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ステージおきたま

無農薬百姓33年
舞台作り続けて22年
がむしゃら走り6年
コントとランとご飯パンにうつつを抜かす老いの輝き

究極の決めセリフ:50(歳)を過ぎたら板(舞台)地獄②

2007-03-09 19:26:46 | 演劇

 人の不幸、己の幸運?!そいつは言い過ぎだけど、同僚の転勤で、思いがけず転がり込んだ準主役の座、これで決まったね、その後の運命。今、もがき苦しむ泥沼地獄を思うと、人の幸運、己の不幸!かもしれないけど。さて、置農百周年記念演劇、役者、初体験は、いろいろあったが、中で衝撃的だったのは、本番の感動と演出担当、小林岸子先生との出会いだった。

 本番はなんと、昼夜二回公演だった。それがどちらもほぼ満席。改めて、えらいことしちまったんだって思ったね。で、感動だったのは、自分のセリフで観客の涙を誘ったことだった。正確には事前に採ったナレーションだけどね。そのシーンは、置農の歴史をスライドでたどる場面だった。時代を照らす映像に私のナレーションが重なる。スクリーンの奥で次の出の準備をしていた私の耳に、はっきりと聞こえてきたんだ。すすり泣きの声。それも一人二人じゃなかった。ああ、凄い、役者ってなんて凄いんだ!芝居ってこんなことができるのか!思わずこっちも涙、涙だった。今、思えば、泣いていたのは高齢の同窓生。若き日を思い起こして涙にくれてたに過ぎないんだけどね。そん時は、単純だったから。芝居の力、セリフの迫真力って本気で信じたんだ。年とると涙もろくなるってこともしらなかったしね。

 人生は思い違いから始まる!

 もひとつは、岸子先生だ。置賜の演劇界きっての伝説の人。高校の教員だったが、すべては、芝居のために!を一生かけて実践してしまった人だ。あえて言うよ、『してしまった。』って。高校演劇の指導もした。アマチュア劇団で女優としても活躍した。当然だね、岸子先生担ぎ出したのは。

 この岸子先生に、私が一番怒られた。いやいや、ダメを出された。実に事細かに、注文がつくんだ。胸を張れとか、視線を上げろとか、素早く動けとかね。ショックだったよ。だって、自分では、ちょっといけてるって自惚れてたから。どう見たって、他の先生達よりはましなのに、って思ってたから。なのに、もっと言ってあげたら、って私が思う人にはほとんど何も言わない。どうなってんの?腐りはしなかったけど、良い気持ちはしなかった。そして、そろそろ稽古も通しに入る頃、待っていたんだ、究極の決めセリフ!

 『私ね、言ってできない人には言わないから。』

 どう?この言葉。一瞬で、それまでの恨み辛みがぶっ飛んだね。スポットライトが二本同時にバシーッときたね。これで、もう、演劇人生まっしぐら。野を越え山越え、シッュポシュッポシュッポッポだよ。なんで、こんなセリフを私に投げかけたのか。今、思えば、上手いよな!上手に人おだてて。巧みな生徒操縦術って気が付くんだけど。そん時は、一途に一途に信じた。嬉しかった。感動した。(てへ、小泉みたい。)岸子先生から見込まれたんだって。

 ああ!人生は思い違いから始まる!やっぱり。

 

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