トシの読書日記

読書備忘録

愛と記憶

2018-01-23 15:59:43 | あ行の作家



カズオ・イシグロ著 土屋政雄訳「忘れられた巨人」読了



12月中旬頃から読み始め、クリスマス、年末年始と全く読めない期間をはさんで、先日、ようやく読了しました。


本書は去年の10月にハヤカワepi文庫より発刊されたものです。本作家が去年のノーベル文学賞を受賞したのを受けて、急遽文庫として出版したと何かの記事で読みました。それに乗せられて姉が買ってきたというわけです。


カズオ・イシグロという作家は、最初「日の名残り」を読んで今ひとつぴんと来ず、しかし大江健三郎とか村上春樹が「カズオ・イシグロを読むのは至福のひと時」とか言ってるのを見て、自分の感性に疑いをもったものですが、「浮世の画家」を読んで、そのプロットのうまさに舌を巻き、「わたしを離さないで」に脱帽した経緯を経て本書を読んでみたのでした。


一読、確信しました。本書はカズオ・イシグロの最高傑作ですね。イギリスで最も権威があるとされているブッカー賞を受賞したというのも当然といえば当然のことと言えると思います(他の候補作を全く知らずに勝手なことを言ってますが)。


と、ここまで書いて念のため調べてみたら、すみません、間違ってました。ブッカー賞を受賞したのは「日の名残り」の方でした。失礼しました。


6世紀のヨーロッパ、アーサー王亡き後、ブリトン人とサクソン人は凄絶な戦争を経て、見た目は共存しているのだが、まだお互いを憎んでいる人達(特に戦士の生き残り)も多くいる。そんなシチュエーションの中、老夫婦のアクセルとベアトリスは遠く離れた村に住む息子に会いに旅に出ます。また、村の人達は(老夫婦も含めて)昨日のことすらきちんと思い出せないくらい記憶をなくしていく。それはクエルグという巨大な竜の吐く息が霧となって、人の記憶を失わさせているという。


物語は息子に会うため旅をするアクセルとベアトリス、そしてそこにサクソン人の戦士ウィスタン、それにアーサー王の甥と名乗るブリトン人のガウェイン卿が加わり、一見、竜退治の冒険譚のような様相を見せ始めるんですが、そこはカズオ・イシグロです。そんなただのファンタジーでは終わらせません。


本書のテーマは「記憶」ということなんだと思いますが、中世ヨーロッパの人種間の争いを現代の国際社会になぞらえ、忘れてしまった方がいいこと、また、絶対忘れてはならないこと、そこをカズオ・イシグロは訴えたいのだと思います。


そして竜を殺したことで失われた記憶がよみがえるであろうアクセルとベアトリスの二人は、それでも深い愛で結ばれ続けるのか、ここが本書のもう一つの読みどころでもあります。読み方によってはこの作品は、老夫婦の壮大なラブストーリーと言ってもいいかもしれません。


しかし、この結末には考えさせられました。ベアトリスが島に渡ったあと、舟頭は本当にアクセルを迎えに戻ってくるのか?また、アクセルはもう島には渡らないようなそぶりさえ見せているのは何故なのか?お互い、直接には何も言わないのだが、記憶が戻ってきて、それによってお互いの愛がこわれてしまったのか?最後の最後、ものすごく考えさせられてしまいました。


でもこういう終わり方もいいですね。記事のタイトルにもしましたが、愛と記憶ということなんでしょうね。



久しぶりに深く、面白い小説を堪能しました。




ネットで以下の本を購入

内田百閒「内田百閒集成3―冥途」 ちくま文庫
中村哲信 訳注「古事記」角川ソフィア文庫

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