平日の昼を利用して公開中の映画「劒岳(つるぎ)点の記」を観た。
ほんと、映画館に映画を観に行くって久しぶり
(言い換えれば、私を映画館に向わせた久々の映画)。
原作は、山岳小説家の新田次郎(晩年は歴史小説に傾く)。
私は中学の時登山が好きになって以来、
氏の作品はほとんど読んでいる
(最初に読んだのが『孤高の人』)。
なのでもちろん、原作はとうの昔に読んでいる。
氏の山岳小説で映画化されたのは、
「富士山頂」「八甲田山」「聖職の碑」に続いてこれで4作目
(他に「アラスカ物語」など。あと「武田信玄」がNHK大河に)。
その中で、”ひたすら山頂を目指す”という純粋な意味での山岳小説の映画化は
今回が初めて(他は、極地観測と山岳遭難)。
舞台となる劒岳(2999m)は、私にとっては、
大学山岳部の時の岩登り合宿の地で、
その時、北・東・南面の壁を登った。
映画に出てくる、雪渓から頂に達する北陵ルートも通った。
その時を思い出しながら、映画の中で周囲の山の展望を楽しんだ
(ストーリーは既知なので)。
当然、日本最大の岩峰・劒岳自身が隠れた主役。
映画で描かれた人間的な部分といえば、
業務命令で山に行く者、
山を生活の糧にする者、
山をスポーツとして楽しむ日本最初の者、
山を信仰の対象にする者、
これら4者のかかわり合い(異質性と共通性)かな。
その人間的テーマ(”仲間”)がよかったのか、
映画が終わったとき、客席から拍手がわいた。
新田次郎は日本登山史上の重要な記録・事件を小説化して再生した功績者だ。
次に映画化してほしいのは、
真の初登頂を描いた『槍ケ岳開山』あたりか
(山小屋が邪魔でロケがむずかしいか)。
壮絶さでいえば、
宝永噴火の事後処理を描いた『怒る富士』、
富士講の身禄の入定を描いた『富士に死す』もいい。
そうえいば、今日は富士山山開きの前日。
縁日となる駒込富士神社に立ち寄った。
追記:「富士山頂」が7月4日にテレビ放映された。
翌日の石原裕次郎の忌日を記念してとか。
やはり”裕次郎映画”っていう感じだった。
学生の時、朝起きたら、大平首相(当時)の訃報が流れていて、びっくりして、それ以後、「朝起きたら世の中が変っているのでは」というおそれが続いた。
今日、久しぶりにそれを体験した。
マイケル・ジャクソンに対しては格別のファンではなかったが、同世代・同時代人ででもあり、往年のヒット曲には思い出がある。
自分がジャズダンスをやっていた時でもあったので、ムーンウォークをまねしたっけ。
ただ、アーティストとしては完全に過去の人で、ここんとこは不名誉なニュースばかりなので、今の人にとっては、イメージが悪いだろうな。
回向(えこう)のつもりで彼のヒット曲を聴いてみようと思ったが、わがiPodには入っておらず、家のCDにも MDにもない。
ここ10年単位で使っていない捨て忘れていたカセットテープが残っていた…。
近所のレンタルショップにCDを借りようと、夜10時前に行ってみた。
もちろん、今ごろ行ってもすべて借りられてMJの所だけ空白になっているだろう。
ところがあにはからんや、彼の場所は若干の隙間があるだけで、どのアルバムを借りようか迷えるほど残っている(「ヒストリー」を借りた)。
テレビでは追悼の特番までやっているというのに、
やはり過去の人なんだな。
充電には2日間かけもらった。
完全に消耗していたので、最初はなかなか反応しなかったそうだ。
何度がやっているうちに、だんだん反応するようになり、
2日目の夕方、フル充電状態になったという。
費用は1500円+税。
わがMINIみたいに、バッテリーを自分で外して、自分で持参できるから、この程度ですんだみたい。
さっそく両手で抱えて帰り、
これも買ったばかりのフル工具セットを開いて、トランクを開けて取付け(固定)作業にとりかかる(MINIのバッテリーはトランクの中に設置)。
隣の主人も様子を見に来る。
午前中は強い雨だったが、今はもうやんでいる。
