今日こんなことが

山根一郎の極私的近況・雑感です。職場と実家以外はたいていソロ活です。

ロボットに意識を与える危険性

2022年02月27日 | 作品・作家評

M.ソームズの『意識はどこから生まれてくるのか』(青土社 2021)を読んだ。
この本は原著が2021年3月に出て、翻訳が同年8月という素早さ。
一刻でも早く日本人に知らしめたいという訳者(岸本寛吹史・佐渡忠洋)の意気込みを感じる。

著者のソームズは、神経科学と精神分析を融合した神経精神分析学会の創設者。
つまり、最新の神経科学とフロイト理論とを融合させようとするもの。
言い換えれば、フロイト理論は最新の神経科学の知見と矛盾せず、今でも有用であるとする立場。
そのポイントとなるのが、私自身が気になっていた「心的エネルギー」というフロイトの概念。
心的活動をエネルギー論的にとらえる発想は、今はフリストンの「自由エネルギー原理」で定式化されている。→関連記事
ソームズは当のフリストンと組んで、その数学的理論とフロイト理論を融合させようとしている。
ただここで紹介したいのはそこではない。

ソームズは、意識の本質現象を「感じ」(feeling)、外界の認知ではなく内発的な感情と捉えた。
そしてその中枢を脳幹に比定し、従来の大脳皮質主義を批判。
私がこのブログで紹介した”浅野・フリーマン理論”も大脳皮質主義を批判して意識の中枢を辺縁系(海馬や扁桃体がある)に置いたが、そこより根源的な脳幹(睡眠・覚醒の中枢と同じ場所)におくことは私の多重過程モデルと一致する。

ただソームズの理論はフロイトに留まる限界があり、浅野・フリーマンのようにトマス・アクィナスの”志向性”に意識の起源を見出した視野の広さがない。
さらに、最新の脳神経科学では、ニューロンだけではなく、グリア細胞の機能が着目されているのだが、そのグリアル・ネットワークが浅野にあってこちらのモデルに入っていない。

ソームズは「あなたが見ているものは外から受け取ったものではなく、脳が生成したもの」と看破したものの、視野がフロイトに留まっているため、意識を超越するシステム3やさらに超個的なシステム4への展望がなく、浅野のように”唯識”に向かうことがない。
そう、上の言説はとっくの昔に仏教の唯識思想で看破されていて、唯識はそこが出発点になっている。

かように私から見れば、フロイトに自縛しているがゆえのデメリットを感じるが、本書の中で唯一膝を打ったのは、意識の本質を感情におくことで明らかになる、ロボットに意識を与える危険性についての提言。
この提言こそ、この本を読んだ者が取り急ぎ世間に紹介したくなる。

もとより感情は、生物の生きる意志によるもので、個体として生き長らえ、複製を生産する生物固有の”志向性”に由来する(志向性は、単細胞生物の走光性などでも発現し、必ずしも意識で”感じ”られない)。
だからロボットに意識(感情)を与えることは、ロボットに生存本能(生きる意志)を与えることに等しい。
そしてロボットは、”肉体”は人間よりはるかに強靭で、記憶や演算能力さらに感覚センサーなどのいわゆる認知機能も人間をはるかに凌駕する。
このような心身ともに人間を凌駕するマシンに意識(感情)という生きる意志を付加しようとしている能天気、いや末恐ろしい科学者がいるのは、まさに図らずも人類に敵対する”ターミネーター”を造ってしまうサイバーダイン社(映画「ターミネーター2」)を地で行くつもりにみえる
※人間に反抗しないシステムをロボットに付加しても、生物として生きる意志を与えられれば、”自己組織化”によってシステム自体が能動的に改変される。映画「ジュラシックパーク」で、繁殖を不可能にしたつもりのクローン恐竜が、生物としての志向性により、繁殖可能に自己組織化したのと同じ。

