ステージおきたま

無農薬百姓33年
舞台作り続けて22年
がむしゃら走り6年
コントとランとご飯パンにうつつを抜かす老いの輝き

中学生とワークショップ

2009-08-08 20:20:16 | 教育

 今日はねぇ、中学生とのワークショップ。昨夏の吉野中学についで、今回は同じ南陽市の中川中学。全校生徒40数名。良い学校だ。このくらいの規模って、なんかとってもアットホームで、落ち着く。ぐるっと見回せば、全員の顔がくっきり見渡せるしね。きっと先生たちも十分に目が届くんだろう、生徒誰一人としてはすに構えてる奴なんていないもの。で、昨年同様、この学校も今年で閉校!うーん、なんとももったいない話だ。設備だって立派なのに。こうやって地域の拠点を次々抹殺して行っていいんだろうか?たしかに、鳥上げ坂一つ下れば赤湯の町には違いないけど、この標高差はけっこう大きいんじゃないのかな、地区民の意識としては。

 閉校・統合の理由は、生徒数が減って効率が悪いからってこと。でも、そんな効率一辺倒、規制緩和路線が今大いに見直されようとしてるところだろ。どうして教育については、方針の転換が始まらないのかねぇ。教育なんて、そこら中ムダがあって当然のものだと思うんだけど。だって、人間が生きてること自体、ムダの極地じゃないか。何でもかんでも役に立つか、金になるか、で判断してたら、教育の本質の部分は間違いなく見失われるって思う。

 たとえば、演劇ね。これなんて、まさしく、「役立つ教育」なんてもん考えてる人たちには、無用の長物、って言うより、端から頭に引っかかって来っこないもんだよ。そんなことより、試験の点数、そんなことより理科教育、そんなことより有名校への進学率。そう、だから、そんな上を向いてカリカリやってる学校からは、お声がかからないのが置農演劇部ってわけなんだね。

 「無くなる学校に思いを馳せるなんて、どうでもいい、次の環境で頑張ればいいんだ」これが効率主義、合理主義の考え方なわけ。でも、今日の中川中の場合、先生方の意識はまるで違う。母校が無くなっても、母校に自信と誇りを持って歩いて行ってほしいって心から願っている。人が新しい環境で頑張るためには、生い立ちに自負心を持ってなけりゃ、ってしっかりわかってる先生方なんだ。その思い出と自信を作るために、最後の文化祭をこれまでで最高のものにしようって生徒も先生方も燃えている。

 で、置農演劇部の出番だったわけだ。ああ、長くかかった!そう、そんな生徒たちだから、わずか3時間のワークショップだったけど、かなり充実した楽しいものになった。保護者の方たちも見ていてくれた。ダンスなんかお父さん、お母さんも一緒に踊ったしね。作ったコントはたわいないものだったし、出来も納得いくものじゃなかったけど、中学生みんなしっかり顔を上げて、目を輝かして取り組んでいた。つまり、心の扉をちょっぴり開いたってこと。これが大切なことなんだよ。技術なんてどうでもいい、心が開けば心が伝わる。母校への熱い思いがあって、それを伝えようとする心が開かれているなら、きっといい記念舞台になる!

 もちろん、置農演劇部にとっても素晴らしい経験だった。ダンスを教える、コントをまとめる、舞台をリードする、こういったことを先生方や保護者の方たちの見守る中で堂々とこなしてくれた。しかも、中学生が主役だっていう意識をしっかりと持ちつつ、リードできた点は、大きな成長の徴だ。最後に中学校の先生が言ってくれた言葉、「高校に入ってこんなにも成長するってことを保護者の皆さんは感じ取ってもらえたと思う。」これって最大限の賛辞だよ、君たち!

コメント
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