地震に弱い建物は、瓦屋根の多い地方(の過疎地)と海沿いに高層ビルの多い都市部の両方に分布していることになる。