ソームズは意識を工学的につくり出すことは可能としている(実際、早晩可能になるだろう)。
ただし、その場合、まず最初にすべきことは、機械の電源を切り、内蔵バッテリーを取り出すことだという。
そして非営利団体として特許をとり、技術を管理下におく。
そして有識者を集めてシンポジウムを開き、この意識をもちうる機械の電源を再び入れるか、検討をすべきと提言している。
※:ロボットに意識=生きる意志を付与することは、ロボットに生きる権利(人権)が発生することを意味し(リベラル派の人間が味方してくれる)、人間がむやみにスイッチをオフできないことになる。そしてこのロボットに付与された権利(生存権)がロボット自身の自己組織化(心の自立)を容易にする。

ここまで具体的に考えていることに感心したのだ。
サイバーダイン社的な営利追求の民間企業に、この恐ろしい技術を与えない措置を事前にとることが必要である。

意識をもったロボットというと「鉄腕アトム」や「ドラえもん」しか思い浮かばない能天気な日本人研究者の方に、私は前々から危険性を感じている。
意識とは何か、感情とは何かを理解せずに、安易に技術化してその機能を付加することのないよう、意識や感情を理解する者が率先して動くことが、社会的責務といえる(ソームズ同様に、技術の進歩そのものは否定しない)。


甥の大学合格祝い

2022年02月26日 | 身内

高三の甥が、第一志望としていたK大・法学部に合格した(同じ大学の経済、文学部にも合格。昔は経済学部が一番人気だったが、今は法学部が上になっている)。
その祝いと延期していた誕生会を兼ねて、寿司パーティでお祝いした。
私からは,本人というより保護者に向けて入学金相当額を祝い金とした。

受験から解放された甥は、高校の友人たちとネットゲームにふけるという。
私が大学受験から解放された時は、参考書以外の読書とりわけ小説を無性に読みたくなっていたっけ。

甥はコロナ禍で高校生活の2/3はまともに送れなかった。
4月からは楽しい大学生活を送れることを願っている。


箱根の温泉に泊る

2022年02月25日 | 温泉

ロシアのウクライナ侵攻で世界中が色めき立っているさ中、私は予定通り、2月ながら”年度末の慰労”第一弾として、箱根の温泉宿に泊る。

慰労なので、この時ばかりは仕事はもちろん世間の喧騒を忘れて、湯に浸かって心身をリラックスし、酒を飲みながら宿の料理を堪能することだけを目的とする。

かような趣旨の旅なので、アプローチから特急ロマンスカーの席を取り、ビール片手につまみのシウマイ(崎陽軒)を食べる。
ロマンスカーは窓が広く展望向きだが、いかんせん小田急線は民家の裏側を通ってばかりで、展望に値するのは秦野からの表丹沢と松田からの富士がごく短い間見れるだけ(向かって右側の席から)。

ロマンスカー終点の箱根湯本で改札を出て、土産物屋で木工芸を物色。
人形を開けると中に次の人形というパターンが繰り返す入れ子構造になっている箱根細工の七福神人形を探している。
以前これを2つ持っていたのだが、幼い甥のおもちゃになって以来、紛失してしまった。
この入れ子構造の箱根細工は、世界的に有名なロシアのマトリョーシカのヒントになったもの。
通りの土産店には一向に見当たらず、高級そうな箱根細工の専門店「箱根八里」に入ったら、この人形の作家についての展示がしてあり、この作家がすでに亡くなって、以後は作る人がいない、ということを知った。
すなわち、マトリョーシカの起源となる由緒ある箱根の木工芸品の伝統が途絶えてしまったのだ。
残念至極!
というわけで、一応ロシアと無関係ではなかった。

気を取り直して、箱根登山鉄道に乗って、2つ目の大平台(おおひらだい)で降りる。
この付近は早川の深い谷で、山奥の風情がある。
大平台の集落を歩くとあちこちの側溝から湯気が出ている。
そう、ここは大平台温泉の温泉街。
今宵の宿「対岳荘」もそこにある。
この宿は勤務先関係の共済組合の経営で、今回は会員料金どころか、永続勤務記念でもらったサービス券10000円分使える。

