『プレイ・ボール』は前述の通り2002年の宇多田ヒカル3rdアルバム『DEEP RIVER』のアルバム発売直前解禁曲としてラジオや有線でオンエアされ始めた楽曲だが、この抜擢の理由の一つとして「歌い出しの引きの良さ」があったのかもしれない。
『生意気そうと思われる第一印象
気にしないで』
これね。ラジオの初オンエア時とか、まずリスナーは「誰の曲なのか」というのを気にかける。まだ曲を知らない状態では曲の印象も何も無いからね。で、そんなタイミングでDJが「続いては宇多田ヒカルの新曲です」と『プレイ・ボール』を紹介してくればまず皆が頭に思い浮かべるのは宇多田ヒカルのイメージだ。なんとなく「あぁ、テレビでダウンタウンにタメ口利いてたあのクソ生意気な娘っ子か……」とぼんやり考えたリスナーがドアタマに『生意気そうと思われる第一印象』とか聞かされると、それはまるで宇多田ヒカルの独白のように聞こえる訳だ。歌詞なのにね。
この効果はとても大きい。例えば『道』なんかは曲の途中では
『調子に乗ってた時期もあると思います』と曲の中の登場人物から実在の宇多田ヒカルの視点(のようにも感じられる)で歌い始めたりもするが、『プレイ・ボール』の場合は曲の冒頭で掴みにそれを持ってきた。大体これで曲に興味を惹き付けられる。確かに、ラジオオンエア向きかもしれない。
しかし、ヒカルの作詞の魅力は、ここをただの掴みだけにしないところよな。ここから一番と二番に渡って
『束の間の沈黙を破るquestion』
『一人でも続けると決めたmission』
『君の胸のどこかに眠るpassion』
『一人でも続けると決めたmission』
『question』『mission』『passion』『mission』と立て続けに英語で韻を踏んできて、そこにすかさず
『華麗な逆転させたfirst impression』
をぶち込んでくるのだよ。『question』『mission』『passion』、『impression』。そして“first impression”は日本語だと『第一印象』だ。ここにきて冒頭の台詞と曲に散りばめた音韻の伏線を一度に回収するという華麗な所業。なお「華麗な逆転」は一発で2点3点4点と得点できる野球の醍醐味“逆転劇”をもちょっと彷彿とさせたりもして。ホントに上手く出来ている。そして勿論、テレビなんかで「宇多田ヒカルってあの生意気な子でしょー」と嘯きながら『プレイ・ボール』を聴いていた人が歌詞をここまで追ってくることで「あら、この子って結構純情で真っ直ぐでいじらしいとこあるじゃない」とかなんとか思い始めるかどうかという段階でこの歌詞を放り込んでくるというのが心憎い。リスナーの心理を巧みに見抜く様はまるで『わずかな隙見逃さぬランナーのよう』だし、ちょっと気恥ずかしい真っ直ぐな心根をあらわにする様はまるで『足元に武器を捨てるハンターのよう』でもある。この曲を聴き終わる頃には誰もが、は言い過ぎにしても多くの人が宇多田ヒカルに魅了されていること請け合いの夏の終わりの切なさを情緒溢れた詩情の数々で彩った18年前の名曲なのでありますよこの『プレイ・ボール』は。ご清聴ありがとうございましたとさ。
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