むしろ日差しがでてきて、一気に暑くなった。
湿った暑さに汗だくになりながら、トランクの奥に手を伸ばして、電極上のコードを固定する六角ネジを締める(外す時はマイナス側から、付ける時はプラス側から)。
無事に取付け、固定も完了。
運転席のドアを開けて、キーを差し込み、回してみる。
果たして、以前のように、よどみなくエンジンが回転。
”普通に車が動くこと”のすばらしさを改めて味わう。
この後、本来追加でやるつもりだった、屋根のペットボトル風車の色付け作業を終えた。
翌日、気分も新たに、車を始動した。
今までは、始動するのにチョークを引かないとエンジンがかからなかったが、
今はキーを回しただけで始動。
バッテリーは見事にフルパワーになってくれた。
温泉でなく、建物もちと古いが、全室オーシャンビューで、和洋室で、今まで行ったいずれのグリーンプラザ(北軽井沢、箱根、強羅、鴨川、上越)よりも広い。
浴衣でパソコン執筆するなら、和室の広い座卓が一番で、寝るのは蒲団よりふかふかのベッドがいい。だから部屋は和洋室がベスト。
なのでここは滞在執筆にピッタリ。
ここは最近、3食とも外来客を受入れ、売上げ増進をはかっている(実際、ランチは満席)。
それによると、夜のバイキングは3675円、朝のバイキングは1575円なので2食の食事代は5250円。
勤務先の関係で会員料金の私の場合、宿代は今時分なら7800円だから、室料はたったの1550円となる。
ビジネスホテル並の料金で、名古屋の棲み家より広い和洋室を使えて、大浴場も使え、さらに夕食では”焼きタラバ食べ放題”(もちろん他にも計40種と豊富)を満喫できるのだから、こんなうれしいことはない。
数ヶ月に1度、思いっきりカニを食べたくなった時に利用する。
浜名湖の旅(今月は2回目の旅!)は、鉄道を使うことに相成った。
名古屋から豊橋までは名鉄特急パノラマカーを使う。
せっかくの旅行なので、先頭の展望車の席をゲット(他の指定席と同料金)。
しかもゲットした席は最前席(展望車って最前席でないと意味半減)。
土曜なので、展望車はさぞかし子連れで騒がしいかと思ったら、
4列の最前席に座ったのは、いずれもオトナの男、
そして後ろの席もオトナの一人客がちらほらいる程度
(名古屋~豊橋間って完全に通勤路線だもんな)。
名鉄パノラマカーの展望車の最前席に座ったのは、
左(窓側)から、ホームで一人でしゃべっていた発達障害気味の男、その隣は私。
そして通路を挟んで赤いTシャツの30男、
さらに右端は作業ズボン姿のガテン系の青年。
私の左側の男は、ホームではしゃべっていたものの、
着席すると大人しく、普通と変らない(軽症なようだ)。
でもこのタイプは電車などメカに強い興味を示すことが多い。
私はといえば、旅行用キャリーバッグを持ちながらも、
ポケットがたくさんついたメッシュのベスト姿なので、
やはりオタク風の出で立ち。
赤いシャツの男は、一番まとも(無個性)に見えたが、
彼のショルダーバッグを見ると、
そこにはあちこちの鉄道車両のバッジがつけてある。
彼こそが最前列の4人のうちで最も正統な鉄オタだった。
さて、列車は地下の新名古屋駅を発ち、地上に出る。
最前列の席だと当然、
前方に視線を固定し、レール上の車窓を見入る。
いつものように読書用の本を持ってきたのだが、
この席に座って読書することほど馬鹿げた行為はない。
ところが、右端のガテン系は、携帯を取り出してメールを打ち始める。
彼が特別料金を払って展望車を選んだ意味に疑問を抱く。
さらに彼はメール打ちが終わったら、真っ先に寝てしまった。
ますます、展望車を選んだ意味が不可解となる。
見た目のオタク度とグッズの鉄オタ度では左右の男たちに負ける私だが、
列車がスピードに乗って走りだしたのを見計らって、
一発逆転のアイテムをバッグから取出した。
ハンディGPS(携帯カーナビ)である。