宿の建物は古いが、ロビーからの谷奥の眺めがいい(写真)。
箱根は標高こそ低いが複雑なカルデラ地形のため風景が多彩で、標高の低いこのあたりの方が山深い景色になっている。
この谷の先には仙石原の平原と芦ノ湖があり、さらに大涌谷の噴気帯に富士の展望が広がる。
そして至る所に温泉が湧いていて、その密度は日本一。
ただ温泉ソムリエとしては密度の割に泉質に多彩さがないのが残念(湯本なんかはアルカリ単純泉だし)。
ちなみにここ大平台温泉は、ナトリウム塩化物・硫酸塩泉(すなわちアルカリ単純泉と違ってれっきとした療養泉で高血圧やうつ症状にも効くらしい)。
泉温が64℃と熱すぎるので、加水せざるをえないが、湯量が豊富でいちおう源泉掛け流し。
谷の上にあるので浴室からの眺めもいい。

箱根は麓に小田原漁港があるので、海の幸が出ても違和感なく、山海の珍味を堪能できる。
特に朝食に出るアジの開きは、まさに地元産。

翌日は、風祭で途中下車して鈴廣かまぼこの里で、たまねぎ揚げと地酒を土産に買い、小田原から小田急の快速急行でのんびり帰った。


境川を歩く2:藤沢から河口・江の島

2022年02月23日 | 川歩き

武蔵と相模の国境(神奈川県内)を画した境川を歩く第2弾(前回は町田から上流方向→境川を歩く1)
今回は中流域をすっ飛ばして、藤沢から下流の河口部を歩く。

一般的に、河口部は源流部とともに”川歩き”のクライマックス部分といえるが、東京などの大都市部の河口部は、濁って淀んで死んだ川になって感動どころか気分が沈んでしまうため、都内では河口を起点に源流に向かって歩くようにしている。

境川は、神奈川でも川崎・横浜の都市部から西にはずれて流れ、河口は東京湾ではなく太平洋に開いた相模湾に注いでおり、しかも河口の先、延長上に江の島がある。
江の島はほとんど陸続きの島のため、古来から普通に行き来があり、鎌倉に近いこともあって歴史を刻んでいて、今では”湘南”の起点として海水浴やマリンスポーツの地となって単独で観光地となっている。
もちろん私も過去幾度も訪れたことはあるが、せっかくなので久しぶりに島も堪能したい。


歩く起点の藤沢までは交通費節約(片道235円分)を優先してJRではなく小田急で行く。
小田急沿線の歩きでは、駅に隣接する「箱根そば」で歩き前のエネルギーを充塡する。

駅から東に進み、大道橋という橋で境川に達する。
街中の川なので両岸はコンクリ壁だが、流れもけっこう速く、水は澄んでいる。
ここから川の右岸沿いの歩道を南下する。 ※:上流から見て右側
ここの歩道も桜の並木になっていて、一般的に”川歩き”は桜の季節がベストだといえる。

河口から4kmという標識があり、海抜高度も記されている(この先0.5kmごとに標識がある)。
川には鯉が群れていて、鴨などの水鳥もいる。
川沿いにずっと歩道があるので、川歩きとして楽しい。
時折、川を横切る道路を横断するが、いずれも車が途切れたタイミングで、立ち止まらずに渡ることができた。

江ノ電(藤沢に向かう)が走る鉄橋をくぐると、道沿いの木々は松になり、川の鳥もカモメになって、海が近いことを知らせる。※松は潮風に耐えられるので海岸は松林ばかり。

行く手に江の島が見えてきた(写真:中央やや右奥のタワーが目印)。
川の対岸の奥の丘には龍口寺(鎌倉腰越)の仏舎利塔も見えてきた。

行く手の江の島が大きくなり、川沿いの家にサーフボードが立て掛けられるのを見るようになると、小田急の「片瀬江ノ島」駅は近い。
※この地では、江の島、江ノ島、江島表記が混在している。
駅前で左折して、もう河口と言っていい弁天橋を、観光客と一緒に渡る。
ここまでで約1時間だった。


