泡 盛 日 記

演劇人(役者・演出家)丹下一の日記です。

「夜、橋を渡る」

2013-04-24 23:09:39 | 丹下一の泡盛日記
火曜日は荻窪で松川真澄さんと初稽古。
それにしても、まさかこの本に再び向い合うことになるとは夢にも。
原作を声に出して読んだのは、多分30年ぶりだろう。
しばらく声使ってないもんだから、もうよたよたおろおろ。
情けない。

終了後、夫の平さんも交えてとても楽しい話になった。
ものすごく久しぶりに、8週間ぶりにワインを飲んだ。
この原作に向い合うと「気がヘン」になるらしい。
平さん、英米文学専門の研究者でシェイクスピアで学位を取ってらっしゃるのに、民俗芸能にもはまり郡司先生から本までプレゼントされている。
(うらやましいぞ!)
お二人で行かれた調査のお話、そして最近自分が興味のある事柄など、どこまでも話は続く♪
楽しい時間はあっという間に過ぎて、深夜に。
途中から覚悟を固めていた。

大崎駅で電車を降りて歩きだす。
まずは大井町方面へ。
小学校の頃、3ヶ月だけ住んだことがある某所を通り過ぎる。
小さな駅前は工事中で何がなんだかわからなくなっていて、マンションが建ち並び風景は一変している。
あの下町の風景はどこへ、と思いつつ、不思議にまっすぐ正しい道を取り、たどり着く。
たどり着いた自分がびっくり。
子どもの頃の(身体の)記憶って本当にすごい。


ここに来たのは25年ぶりくらいだろうか。
このレンガ塀は、戦前からのもので東京大空襲でも残ったと聞いている。
明治時代の某有名人宅の名残だそうな。
さらに歩き続け、3時すぎに多摩川を渡る。


20年くらい前に銀座の小さな喫茶店で「夜、橋を渡る」というお芝居のお手伝いをした。
大切な先輩二人に「構成演出を」とお願いされた。
初めてのことだった。
今なら(このお二人だし)即座に引き受けるのだけど、その時はぐずぐずしていて、最後まで「立会人」で、と固辞。
あの時に引き受けて真正面から向い合っていたらどうなっていたかなあ、と思い出している。
ここはまだ橋がない頃に明治天皇が川を渡ったところなんだそうな。
舞台では、明け方に二人は「見えない」橋を渡って「次の世界」へ旅立って行った。
朝5時過ぎに鶴見駅から始発に乗り、帰宅。
4時間を歩き続けていた。
そして、ちょっとカクゴを決めてメールを出した。
気がつくと来月のカレンダーは、仕事と稽古でびっしりと埋められている。
オフが一日もない。
大歓迎だ♪
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行商の柑橘類を購入

2013-04-24 13:27:49 | 丹下一の泡盛日記
新橋で時間があったので金刀比羅宮にお参りしようと歩いていたら、2人の若い男に声をかけられた。
なんちゃらいう「柑橘類」の行商しているそうで、宇和島の南の集落だけでつくっているめずらしいものなのだとか。
ゼリーのような食感で普段は1個600~800円。
その売れ残りを買ってもらえないか? と。
興味はなかったが、こういう「行商」にあうと彼らの仕事を助けてやりたくなる。
1個なら買ってもいい。普段柑橘類は食べない(喉によくないので)から。
いくらなのか? と訊くと色々言う。
結局3個で525円支払った。
まあ、体験代だと思い購入。


高かったのか安かったのか。
帰宅して食べてみたけど、たしかに珍しい食感だけど味はまあまあ、だな。
多分大分時間が経っている。
後で彼らが向こうの方で別の人に声をかけているのをみた。
果たして商売の方はどうだったのだろう。


自分の部屋の前では鯉のぼりが泳ぐようになった。
あんなに寒い週末の後なので、なんだか妙な気持ち。
こんな風に泳ぐ鯉のぼりを見ると、古くなった鯉のぼりを集めて、パリで泳がせていた服部さんを思い出す。
何年も続いたイベントで、日本のこどもの日は「男の子の日」だけど、パリでは世界中の子どものことを思う日にしましょう、と。
山のように集められた鯉のぼりをナシオンの日仏文化センターで見せていただいたのは、もう5年も前になってしまった。
今年はどうなっているのかなあ。
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