トシの読書日記

読書備忘録

果てしない迷路

2006-11-04 11:53:34 | あ行の作家
井上荒野「もう切るわ」読了。

やっぱり気になってすぐ読んでしまいました(笑)

読んでよかった! これです!井上荒野は、こうでなくっちゃ。

小暮歳という男とその妻硝子、そしてその愛人私市葉。

物語は、硝子(「私」)と葉(「あたし」)が、かわるがわる一人称で語る展開になっている。最初、その構成がよくわからず、話についていけなかったのだが、読むうちにだんだんわかってきて、読み終えたあと、もう一回ゆっくり読み返したわけです。

葉の「歳さん」に対するせつない思いが荒野流に見事に描かれている。そして妻である硝子の夫に対する思い。また硝子は、西口という男とも通じているのである。歳と別れて西口と一緒になろうとは、本気では思ってないのだと思うのだけど、どうなのか、そこのところはあえて曖昧に書かれている。

解説で、角田光代も書いてたけど、出てくる場所の描写が、他の作家にはない特異な書き方なんです。というか、緻密な描写が一切ない。そんなものはどうでもいい、勝手に想像してくれと言わんばかりに。で、読み手としては想像するわけです。そうしてそこで繰り広げられる男と女の会話を読むと、妙なリアリティを伴ってこちらに迫ってくるんですね。

この作家の小説に流れるなんともいえない空気を、角田光代は、解説の最後でこう締めくくっている。「・・・・・この人の書く世界に、常識は通用しないのだ。常識だと私たちが思いこんでいることどもを、この作家はことごとく壊しにかかる。そうして私たちは知るのである。生きていくことや、だれかを愛することは、いつだって常識の外にあるのだという真実を。」

まったくそのとおりとまでは思わないが、かなり井上荒野の作風を言い当てていると思う。

ともあれ、井上荒野らしい、「ざわっとした」空気を感じさせてくれた佳作でした。

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