観光案内所の脇からいったん地下に下って(道路をくぐって)再び地上に出ると、江の島に渡る道となる。
私の気持ちはまだ境川にあるので、江の島に向かう観光客の行列から外れて、境川の河口部の左岸に向かう。
ここからクルーズ船(1人1000円)が出て、江の島付近を一周している。
乗ってみたいが、1人客だと乗りにくい(かといってカップルと相席になるのもどうも…)。
実は江の島に行く遊覧船もあるのだが、残念ながら今は運休中。
境川左岸の突端近くまで行き(そこから先は立入禁止)、境川歩きは終了。

ここから江の島弁天橋に移って、境川の河口を真横に見ながら、江の島に向かう(写真:右中段が河口)。


江の島に達した先は土産物屋と食堂が並ぶ一本道で、そこを抜け、石段を上がると弁天が祀ってある江島神社(辺津宮)。
500円払ってここだけにある裸弁天と定番の八臂弁天を拝む。
ここの参拝客は皆、静かに合掌し、柏手を打つ人はいない。

弁天は(今でこそ維新後の)神社に祀られているが、本来は仏教に属するインド由来の神(サラスバティ)であるから、少なくとも神道神ではないので、参拝は神式より仏式の方が妥当といえる。
なので、参拝客の”妥当”な所作に感心した。
またここは弁天と表記しているが、ご本人が琵琶を弾いているように、本来は芸能神なので、弁天が正しい(元のサラスバティもビーナというインドの弦楽器を弾いている)。

私はこの神社で弁天の御影を買う(八臂弁天のみ:500円)。

ここから先の道には、エスカというエスカレータもあるが、今日は歩きが目的なので歩いて坂を上る。
中津宮を巡って、タワーのある高台(江の島の最高点)に出て、下りに入った所にある江の島大師という真言宗寺院に入る。
靴を脱いで本堂に入り、本尊の不動明王を参拝する(不動明王の印を結んで、真言を唱える)。
道沿いには、おいしそうな海鮮料理の食堂が並ぶ。
今回は川歩きが目的なので事前に箱根そばを食べたが、江の島を目的にするなら、こういう店で食べたい。

「山ふたつ」という地名の江の島を二分する断層部に出ると、南の海側に関東大震災で隆起した海蝕台が見える(写真)。
ここから見るそれは、幼い私を夢中にさせた「キングコング対ゴジラ」の映画で、キングコングが棲むファラ島の上陸場面のロケに使われた、忘れることのできない風景。
映画では、今私が見ている場所はファラ島の奥地に当り、私の背後にキングコングが棲んでいるのだ。
さらに映画では小山のような大ダコ(本物の蛸が出演!)が上陸してこの地にあった小屋の島民を襲うが、さらに巨大なキングコングに撃退される。


奥津宮と昔はなかった龍宮を巡り、石段を下って島南部の隆起した海蝕台に降り、
さらに進んで、江の島の岩屋に入る(500円)
ここが江の島(弁天)の”秘所”で、最も神聖な場所。 ※:推理作家松本清張の解釈
一番の奥地には、あえて気分がでるようにと蝋燭の灯火を手にして進む。
ここは波の侵食を奥まで受けた所が、その後隆起して海水が抜けて洞窟になったもの。
洞内には弁天や観音などの石仏が並ぶが、いずれも女性を模している(写真は弁天)。
ここを訪れたという弘法大師は伝説だとしても、源頼朝、北条時政、そして一遍上人も来ている(江戸時代にはもう観光地になっていた)。

ここが到達点で、あとは往路を引き返す。
途中、海蝕台で潮だまりを見て、高台のサムエル・コッキング苑に200円払って入って、売店でコップの周囲をぐるぐる回るストロー付きのコップを2人の姪向けに購入(このコップここでしか見たことがない。これを買うのも目的だった)。