これの電源を入れ、やがて衛星をキャッチすると、
画面には、カーナビと同じく周囲の道路と地名、走行速度、
そしてなんと等高線までが表示される。
私は鉄オタではなく、どっちかというと地理オタクで、
自分が今居る所の標高や、周囲の地形をいつも知っていたい。
鉄オタにとっては車窓の外は主たる関心ではないようで、
右の鉄オタ男も、乗っただけで満足なのか、居眠りを始める。
たしかに、名鉄名古屋本線は(大都市の私鉄沿線は一般に)
楽しめるような風景ではない。
今沿線に見えた学校が何という学校か気になるような私は、
風景と GPS画面を見比べて忙しいのだが、
それでも単調な風景になると、GPSも表示情報が単調となり、眠くなる。
左の男も目を閉じ気味。
私はヘッドホンをしてiPodで音楽を流し、音から眠気を遮断する作戦に出る。
ガテン系以外のオタク系3人は、せっかくの最前席なのでなんとか眠るまいと努力する。
やがて終点豊橋に着き、終始無言であった最前席の4人は当然バラバラになった。
仕事を終えて、愛車(RoverMini)の屋根に付けているペットボトル風車の色付け作業をしようと、
ペイント道具を持って、車の所に行った。
すると、隣家の美容室の主人が、「バッテリー直したの?」と話しかけてきた。
最初はピンと来なかったが、主人の話によると、我が愛車のハザードランプがつきっ放しだったので、
私の部屋に電話してくれたそうだ(もちろん私は不在)。
ハザードランプを消し忘れてから5日ぶりに車の所に戻ったわけで、
当然すでにハザードランプは点滅しておらず、
セルを回しても無反応。
実は、先週3年ぶりにバッテリーを交換したばかり。
そのバッテリーがその週のうちに、オシャカに…
翌日、隣家の主人のBMWとブースターケーブルをつないで、エンジンを始動してもらったが、わが愛車は無反応。
バッテリー本体をチャージする必要があるわけで、バッテリーを外して近くのディーラーに持っていこうと思ったが、六角ネジの寸法に合う工具がない。
工具までも隣家の主人に借りて、バッテリーを外し、重い思いをして、ディーラーに持ち込んだ。
本当はこの週末は、新しいバッテリーで浜名湖の定宿に高速ドライブの予定だった。
だがバッテリー低速充電は2日間かかるのでその出発に間に合わない。
幸い、浜名湖へは鉄道の旅が可能なので、旅行に支障はない。
でも、愛車との1000円高速の旅がお流れになったのは残念。
18年目になる我が愛車は、パンク(前輪、後輪)、オーバーヒート(ボンネットから煙)、不慮の故障(突然動かなくなる)を経験してきた。
これに「バッテリー切れ」が追加された。
ただ事故と違反、キーを刺したままのドアロックがまだ一回もないのが不幸中の幸い。
もちろん、加賀の白山(ククリ姫)からの勧進。
東海北陸地方にはあちこちにある白山神社だが、江戸東京には珍しい。
といっても江戸(首都)に出張所を設けて、存在をアピールするのは今でもやっていること。
さらにその白山神社境内には、富士塚(浅間神社)があり、江戸で盛んだった富士信仰と合体している。
ただしその富士塚は、民家を見下ろす位置にあるため、6月第2土曜の年一日しか登拝できない。
というので、都内富士塚を登り歩いている身としては、この機を逃せない。
この日は神社の”アジサイ祭り”の最中で、賑わっている(写真)。
確かに、境内、とりわけ富士塚にはアジサイが豊富で、都内(しかも実家から徒歩)でこんなに堪能できるとは思ってもみなかった。
さっそく満開のアジサイをかきわけて、富士塚に登頂。
その後は、境内の出店に向う。
出店はいずれも町会主催なので、値段もリーズナブルで、思い切ってイカの丸焼き・ホタテの串焼き・缶ビール・アスパラコロッケと目についたほしいものすべて飲み食いしてもこれで計800円。
これが業者の屋台だったら、1品500円だけ食べて終りにする。
祭りの主体が地元住民の手にある方が、祭りを盛り上げる気運が高く、こちらも安心して楽しめる。
