定期公演、野田秀樹作の『カノン』、本読み始めて3週間。あと14ページ、ようやく先が見えてきた。いつもののことだけど、これ本当にできんの?って悲惨な有様だったけど、どうにかこうにか格好になってきた。継続は力なりだね。
なんたって、平安時代の盗賊の話しだからね。台本の元になっているのが、芥川龍之介の『偸盗』とメリメの『カルメン』なんだから、これはしんどい!特に置農演劇部のうぶな生徒たちには、宇宙の果ての別世界だよ。惚れた女のために盗みはおろか人殺しにまで手を染めてしまう男とか、堅気の兄弟をたらし込む女盗賊とか、想像しろったってとても無理!いやいや、そんな複雑な心理以前に、荒くれ者たちのエネルギーを再現すること自体が難しい。
だから、初めのうちはただひたすら大声を張り上げることだけを要求した。ともかくせりふに力がないんだ。野生のバイタリティがないんだ。表現なんて二の次、三の次。もう目一杯声上げて迫力のある声だしだけを特訓した。
今年のメンバーは、滑舌の悪いのとか、声が細いのとか、羞恥心が抜けない奴とか、やたら声がキンキンしてるのとか、もう、演技以前の課題満載の連中ばかりだから。本読みはまるで発声練習の如き趣だった。
でもねぇ、やってれば変わってくるもんなんだよね。今日まる半日稽古していて気づいたけど、滑舌も良くなってるし、声も逞しくなってるし、恥ずかし地獄からも抜けだしつつある。もさもさ声の主役もかなりすっきりとした発声になっていた。
表現もまだまだ底は浅いものの、嫉妬の狂おしさとか、若さの暴発とか、権力者のいかがわしさとか、そこそこに感じられるようになってきた。ともかく、要求することは、気持ちを作れ!ってこと。怒り、蔑み、嘲笑、哀れみ、嫉妬、狂気、悩み・・・・・登場人物の追い込まれた気持ちを自分なりに作ってそこからせりふを出せと求めている。
今日は、主人公の太郎が女の裏切りにもだえ苦しむせりふを延々40分稽古した。わずか4行のせりふだ。女盗賊の女の歓心を引こうと何人もの人間を殺した若者が、女の心変わりに、落ちた奈落の深さを呪うせりふだ。これをとことんやった。泣いた!普段笑顔いっぱいの生徒が。どんな辛くてもめげない奴が。できない悔しさにか?自分の不甲斐なさにか?泣いた!あの涙、太郎の涙にも通じるものがあったのかもしれない。
あの涙、効果があった。壁にぶち当たっていた当人もそこを抜けられた。周囲で見守る部員たちも厳粛な面持ちで見守っていた。そうか、ここまでやるのか?!これが演じるってことなのか!緊迫感に溢れた40分間だった。
こんな緊迫感ある稽古を重ねながら、しだいに劇が形を整えていく。どうやら芝居が立ち上がっていく。そして、部員たちは着実に新しい表現と自信を獲得していくんだ。継続、繰り返し、積み重ね、これしかないんだ、自分を超えるには。