2つの弁天橋を渡って小田急の片瀬江ノ島駅に達する。
駅のコンビニで、江の島名物の蛸の丸焼きせんべい(400円)を2枚土産に買った(映画の大ダコを思い出す)。

江の島はただ島内を歩いただけだが、往復して3時間かかった。
それだけ観光地として充実しているということ。
ここに来るなら、ストイックな”歩き”の延長ではなく、遊覧船で渡って、しらす丼を賞味し(できたら江の島ビールも)、富士を眺めながら温泉に浸かれば、さぞ充実した観光となる(サムエル・コッキング苑では夜のイルミネーションもきれいらしい)。
観光に足りなければ、江ノ電に乗って鎌倉に行くのもいい。


これって副反応?

2022年02月19日 | 新型コロナウイルス

昨日受けた3回目のワクチン接種。
数日前に接種した母は、過去2回より副反応が軽かったというが、
私の方は夜になって上腕の接種部位に痛みが出て、就寝中も寝返りでその腕を下にできないほどだった。
ということは、1月30日に見た夢は予知夢だった→夢の中だけの痛覚

翌日=今日の昼、秋葉に買い物に行った。
ヨドバシカメラのフロアを歩いていると、身体の皮膚が敏感になって、服が肌に擦れると気持ち悪い感触がしだした。
これって、風邪の引き始めで、体の節々が痛くなる前兆と同じ。
せっかくなので秋葉の巡回ルートを回って、帰宅途中にドラッグストアで「葛根湯」の粉末剤を買って、家で服用した。
風邪かなと思ったが、熱っ気はないし、咳も鼻水も出ず、風邪に進む気配はない。
もしかして、これってワクチンの副反応?

入浴も夕食も普通にすませ、念のため食後に再び葛根湯を服用。
体の節々は痛みに至らぬ違和感状態が続いているだが、これ以上は悪化しない模様。

追記:翌朝の日曜、腕の痛みは続いているものの、体調は戻った模様。
どうせ悪天なので、家で安静にして、カーリングの決勝戦を観ることにする。


医院をハシゴ

2022年02月18日 | 健康

後期試験に入試と年度末の大仕事がほぼ終わったので、久しぶりに帰京して、自分の体のチェックのため、予約していた自宅近所の医院を3軒ハシゴした。

まずは4ヶ月ごとに通っている眼科に、眼圧を下げる薬をもらいに行く(緑内障予防のため)。
毎回の眼圧検査で、眼に空気圧がかけられるのだが、空気が吹きつけられた瞬間に瞬目反射をしてしまう。
システム0による反射(脳ではなく脊髄が起点)だから、自身の意思(大脳・システム2)ではコントロールできない。
実際、「瞬きするまい」という強い意思をもって検査に臨むのだが、1度も反射を抑えたためしがない。
もっとも自己の意思決定を待たないこのすばやい反射反応があるから、外からの思わぬ異物に眼が守られるわけだ。
検査の結果、眼圧は正常で、いつも通りの薬を処方してもらう。

つぎに、歯科に、年一回の歯石を取りに行く。
歯科に行く前日の昨日になって急に奥歯が疼きだしたが、今朝になってそれが止んだ。
そのことを話すと、見たところ歯に異状はないとのこと。
歯科医から技士に入れ替わって歯石を取ってもらうのだが、その最中に口内に入れられた歯石を削る器械から出る水が口腔の奥の或る場所に触れると、嚥下(えんか)反射をしてしまう。
といっても意思で舌根を盛り上げて口内の水を飲まないうようにしているのだが(口内には水を吸い出す器械も入っている)、嚥下反射のゴクリという運動反応は口内が大きく動くので、歯石除去作業の妨げになる。
だがこれもシステム0の命令だから、自身の意思(システム2)ではコントロールできない。
口内で噛み砕かれた食べ物が奥にある反応ボタンに触れると、意思を待たずに自動的に呑込む仕組みなわけだ。
この反射が作動しないと、食事中あっというまに口内に食べ物が溜まってしまう。