こういう形態がひろまってほしい。
私はそのまま名古屋に帰る身なので、平服で顔を出した。
同い年の従兄弟がいることもあり、幼少時から世話になった。
母などは、同じ劇団の仲間として結婚前からのつき合い。
最後の見納めに、棺桶の蓋ごしに、顔を見た。
ずっと見ていると胸がいっぱいになってくる。
明日、この姿はこの世から無くなる。
葬儀は久々に会う親類縁者との語らいの場も提供してくれる。
失った親族を囲むために、残りの親族たちが集い、つながりを再確認する。
ふだんはバラバラになっているものの、”血縁”というものを改めて実感させてくれる。
私は、昼に外で中華料理屋に入る時は、
「五目焼そば」か「ワンタンメン」のどちらかにしている。
ラーメンや焼そばは昼食として役不足。
五目焼そばのあの豊富な具は、
胃袋的・栄養学的な満足だけでなく、色彩・形象の豊かさが心理的にも満たしてくれる。
一方、なぜ「ワンタンメン」かといえば、
パスタで一番好きなのが、スパゲッティではなくラザニアであると言えば答えになろうか
(ここで賢明な読者は、昼食であるにもかかわらず、ライスセットが最初から選択外であることに気づかれたことだろう。
もちろん私にとってカロリーオーバーなためである)。
さて、耳鼻科専門病院で診察を受けるため、東京都心・千代田区駿河台に行った。
申込を済ませ、診察は午後からなので、正午前にまずは腹ごしらえ。
いわゆるラーメン屋ではなく、中華料理屋に入った。
店外のメニューで「五目焼そば」があるのを確認済み。
一人客なので、相席となる大きい円卓を指示された。
その際、「五目焼そば」を注文したことはあえて記す必要もあるまい。
昼食時なので、客が次々と入ってくる。
私の右隣に男性の一人客が席につき、ランチセットを注文した。
そして、私の前に大きめの皿に盛られた「五目焼そば」が到着。
五目焼そばに入るべき具は、まずはイカ・エビ・ウズラの卵。
キノコ類もほしいがキクラゲでも可。
緑色野菜(チンゲンサイなど)と白色野菜は言うまでもない。
逆に”あらずもがな”なのがモヤシ。
あれが入ると、一気に安っぽくなる
(私はラーメン・焼そばにおいてもモヤシ不要論者)。
この店の「五目焼そば」は
けっこう大きめの皿に、合格圏内の具がどっさりのっている。
じつにカラフルでリッチな見た目に、食べる前から私は満足気な表情。
その時、私が箸をつける豪勢な皿をちらりと見た右隣の男性の目に、後悔の念が表れたことを私は見逃さなかった。
私が五目焼そばの様々な具と麺をおいしそうに食べ、
そして右の男性のもとに今(執筆時)では内容が記憶にも残らないありきたりなランチセットが届いた頃、
他のテーブル席には座りきれなかった近所の会社員の4人組(男3人・女1人)がわれわれの円卓に相席として座るべく、
私の背後から円卓の左側の席に入り込んできた。
着席するとき、その全員が私の席を上から見下ろす形で通ることになる。
注文をとりに来た店の人に、着席した彼らの1人は
4人を代表してこう注文した。
「五目焼そば4つ。1つは大盛で」
その時、私が食べている五目焼そばには、”勝利”の美味が加わった。
普通、サラリーマンの昼飯は、お得感のあるランチセットに決まっている。
おそらく彼ら4人も、この店に入る時は、
お馴染のランチセットにしようと決めていたはずだ。
ところが、着席する円卓に、
思わず目に入った、今まで見た事のないカラフルで豪華な五目焼そばの姿に、
それまでの決心が吹っ飛んでしまったに違いない。
その4人は、着席するやいなや催眠にかかったように、
一人一人の口から「今日は、五目焼そばにする…」と同じセリフが出たはずだ。
4人全員の選択を我が方に従わせるという、圧倒的勝者の快感を堪能しながら、
私は、彼らが待ち望んでいる五目焼そばの皿を空にし、
悠然と円卓を後にした。
実はそこの五目焼そばは、ちょっと油が多すぎで、満点ではなかったが。