これら2つの反射は医療場面では邪魔になるが、生体にとってはありがたい機能なのだ。
今日の歯石取りは下列だけで終わりなので、来週の予約をする。

最後は、2月ごとに通っているクリニックに、3回目のワクチン(ファイザー)接種を受けに行く。
書いてきた問診表を医師にチェックされて、今の状態を確認され、別室で看護師に注射をされる。
その後15分間院内で安静にして、問題がないので解放される。
数時間後に、上腕の接種部位に軽い炎症反応が始まる。
これも意思とは独立したシステム0の免疫系による情報反応である(上の反射よりは情報の識別性が高い)。

かように、あちこちの身体部位におけるシステム0の反応を経験した一日だった。


冬の昼間頻尿

2022年02月11日 | 健康

毎年、冬になると、昼間は頻尿になる。
まず、冬は汗が出ない分、水分は膀胱に溜まりやすくなるので、冬に限定される理由はそれだろう(これは全員が該当)。
頻尿の定義は8回以上/覚醒時ということなので、日に16時間起きているとすれば、頻度は2時間に1回となる。
私はぴったり該当する。
90分授業の開始前にトイレに行っても、その授業が終るとまたトイレに行きたくなる。
新幹線で東京−名古屋間を移動する場合も、乗る前と乗った後それぞれトイレに駆け込む。
ただ自宅にいても同じ頻度なので、仕事や移動にかかわる精神的緊張とかが理由ではないようだ。
別に心理的に尿意を常に気にしているわけではない。

ところが、夜間、すなわち寝る前にトイレに行ったあとは、朝までもつ(以前は夜間1回は起きてトイレに行ったが、最近はまったくない)。
しかも毎晩寝る前に、水でたっぷり薄めた飲酒(グラスで3杯)をするにもかかわらずだ。
なので、頻尿というと多くの人が悩む「夜間頻尿」ではなく、私の場合は”昼間頻尿”に限定される。

精神的緊張とは関係ないと記したが、先日、3時間ぶっとおしの試験監督を担当した。
試験監督だから中座するわけにいかない。
我慢限度を超えるので、内心心配した(排尿パッドを考えたほど)。
2日(2回)担当したのだが、昼間にもかかわらず、いずれも3時間余裕でもった(脂汗も出ず)。
ということは逆に、精神的緊張(張り)があると症状が収まるということだ。

このような場面限定性があるので、季節要因以外では心因性の疑いがある。
膀胱活動を制御している自律神経を考えると、就寝中は症状がないということは、副交感神経優位の時は症状が出ないことになるが、一方で、昼間でも試験監督の時のような緊張すなわち交感神経がかなり優位の時も症状が出ない。
その中間の格別な緊張感のない昼間という、やや交感神経優位状態の時に症状が出る。

ちなみに私ほどの年齢の♂は、前立腺肥大を疑う必要があるが、残尿感等の前立腺因の症状はない。
最も一般的な「過活動膀胱」が該当しよう。

トイレが身近にある生活なので実害はないが、頻度が多いのはそれなりに面倒。

以前夜間頻尿があった時、「八味地黄丸」という漢方薬を一定期間服用したら、(生活習慣はそのままで)症状から解放された。
これをまた飲もうか。


人類はなぜ右利きが多いのか、私の仮説

2022年02月09日 | 雑感

人類はなぜ右利きが多いのか。
発掘された石器などはすでに右手用なので、手が自由に使える状態になってから、すなわち直立してから後に右利きになったらしい。
ただ、なぜ右利きが主となったのかは不明だという
※:加藤俊徳『すごい左利き』ダイヤモンド社(この本は10分で読み終えた程度の内容だが、この記事のアイデアを思いつかせてくれた。ただし内容的に参考にしてはいない)。

そこで私なりに考えてみた。
私は世間の数多の説とは異なり、使うではなく、直立した身体そのものに原因を見出す。

そもそも、人体は基本的には左右均等・対称だ。
まず消化器官は、胃・腸を中心に口から肛門まで正中線に沿ってある。
膀胱や子宮も正中線。
それから二つある肺や腎臓、卵巣・精巣も正中線を軸に左右対称に位置する。
もちろん、目・耳、そして脳(左右脳)も正中線を軸に左右対称にある。

ところが、直立した場合、1つしかない内臓で正中線に配置できないものは非対称的な位置になった(といっても四足歩行の場合、それらの非対称性は、重量バランス的にあまり問題にならない)。
まず心臓は中心よりやや左側に位置している(完全に左側にあるのではない)。
本来は正中線上にあるべきだが、同じ場所にある胸骨が心臓の拍動の邪魔になる(それに食道とも位置が重なる)。
その脇の肋骨なら骨が動くし、しかも隙間があるので拍動の邪魔にならない。
そこでやや左にずれた(右にずれてもよかったし、ごくたまに右側に心臓がある人も支障はない)。

そしてそれを受けてかは知らないが、内臓で一番重い肝臓が右側に配置された(大きいので脾臓や膵臓のように胃の後ろとか胃腸の間には入れなかった)。
これが問題だ。
一番重い臓器なので、身体のバランスに影響する。
すなわち、右半身が重くなり、左半身が軽くなる。

となると、むしろ左半身の方が使いやすくなり、人類はむしろ左利きになっておかしくなかった。

ところが、身軽さにまかせて左利きになると、左右のアンバランスが増幅されて、
たとえば左足が右足よりアンバランスに優位になると、歩行が右回転気味になって、直進すら難しくなる。
骨格・筋肉はもともとは左右均等についているのだから、これでは資源の無駄になる。
そこで、重い側の右をあえて優位に使う事で、左右の運動的アンバランス化を抑えることができる。

つまり、人類の直立直後においては、左利きは自然な状態だったのだが、身体行動的には右利きの方がバランスがとれるので、長い目で右利きの人類が優位になった。
というのが私の仮説。
利き手は遺伝するため、世代を重ねるにつれて右利きが多くなった。

さらに、右利きがデフォとなると、大脳皮質も右利きに対応する左半球が優位になる。
その優位性によって、その後に人類が獲得した言語(さらには文字)は、すでに優位脳であった左脳に中枢が備わった。
それによって右利きの優位性はさらに強化されて、現代に至っている。
同時に骨格・筋肉が直立二足歩行に適応してきたため、アンバランスは事実上問題なくなった。
ただ本来的には左利きがありうるので、先祖返りの左利きも一定割合出現する。

その後、人類の文明は右利き優位でできあがったため、今では生活動作が右利き前提で、かえって左をアンバランスに使わなくなり(左脳偏重)、逆に少数派の左利きの方が右手を使うことを強要されるため、両脳のバランスを回復できるようになった。
私のような生まれ持っての左利きにとってはもちろん左半身の方が身軽なのだが、右利きの人にとっても身体の重心的には、左半身(特に足)の方が身軽なはずである。

人は本来は直立した状態では左利きであっておかしくなかったのだが、左右のバランスを確保するために、直立二足歩行の段階で右利きに傾いた、というのが私の仮説である。
直立直後は、足のバランスが重要で、手が自由に使えるようになるのはその後のこと。

以上、確たる証拠はなく、バランスが重要という価値観が論拠になっている。
あえてこのような仮説を提出するのは、既存の発想とは別の発想の選択肢を提示するため。


冬に冷えすぎる冷蔵庫:追記あり

2022年02月06日 | 生活

我が名古屋宅の冷蔵庫は、冬になると野菜室の野菜まで凍るようになってしまった(白菜は凍らすと長持ちするが、大根はダメになった)
全室凍結状態。

温度設定は年間を通して「弱」にしている。
すると、夏になると冷却不足になり、野菜が傷みやすくなる(これは設定を上げれば済む話)。
そして「弱」にしていても冬になると全室凍結。

ということはこの冷蔵庫は外気(といっても室内)に著しく反応していることを意味するが、
冬といっても、室内で暖房のない空間だが0℃以下にはならない。
それでも庫内が氷点下になってしまう。

温度設定を「弱」よりもさらに下げてみたら、実質的に「切り」になってしまい、冷却スイッチが入らず、常温になってしまった(冷凍室まで解凍)。
そこでアナログの温度設定ダイヤルを微妙に試行錯誤して、なんとか凍結させないで冷やす位置を見つけた(その位置にペンで印をつけた)。

ところが、昨日から名古屋は降雪で外気温はずっと0℃前後。
すると庫内のタッパ内のモヤシをひたした水が凍った。
これ以上設定を下げると「切り」になってまうので、それはできない。

今までの冷蔵庫の挙動から推測すると、
冷蔵庫のある空間の室温を上げれば、庫内の温度が上がるはず。

そこでトイレに置いていたセラミックヒーター(300W)を冷蔵庫の後ろ側に置いて、温める事にした。
冷蔵庫を外から温めることで、内の冷えすぎを防ぐのだ。
なんか釈然としないが、論理的には整合している。

実はこの冷蔵庫、買って30年になる超オールドタイプ。
なにしろメーカーはパナソニックの前身であるナショナル松下電機!)。
しかも、当時でも安物の部類(この地に長居するつもりはなかったため)。
もちろん冷蔵庫だから、ずっと電源入れっ放しで稼働し続けてきた。
ところが、冷却機能が落ちるどころか、このように強まってさえいる。
意外なところで、当時の日本メーカーの底力を思い知った。
同じく30年物の洗濯機(シャープ製)も電子レンジ(東芝製)も健在だし。

追記
”計測マン”を自認する私としたことが、計測データなしで上の記事を書いてしまった。
面目を取り戻すため、庫内と庫外に温度計を設置してみた。
庫外が12−13℃の時、庫内は0℃(ぎりぎり凍らない)。
庫外が15℃の時、庫内は2℃。
すなわちわが30年物の冷蔵庫は、”最弱”設定だと外気から13℃下げる仕事をしているようだ。


左利きの星:石原慎太郎氏

2022年02月02日 | メモリアル

石原慎太郎氏の訃報に接して、私も「巨星落つ」という感に浸った一人だが、
その巨星とは、一般には政治家(とりわけ元都知事)としてだろうが、私にとっては”左利き”の巨星でもあった。

一般に左利きは、右脳が優位なので、ダ・ビンチを筆頭に画家などのイメージ芸術系の有名人が多い。
※:他にモーツァルト、ダーウィン、アインシュタイン、チャップリン、ポール・マッカートニー、ジミ・ヘンドリックスなど
逆に左脳にある言語能力は右利きに比べると不得意になりがちで(私もその一人)、その理由で作家などの言語芸術系は稀。

そんな中で、慎太郎氏は、左利きの作家(文筆家)として、なんと大学生で芥川賞作家となり、その後政治家になってからも、最晩年まで作家であり続けた稀有な人である。
すなわち、”左利きの作家”として巨星なのだ。

都知事時代の都のディーゼル車規制での会見で、ペットボトルを開けて中の黒い煤を振る映像があるが、右手にペットボトルを持っているのは、左手で蓋を開けるためだ。

昔は、テレビで出演者が左手で箸やペンを持つ映像を流すと、抗議の電話が殺到したという。
「左手なんか使わせるな」と。

左利きの人が有名人になって、左手を使う映像を繰り返し流すことで、左利きに対する偏見を減らすことができる。
氏は自らそれを実践してくれた。

ちなみに利き手は遺伝素因がある(私の祖母が利きで、その4人の息子は全員右利きだが、孫では5人のうち私を含めた2人が左利き)。
なので氏の四男の画家の方は、左利きかもしれない。